下巻

 第一話 新しい友情
 
 結局ホランダーはモデオヘイムで保護した。今はジュノンの拘置所に収監された。
 
悲しいことがあったけれど,ザックスはいつまでも泣いていられなかった。アンジールがそれまでこなしていた仕事をザックスが1人で請け負わなくてはならなかった。
後輩や新人の育成の仕事が中心だが,こうして自分が懸命に働くことがアンジールへの供養になると信じてザックスは必死に働いた。
それにザックスには新しくクラウドと言う友ができた。
几帳面で仕事は優秀で,少し貧乏性,そんなクラウドにザックスはアンジールの面影を見たのかもしれない。
ザックスはクラウドと頻繁に連絡を取り,一緒に話したり食事をしたりキャバクラに行ったり連れ立って風俗店に行くようにもなった。
ファッションヘルスやソープランドに行くといつもザックスが不思議に思うことがある。女の子を指名するときにザックスはいつも陽気でおしゃべりな女性を指名するのに対し,クラウドは美人だが,どこか幸薄そうな女性を好むらしい。
指名した後はサービスが終わるまで個別の部屋に入るので,クラウドが相手の女性とどんなことをしてどんな話をしているのか分からないが,いずれにしても変わった趣味だとザックスは思った。
 
クラウドはほとんど自分の事を話さなかった。いつもザックスのソルジャーの仕事の体験談を面白そうに聞いていた。
「いいなぁ,ソルジャーって楽しそうだな」
「じゃあクラウドもソルジャーになれよ」
「もう諦めた」
「えっ,ということはクラウドもソルジャーになりたかったのか?」
「まぁね。だけどもういいんだ」
そこでクラウドは自分がセフィロスに憧れてソルジャーになりたいと思ってニブルヘイムから出てきたことを話した。
「なんだか意外だな」
ザックスが言った。
「どうして?」
「現実主義のクラウドらしくない」
「そうかな」
クラウドはしきりにセフィロスに会いたがった。ザックスはクラウドの気持ちは分かったけれど,セフィロスを強い英雄と信じて疑わないクラウドに,病気で寝たきりの彼女の弱々しい姿を見せるわけにもいかなかった。
それでも少しはセフィロスの容態はよくなっているだろうかと,ザックスは一度セフィロスの見舞いに出た。
病室の手前で,セフィロスの悲鳴とクラウドらしき声が聞こえて,大急ぎでザックスは病室に入ってきた。
見ると,過呼吸でヒィヒィ言っているセフィロスの体をクラウドがしっかりと抱きしめて,
「大丈夫,大丈夫」
と必死になだめていた。
クラウドがなだめると,セフィロスの過呼吸はやがて治まっていった。
「何がどうなってんだ」
ザックスが聞くとクラウドは,
「いきなり飛び起きて泣き出したんだ」
と言って,セフィロスの上体をベッドに寄りかからせた。
セフィロスはもっと困惑して辺りを見回していたがザックスがいた事に気が付くと,
「…彼は誰?」
とクラウドを見た。
「こいつはクラウド。…俺の親友さ」
クラウドはいきなり紹介されて口をもぐもぐと動かした。
「綺麗な青い目ね。ソルジャーなの?」
「いや,この目は生まれつきさ…」
 
その日はそれだけだったが,次の日からセフィロスの様子が明らかにおかしかった。
ザックスのところに来ると,
「ザックスは…彼とは親しいの?」
と聞く。
「彼って?」
「貴方と一緒に昨日いた…」
「クラウド?」
「ええ,そう。彼」
「仲,いいの?」
「年末のモデオヘイムの仕事でたまたま任務が一緒になっただけだけど,すげぇ気が合ってさ。なんか昔からの知り合いみたいでさ」
「…そうだったの。どんな人なの?」
「どんなって…。仕事の鬼で,無口で,頭良くて,ちょっと貧乏性なヤツ。でも責任感が強くて部下の面倒見もいいんだなぁ。まぁ母子家庭だから苦労してるのかもな」
セフィロスはやたらとザックスにクラウドの事を聞きたがった。
「じゃあ苦労人なのね。そんな人だと女性には優しいからもてるでしょうね」
するとザックスは笑いながら手を振って,
「うーん,女子社員の中にはクラウド好きって子も結構いるけど,肝心の本人があんまり自覚がないからなぁ。でも本人は幸薄そうな美人が好きみたいだけど」
「そ,そう」
セフィロスはためいきをついて出て行った。
 
