上巻
序章
 
ソルジャークラス2ndの我らがザックス・フェア氏は今日もトレーニングルームでクラス1stアンジールにこってりしぼられていた。
アンジールとはクラス1stのソルジャーで,実質上の全てのソルジャー達のリーダーだった。
元は貧しい農家の子供で,色々なアルバイトをしながら奨学金で大学に行き,ソルジャーになった苦学生だった。苦労が多い人生ゆえに人望も厚く,人柄も温厚だった。1stは好き勝手な服装をしている者が多い中でもアンジールはきっちりと制服を着て,言動も他のトップレベルのソルジャー達に比べてまともだったので,誰からも慕われ,好かれていたし,アンジール本人も部下の世話係を好んで買って出ていた。
 
トレーニングは仮想空間で行われていたが,ザックスが敵に背後を取られてしまい,訓練は中止になった。
「全くお前はツメが甘い。何度同じ事を言ったらわかるんだ」
ザックスはあぐらをかいて口を尖らせてそっぽを向いている。
「そっちが訓練中止にするからだろ!これからが俺の見せ場だったのに!」
「見せ場?この剣でどうやって?」
アンジールは訓練で折れてしまったザックスの剣を拾い上げて言い返した。
「うっ」
アンジールはザックスに剣を握らせると,
「…ザックス。夢を持て」
「はぁ?」
「英雄になりたければ夢を持つんだ。誇りも忘れるな」
アンジールはそう言ってトレーニングルームから出て行った。
 
 第一話 初めてのお使い
 
トレーニングルームから休憩室に戻ってきたザックスは,タオルで汗を拭きながら辺りを見回した。
「お疲れさん」
ザックスと友達の同じ2ndのカンセルが声を掛けてきた。
「みんなは?随分静かだけど」
「あれ,ザックス知らないのか?」
「あん?」
「クラス1stのソルジャーがウータイで2ndと3rdの連中を連れて失踪したのさ」
「なんでまた。新しいソルジャーの派遣会社作るとか?」
「そんなわけないだろ。会社は血眼になって探してるけどな」
そこへアンジールがやって来た。
「ザックス,部長がお呼びだ。俺と一緒にミーティングルームに来い」
「?」
ザックスはアンジールと一緒にミーティングルームに入ってきた。
入って正面に広いスクリーンがあり,コの字型のテーブルに椅子が並んでいる。
コの字の中央上座に金髪の眼鏡をかけた男が座っていた。どことなく腺病質で神経質そうな顔だ。ブランド物の藤色のスーツに白い手袋の上から見事なルビーの指輪をはめていた。少なくともあまりザックスの得意な人種ではない。
「クラス2ndザックス・フェア?」
「ええ,そうです」
「私はラザード。ソルジャー部門の部長だ」
ラザード部長はザックスに手を差し出した。
「さっそくだが君にはこれから任務についてもらう」
「まじっすか!」
「お前を1stに推選しておいたんだ。部長は今後のお前の活躍を見てご決断される」
アンジールが言った。
「まじっすか!」
「任務の説明をしよう」
ラザードの言葉を合図に,アンジールがラザードと椅子一つ分置いた席に座った。
ザックスはどこに座っていいか分からなかったし,この部屋自体居心地が余りよくないので,アンジールの横に立った。
ラザードは座らないザックスを見て不思議そうな顔をしていたが,手元のキーボードを叩いてスクリーンいっぱいに一人の男の顔を浮かび上がらせた。
画面に映ったのはアンジールと同年代くらいの三十代半ばから後半くらいの男で,暗めの栗色の髪に整った顔立ちをして,赤い上着に黒いシャツを着ている。美男子でどこか気取った感じがする。ラザード同様ザックスの苦手なタイプだった。
データには身長,乗っていた車の車種や車番,それに本籍や現在の住所が出てきた。
「これはクラス1st,ジェネシス。三日ほど前に作戦中にウータイから2nd,3rdのソルジャーをごっそり連れて行方不明になった」
「はぁ」
「お陰でウータイでの作成は停止中。君はアンジールと一緒に直ちにウータイへ飛び,中断している作戦を続行させなさい。この戦争を終わらせなくてはいけないからね」
「はっ」
ザックスは気を付けをした。
「すぐにしたくをしろ」
アンジールが言った。
「今回は私も同行させて頂くよ。君の働き振りをじっくり見せてもらう」
ラザードが椅子を立って言った。
「ところでザックス」
「はい」
ラザードが声を掛けた。
「…君の夢は1stになる,かな?」
「いや,俺の夢は英雄になることでっす!」
「そう。叶いそうにないいい夢だね」
ラザードがカラカラ笑った。
やはり苦手なタイプだ,とザックスは思ってしまった。
 
 第二話 砦へ
 
 ウータイの町の手前でザックスとアンジールはヘリコプターを降りた。
「B隊はすでに内部に入り込んで待機済みだ。ここから先はウータイの警備が厳しくなる。何度も言うぞ,ここはトレーニングルームじゃない。本当の戦場だぞ。」
「分かってる」
「お前の分かってる,は当てにならない。…ザックス,お前バカリンゴを知ってるか?」
「え…」
「何だ知らないのか。バカリンゴを知らないなんてこれじゃ1st昇進はまだ無理だな」
アンジールはそう言って先に歩き出した。
「バカリンゴってなんだよ!?」
ザックスは怒ってアンジールの後を追いかけた。
「いたぞ!」
ザックスの声を聞きつけてウータイ兵が現れた。
あっという間にザックスはウータイ兵に包囲された。
「あわわ…」
慌てて口をふさいでももう遅い。
どうにかウータイ兵を始末すると,アンジールのほうへ走った。
「アンジール,バカリンゴって」
アンジールは目の前の樹を指差した。白いリンゴの実が付いていた。
「正式名称バノーラホワイト。一年中好き勝手な時期に結実する。村の人間はバカリンゴと呼んでいる」
「へぇ」
「俺が子供の頃,農園のリンゴは食べ放題だった。家が貧しかったからな。その中でも地主の庭にある樹のリンゴがおそろしくうまいということを聞いたが,俺は決して食べなかった。地主の息子と友達だったからな」
「友達だったらちょっとちょうだい,って言えばいいのに」
「…俺のプライドはそれができなかった。誇りとは厄介なものだな」
「で,アンジール,それがソルジャーと何の関係があるんだ?」
「知っておいて損はないだろうよ」
ザックスはしばらく黙っていたが,
「あのー,もしかして騙した?」
アンジールは笑いながら先を歩いた。
「おっ,おい!」
 
 第三話 砦突破
 
 タンブリン峠の砦は二十名ほどのウータイ兵が警備していた。
その様子を窺っていたアンジールが,
「すでに内部に入ってる別働隊が爆破工作を仕掛けている。俺は砦に爆弾を仕掛ける。お前の役目は囮だ。爆破を合図に砦を正面突破し,なるべく多くの敵をひきつけろ」
「それって派手にやっていいってことかな?」
「そうだ」
「よしっ,なら俺にお任せ」
アンジールは背中に背負っていたバスターソードを握ると,頭を下げて祈りを捧げた。アンジールはいつも剣は2本持っていて,一つはこのバスターソードで,決して使うことはなく,ただ背負っている。もう一つは普通の剣で,戦闘用に持っている。
「それ,いちいちまじない用の為に持ち歩くなんて重くないか?」
「この剣は俺の大事な宝物だ。肌身離さず持っていなければいけないんだ」
「じゃあ,使ってやれよ」
「大事な宝物を武器として使ったら,さびるし,ちびるし,いたむだろうが」
「変なの」
そのとき,砦で爆発が起こった。
「合図だ。行け,ザックス」
ザックスは空高くジャンプして砦の前に着地した。
「お邪魔しまーす」
ザックスの余裕の笑顔にウータイ兵達が,驚きながらも一斉に射撃した。
「おっとー」
ザックスは銃弾をすり抜け,全滅させると,砦の内部に無事潜入した。
携帯が鳴る。
「はい」
ラザード統括の神経質そうな声がする。
『よろしい。無事潜入できたようだな。君はこのまま砦の中枢へ行き,ウータイが用意している対ソルジャー用モンスターの排除だ』
「了解しました」
ザックスは渦巻き状の道になっている砦の中を歩いていた。途中回転扉があったり,物見やぐらから兵隊が降りてきたりで,大変な目に遭った。
「部長,砦内の残存兵を全て殲滅しました」
『ごくろう。それでは砦中枢に向かってくれたまえ』
石の門を開けると,そこは広い中庭になっていた。
「この先に対ソルジャー用のモンスター?」
ザックスが辺りをキョロキョロしながら奥の階段を上がっていく。
「待て待て待てー!」
突然声を掛けられてザックスは後ろを振り向いた。
そこには小学三・四年生くらいの子供が立っていた。
「なんだ?」
ザックスがこんな所になぜ子供がいるのだろうと不思議に思いながらも,
「おい,ここは危ないぞ。さっさと家に帰れ」
と言った。
「うるさーい!覚悟」
子供はザックスの腹に素早いパンチを力任せに打ち込む。
ソルジャーで,普段から体を鍛えているザックスにはあまり関係がない。しかし時間がないのでザックスは適当に派手に倒れた。
「うわぁーーーー,やられたーーーーー」
「ふっふっふ,見たか,アタシの実力を!」
子供は満足していなくなった。
「な,なんだ?今のガキは」
ザックスは起き上がると,もう一度奥の建物のドアを開けた。
そこにはサイのような巨大なモンスターが二体,こちらをぎょろりと見ていた。
「うひー,こいつらが対ソルジャー用モンスター?」
ザックスは剣を構えた。
サイ型モンスターはご丁寧に斧まで持ってザックスに襲い掛かってきた。
なんとか倒すと,ザックスはへたりこんでしまった。
「やれやれ。少し疲れたな」
すると,倒れていたモンスターの片割れが動き出し,ザックスに襲い掛かってきた。
「えーっ,まだ動けんの!?」
ザックスは腰がすくんで上手く動けない。
そのとき,何かがモンスターの上から落下して,斬りつけた。
倒れたモンスターの傍にあのまじない用に持っていたバスターソードを持ったアンジールが立っていた。
「大丈夫か。遅いから気にしていたんだ」
アンジールがザックスの腰を支えて立たせた。
「…その剣,使っちゃだめだったんじゃないのか?」
「剣よりもお前の命の方が大事だ。ほんの少しな」
アンジールは建物のドアを開けた。
「さぁ,戻ろう。部長の事も気になる」
 
