デスマスク誕生日小説

参加させて頂きます!!→





大体銀行の窓口は3時で閉まる。
その日も最後の客を送り出してシャッターを閉めたところだった。
ところが閉めかかったシャッターの隙間を這うようにして一人の男が入ってきた。
薄汚れたジャンパーを着て,小さなスポーツバッグを持っていた。
いきなり人が入ってきたので行員達は驚いていた。
「おい,この中に詰められるだけ金を入れろ」
ジャンパーの男はカウンターの女性行員にどすの利いた声で言った。
「きゃあ,強盗!」
女性行員は悲鳴を上げた。
「うるせぇ,静かにしろ!抵抗するとどうなるか分かってんだろうな」
男は折りたたみのできる小さなナイフを持っていた。
「どうなるか教えてもらおうじゃねぇか」
背後で不敵な男の声がして,ジャンパーの男は振り返った。
「誰だお前。警察か」
そこには,ヴェルサーチの灰色のスーツにエルメスのシルクシャツを着た,小柄だがすらりとした背筋に鋭い眼光の男が立っていた。
「そんなんじゃねぇ。しいていうならお前を迎えにきた死神ってとこだ。それでお前は指名手配中のホセだな。大方逃亡したはいいが資金がつきたってところだな,おい。どうだ,おとなしく自首するんならそれでよし,それができなきゃちょっと痛い目見てもらうしかねぇな」
指名手配中のホセは隣人を刺し殺して現金を奪って逃走しているそうだ。
強盗の顔はなるほど逃亡生活をしていたらしく,目が血走っていて,顔色も悪く,服も薄汚れている。
そこからスーツの男は強盗が逃亡者のホセであると判断した様子だ。
「こいつ…!!」
ホセがスーツの男にナイフを振るったが,ナイフは空気の中を振り回されるだけで全く当たっていない。
「よけてみな」
鋭い声がしたかと思うと,スーツの男の膝がホセの手首とあごに直撃する。まるで蟹の爪のような鋭い蹴りだった。
「ぐあ」
ホセは情けない悲鳴をあげてうつぶせに倒れこんだ。
スーツの男はナイフを拾い上げるとなんと,
足でホセの右手を踏みつけた。
ボキッ。
「うっ」
骨がふみ砕かれる音がして,ホセの右手の骨は折れてしまったようだ。
痛みに苦しんでいるとスーツの男は次に右足の骨を踏みつぶし,その次は左手,最後に左足,と,とうとうホセの両手両足の骨を踏み砕いてしまった。
その恐ろしい力と残酷な仕打ちに行員達は恐怖で目をそらしていた。
最後にスーツの男はホセの背中に馬乗りになって,
「おい,はなからこの状況で逃げられるとおもってんのか。そうはさせねぇよ」
と,不気味な笑みでホセの首筋にナイフを突き立てた。
どこかでサイレンの音が聞こえた。
行員の誰かが警察を呼んだらしい。
「おっ,あの世には行かずに済んだようだな。
だがな,本当の地獄はこれから始まるぜ」
男はホセから体を下すと,カウンターの方に歩いて行き,支店長の名札を付けた男性に掌を出した。
「おい」
支店長は震える手でカウンターの封筒に新札の15万円を入れて渡した。
「OK,OK,これからは気をつけろよ」
スーツの男は軽くウインクをすると,シャッターの外に出て行った。
入れ替わりに警察が突入した。
しかしそこにいるのは両手両足を骨折した指名手配中の強盗殺人犯だけ。
そして何かに怯えている行員達だ。
「…なんなんですか,今の人は」
若い行員が支店長に聞いた。
「恐らくアテナの聖闘士の一人だろう」
「アテナの聖闘士?それは伝説の話じゃないんですか」
「いや,神話の頃から彼らはこのロドリオ区近くの聖域に存在している」
「それで僕らを守ってくれたんですか」
「さあどうだかな。単に謝礼が欲しくてたまたま手を貸しただけかも知れんな」
 
 
デスマスクは受け取った現金をジャケットにしまい,テスタロッサのハンドルを操っていた。
時計は5時少し前だった。
テスタロッサは繁華街の中に入る。
クラブバンホーと書かれた店の前で停まる。
デスマスクは車を降りると店内に入る。
店内は白を金色を基調としたラグジュアリーな雰囲気だ。
バブルとリーマンショックによる世界的不況でこの手のクラブは少なくはなったが,このクラブバンホーもまた,この厳しい不況下で生き残った店だ。
 