セフィロスはイマイチクラウドの好みのタイプの女性像がよくつかめなかったけれど,彼に片思いしてしまった以上,今さら後には引けないと思った。
普段の頭のいい彼女なら,もう少しクラウドの事を詳しく調べたり本人に話しかけたりして様子を見たりするのだろうが,恋は盲目,今のセフィロスにとってそこまで細かい小手先を駆使するのは面倒くさかった。
結果,彼女は最もシンプルな手に出た。
 
セフィロスはクラウドのいる治安維持部門のフロアにやって来ると,クラウドの執務室を聞き,そのドアの前に立つと,誰もいないことを確認して,いきなり自分で自分に『心無い天使』をかけ,その場にぶっ倒れた。
音を聞いて暴動かと武器を片手にクラウドが部屋から出てきた。
「あっ,セフィロス」
クラウドは驚いてセフィロスを抱き起こした。
「どうしたんだ。まだ具合が悪いのか」
セフィロスは弱弱しい声で,
「急に頭がふらふらして…」
と言った。
クラウドはいきなりセフィロスを抱きかかえた。
目を丸くしたのはセフィロスの方だった。
英雄セフィロスがその特異な立場上誰からもしてもらえなかった,そして夢にまで見た『お姫様抱っこ』だった
クラウドはそのまま科学技術部の病院にやって来た。
若い医者が出てきてセフィロスを診察した。
クラウドはセフィロスが心配なのでずっとそばにいた。
そこへセフィロスが倒れたと聞いて宝条が飛んできた。
若い医者はセフィロスの演技にすっかりだまされて,貧血のようだと説明した。
すると宝条は首を傾げて,
「おかしいな,セフィロスは今まで貧血は起こしたことがないし,今は生理中ではないはずだ」
と不思議そうに言った。
セフィロスは慌てて,
「少し横になったらよくなるわ」
と言った。
宝条はそれでも不思議そうにセフィロスとクラウドの顔をかわるがわる見ていた。
「それじゃ,俺は仕事に戻るよ」
枕に顔を突っ伏しているセフィロスの耳元にクラウドは優しく声を掛けて担当の医者に無言で会釈して出て行った。
しばらくの間,セフィロスは真っ赤な顔で枕に顔をうずめていた。
「…顔が赤いな。熱もあるし,脈も不整脈が出ています」
若い医者がセフィロスの顔を覗き込んで宝条に言った。
セフィロスは今,どきどきしていた。多分一生忘れようとしても忘れられないあの一瞬。
クラウドは何の躊躇もなく突然セフィロスの体を抱きかかえた。
医者がいなくなってカーテンが閉められ,1人になったセフィロスは心臓が止まりそうなくらい激しい動悸を感じて,でもそれはきっと嬉しい苦しさで,枕を抱えてクスクスと1人で笑った。
「…王子様,見付けちゃった…」
 
数日後,いつものようにクラウドとザックスが社員食堂でランチをとっていると,普段は自分から喋らないクラウドが声を出した。
「…ザックス」
「何」
クラウドは言いにくそうだ。
「…実はどうしていいか分からないんだ」
「どうしていいって何が」
「その…俺自身ずっと軍隊生活だから,男社会だったし,ここまで女性に至れり尽くせりされたことがないからな…」
「はぁ?」
ザックスが聞き返してもクラウドは口の中でブツブツと言っているだけだ。
いつまでたってもザックスが要領を得てくれないのでクラウドは思い切って,
「セフィロスの事だ」
と言った。
「えっ…」
「一度具合が悪くなったのを送ってやってから,随分と親しくしてくれるんだ。どうしたらいいんだか…」
「そりゃどうしたらいいんだかっていうより,お前がどうしたいかって問題だろ」
「それが分からないから,ザックスに質問してるんじゃないか」
クラウドはモゴモゴと言った。
そのとき,クラウドの携帯が鳴って,
「はい。…そうか。…分かった。…すぐ行く」
と短く答えて携帯を切った。
「何?」
「悪い,セフィロスが呼んでる」
クラウドは携帯をしまうと,席を立って,食堂から出て行った。
ザックスはクラウドの背中を目で追いながら,
「…俺に質問しなくてもちゃんと自分で分かってるじゃん」
と呟いた。
 