 第四話 仮面の人
 
 砦から少し離れた所で部長が見つかった。
「ザックス,素晴らしい。君は英雄そのものだよ」
「はぁ…ありがとうございます」
今までソルジャーになってからあまり褒められたことのないザックスは反応に困ってしまって頭をかいた。
「ジェネシスは?」
アンジールが聞くと,
「見つからなかった。すでにウータイを出てどこかに行ってしまったらしい。とにかくこの先に進もう。セフィロスが待っている」
「セフィロス?あの英雄の?すげぇ,セフィロスに会えるのか!」
ザックスは陽気な口調だ。
そのとき,草むらから怪しげな仮面隊が出てきて,取り囲んだ。
黒と紫色の服を着て,頭には怪しげな仮面を付け,両手にはグルカ兵のような剣を左右の手に1本ずつ持っている。
「なんだ,この連中は。ウータイ兵ではなさそうだぞ」
アンジールが言った。
「すぐにセフィロスに連絡を」
ラザードが言うと,
「いや,このザックスで十分でしょう。ザックス,部長を安全なところにお連れしろ」
アンジールに言われて,ザックスは,
「さぁ,部長。こっちだよ」
とラザードを連れて別の道を走り抜けた。
やがて2人は別の神羅の軍隊に出会った。
「ソルジャー部門部長,ラザード部長ですね。ご無事で何よりです」
勲章を付けた赤いコートの将校がラザードに敬礼した。
制帽をかぶっているので顔はよく見えないがザックスと同年代の男のようだ。
「おお,ストライフ少佐。君もこの任務に?」
ラザードはこの若い少佐に挨拶を返した。
ストライフ少佐は,ザックスの方に向くと,
「ソルジャー殿,ご苦労様です。部長は我々の部隊が保護いたします」
「そうしてくれるかい。…ザックス,ありがとうね」
「いいえ…。俺,アンジールのところに戻ります」
「それではソルジャー殿,ご無事で行かれますよう」
ストライフ少佐がザックスに敬礼をした。
「はっ,はいっ」
折り目正しい敬礼に慌ててザックスも返した。
 
 第五話 裏切ったりはしない
 
 ザックスはとぼとぼと元いた場所に1人戻ってきた。
そこにはくだんの仮面隊が倒れているだけでアンジールの姿はない。
「アンジール,どこかへ行ったのか?」
困った,ザックスは1人はぐれてしまった。
このままアンジールを探すか,ラザードにアンジールがいなくなったことを報告するか,悩んでいたところ,目の前に真っ赤なマテリアがあり,それが光り輝いたと思うと,突然,召喚獣イフリートが現れた。
「うへぇっ,聞いてねぇーぞ」
イフリートは構わずザックスに炎を撒き散らした。
たまたまブリザドのマテリアを持っていたザックスは,離れたところからブリザドを使った。
氷はイフリートの頭の上ではじけ飛んだ。
怒ったイフリートがザックスに火炎を放射する。
「あちちちちちちち!」
かちかち山の狸の如くザックスは火だるまになって転げまわった。
エーテルを使いながら少しずつブリザドでイフリートを凍らせ,ようやくイフリートは動かなくなった。
「やれやれ」
ザックスが自分にケアルをかけていると,凍らせていたイフリートが暴れだした。
「うぎっ」
そのとき,イフリートとザックスの間に漆黒のロングコートの華奢な背中が舞い降りて,「どいて」
とザックスを片手で後ろに押しやった。
あっという間にイフリートの足を斬って転ばせ,真っ二つに斬り裂いてしまった。
「す,すげぇ…」
ザックスがビビっている間にイフリートは消え去り,赤い召喚マテリアだけが残った。
ザックスはマテリアを拾い上げると,女性をじろじろと見た。
黒いコートに銀色の髪,この人がセフィロスだろう。
セフィロスは男性ではないことと,ソルジャーはセフィロス以外は全員男だと聞いていたのですぐに分かったが,ザックスのイメージとは違っていた。本当はもっとアマゾネスみたいな人か鉄の女みたいな人を想像していただけに,この華奢で美しい女性の姿はザックスには信じられなかった。
セフィロスはミニスカートでも構わず仮面隊の一人の傍らに屈み,仮面を引っ張った。
「ありゃ?」
ザックスが首を傾げた。
仮面を取った顔は,ザックスが会社のスクリーンで見たジェネシスの顔写真そっくりだった。
「ジェネシスコピー」
セフィロスが呟いた。
「そういえばアンジールと一緒じゃないの?」
「そうなんだ。ここにいたはずなんだけど」
ザックスが辺りを探しながら言った。
「…もしかしたらジェネシスと一緒に行ってしまったかもしれないわね」
「アンジールが?そんなはずはない!」
ザックスは甲高い声を上げた。
「どうして分かるの?」
「アンジールは俺を裏切ったりしない。アンジールが俺を放ったらかしてジェネシスに付いて行くなんて考えられないよ」
ザックスは言った。
 
 第六話 彼女の命令拒否
 
 あれから結局アンジールは戻らなかった。心配しているザックスのところへカンセルがやって来た。
「部長が呼んでる」
気分があまり乗らなかったが,ザックスはミーティングルームに入ってきた。
「やぁ,ザックス。まぁかけたまえ」
ラザードが椅子を指差した。
ザックスはかつてアンジールが座っていた場所に座った。
「君に新しい任務がある。これからバノーラに行き,ジェネシスの両親に会ってきなさい」
「ジェネシスの?」
「実はあの後バノーラのジェネシスの両親にジェネシスが実家に戻っていないか電話をかけた。しかし何も知らないという。しかしわれわれはその証言を信用することはできなかった。なぜなら親が子供を庇うのは当然だからな。そこで調査にうちの社員を2名送ったが,連絡が取れない。君はバノーラでジェネシスを探し,見つからない場合は彼の両親に会って話を聞いてきなさい。そして行方不明の社員を連れて帰ってくること」
一度にたくさんの用事を言われたのでザックスは頭が混乱しそうだった。
「えーっと。とにかくジェネシスと行方不明の社員さんを探せってこと?」
「上出来だ。ちゃんと理解しているじゃないか」
ラザードは言った。
ザックスは馬鹿にされたみたいでちょっとムッとした。
ラザードは気にせず,
「今回の君の任務には彼女が同行する」
と声を掛けた。
タークスの制服にプリーツスカートにポニーテールの清潔そうな美人がザックスの所に歩いてきた。
「タークスのツォンです。よろしくお願いいたしますわ」
奥ゆかしい美人にお辞儀をされてザックスはちょっと慌てて,
「あ,どうも」
と,お辞儀をした。
「本来ならこの仕事はセフィロスが行く予定でしたの」
ツォンが言った。
「え,何で?」
「…命令拒否,ですわ。“鼻に小さな吹き出物ができたから任務は出たくない”ですって」
「ハァ?」
男のザックスには吹き出物如きで外に出たがらないセフィロスの心理がよく分からない。
「それって甘やかしすぎだろ」
「あら。本人に同じこと,言えますの?」
「ゲゲッ。それは黙ってて。ねっ,ねっ」
 
 第七話 リンゴの国から
 
 バノーラはリンゴの生産と加工産業の小さな町だ。
辺りはリンゴの果樹園が広がっている。
「…ん。このリンゴ,確かウータイでも同じものを見たぞ。確かアンジールが教えてくれた」
「正式名称はバノーラホワイト。この町の特産品ですのよ」
「アンジールが言ってたリンゴだよな」
「ジェネシスとアンジールは幼馴染の親友だったのです。2人はとても仲がよかった様子でしたわ」
「え?そうなの?じゃあ地主の息子っていうのはジェネシス?」
「ええ」
ザックスは歩きながら,先日のセフィロスの言葉を思い出していた。
アンジールもジェネシスに付いて行ってしまった,と言う。
なるほど,2人が幼馴染の親友なら一緒に行ってしまってもしかたないのかも知れない。
いいや,そんなはずがない,とザックスは心の中で首を振った。
どんなに親しい間柄でも正義感の強いアンジールが,自分や他の仲間を裏切って姿を消すなんて絶対に考えられなかった。
「さぁ,集落はこの先ですわ」
果樹園を抜けると,そこは町の公民館で,いきなり神羅のロゴを付けたロボットとセフィロスがジェネシスコピーと呼んでいたあの仮面隊が襲ってきた。
ザックスはジェネシスコピーとロボットを退治すると,
「やっぱりここはジェネシスと何かの関係があるんだな。でもあのロボットは神羅のものだろ。いきなり襲ってくるなんて」
と疑問に言った。
集落に入ると,団地があったが,静まり返っていた。
「どこへ行ったんだ?団地の自治会の旅行か?」
木陰に小さな土饅頭が不自然に並んでいた。
「ザックス」
「あ,ああ」
「貴方は団地のお宅を一軒ずつ回ってどなたかいらっしゃらないか探して頂けます?」
「あ,うん」
「私はこの土饅頭を調べます」
「それ,墓っぽいぞ。もし本当に死体が出てきたらどうするんだ」
「なれてますわ」
楚々とした美人はシャベルを持ってきて,ほじくり始めた。
彼女の清楚で清潔で可愛らしい外見とは裏腹に平気で死体が埋まっているかもしれない場所にシャベルを入れる。
「頭が下がるな。そんなことも平気でできるんだ」
「気にしないで下さいな。少なくとも貴方よりはお給料を頂いていますから」
「そうなの!?」
ツォンの小さな背中を見てから,ザックスは3階建てで,全部で2棟ある団地を一軒一軒インターホンを押して調べて回ったが,やはり留守らしい。
2号棟の1階の角部屋でインターホンを押すと,
「はい」
と女性の声が上がった。
「あの,神羅から来ました」
「あなたはジェネシスの仲間ではないの?」
「違います。俺はそのジェネシスを追っかけてきたんです」
ドアが開き,壮年くらいの女性が出てきた。
「俺はザックスっていいます。ジェネシスとアンジールの事,知りませんか?」
「アンジールはうちの息子です」
「え,じゃあアンジールのお母さんですか?」
 