「いらっしゃいませ」
タキシードの男性店員が進み出て,いつもの席に案内してくれる。
デスマスクが奥まったやや狭い座席に座ると,
「いらっしゃい」
と,白いスーツの女性がやってきて座った。
「だんなはどうしている」
「そのことで…聞いてほしいことがあって今日来てもらったの」
「何があった」
この女性はエレナといって,このクラブで働いている女性で,デスマスクとは高校時代の同級生で,その後彼女は2つ年下の男と結婚したが,この男がとんだチンピラで,アテネの暴力団の構成員で,強盗,恐喝,傷害,一通りを繰り返し,デスマスクに半殺しにされた。そのせいですっかり反省し,今では足を洗って普通に働いているはずだった。
「それがね,アレクがまた悪い奴らと連絡を取り合ってるみたいなのよ。なんだかよく知らないけど家にいても誰かから携帯がかかってきて外に出かけたりするの。ただの知り合いだって言うけど,気になるわ」
デスマスクは煙草を揉み消すとウイスキーを飲み干し,席を立つと,万札を数枚放りだした。
「その金はチップとして取っとけ」
 
次の日,デスマスクはアテネの駅前南口の工事現場に向かった。
ヘルメットをかぶり,ペンキだらけのとびズボンを履いた若い男の前に立つ。
「誰だおめぇ」
とびズボンの男がいぶかしげにデスマスクの顔を覗き込んで飛び上がった。
「あっ,こりゃデスマスクさん!」
「この俺をお前呼ばわりするとはいい覚悟してんな,アレク」
「あっ,いや,とんでもないです。それで今日はどうしたんです?」
「別に用はねぇよ。たまたまここを通りかかっただけだ。どうだ,真面目に仕事やってっか」
「へ,へぇ,それは当然です」
「お前また妙なこと始めたら今度は腕をへし折るだけじゃすまねぇぞ」
鋭い目に睨まれてアレクはすっかり震えあがってしまった。
デスマスクがいなくなってしばらくしてからアレクの携帯電話が鳴った。
「…へい」
アレクは電話に出た。
「へい,へい,分かってます。ちょっと待ってて下さいよ」
アレクはこっそり工事現場を抜け出した。
横断歩道の反対側のビルの隙間に入った。
見るからに堅気のものではない男が2人,こちらを向いていた。
1人は幹部らしきスーツの男,もう一人は護衛の若いチンピラだった。
「すいません」
アレクはペコペコ頭を下げた。
「今の話していた男は何だ?見るからに堅気には見えなかったが」
幹部の方が言った。
「いや,あれは単に道を聞きに来ただけですよ」
「フン,そうか。まぁいい。それよりも肝心の取引の日は明日に決まったからな,ぬかるなよ」
「明日ですか。へい,わかりました」
「ならもう行け」
「失礼しやした」
アレクはぺこんと頭を下げて工事現場に戻った。
怪しい男たちは裏口に止めてあるベンツに乗り込み,どこかへ消えて行った。
その様子をビルの上からデスマスクが見ていた。
「取引?」
ろくでもないものに違いない。
麻薬か拳銃か…。
 
 
デスマスクはその足でテスタロッサに乗って,とあるビルに向かった。
そのビルは明らかに形がおかしかった。
窓がほとんどなく,入り口のドアも分かりにくい。
デスマスクはそのままドアを開けて中に入った。
中にはガラの悪い男たちが3,4人いる事務所だった。
「なんだおめぇ」
手前に立っていた若い男が寄って来た。
「ミヤモトに用がある。呼んで来い」
「何だと,コルァ」
若い男が飛びかかって来た。
デスマスクは若い男の手首をつかむと,腹に鋭い膝蹴りを一発くらわせてつかんだ手首を押さえたまま相手の体を放り投げて頭から叩き落とした。
「ぎゃおっ」
「だから言っただろ,ミヤモトを呼んで来い」
デスマスクは頭を打って痛がる組員の顔を覗き込んで言った。
どうやらデスマスクも多少は手加減をしているらしい。
すると奥の階段から黒髪にかっちりしたスーツの眼鏡までかけたごく普通の堅気のサラリーマンのような風貌の人物が降りて来た。
「デスマスクさん,あんまり若いヤツをからかわないで下さいよ」
マリオン・ミヤモト,日本人とのハーフで,このゼウス組の若頭だ。
「仕方ねぇだろ。急を要するんでな。お前に聞きたいことがあって来た」
「内容次第で伺いましょう」
デスマスクはミヤモトの部屋に案内された。
「時間がない。こいつらを知っているか」
デスマスクは携帯電話を取り出し,ミヤモトに見せた。
携帯電話のカメラで撮影していて,あのビルの路地でアレクが話していた2人の男達だ。
「若い方は知りませんがこっちの男は…ウラノス組の幹部ですね。確かキロスかキュロスだったか。しかし一体これはどこで?」
「駅裏の路地だよ。明日の取引がどうのとか言ってたぜ」
「我々のシマではないですか。こんな所で勝手にウロウロされては我々をなめているとしか思えませんね。知らせて下さってありがとうございます。見回りの若いモンを増やします」
「取引って何の事だか分かるか?」
「さあ分かりませんね。拳銃か薬か情報か。まぁなんにしてもロクなもんじゃありません。連中がその取引とやらをやるのは勝手だが,うちのシマを利用されるのは捨て置ける話ではないです。関係ないのにこっちまで警察に痛くない腹を探られるのはごめんですからねぇ」
ミヤモトは顔には出していなかったが勝手に自分たちのシマを荒らされて憤慨しているのが分かった。
 