それから数週間後の昼休み,ザックスの携帯に会社からのメールが入った。
それは突然の休暇を命じる,というものだった。
ザックスは不思議に思ったが,辞退はできないらしく,受理するしかなかったのだ。
困っているザックスのところへタークスのシスネが現れた。
「どしたの」
「突然休暇を言い渡されちゃって」
「偶然ね。私もよ」
「ね,休暇が一緒ならどこかへ行かない?」
「急にそんなこと言われてもなぁ。俺あんまり旅行とかしたことないんだよ。不安でさ」
シスネの事は嫌いではないけれど,任務以外で旅行と呼べるものに行った事のないザックスは言った。
どちらにせよ,突然休暇をもらったことをクラウドに告げる為にザックスはクラウドの執務室に行った。
ドアを開けると,クラウドとセフィロスが椅子を向かい合わせではなく,横並びに座って,テレビの昼ドラマを見ながら一つのお弁当を2人で食べていた。
ザックスは何も言わずドアを閉めた。
 
廊下で待っていたシスネの所にザックスが戻ってきた。なぜか両手にはたくさんの旅行のパンフレットを持っていた。
「行こう,やっぱり旅行」
急に心変わりをしたザックスをシスネは不思議そうに見た。
 
 第二話 突然の復活
 
 急に命ぜられた休暇で,ザックスはひとりぽつねんとコスタデルソルの海岸でジントニックを傾けていた。 
「オイル,ぬろっか」
タンキニ姿のシスネがやって来た。
「いや,肌を焼くつもりはない」
ザックスは言った。
「せっかくの休日なのにつまらなさそうね」
「うーん,つまらないって言うより,なんかまた俺仲間はずれにされてるような気がするんだ」
「私がいるじゃない」
「…そうなんだけど。でもソルジャーの中できっと俺は浮いてるんだ。部長は何を考えてるんだ」
「その部長ならいないわよ」
「えっ」
ザックスは少し驚いて聞き返した。
「会社のお金を横領してホランダーに資金提供をしていたからね」
ザックスは,少し前に仕事の意欲に燃える部長と話したときの事を思い出して信じられない,と思った。
ザックスは携帯を取り出した。
「どこへかけるの?」
「スラムに住んでる友達」
「それってエアリス?」
ザックスは携帯をいじる手を止めた。
「なんで知ってるんだ」
「何も知らないのはザックスだよ。彼は世界でたった1人の古代種の生き残りなの」
「エアリスが古代種?聞いたことないな。あいつ何も言わないからさ」
ザックスが気を取り直して電話をかけようとしたき,シスネの携帯が鳴った。
携帯を切るとシスネが,
「大変。ジュノンにジェネシスコピーが大量に現れたそうよ」
「仕事か?」
ザックスは久しぶりに明るい顔をした。
 