ザックスは家の中に招き入れられた。
靴を脱いでこじんまりとしたお茶の間に座ると,アンジールの母がお茶を出してくれた。
「あなたの事はいつも息子からの手紙に書いてあるわ」
「へぇ」
「いつも落ち着きがない,子犬のザックスってあなたのことでしょう?」
「アンジールのヤツ,俺の事をそんな風に書いていたのか」
ザックスは用事を思い出した。
「ところでそのアンジールとジェネシスがどこにいるか知りませんか?」
アンジールの母は,少し暗い顔になる。
「三日ほど前に,ジェネシスが大勢の仲間を連れて帰って来たのよ。それで町の人達を殺してしまったの」
「アンジールも一緒でした?」
「いいえ。別々にやってきたわ。一度うちに戻って来たけれど,剣を置いてどこかへ行ってしまったみたい」
ザックスが振り返ると,隅に小さな仏壇があり,アンジールがいつも背負っていたバスターソードがある。
「その剣は我が家の誇りなの。アンジールがソルジャーの試験に合格したとき,無理をしてあの剣を用意したの。その為に夫は無理をしてね,過労で亡くなってしまったわ」
「…」
ザックスは仏壇の前に正座して手を合わせた。
仏壇の横のバスターソードと一緒にアルバムが置かれている。
アンジールの母は,ザックスに二杯目のお茶を入れてくれながら,
「それはうちのアルバムよ」
と言う。
ザックスは興味を持って,
「見てもいいですか」
と言った。
アルバムにはアンジールがソルジャーになりたての頃や,子供の頃の写真がたくさんあった。ジェネシスと一緒に写っている写真もたくさんある。
写真で見たところ,アンジールの父は真面目でおとなしそうだった。
ザックスは今までアンジールとジェネシスはアンジールの方が年上だと思っていたが,本当はジェネシスの方が少しお兄さんだった。アンジールが老けて見えるのはこれまでの苦労が多い人生を物語っていた。
アンジールがいつも剣を使わず,背中に背負っていたのは無理からぬことだったかもしれない。
ザックスはアルバムを返すと,
「いろいろとどうも。俺はもう行きます。おばさんも早く逃げた方がいい」
「ありがとう。でも心配しないで。ジェネシスは私を殺せないからね。ザックスさん,アンジールをよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられてザックスは申し訳ない気分になった。
団地から離れると,携帯が鳴った。
『見つけましたわよ。リンゴの加工工場の中にジェネシスコピーが出入りしてますの。正面玄関から入るのは危険でしょうから私,今工場近くの崖の上にいますからいらして下さい』
ザックスはツォンの待つ崖のところまで歩いた。
なるほど,ここからならば敵に見つかりにくい。
「お墓,中開けましたの」
「知ってる」
「ジェネシスのご両親が埋葬されてらっしゃいましたわ。多分自分の親を殺したのでしょうね」
「そんな…。とんでもない悪人だな」
「アンジールはいました?」
「家には一度寄ってるみたいだけど今はいないって」
「そうですか」
「でも頼む,もう少し待って欲しい。もしアンジールに会ったら俺がなんとか説得するから」
ジェネシスの事はよく知らなかったが,アンジールを失いたくない一心でザックスは喋り続けた。
「アンジールが戻ってくれればジェネシスも出てくるかもしれないだろ」
「…今回の任務,セフィロスが貴方を指名したんですのよ」
「え?」
「セフィロスってあの通り特殊な環境でしょう。だからアンジールとジェネシス以外に友達はいらっしゃらなかったんですわ。そんな数少ない大切なお友達を殺せるなんてできなかったのでしょう。貴方ならもしかしたら2人を取り戻せるかもって期待したのかもしれないですわね」
 
 第八話 紅蓮の男
 
 リンゴ加工工場の中は,無人で,ときおりどこかで巣を作っている鳩の鳴き声しか聞こえなかった。
2階のガラス戸を開けてザックスが先に入り,ツォンも入ってきた。
突然,ジェネシスコピーに取り囲まれた。
ツォンを庇いながら戦うには相手の数が多すぎた。
「先に行け!ここは俺が食い止めるぜ」
ツォンが先に走り出したのを合図に,ザックスはジェネシスコピーを片付けた。
階段を降りると昼間でも閉め切った工場内は薄暗く,灰色の闇が広がっていた。
「ここですわよ」
奥の部屋からツォンが声を掛けた。
無事だったらしい。
机上のパソコンのキーボードを叩きながら,「分かりましたわ。ここでコピーを作っていたんですわ」
ツォンの背中にまだ誰も入っていない部屋がある。
ドアを開けると階段がある。
「この先の2階か?」
ザックスは階段を上がる。古い木の階段で,ザックスが上がるとギシギシと音を立てる。
上がったところは応接間になっていて,壁にはポッドがあり,机に赤い革コートの男が座っていた。
あのスクリーンの写真で見たジェネシスに違いなかった。
「お前,ジェネシスだな。よくもアンジールを誘拐したな。一体全体どんな道理があってこんなことをするんだ」
ザックスが声を荒げているのにジェネシスは姿が見えていないような態度だ。
片手には本を持っている。
『深遠の謎 それは女神の贈り物
 我らは求め 飛び立った』
詩のようなものを朗読しているらしい。
声を聞きつけてツォンが入ってきた。壁側のポッドの中を覗くと,ジェネシスコピーが培養されている。
「あのお墓。調査に来たうちのスタッフも埋葬されていましたわね。どういうことか説明していただけますか?」
「脅したらせっせと会社に嘘の情報を送っていたぞ」
「脅さなくたってあんたの親はあんたをかばっていたぞ」
ザックスが間に入った。
「両親は一生俺を裏切り続けていた。裏切られた俺の気持ちは誰にも分からない」
ジェネシスは片手を振ってツォンに向かって火炎を放った。
「きゃあ!」
生身の人間よりも火炎魔法に弱いツォンは派手に倒れた。
「おい,ひどいじゃないか!」
そのとき,バスターソードを背負ったアンジールが入ってきて,ツォンを抱き起こしてから,ジェネシスの前に立ち,ザックスの剣先をジェネシスに向けた。
「…ほぅ,なるほどな。それがお前の結論か。しかし」
ジェネシスは立ち上がり,部屋を出た。
「…そっちの世界でやっていけるのか?」
と言い残した。
「アンジール」
ザックスは大喜びでアンジールに駆け寄ったが,アンジールはザックスに剣を返すと,黙って部屋を出た。
ツォンは携帯電話で連絡を取っていたがザックスに,
「すぐにここを出ましょう。間もなく空爆が始まりますわ」
「空爆って…この町全体を?」
「この町全体が会社の不祥事の痕跡になるのなら仕方のないことですわね」
「あの2人を放っておくのか…?」
「…」
「俺,もう一度アンジールの家に行く。中にアンジールのおばさんがいるんだ」
「分かりました。私の方から事情を話して空爆の開始時間を少し延ばしてくれるよう頼んでみますわ」
「ありがとうな」
ザックスは工場を出ると,途中立ちはだかるジェネシスコピーを蹴散らして団地に戻った。
「おばさん,迎えに来たよ!俺と一緒に逃げよう」
ザックスが中に入ると,アンジールの母はお茶の間のちゃぶ台にうつぶせに倒れていた。
そしてその隣には呆然と立ち尽くすアンジールがいる。
「おばさん!」
ザックスは思いっきりアンジールのほっぺたを拳骨で殴った。
「なんてことしてんだよ!」
「母は,生きていてはいけなかった。その息子も同じだ」
「ハァ?」
アンジールは無言で部屋を出て行ったので追いかける。
玄関の外にジェネシスが立っていた。
「もうアンジールも俺もそっちの世界ではやっていけない,そういうことだ」
アンジールが団地から出て行ってしまう。
その様子を眺めながらジェネシスが,
『君よ 飛び立つのか
 我らを憎む世界へと
 待ち受けるのはただ過酷な日々
 逆巻く風のみだとしても』
と再び詩を暗誦した。
「だからその気持ち悪い詩をやめろっての!」
ジェネシスは,
「今日はセフィロスはいないのか?」
と聞いてきた。
「セフィロスはあんたやアンジールと戦いたくないと思ってる。だから代わりに俺が来たんだ」
「セフィロスに俺の気持ちが分かるはずなどない」
ジェネシスはバハムートを召喚した。
いきなり現れた巨大な翼竜にザックスは驚き,あわてふためいたが,なんとかこれを撃退した。
「召喚獣をおもちゃにするなよ」
ザックスがジェネシスを叱り飛ばした。
「ソルジャーとしての誇りはどうしたんだよ」
しかしジェネシスは顔を背けた。
「俺達はモンスターだ。夢も誇りもなくしてしまった…。待ち受けるはただ血煙に身を投じる過酷な日々のみだ…」
と,左手を広げた。
すると,ジェネシスの左肩から真っ黒な翼が現れ,飛び立ってしまった。
ザックスはぐったりとしていたが,やがてツォンの待つヘリコプターの方へとぼとぼと歩いて行った。
ザックスを乗せたヘリコプターがゆっくりと浮上した直後,バノーラの上空から雨のように爆弾が降り注いだ。
焼け落ちるリンゴの果樹園をザックスはいつまでもいつまでも窓に張り付いて悲しそうに見ていた。
 
 第九話 戦争と平和
 
 戦争は終わった。
周りは終戦と勝利に沸いていたが,ザックスはアンジールの身を案じて1人複雑な思いでいた。
携帯が鳴った。
「はい,ザックスです」
「ふふふ,私よ」
「セフィロス?」
「ラザードの部屋で待ってるわ」
受話器から直接耳に響く魅惑的なソプラノは短く用件を伝えると切ってしまった。
 