 
事務所を出て車に乗り込んだデスマスクは一つ気になることがあった。
大体今回のウラノス組の取引にしても,なぜわざわざ足を洗ったアレクを関わらせるのだろう。
見張りの警備だけなら自分の組員だけでいいはずだ。
逆に考えると,すでに足を洗ったアレクでしかできない仕事があるともいえる。
アレクとエレナの家に何か手掛かりがないだろうか。
幸いエレナは3歳の子供と一緒に自宅にいた。
アレクは仕事に行っているという。
2階建てのハイツ1階で,小さなキッチンとふた間続きの部屋が彼らの城だった。
デスマスクはエレナが台所でお茶を入れている間,素早く辺りを見回して何か怪しい所がないか探した。
何もない。
奥の寝室のドアが少し開いていて,子供が出てきた。
デスマスクは子供が苦手だったので,目を合わさなかった。
「ダメよ,エマヌエル」
エレナが出てきて子供を奥の部屋に連れて行った。
奥の部屋の扉が開いた時,ちらりと道具箱のようなものが目に入った。
今日はアレクは仕事に行っているはずだ。ならどうしてここに道具箱があるのだろう。
「ごめんなさいね」
エレナが再び台所に行ったのを見てデスマスクは奥の部屋に入った。
悪いとは思いながらもデスマスクは道具箱の中を開けた。
中身はただの工具だけだった。底まで手を突っ込んでみたが,何もない。
―俺の気のせいか。
諦めて蓋を閉じようとした時,蓋がずいぶん重いことに気づいた。
デスマスクはふたの中に指を突っ込んで引っ張ってみた。
すると内蓋の様な物が外れてA4サイズ封筒が入っていた。
「なんだこれは」
封筒の隙間から中身を覗く。
―乾燥大麻!!
袋の中には新聞紙を丸めて包んだ乾燥大麻が入っている。
そのとき,台所からお茶を入れてエレナが戻って来た。
とっさにデスマスクはエマヌエルを抱いて居間に戻った。
「いや,このガキが遊んでくれっていうからさ」
とっさのいいわけだ。
「あら,エマヌエルのことが分かるの?」
「分かるって?」
「気づいたでしょうけど,エマヌエルはもう3歳になるのに言葉が話せなくてね。私もアレクもたくさん話しかけるんだけどダメなの」
「…そうなのか」
気付かなかった。
「あ,でも遊びたそうにしていたからさ」
とデスマスクは適当なことを言った。
エマヌエルは本当に口がきけないらしくデスマスクがいきなり抱いても泣いたり暴れたりせずじっとしていた。
 
 
帰り道,デスマスクははっきりと確信が持てたようだった。
ようするにアレクはウラノス組に運び役を頼まれていたらしい。
わざわざアレクを使ったのも,警察の目を警戒するため曲がりなりにも足を洗ったアレクに取引の日までに荷物を預けるためだ。
アレクは家族がいるから遠くへ逃げられない。もし身一つで逃げても家族に危険が及ぶだろう。その立場を利用したと考えられる。
デスマスクはそんなことを考えながら車を動かしていた。
 