ラザード部長の部屋は68階にある。
部長は席についていて,セフィロスはその机に寄りかかるように座っていて,ザックスが入ってくると,口の端をあげて微笑んだ。
もともとセフィロスは美人だが,体はがり痩せ体型なので,無理矢理寄せて上げて作った胸の谷間もミニスカートから伸びる棒のような枝のような足も男性のザックスにはそれほど色気があるとは思えなかった。ただ他の女性と違ったのは,そんな体型をカバーしてありあまる美貌があったことだ。
 
「おめでとうザックス」
ラザードがザックスの手を握った。
「今日から君はクラス1stだ」
「えーっと」
ザックスは黙っていた。あんなになりたかったクラス1stだったのになんだか実感がわかない。
困っているザックスにラザードが,
「無理もない。君も色々あって疲れたのだろう」
と,珍しく優しい声を掛けてくれた。
ザックスは少しほっとしたように肩の力を抜いた。
「そこで君の新しい任務だが…まずは新しい制服に着替えてきなさい」
「はあ」
部屋を出るときザックスが思い出したように,
「鼻のにきびはもういいのか?」
と,セフィロスの整った鼻を穴が開くほど見つめた。
「…ごめんなさい」
ためいきのようにセフィロスは言った。その口調はとても弱々しく,ザックスは自分の言動を少し後悔した。
1stは私服の着用が認められるが,ザックスは用意された制服を着ることにした。かつてアンジールがそうしたようにだ。
着替えを済ませてエレベーターに乗ろうとすると,カンセルがザックスの肩を叩いた。
「おめでとう!1stになったんだな」
「うん。俺活躍したからな」
「え?でもテレビでは戦争の終結はセフィロスの活躍のためって…」
「はぁ?話が違うだろ。セフィロスはB隊にいたんだから」
「ま,英雄はメディアが作るって言うじゃん。落ち込むなよ」
 
再び部長の前に行くと,ラザードが手招きして,ザックスにしか聞こえないような声で,
「セフィロスは今あまり体調が良くない。情緒も不安定だ。悪いが軽はずみな言動やからかいは自重してやってくれ。それからこのことはオフレコだ」
「分かりました」
ラザードに背中を押されてザックスは部屋に入った。
ラザードは何事もなかったように椅子に座った。
「会社はアンジールとジェネシスの抹殺命令を出した」
「まさかそれを俺が?」
「いや,今回は軍が投入される」
「私達ソルジャーは仲間意識があるから信用されていないのよ」
セフィロスが付け加えた。
「そりゃそうだろう。そんなの俺だって拒否したい」
「だから私も行くのよ」
そのとき,ブザーが鳴った。
「侵入者だ」
ラザードが言った。
「セフィロスは社長室,ザックスは正面玄関を頼む」
「あいよっ」
ザックスは部屋を飛び出した。
 
 第十二話 危険な2人
 
下のソルジャーフロアに降りてくると,すでに会社の中にモンスターやらジェネシスコピーが大挙していた。
3rdのソルジャーの援護をしてやってから,
「きゃあー」
トレーニングルームから女性の悲鳴が聞こえたのでザックスが中へ入ると,重役社員と若い女性社員がモンスターに囲まれている。
ザックスがこれを撃退すると,
「ありがとう」
と重役社員が言った。
ザックスは重役社員をまじまじと見た。
こんな昼日中に若い女性社員となにをしているのか。
重役社員はザックスの奇異の目に気付いたのか,
「我々がここにいたことは黙っててくれないか」
「え…いいですよ」
「感謝する。これは助けてもらったお礼と口止め料だ」
重役社員は上着のポケットから財布を取り出すと,手の切れるような新札の1000ギル札を5枚,ザックスに渡した。
「うぉっ」
ザックスは目を丸くした。
「どうしよう,お小遣いもらっちゃったよ」
もらった金を財布にしまうとザックスは再び玄関へ走った。
正面玄関から入ってくるのはジェネシスコピーと,なぜか襲ってくる神羅のロボット。
さすがにザックスも息切れしてきた。
ようやく片付けた頃,セフィロスが降りてきた。
「一体ジェネシスコピーは誰が作ってるんだ」
「ちょっと前に神羅を退職した科学者にホランダーって人がいたんだけど,その人が神羅のクローン技術を持って逃げたのよ」
「じゃ,そいつがジェネシスコピーを作ってるのか?」
「そういうことね」
「信じられねぇな」
「…8番街でもジェネシスコピーの姿が確認されているらしいのよ。行きましょう」
神羅ビルを出ると,正面からジェネシスコピーの大群が走ってきた。
「ここは俺に任せろ!セフィロスは先に行け!」
ザックスが言って剣を構えると,
「あら,何か言った?」
とセフィロスがザックスよりも数メートル先に立っていた。
足元にはジェネシスコピーが倒れていた。
「…えーっと」
ザックスが男として面目なく考えているのにセフィロスはさらに言葉を続けた。
「ここから先は手分けして進みましょう」
「うん,分かった」
セフィロスがいなくなってからザックスは考えた。どうやらセフィロスの機嫌も極端な起伏を繰り返しているらしい。
ラザードの部長室にいた頃と比べてさきほどのセフィロスは元気になっていたからだ。
8番街の噴水の広場まで出てきたら,いきなりスーツの若い女性がジェネシスコピーに取り囲まれていた。
「危ないっ,今助けに行くぞー」
ザックスが走りよろうとすると,赤毛にゴーグルの男にさえぎられた。
「8番街はタークスの管轄だぞ,と」
「んなこと言ってる場合か」
「彼女なら大丈夫だ」
別のスキンヘッドの男が言った。
「えっ」
大型の手裏剣を持った彼女はあっという間にジェネシスコピーを粉砕した。
「あんたもタークスか?」
ザックスが聞くと,女性はうなずき,
「シスネよ。よろしくね」
とザックスに握手した。
「ああ,ザックスだ」
そこへツォンが現れた。
「ザックスさん。ここは私達の管轄ですのよ」
「いや,手伝ってやろうかと」
「いいじゃない。助かるわ」
シスネがツォンをさえぎって言った。
 
ザックスは8番街の劇場通りを調べて回ったが,途中一般市民を保護していくと,子供が,
「この先に赤いコートの男の人がいて,おそってきたの。そしたらスーツのお姉ちゃんが助けてくれたの」
―赤いコート,…ジェネシスか?
もしジェネシスならシスネが危ない。
劇場通りの前まで歩いてくると,シスネが肩をおさえてしゃがみこんでいた。
「撃たれたのか」
「下手こいちゃった…」
シスネは意識もあり,歩けるようだったので,ツォンのところに戻るように言った。
その真正面に赤いコートのジェネシスがいた。
これまでのジェネシスコピーとは違い,忍者装束ではなく,赤い革コートに黒いデニムパンツという本物のジェネシスと同じ服装だった。左肩にはやはり真っ黒な翼が見えた。
―もしかして滅茶苦茶強かったらどうすんだ?
ザックスは緊張して剣を構えた。
ジェネシスコピーはガンブレードを持っていて,ザックスに襲い掛かってきた。
銃撃に関する訓練はいつも欠かさずにこなしていたので,なんとかザックスはジェネシスコピーを倒した。
「…ふぅ」
「ザックス,大丈夫?」
傷の手当てを受けて戻ってきたシスネが心配そうにしていた。
「ん,大丈夫。こんなもの」
シスネは倒れたジェネシスコピーを見て,
「子供の頃,翼があればいいって思ってた」
「人間にそんなものがあったらモンスターだ」
ザックスが言った。
「ううん。翼は自由になりたい人の憧れ,だよ」
携帯がなった。
『今から伍番魔晄炉に来て』
セフィロスの声だった。
「えっ」
『アンジールが伍番魔晄炉で見つかったらしいの』
「本当に?まさか殺すのか?」
『…軍隊が入るまでにまだ時間があるのよ。それまでに私達が先に行って,わざと抹殺に失敗するの。いい考えでしょう?』
「…おお!」
ザックスは意味を理解すると,大喜びした。
 
 第十四話 優しい手
 
 伍番魔晄炉で奇妙なモンスターを退治した。
水色の皮膚に甲羅を持つ二足歩行のモンスターだが,その胸にアンジールの顔がついている。
「これ,アンジールの顔だ」
ザックスが指摘した。
「やっぱり…ね。アンジールもコピーされるようになったのよ。ね,この先にホランダーの研究室があるらしいのよ。全く魔晄炉に住み着くなんて考えたわね。家賃はタダ,魔晄はくみ上げ放題。私ケチの男は嫌いよ」
セフィロスがつぶやいた。
「アンジールもホランダーっていうわけわかんないヤツに協力してるなんて,がっかりだよ」
ザックスは言った。
「そうね。私もそう思う」
ザックスはツォンからセフィロスにはアンジールとジェネシスしか友達がいない,ということを聞いたのを思い出した。
ホランダーの研究室は魔晄炉の搬入口付近にあり,元々は魔晄炉の守衛室を自分で改築したものらしく,中は三畳ほどの台所と,トイレと風呂場,それに四畳と六畳の二間続きの畳の部屋があった。
「留守みたいね」
「待たせてもらおうよ」
ザックスが提案した。
部屋の中は生活感がある。
六畳間にはモデオヘイムと同じ培養ポッドが2台あり,アンジールコピーの姿が見受けられた。
セフィロスはちゃぶ台の書類に眼を通した。
「アンジールやジェネシスの能力をコピーしてクローンを作る技術,ホランダーが盗んだ技術ってそういうことなのよ」
「人間のクローンをいっぱい作って一体何になるんだ」
「古代種の細胞を埋め込んだソルジャーを大量生産すればわざわざ新しく生身のソルジャーを雇わなくてもいいってことじゃないの」
「けちなやりかただなぁ」
「でも弊害があるの。コピーを造り続けるとオリジナルの身体能力は老化するの」
「年取るってこと?」
「そう。それもものすごいスピードでね。
ザックスは冷蔵庫から勝手にチューハイを2本持ってきて六畳間に戻ってきた。
セフィロスはテレビをつけて膝を抱えて座っていた。
「…アンジールもいなくなっちゃうなんて…また私取り残されちゃったんだわ」
ザックスはなんだかかわいそうになって,
「俺でよかったら友達になってやるよ」
と,チューハイを置いた。
「優しいのね」
「まぁな。俺は女の子には優しいんだ」
「子供の頃から私ずっとひとりぼっちだった。アンジールとジェネシスだけだった。私に優しくしてくれたのは。よく2nd達の目を盗んでトレーニングルームで遊んでた」
 