 
アレクはその頃,ウラノス組を出て繁華街の裏通りを歩いていた。
いきなり袖を掴まれ,裏路地に引っ張り込まれた。
そしていきなり殴る蹴るの暴行を受けた。
「あぎゃあ!!」
アレクを殴って最後に襟首をつかんでにらみつけたのはデスマスクだった。
「…う,う,俺が何したって言うんだよう」
「お前,なぜまたやくざの片棒を担いだ。俺の忠告が聞けなかったのか」
アレクはしまった,といった顔だった。
「うう…。しかたなかったんだよ。どうしても金が必要だったんだ…」
「金?博打か,女か」
「違うんだ。それは違う。エマヌエルの治療費だ」
「お前のガキのことだな」
「そうだ…大学病院の偉い先生に診せたいんだが金が必要なんだ…それで困っていたんだが,ウラノス組のキュロスさんから書類を預かるだけで百万円やるっていうからさ」
まさかアレクは中身が大麻だという事を知らないというのか。
「それで…取引はいつなんだ」
「明日の午後四時,ヘーパイストス製鋼の廃工場さ。本当に言われたのはそれだけなんだよ」
「…分かった。そんなに言うのなら俺も止めねぇぜ。だがこの仕事が終わってガキを医者に見せたらもうやくざの仕事は手伝うな」
あんなに怒っていたデスマスクがアレクを止めなくなった。
「わ,分かった」
アレクの唇は震えていた。
その震え方からして相当怯えているのが分かり,嘘を付いているようではないとデスマスクは思い,アレクから手を離すと,路地を出て行った。
 
 
翌日,アレクは中身が乾燥大麻とも知らないでウラノス組と約束をしたヘーパイストス製鋼の廃工場へ行った。
廃工場,と言うだけあって中は荷物や機械もなく,ただ薄暗い中に時々窓から光が差し込んで,宙を舞う埃がよく見えた。
ウラノス組の幹部,キュロスとその舎弟達はすでに到着していた。
「モノは持ってきたか」
「へぇ」
アレクは封筒を出した。
「そうか,御苦労だったな!」
パン!!
いきなりアレクは腕を撃たれた。
そのまま床に崩れ落ちる。
悲鳴もない。
「お前に生きててもらっちゃ困るのよ。お前にはコンクリ付けてエーゲ海に沈んでもらおうか」
キュロスは愉快そうに言った。
しばらくして外で車の停まる音がした。
取引相手らしいハンチングをかぶった男が現れた。
「金は持ってきたか」
「ああ」
キュロスの質問にハンチングはうなずいて,手提げカバンを差し出した。
手提げカバンの中には万札がびっしりと詰まっている。
「よし」
キュロスがハンチングに封筒を渡した。
ハンチングは封筒を開封して中身を確認した。
「…なんだこれは!」
ハンチングが叫んだ。
封筒の中身は新聞紙を丸めた紙屑が詰まっていた。
「…お前!!中身をどこへやった!!」
キュロスがアレクの襟首をつかんだ。
「う…う…俺は何も知らねぇ。謂われた通りに封筒を預かっただけだ」
「ふざけんな!!」
銃口が再びアレクに向けられた。
「…よせや。そいつは本当に何も知らねぇ」
廃工場の入り口から声がした。
「だ,誰だ」
薄暗がりの中から外光の届く場所まで進み出たのはデスマスクだった。
「お前らが探してるのは“た”のつく草だろ」
デスマスクば愉快そうに言った。
「そうかお前が隠したのか,どこだ!!」
デスマスクはキュロスを無視してアレクを覗きこんだ。
「…よし,急所は外れてんな。悪いがもう少し辛抱しろや」
デスマスクはアレクから離れ,キュロスを見た。
「どうする。警察は通報してねぇぜ。このままあきらめて尻尾を巻いて逃げるってんなら何もなかったことにしてやる」
「じょ,冗談じゃない。こんな大きな取引つぶしてなるものか。中身だけでも返してもらう」
キュロスの言葉を聞いて舎弟達がデスマスクを取り囲んだ。
「おお,威勢のいい事だな。まぁやってみな」
「うぉぉぉぉぉー」
舎弟達がいっせいにデスマスクに飛びかかった。
デスマスクが片手を軽く付き出すだけで爆風が起こって彼らは全員吹き飛ばされた。
「なにぃ?化物か?」
キュロスは拳銃を向けた。
パン!!
拳銃は確かに放たれたはずだった。
しかしデスマスクは普通に立っている。
「何だ,何が起こったんだ」
デスマスクはにやりと笑って右手を見せた。
なんと弾はデスマスクの人差し指と中指の間で留められている。
「…聖闘士にチャカがきくかよ」
「何ぃ,お前のようなチンピラみたいなヤツが聖闘士だと…」
「言ってくれるねぇ。俺がチンピラだってんならお前は何だ。そうさ,俺は蟹座のデスマスクよ」
「蟹座?…くっ,よりにも寄って黄金聖闘士か」
キュロスはしまった,という顔をした。
「そ…そうだ。金ならやる。これで見逃してくれ」
キュロスはハンチングを殴りつけて気絶させ,手提げカバンを差し出した。
「…いいねぇ,現金に勝るものは存在しねぇな」
デスマスクがにっと笑った。
助かったといった顔をするキュロスだったが。
「よし,それじゃ証拠が残らねぇようにお前を始末してから現金を頂くよ」
とデスマスクが言ったのを合図に縮みあがるキュロスだった。
「ひぃぃぃぃぃ」
「食らえ,積尸気冥界波!!」
デスマスクは右手人差し指を突き出した。
「うぁぁぁぁぁ」
キュロスは断末魔を上げ,動かなくなった。
「何だ,気絶しやがったのか,情けねぇ」
デスマスクの指からは光は出ていなかった。
デスマスクは倒れているアレクのもとへ戻った。
「おい,聞こえるか」
アレクは苦しそうに撃たれた腕を抑えながらヒイヒイ言っていた。
「大丈夫そうだな」
デスマスクは外に向かった怒鳴った。
「おい,もういいぞ」
「アレク!!」
エマヌエルを抱いたエレナが入って来た。
「しっかりして。どうして撃たれたの。デスマスク,どうして警察呼ぶなり私達をもっと早く連れて来てくれなかったの。そうすればアレクは撃たれずに済んだかもしれないのに。それにエマヌエルにこんなひどい光景を見せるなんて…」
「アレクの目を覚まさせるには一番いいやり方だと思ったんだがなぁ」
デスマスクは煙草に火を付けた。
そしてアレクの方へ向くと屈んで声をかけた。
「世の中よぉ,金を稼ごうと思ったら,それ相応の体力か頭か金を使わなきゃいけねぇんだよ。荷物を預かるだけで百万円もらえる仕事があるんならその百万円分の苦労って代償が必要ってことだ。だからそのお前の痛みは短時間で百万円つかもうとした代償だ。…分かるな?」
アレクは反論しなかった。そして,
「…エレナ,エマヌエル,悪かったな…お前らを助けるつもりが帰って騒ぎになっちまって…」
「いいのよ,私は。エマヌエルだって怒っていない。私達のためだったんだもの」
エレナはアレクの顔をぬぐった。
そのとき,
「…パパ」
と弱弱しい声がした。
アレクとエレナは一斉にエマヌエルの方を見た。
「…ママ」
確かにエマヌエルの唇が動いていた。
アレクは腕の痛みも忘れてエマヌエルを抱きしめた。
「…デスマスク」
エレナがお礼を言おうと振り返った時,そこには誰もいなかった。
ただ,あの現金の入っていたはずの手提げカバンだけが空になって放り出してあった。
誰も現金がなくなっていることを口に出す者はいなかった。
 