 第十五話 かすかな怒り
 
 時刻は夕方5時過ぎ頃,ジュノンの魔晄キャノンの上にセフィロスが背中を向けて立ち,少しはなれてアンジール,ジェネシスが並んで立っている。
ジェネシスはいつものようにあの本を持っている。
『深遠の謎 それは女神の贈り物
 我らは求め 飛び立った』
「また,“LOVELESS?」
セフィロスは振り返った。
「よく分かったな」
ジェネシスが言った。
「だってジェネシスは毎日毎日そればっかり」
セフィロスはクスクス笑ってアンジールとジェネシスの方に歩いてきた。
ジェネシスは本を服のポケットにしまった。「ヘラヘラして剣を振るなよ」
アンジールがジェネシスに言った。
「どっちがだ」
ジェネシスが睨み返した。
アンジールとジェネシスは束になってセフィロスに斬りかかり,セフィロスは大の男2名のそれもクラス1stのソルジャーの剣を簡単に片手で弾き飛ばし,2本の剣をたった1本の刀で支えて受けている。
 
「さすがセフィロスだな」
アンジールは素直にセフィロスの力を認めたが,ジェネシスは軽く舌打ちした。
「下がってくれ,アンジール。セフィロスと勝負したい」
セフィロスはジェネシスの言っている意味が分からないらしく。あどけない眼でジェネシスを見ていた。
ジェネシスは持っている剣に炎を宿らせてライトセーバーのようにすると,セフィロスに向かって突っ込んでいった。
セフィロスは気にせず余裕でジェネシスの剣を片手で引き離した。
「くっ」
ジェネシスは飛び上がったセフィロスに向かって火炎魔法を投げた。
しかしセフィロスは自分に向かってくる火の粉をまるでもぐらたたきのゲームのように簡単に跳ね返した。
「やめろっ」
アンジールがジェネシスを押さえつけた。
「ビルを壊す気か!」
「英雄になりたいだけだ!」
ジェネシスはそう言ってアンジールを引き離すと,空からセフィロスの放った刀の真空刃が飛んでくる。
ジェネシスは真空刃を弾きながらセフィロスを追いかけるが,突然その姿が見えなくなった。
ジェネシスが慌てて辺りを見回したとき,キャノンの下からセフィロスが現れ,砲身を切り刻みながらジェネシスに向かってきた。
ジェネシスは舌打ちして向かってくるセフィロスに剣を構える。
ジェネシスの必死の表情と違い,セフィロスは無邪気な少女の微笑みのまま,ジェネシスに向かってきた。
「やめろー!!」
セフィロスとジェネシスの間にアンジールが立っていた。
ジェネシスの剣を正面から剣で受け止め,セフィロスの刀を背中のバスターソードで受け止めて。
「アンジール?」
セフィロスは刀を持ったままアンジールを見ている。
「邪魔するな,アンジール。俺も,俺も英雄になるんだ」
ジェネシスはそう言って持った剣にさらに闘気を纏わせた。
ボン!!
ジェネシスの剣が破裂した。
その瞬間,ジュノンの夕焼けがトレーニングルームの殺風景な壁に変わった。
「ジェネシス,しっかりしろ」
うずくまるジェネシスにアンジールが声を掛けた。
「…かすり傷だ。こんなもの」
ジェネシスはよろよろと立った。
そしてセフィロスとすれ違いざまに,
『約束のない明日であろうと 必ず君の立つ場所に舞い戻ろう』
とあの詩を詠んだ。
 
その後,セフィロスはアンジールに散々お説教を食らった。
年齢は大人でも心はまだ無邪気な少女のままのセフィロスは,ほおをぷーっと膨らませてアンジールの顔を睨みあげている。
「とはいえ」
アンジールは付け加えた。
「ジェネシスも大人気ないところがあったな。お前をけしかけたんだからな」
セフィロスはまだ上目遣いでアンジールを見て,
「…ジェネシスは私の事が嫌いなの?」
「なぜだ?」
「だってさっきのジェネシスの眼,私の事殺しかねない眼だった。怖かったわ」
女性ゆえにセフィロスには決して分からない問題だった。
「…男の誇りと言うものは厄介なものなんだ」
アンジールはそう言った。
「…?」
「気にしなくていい。俺にとってもジェネシスにとってもお前は可愛い妹だ」
アンジールはセフィロスの頭を親しみを込めて抱きしめながらも,ジェネシスの不審な態度に疑問を禁じえなかった。
「一緒にジェネシスの様子を見に行こう」
アンジールはセフィロスを優しく促して科学技術部門内にあるソルジャーの病院に行った。
ジェネシスの治療は,当時まだ神羅にいたホランダーが行っていた。
「ジェネシスの具合はどうですか?」
アンジールがホランダーに尋ねた。
「傷は浅いが,傷口から大量に魔晄が入ったのがいけなかった。ひどい熱と咳と吐血を繰り返している。吐血以外は風邪の症状によく似ているが,今は絶対安静だ。輸血を」
セフィロスは,
「あの,私…」
と進み出たが,アンジールが両手でセフィロスの肩を後ろから抑えて留まらせた。
「お前はいい」
ホランダーは,
「君はO型だろう。ジェネシスはA型なんだ」
と言った。
アンジールは,
「俺がA型だ」
と進み出た。
「セフィロス,お前はもう帰ってろ」
アンジールが診察室に入っていくのを見て,セフィロスは,よろよろと廊下にへたり込むように座り込んだ。
「…私じゃ,だめなんだ…」
突然,後ろから抱きすくめられた。
「ここにいたか」
白いスーツにシルクのアスコットタイを合わせた金髪の貴公子,ルーファウスだった。
ルーファウスはセフィロスの髪やほほに何度もキスをした。
「随分浮かない顔だね。まぁアンニュイな表情の君も素敵だけれど」
セフィロスは不安や心細さもあって,ルーファウスの首に腕を回した。
「話したいことがある。素敵なリストランテを予約した。きっと君も気に入るだろう」
ルーファウスの首にしがみついたセフィロスの小さな胸がドクン,と鳴った。もしかしたらもしかするかもしれない。
「それじゃ,すぐに着替えてきて。ビルの玄関で待ってるから」
ルーファウスは先に立った。
セフィロスは大急ぎで着替えてメイクを直すと,ルーファウスの待つ玄関へ向かった。
 
「セフィロス」
「何?」
「実は…親父の命令で長期出張が決まった。急な話なんだけど…」
「え…」
セフィロスは口をぽかんと開けてルーファウスの顔を見た。
「いつ…帰ってくるの?」
「分からない。なるべく連絡するようにする」
がっかりしてしまったセフィロスは力なく肩を落とした。
そんなセフィロスの態度を見るのはルーファウスも辛かった。
「急いで帰るから」
ルーファウスはセフィロスの手を優しく握った。
「これはその約束だ」
ルーファウスは魔法のように細かいダイヤがいくつも鏤められた指輪を出すと,その握り締めた指にそっとはめた。
「…綺麗」
セフィロスはさっきまで泣き顔だった眼を丸くして指輪を見つめた。
「君の手にぴったりだ」
ルーファウスは微笑んだ。
「これ,私がもらっていいの?」
「もちろん。君以外の誰にも指輪を渡すつもりはない」
「…ルー,ありがとう。本当に私でいいの」
「僕の方こそ,この僕を選んでくれて君に感謝しなきゃならない…だから,その…もう少し待っててくれるかい?必ず帰ってくるから」
「ええ」
 
その夜2人がこの後どうしたかはここで書くまでもないだろう。
翌朝ルーファウスはセフィロスの頬や首に何度もキスをすると,ヘリコプターに乗って出掛けてしまった。
必ず連絡する,と約束した。
しかし,そのはずのルーファウスからの電話もメールもなく,セフィロスは不安になって何度かメールをしてみたが,返信はなかった。電話をかけても繋がらず,可愛そうにセフィロスの胸は再び不安で満たされた。
 
 
 第十六話 翼はいらない
 
「えっ,それじゃあ副社長は戻らなかったってこと?」
ザックスが聞き返した。
「そう。今もまだ戻っていないの。どう考えても私の事避けてるみたいだし」
「忙しいんじゃないの?」
「だけどメールの返信くらいはできるわよね。…どうしてみんな私を置いてどこかに行っちゃうのかしら」
セフィロスがうつむいた。
「元気出せよ。言っただろ。俺が友達になってやるよって」
「ふふ,ありがとう。私なら大丈夫よ」
そのとき,階段を上がってくる音がした。
「ホランダーが帰ってきたみたいね」
「そうだな」
2人は外に出た。
『住居』の手前の倉庫でゴソゴソしているホランダーを見つけた。
中背で小太り,顔立ちもお世辞にも見目麗しい雰囲気ではない。
「セフィロス」
「こんにちは,ホランダー」
セフィロスはいつもの愛想笑いをした。
「私を殺してどうする。アンジールとジェネシスの劣化を止められるのは私だけだぞ」
「貴方はその方法が分かったの?」
さらりとセフィロスは聞き返す。
ホランダーには答えられない。
そのとき,ゆっくりと翼を羽ばたかせジェネシスが降りて来ると,剣先をセフィロスの細い喉元に向けた。
「ホランダーは渡さない」
その様子を見てホランダーは慌てて回れ右をして逃げ出した。
「あわわわわ」
ザックスが慌てて様子を伺っていると,セフィロスは無表情で,
「ザックス。ホランダーを追って」
「は,はいっ」
ザックスは慌ててジェネシスのわきをすり抜けてホランダーを追った。
ジェネシスは口を開いた。
「惜しみない祝福を受けて 君は女神に愛された
 世界を癒す 英雄として」
「また『LOVELESS』?」
「3人の友は戦場へ
 1人は捕虜となり
 1人は飛び立った
 残った1人は英雄になった」
「それで?」
「俺達に当てはめるなら英雄の役は俺か?お前か?」
「知らないわよ。やりたければジェネシスがやればいいじゃない」
「本来ならお前の名声は俺のものだった」
「…?言ってる意味が分からない。どうして私の事そんな風に見るの?そんなことで私の事恨まないで。つまらないじゃない」
「確かに。今となってはそう思う。そして俺が今最も手に入れたいものは『女神の贈り物』だ」
 