 
エレナの通報でアレクは救急車で運ばれ,無事弾丸を取り出す手術を受けた。
気絶しているキュロスや取引相手,舎弟共もまとめて警察病院へ運ばれた。
問題の封筒いっぱいの乾燥大麻は,何者かによって警察のポストにねじ込まれていた。
 
 
数ヵ月後。
デスマスクが巨蟹宮の階段に座っていると,はがきが来た。
エレナからだった。家族3人の写真がプリントされている。
『デスマスク
あの時は本当にありがとう。
エマヌエルは少しずつですが言葉を話し始めるようになりました。来年から保育園に行けそうです。アレクは退院して,今度こそまじめにとび会社で働いています。
運び屋をやってしまったことも中身が大麻と知らなかったとのことでしたので逮捕はされませんでした。
そして私が心残りなのは,あの時私が何も分からずあなたを責めてしまったことです。どうしてアレクが撃たれるのを黙って見すごしていたかということどうして現場をエマヌエルに見せたのかということからあなたを責めてしまいました。でもそうしなければアレクはまた同じことをするかもしれませんし,エマヌエルの病気も治らなかったのかもしれません。どうか私はあなたに感謝と謝罪したいのです。またお店か家に遊びに来てください。
            エレナ』
 
デスマスクはある決断をした。
もう,これから先この家族とかかわってわざわざ幸せそうな家庭を自分がかき回すこともないだろう。
アレクも今度こそは堅気になってくれると信じたい。
そう願うからこそわざわざやくざ者の自分がその姿を見せることはアレクのためにも良くないと思ったのだ。
デスマスクはハガキを放り投げて,巨蟹宮の階段を降りて行った。
                <完>
 
←戻るのだ

当サイトのデスマスクの設定はこちらです。


正面玄関はこちらです。