その頃ザックスは伍番魔晄炉搬入口までホランダーを追い詰めた。
「おいおっさん!ここまでだぜ」
ザックスはホランダーを拘束しようとしたとき,アンジールが現れてホランダーの前に通せんぼをしてしまった。
「アンジール,無事だったんだな。そこをどいてくれ。そいつを逮捕しなくちゃいけないんだ」
しかしアンジールはどいてくれるどころか,ザックスに向かってバスターソードを向けた。
「何するんだよ。なんでホランダーなんかに協力するんだよ」
「…そうするしか俺に生きる道はない」
アンジールの左肩に天使の真っ白い翼が伸びた。
「ジェネシスと同じだ…」
「俺はモンスターになってしまった。もう,夢も誇りもない…」
「アンジールはモンスターじゃないぞ!」
ザックスは言い返した。
「ではこの翼はどう説明するんだ」
「これは天使の羽だ。モンスターの羽なんかじゃないんだ」
「そうか。じゃあ天使はどんな夢を持てばいいんだ?」
「それは俺にも分からないよ。アンジールが決めることだから。アンジールの願いって何だよ。アンジールはどうしたいんだ?」
「…天使の夢は一つだけ」
「?」
「人間になることだ」
いきなりザックスは腹にアンジールのパンチを受けた。
「うぐっ」
ザックスは腰を打って転がった。
「戦え」
「嫌だ!」
ザックスは抵抗した。
アンジールはザックスに向かって火炎魔法を放った。
「わわっ」
避けようとしてザックスはバランスを崩して魔晄炉から落ちていった。
 
 第十七話 花畑天国
 
―俺,友達を助けたいのに,どうしたらいいか分からない…。
ザックスは夢の中でずっとずっと嘆いていた。
「おい!」
声を掛けられてザックスは夢から覚めた。
辺りには花畑が広がっていた。
「…ここは天国か?」
寝ぼけたような顔でザックスが辺りを見回した。
「ハァ?何言ってるんだ。ここはスラムの教会だぞ」
髪を後ろで束ねた,背の高い男が立っていた。
白いTシャツに白いジーンズを着ていたので,
「天使?」
と聞くと,
「いや,そんなもんじゃない。俺はエアリス。あんた,その上から降ってきたんだぜ」
「俺が?」
ザックスは起き上がった。
「そうか,エアリス,ありがとうな。助けてくれたのか」
「何もしてねぇぞ。おいって声かけただけだから」
エアリスはそう言って花畑の手入れを始めた。
「これ,あんたの花?」
「ああ」
「上の街じゃ,花なんて珍しいんだぞ」
「ここだけ花咲くんだ。後俺の家の回りと」
「へぇー,俺なら花を売って金にするね」
「?」
「ミッドガル花でいっぱい,財布,お金いっぱいだ!」
「考えたことなかったな」
ザックスはそろそろ会社の方に帰らなくては,と思った。
しかしここはどこだろう。会社までどうやって帰るのか分からない。
「迷子か。途中まで俺が送ってやるよ」
エアリスが立った。
教会の外にピックアップトラックが停まっていて,荷台にガーデニングの用具が積んである。
「乗れよ」
ザックスを乗せると,車は出発した。
「いつもここにいるのか?」
「ああ。夕方からは仕事だが昼間は大抵ここにいる。…ところでどこまで送ればいい?」
「上の街に行きたいんだ。八番街まで」
「いいよ」
「なぁ,エアリス,俺,この町なんか落ち着かないんだけど」
「気のせいだろ。俺は普通だ」
ザックスは窓から辺りを見回し,
「分かった。空がないんだ」
「ふん,空か。俺は別に空なんてなくてもいい」
「えっ,なんでだよ」
「空…なんか嫌いなんだよな。吸い込まれそうで」
「そんなものかなぁ」
年中プレートの下にあるスラムには空がなかったが,スラムでずっと暮らしているエアリスにはどうでもいいことのようだった。
ピックアップトラックは八番街の劇場通り前で停まった。
「ここでいいよ。ありがとう」
「上の街に来るのは久しぶりだな。俺もちょっと歩き回ってみる」
エアリスはてくてくと歩き回って,若者向けのブランド店に入って行った。
「お,これいいな」
エアリスは抑えた渋みのあるピンクのバンダナを手に取った。
「それ,買ってやる」
「へ?」
いきなりザックスに言われてエアリスは振り返った。
「助けてくれたお礼だよ」
「俺は別に何もしてないって…」
「いいから。いいから」
ザックスはエアリスの手からバンダナをひったくると,お金を払ってバンダナをエアリスの束ねた髪の毛に止めてやった。
「やめろよ,男同士で気持ち悪い」
エアリスは笑いながら抵抗した。
「じゃ,何か俺もお礼しないとな」
エアリスはポケットからとあるクラブの名刺を出した。名刺そのものがフリードリンクのクーポンになっている。
「俺,ここの店で用心棒をしている。大抵店にいるからいつでも来てくれ。好きな酒をおごってやる」
「いいのか。こっちこそ悪いな」
ザックスの携帯が鳴った。
「…もしもし」
『すぐに本社ビルに戻ってきて。ジェネシスの一行が来たのよ』
セフィロスの声だった。
「OK」
電話を切ると,
「ごめん,エアリス。急に呼び出された」
「いや,いいさ。じゃ,遊びに来てくれよ。約束だぞ」
「うん」
ザックスはエアリスと別れると本社ビルに向かった。
ザックスは街中で早速ジェネシスコピーの大群から手荒い歓迎を受けた。
倒しても倒してもどこからか次の部隊がわきでてくる。
「埒が明かない!」
そのとき,翼をはためかせたアンジールが降りてきた。
「ザックス,力を貸してくれ」
「なんで?俺,アンジールがどうしたいのか全然分かんないもん」
「俺にも分からない。どうしたいのか,何をやりたいのかも。何が正しいか間違っているのか。ザックス,お前はそれを知っている」
アンジールはザックスを頼っているのがよく分かった。
ザックスは小さな声で,
「…分かったよ」
と言った。
「それで,俺にどんなことを助けて欲しいんだ?」
「ジェネシスを止める」
アンジールはザックスの肩をつかんだ。
「すぐそこまで運んでやろう」
ザックスの足が10センチ,20センチ,地上から離れる。
「わー,降ろせ」
アンジールはザックスの肩をつかんで空を飛び上がり,神羅ビルの71階の窓まで運んだ。
廊下の上に下ろされた。
セフィロスは次々と現れるジェネシスコピーを斬り捨てていた。
「やつれたな,セフィロス」
アンジールが優しく声を掛けた。
「…平気」
セフィロスはうつむいた。
「ジェネシスの目的は一体なんなんだろう?」
ザックスが聞くと,
「多分宝条の抹殺だ。ホランダーは自分が科学技術開発部部長に選ばれなかったことを逆恨みしている」
アンジールが言った。
「ザックス,急いで宝条を保護しろ。セフィロスは下を頼む。俺は外で敵を止める」
「う,うん」
ザックスは大急ぎで科学技術開発部の部屋へ急いだ。
 
 第十八話 狂気の炎
 
 ザックスが科学技術開発部のブースに入ると,辺りは静かで,奥の培養ポッドのところに白衣姿の美しい男性が立っている。
「あ,宝条博士?」
「そうだが」
宝条は首を傾げて見せた。
「あのー,もうすぐジェネシスがあんたの命を狙いに来るんだ」
「ふむ,それでは君は私の護衛をしてくれるのかね?」
「そうだよ。あんた随分落ち着いてるな」
「ホランダーの作ったモンスターなんて恐るるに足りないよ」
「ジェネシスの事か?」
「ああ。彼は失敗作だったらしいね。能力は高いがセフィロスには今一つ劣る。無理に能力を引き上げてクローンまで作ったところで今度は劣化を止められなくなった。かわいそうだが,ホランダーは詰めが甘かったな」
宝条は笑って椅子に座ってチョコレートを食べてコーヒーを飲んでいる。
―うわー,この人,緊張感ゼロだな。
ザックスもぼうっとしているのは性に合わなかったので,ウロウロと歩き始めた。
「君は落ち着きがないね。少し座ってコーヒーでも飲みなさい」
宝条は奥のカプチーノの機械の方へ歩いた。
「君にぴったりのブレンドをしてやろう」
「?」
「君はどんなソルジャーになりたいのかね?」
「そりゃあもう英雄セフィロスのようなソルジャーです」
「ふむふむ。今,ソルジャーの人員不足が叫ばれているようだが,君はどう思う?」
「うーん,人数が多くてもコストパフォーマンスを考えるとなぁ。人間が足りない分は強力なマテリアやアイテムでなんとかカバーすればいいんじゃないの」
「ほほう。そう思うかね。それでは次の質問。君は今この会社の一社員としてどこまで会社に尽くせるかな?」
「うーん,愛社精神とかそういうなのは考えたことがなかったなぁ」
「ふふふふ。君はなかなか見所ある面白い男だ」
宝条はコーヒーをザックスの前に置いた。
アメリカンの飲みやすいコーヒーだったが,飲むとなんだか体温が上がってきた。
「お,なんか体があったまって元気が出てきたぞ」
「他に気分は変わったかね?」
「いや別に…」
「なら君の細胞の成長能力はそこまで,というわけだな」
宝条は1人で納得して自分にもコーヒーを淹れた。
 
「おや,噂をすれば来客のようだ」
ザックスが振り返ると,ジェネシスがそこに立っていて,宝条の喉元に剣を向けた。
「ホランダーに頼まれたのか?」
ジェネシスは答えなかった。
「なぜホランダーにそこまで従うのかな。ホランダーなら劣化を止められると信じているのかい?」
宝条はクスクス笑った。
ジェネシスを追ってアンジールが入ってきて,宝条に剣を向けたジェネシスにバスターソードを向けた。
「ジェネシス,やめるんだ」
「君よ 因果なり
 夢も誇りも失い
 女神引く弓より
 すでに矢は放たれて」
ジェネシスはまた詩を暗誦した。
「LOVELESSか…親友に決闘を申し込むシーンだ」
宝条が呟いた。
「なんだ,それ」
「ジェネシスが自費出版した小説だよ。古代より伝わる叙事詩をもとにしたもので,かなり売れたらしく,文芸雑誌『新星』に連載されるようになった。興味から私も試しに読んでみたがこのての話はどうも苦手でね」
「で,決闘の結果はどうなるんだ?」
ザックスが聞くと,宝条は,
「連載は途中でストップされた。ジェネシスが失踪したからな」
「結末はいくつか考えてあった」
ジェネシスが言った。
「果たして『女神の贈り物』は俺達にとってどんな意味を成すのだろうな」
そう言ってジェネシスは火炎魔法で壁を爆破して,そこから飛び立った。
アンジールはザックスの体をつかんで飛び上がり,ジェネシスを追う。
ジェネシスはまた手に召喚マテリアを持っている。
「復讐に取り憑かれたるわが魂
 苦悩の末に辿りつきたる願望はわが救済と
 君の安らかなる眠り』
マテリアは赤く光り輝いてやがてバハムートの強化版が現れた。
「また出たー」
ザックスが大騒ぎするとアンジールは,
「後はお前に任せる」
と,ザックスをバハムートの足元に置き去りにして,自分はジェネシスを追いかけて行った。
ザックスは生唾を飲み込み緊張してバハムートを見上げた。
携帯が鳴った。
「もしもし?エアリスか。…今お客さんが来てる」
携帯を切るとザックスは剣を構えた。
「お客に失礼がないようにだってさ」
強くなったバハムートは体も大きくなり,攻撃するのが大変だったが,どうにかこうにか片付けられた。
アンジールの姿はもうない。
ジェネシスの姿も見当たらない,
「…みんな,どこ行っちゃったんだよ」
ザックスは広い屋上に置いてけぼりになった。
とぼとぼと科学技術部の部屋に戻った。
爆風で壁が吹き飛ばされたというのに何食わぬ顔で机に座って機械で入れた生クリームの載ったコーヒーを楽しんでいる。
「よくこんな状況で落ち着いていられるな」
「別に慌てたところでどうしようもなかろう。コーヒーの時間を邪魔するとミディール人に笑われる」
そこへ,科学技術部門の副部長が急ぎ足で入ってきた。
「失礼します,部長」
副部長は宝条に何か耳打ちした。
宝条はとても驚いたような表情をすると,大急ぎで部屋を出て行った。
 
 第十九話 TALK TO
 
「アンジールもジェネシスもいない。なんか俺一人ぼっちだな」
ザックスはそうだ,セフィロスがいる,と思い出し,セフィロスの携帯にかけた。
「出ないな…」
「お前何してるのよ」
情報通のカンセルがやって来た。
「セフィロスに電話してる」
「セフィロスさんなら倒れて入院中だぜ」
「入院?倒れた?」
「あの騒動の後,しばらくは普通にしてたんだけど数時間後に急に倒れてな。ずっと意識を失ったままらしい。宝条博士がかかりっきりで見てるけど」
「じゃあ,お見舞いは行ってもいいのかな」
「さぁどうだろ。どっちにしても話したりは無理なんじゃないか」
「具合が悪いといえばラザード部長も大変みたいだよ。今回の騒ぎを起こしたのがソルジャーのジェネシスさんだったから色々と追及されているみたいだ」
カンセルと別れてザックスがエレベーターに乗っていると,携帯にメールが入った。
カンセルからのようだ。
『さっきはごめん。ここでは話せなくてさ。セフィロスさんが倒れたのは副社長が原因らしいよ。セフィロスさんが副社長と婚約してたのは知ってるよな。婚約した後副社長,セフィロスさんを放ったらかしにして連絡も取らなくなったんだ。それで躁鬱病みたいになっちゃって,多分そこへ友達だったジェネシスさんとアンジールさんがいなくなっちゃったからさらにひどくなって,でも無理してたから一段落着いてほっとしたんだろうなぁ。かわいそうだよ,ホント』
ザックスは一度ルーファウスに会ったら文句を言ってやりたいと思った。
ラザード部長の部長室が通り道だったので,ザックスは立ち寄ることにした。
「こんにちは,部長」
ザックスが中に入ると,ラザード部長はぐったりとして疲れた顔でザックスを迎えた。
「大丈夫ですか,顔色青いですよ」
「いいや,大丈夫だ。急に入ってきてどうしたんだね」
ザックスは後ろ手に組んで歩いた。
「部長がジェネシスの事で事後処理に追われてるって聞いてセフィロスの見舞いがてらに部長の見舞いに来たんですよ」
「ああ,そのことか。私はまだ倒れてはいないよ。むしろ今はセフィロスの方が大変なんじゃないのかな」
「…」
「治安維持部門の部長はいまだにアンジールとジェネシスの抹殺要求を取り下げない」
「えっ,ジェネシスはとにかく,アンジールは会社の為に戦ってくれたんだよ」
「彼らにしてみればアンジールもジェネシスも“得体の知れない何か”に違いないそうだ」
「部長はそんなこと言われて平気なのかよ。辛いだろ」
「辛くても私は私の仕事をきっちりやらなくては。私はこの仕事に誇りを持っているし,やりがいを感じている」
いつだったかザックスはラザードの事を『苦手なタイプ』と思って悪かった,と思った。
「さぁ,私の事は構わないから,セフィロスの所へ行ってあげなさい」
ラザードに押され,ザックスはようやく科学技術部内の病院へ向かった。
 
セフィロスは意識が戻らず,宝条がつきっきりで色々な点滴や薬を投与していた。そればかりかセフィロスの手や背中を何度もさすっていた。
危険な状態ではないものの,いまだ眠ったままのセフィロスにはまだまだ誰かの介護が必要だった。
ベッドの周りにはファンからセフィロス宛の御見舞カードや花や風船が絶えることがなかった。
なぜセフィロスがここまで傷つかなくてはいけないのだろうか。プレジデント神羅はセフィロスのお陰でこの戦争に勝つことができた。それなのにその彼女を自分の1人息子の嫁として迎え入れることはできないと言う。まるでモンスターか兵器だと思っているのか。
セフィロスは世間の女性たちと同じように幸せな花嫁になる日をあんなに楽しみに待っていたのに。
宝条は悔しさに涙した。
「こんにちは」
ザックスの陽気な声がした。
宝条は慌てて涙を拭いて眼鏡をかけると,カーテンを開けた。
お見舞いの花に囲まれているセフィロスがまるで亡くなった人のように見えたのは縁起が悪いとザックスは思った。
「君は先日護衛に来たソルジャーだな」
宝条が言うとザックスはうなずいた。
ベッドの上のセフィロスを見ると,ザックスはたまらなく不安になってしまった。
「ずっと寝たままなのか?」
「そうだ。脳波に異常はないが,ときどき魘されている。軽い電気ショックを与えて無理に覚醒させることもできなくはないがそれは好ましくないだろう」
「副社長から連絡は?」
「何もない。…君は副社長とセフィロスの事を知っていたのかね」
「セフィロスから聞いた。でもこんなに辛い思いをしているなんて知らなかった」
『私は大丈夫よ』,セフィロスは言った。でも全然大丈夫じゃない。副社長に会ったら嫌味の一つでも言ってやる,と誓ったザックスだったが,嫌味ではなく,はっきりと責任を責めてやろうと思った。
 
1人で廊下に出ると,ザックスはたまらなく孤独になった。
誰かと話したいと思った。
アンジールは行方不明,セフィロスは病気。
一体自分は誰と話せばいいのだろう。
そのとき,ザックスはポケットにエアリスの名刺を入れていた事を思い出した。
時計は日付が変わる少し前,エアリスのいる店は翌朝5時までの営業だと聞いている。
今から会社を出てスラム伍番街行きの地下鉄を使って行けばちょうどいい頃だろう。
ザックスは私服に着替えてビルを出た。
駅から降りると,
「ザックス」
と聞きなれたアンジールの声がして,振り返ると本人が立っていた。
「モデオヘイムにジェネシスとホランダーがいる。あいつらまた何かたくらんでいる。ラザードにも話しておいたから,明日の朝には迎えが来るだろう」
「なんだ,まだしっかり仕事してるんだな」
ザックスが言うと,アンジールは無言で笑って手を振って,いなくなった。
 
伍番街のマーケットから少し離れたところにあるその店は,入り口となりに教会と同じような花畑が目印になったので迷うことはなかった。
店は営業中で,ピンクのネオンがついていて,中から陽気な音楽と話し声が聞こえてきた。
中へ入ると,音楽に合わせて客がそれぞれ思い思いに踊ったり体を揺らしたり,あるいは酒を飲んでいた。
ザックスは音楽と人の話し声の洪水の中にいて,少しだけほっとした気分になった。
ぼーっと立っていても仕方ないので,カウンターで飲み物を頼んだ。
カウンターにはボディコンの美女がいた。
「ジントニック」
「おっと,エルミナ,そいつの分は俺のおごりだ」
エルミナの傍にエアリスが立っていた。
「ほら,こないだ言ってたソルジャーの男だよ」
エアリスはそう言ってザックスの肩をポンポンと叩いた。
「来てくれたんだな」
「まぁね」
「疲れた顔をしているな。寝不足か?」
「うん,色々あったんだ」
エアリスはカウンターの隅へ座らせた。
「腹減ってるだろ」
「うん,今まであんまり食欲なかったから」
「食い物を頼む」
エアリスはエルミナに声を掛けると,ザックスの隣に座った。
「その顔色だとあれから何があったんだ?」
エアリスに促されてザックスは困惑しながらも,
「何から話せばいいのか…」
と,アンジールがウータイで失踪したときの事から今まで,自分が見たこと,聞いたことを話した。
「そうか。助かるといいな,その友達」
「うん,俺は助けたいんだ」
エルミナが皿を持ってきた。
骨付きラムを塩コショウでソテーしたものだった。
ザックスはラムにむしゃぶりつきながら,
「あれ,エアリスの奥さん?」
「まさか。俺を拾ってくれただけだ」
エアリスは意味深な返事をした。
「それで今度は俺を拾ってくれたわけね」
ザックスがエアリスに言った。
「で,拾ってもらったお礼に何かしたいんだけど」
「気にするな。ゆっくりしてろ」
お言葉に甘えてザックスは一晩で立て続けにジントニックを5杯,ドライマティーニを6杯飲んだ。
 
 第二十話 旅立ちの朝
 
 明け方,ザックスがエアリスと別れて店から出てくると,目の前に神羅のヘリコプターが停まり,中からツォンが降りてきた。
「ザックス,お仕事ですわよ。モデオヘイムにホランダーとジェネシスがいるそうなの」
ザックスは着替えると,ヘリコプターに乗り込んだ。
モデオヘイムは昔は華やかな温泉街だったが,今は場末の廃れた雰囲気だ。ここにジェネシスとホランダーが潜伏しているらしい。
南国育ちのザックスにはモデオヘイムの雪景色が珍しいので,大喜びで雪道を歩いた。
太陽の光が雪にきらきら反射してとても綺麗だった。
ザックスの隣を歩く将校に見覚えがあった。
「あんた,どっかで見たな」
ザックスが顔をジロジロと覗き込む。
将校は帽子を取って,
「俺はクラウド・ストライフ。中佐だ」
と名乗り,二人は固く握手した。
金髪に鋭く青い目をしたこの男をザックスはようやく思い出した。
「そうか,ウータイだ」
ウータイでラザードを保護した将校だ。どうやら少佐から中佐に昇進したらしい。
 
年齢も近いこともあり,2人はすぐに打ち解けてまるで旧知の様に親しげに話し始めた。
「あれ」
町の外れを少し進んだ所にある古い魔晄炉の試験採掘場に真っ赤なヘリオスのコンバーチブルが停めてあった。
ジェネシスの車と同じ型式だ。
ザックスは手帳を取り出して,車番を調べた。
手帳には,『ミッドガルナンバー33 る24―59』と書かれている。
そしてこのナンバープレートにも『ミッドガ33 る24―59』とある。
「ちょっと見てくる」
ツォンが何か言い出すのも聞かずにザックスは斜面を降りて魔晄炉のフェンスを登っていった。
 
 第二十一話 逆恨み
 
赤みを帯びたライトの下,ザックスはそろりそろりと階段を降りて行った。
そろそろ最下層か,と思ったとき,誰かが転ぶような音が聞こえ,言い争いが聞こえてきた。
「誰だ?」
ザックスが飛び入ると,そこにはしりもちをついたホランダーをジェネシスが追い詰めていた。
そのジェネシスは髪には白髪が混じり,一気に老け込んだようだった。
「わ,私を殺すと劣化を止めることはできないぞ」
「ジェノバ細胞がある」
ジェネシスが言い放った。
「ふふ,ふん,ジェノバ細胞などどこにもないわ」
ホランダーは強気なことを言ってはいるが,完全にビビっている。
そこへザックスを追ってクラウドが飛び込んですぐにホランダーを羽交い絞めにした。
「よし,いいぞ,クラウド」
ザックスはジェネシスに近付いた。
「おい,お前アンジールの友達だけど,いい加減にしろよ」
「俺の傷つけられたプライドに比べたらそんなもの,なんでもないさ」
ジェネシスはつん,とすました顔でたっている。ザックスの事も,自分が奪ってきた多くの命もたいしたものではないらしい。
それがその軽蔑的な視線からはっきりと汲み取れるので,ザックスはなおさら腹が立った。
ザックスは背中の剣を持つと,ジェネシスに向かっていった。
体が老化しているとはいえ,まだまだクラス1stのジェネシスの力は衰えていなかった。
足を滑らせたジェネシスに痛恨の一撃を加えて辛勝したザックスは,さらに止めを刺そうとジェネシスに向かった。
ジェネシスの背中から伸びた漆黒の翼がジェネシスを手すりの高い所まで運んでいった。
「朽ち果てるなら,この世界ももろともさ…」
そう言うと,ジェネシスはゆっくりと地底深く飛び降りて行った。
そのさまをぽかんと見ていたザックスとクラウドだったが,その隙に乗じてホランダーがクラウドの手を振りほどいて逃げ出した。
「あっ,待てっ」
クラウドが後を追った。
ザックスはよろよろと歩き出した。
建物の外に出ると,ツォンもクラウドもいない。
もしかしたらモデオヘイムの街の中に行ったのかも知れない。
ザックスは一人ぼっちになったのをいいことにさきほどモデオヘイムのコンビニで買って服の中に隠し持っていたジンの瓶を出すと,一気に飲んだ。
体が温まった。
「よし,行くぞ」
ザックスは誰にともなく言った。
 
 第二十二話 泣くな!お前は男の子
 
 モデオヘイムの街は腐っても鯛,客が減っても温泉街,まばらだが観光客の姿はあった。
最近は色んな娯楽が増えて,遠い温泉地まで行こうとする人も減ったのかもしれなかった。
通り端にあった店で温泉饅頭を一つ買って食べ,ザックスは逸れた仲間を探すことにした。
ふかふかの饅頭をかじりながら歩いていると,人だかりができていた。
「どうしたんだ」
「あー,君,ここから先は入っちゃいかん」
警察官がザックスを止めた。
「何があった」
「ここの温泉施設にモンスターが現れたんだ。人間の顔が付いた亀やら鳥やら犬やらのモンスターさ」
―アンジールコピーだ!
ザックスは直感すると,食べかけの饅頭を飲み込み,人並みを掻き分けて入って行った。
入口のカウンターをすり抜け,大浴場まで来ると,廊下でクラウドが倒れていた。
「おいっ,大丈夫か」
「…な,なんとか」
ツォンはクラウドから数メートル先でうずくまっていた。
「ザックス,この先でアンジールが貴方を待っていますわ…。ホランダーもきっといます」 
ザックスはクラウドの肩を支えながらツォンを抱え,外へ連れ出すと救命士に2人を預け,自分は再び大浴場に戻った。
温泉の為に,室内はほかほかと暖かく,ザックスは意を決して男湯の脱衣室の扉を開いた。
奥の大浴場から湯の流れる音がする。
誰かいるのか。
ザックスはそろり,そろりとガラス戸を開けた。
「来たか,ザックス」
裸に腰にタオルを巻いただけのアンジールが風呂椅子に座って腕組みしていた。
「アンジール」
「お前もこっちへ来い」
 
ザックスはアンジールの意図が読み取れなかったが,アンジールに命じられるままに服を脱いで腰にタオルを巻くと,大浴場に入った。
 
アンジールの背中を流しながらザックスは自分がジェネシスを追い詰めたことを話した。
「ジェネシスとは本当は俺が戦うはずだった」
「いいさ。アンジールには辛すぎる。親友だもんな」
「しかし次の仕事はお前自身の仕事だ」
「俺自身の仕事?」
ザックスは意味が分からなくなってアンジールに聞き返した。
そこへガラリとガラス戸が開いて,服のまま,土足のホランダーが入ってきた。
「いいぞ,アンジール今こそ我々親子の恨みをはらす時が来たのだ」
「お前は父ではないし,母はもう自殺した」
「自殺?」
ザックスが飛びのいた。
「母は自分のやったことを恥じて自殺したんだ」
「いや,彼女は自分のやったことを恥じるべきではない」
ホランダーが言った。
「なにしろプロジェクトに自分の名前が残るんだからな。プロジェクトGのGは,プロジェクトジリアンという意味なのだ。ジェノバ細胞をジリアンに埋め込み,古代種の子供を生み出すプロジェクトだ。最初の実験は失敗だった。ジェネシスだな。ソルジャーとしての能力は高かったが,いかんせんその細胞はもろ過ぎた。わずかな負荷で劣化を起こしてしまった。しかしアンジール,お前は劣化するどころか,どんどん細胞分裂を繰り返し,コピーを増やしていった」
ホランダーは自分の実験の成功にほれ込むように語った。
「聞いただろう,ザックス…」
アンジールが蚊の鳴くような声を出した。
「何が?」
「俺は完璧なモンスターなんだ」
「違う,違う!!」
そのとき,どこからともなく,アンジールコピーが押し寄せ,アンジールの体に融合していった。
そして目の前にいるのはかつてアンジールだった不気味なキマイラの姿だった。
「嫌だ,戦いたくない!」
ザックスは抵抗したが,突然そのキマイラに踏み潰されそうになり,ザックスは慌てて剣を取った。
ザックスの言葉はもうアンジールに届かないのか。
ザックスはキマイラと戦う決意をしなければならなかった。
心は揺らいだけれど,キマイラを倒すと,アンジールの体は元に戻り,タイルの上に倒れた。
ザックスはアンジールが今一度起き上がってくれるよう,体中を叩いた。
さっき背中を流したアンジールの背中はあんなに温かかったのに,今はもう冷たい。
「ザックス,俺はもう助からん…」
「そんな!」
「後を頼む…,セフィロスの事,他のソルジャーたちの事を…」
「無理だよ」
アンジールはおろおろと涙を流すザックスの顔を見て,
「男なら泣くんじゃない。…お前なら立派になる。頼むぞ…」
と,ぐったりと動かなくなった。
「アンジール!!」
ザックスはアンジールの冷え切った体に取りすがって泣き続けた。
 
ミッドガルスラム伍番街のエアリスの店。
カウンターで幽霊のような顔をしているザックスの背中にはアンジールの形見の剣がある。
カウンターの中ではザックスに背中を向けて棚に酒を並べながら,エアリスが喋っている。
「なぁ,ザックス。教会にある俺の花,上の町に移植したらもっと元気になるかなぁ」
エアリスが振り返るとザックスはうつむいている。テーブルの上に涙がこぼれている。
エアリスはため息をついてジントニックを作って,ザックスの前に置いた。
「おごりだ」
              <上巻・完>
 

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