 第三話 俺はキューピット
 
 ジュノンにやって来たザックスはその惨状を見て驚いた。ジェネシスコピーがあちこちに出没して街を荒らしまわっていた。
「こりゃ,ひどい。大体なんでジュノンが襲撃されるんだ?」
「ホランダーがジュノンの拘置所に収監されているからでしょ」
シスネが教えてくれた。
「ジェネシスは死んだんじゃなかったのか?俺は確かにこの目で身投げしたジェネシスを見たというのに」
「分からない。とにかく私は他のタークスと合流して市民の避難を。ザックスはホランダーを」
シスネに頼まれて,ザックスは,ジュノンの拘置所に向かった。
拘置所の受付で言い争う声がして,ザックスは何事かと近付いた。
受付カウンターで,若いキャリアの刑務官達と,怒鳴りあいをしていたのは部下の兵隊を連れたクラウドだった。
「ジェネシスコピーがこの辺りに出没して騒動を巻き起こしているのはホランダーを脱獄させようとしているためだ。ならばホランダーの監視はこちらの部隊に任せてもらう」
「神羅の将校如きに拘置所を明け渡してなるものか」
完全に両者一歩も譲らない。
クラウドは任務に忠実でちょっと頭のいい軍人なら当然そうするようにホランダーの監視に来ているし,若い刑務官達はその若さで軍部になんか負けるものかと一点張りだ。
「あーっと,ストップ,ストップ」
ザックスが間に入ってきた。
「ザックス」
クラウドは休暇のザックスがいることに驚いたようだ。
「ここは俺に任せてもらえねぇかな。…クラウド,お前はホランダーの保護に来たの?」
「彼らの眼目はホランダーだからな。なら連中は必ずここに来る」
「なるほどね」
「だが,軍の強制介入には反対だ」
刑務官達が口々に文句を言った。恐らく普段から軍部と警察部は仲が悪いのか。
「ここで口論しても無駄だろ。なんとかならねぇか」
ザックスがクラウドに妥協案を頼んだ。クラウドは頭がいいし,冷静なのできっと話せば分かってくれる男だと信じていたからだ。
クラウドはヒステリックな刑務官達と温厚なザックスの顔を見比べながら,
「分かった。介入はしない。ただし,この拘置所の外部はジェネシスコピーの襲来を予期して俺の部隊が警備にあたる。それでも構わないか」
と身を引いてくれた。
「そういうことだけど」
ザックスが刑務官達を振り返った。
クラウドとザックスは連れ立って拘置所を出た。
クラウドはザックスに話したいことがある,と言う。
クラウドの方から話だなんて変わったこともある,とザックスは応じた。
現場を部下に任せたクラウドは,ザックスと一緒に近くの小さな純喫茶に入った。
「セフィロスとうまく行ってるのか?」
アイスコーヒーのストローを吸いながらザックスが尋ねた。
「実は,話したいのはそのことなんだ」
クラウドは言いにくそうだった。
ザックスはクラウドの顔をうかがった。
「お前,まさかセフィロスと別れたいって言うんじゃないだろうなぁ。セフィロスは,副社長と諦め付けてやっとお前に会って幸せになれたってのに…お前も副社長とおんなじかよ」
1人で気を揉んでザックスは声を荒げた。
「そ,そうじゃない!」
襟首を掴まれたクラウドは目を丸くした。
「俺が気にしているのはその逆だ。その…セフィロスとのこれからの事だ」
そう言われるとさすがに鈍感なザックスでも気が付き,パッと明るい顔になった。
「…ということは,お前は決心したんだな」
「まぁ…その,そうなんだけど…」 
「けど,って」
「こういうことって,やっぱり改まってセフィロスに言った方がいいのか。その高級レストランとかホテルとか予約して…」
「いや,そんなことよりプロポーズは早めにするべきだ」
ザックスは宣言した。
「セフィロスは副社長に長期にわたって放置されたんだ。だったらお前はセフィロスにそんな心配をかけたらいけないと思う。…まぁがんばれよ」
ザックスはクラウドの肩を叩いた。
その後二人はご機嫌で警備の仕事に戻った。
クラウドの血気盛んな部下達は,中の刑務官や職員が意地でも自分達を中に入れないことに腹を立てていた。
 
 第四話 救難信号
 
突然,拘置所のドアが開いて,気の弱そうな刑務官が飛び出してきた。
「大変だ,ホランダーが逃亡した」
「どうやって逃げた」
クラウドが男の体を引き止めて言った。
「分からない。刑務官が席を立って10秒だってたっていないのに」
クラウドは舌打ちした。
「ザックス,中へ入るぞ」
「もちろんだ」
クラウドは,部下に命じて全ての出入り口の警備を強化させると,ザックスと共に拘置所の中に入った。
室内は湿った空気と,嫌なさびた臭いがした。
ホランダーの独房に,大きな穴が開いている。
「あっ」
クラウドは鍵を開けてもらい,独房の中に入った。
「ザックスはホランダーを追ってくれ。俺はここを調べる」
クラウドが言ったので,ザックスはホランダーの抜けた穴をくぐった。
 
 第五話 怪人二十面相
 
「あっ」
洞穴の抜けた先は拘置所の運動場になっていて,囚人服のホランダーの背中が見えた。
ホランダーは運動場の見張り等の階段を上がり,ザックスも後を追いかけた。
とうとうザックスは屋上でホランダーを捕まえた。
「さぁ,行き止まりだ。観念するんだ」
ザックスはポケットから手錠を取り出した。
「ふふふ。私は決してつかまったりなんかしない」
囚人服で怪人二十面相気取りは格好が悪い。
「さらばだ,ザックス君!」
ホランダーは二十面相宜しくダイブした。
「おいっ」
柵越しにザックスが見下ろすと,軽トラックが走り去っていくのが見えた。
荷台には古ぼけたベッドのスプリングがクッション代わりに敷いてあり,ホランダーはその上にいた。運転席にはジェネシスコピーが見えた。
ぐったりしたザックスが,拘置所に戻るとクラウドがまだ拘置所の洞穴を調べていた。
「クラウド,ホランダーがジェネシスコピーに連れて行かれた。ジェネシスは確かに死んだはずなのに…」
クラウドは立ち上がると,独房の中を歩き回りながら,
「実は俺もその事を考えていたんだ…。…ザックス,こうは考えられないだろうか。星命学によると,人は死ぬと,体は土に還り,精神はライフストリームという星を巡るエネルギーのうねりの一部になる。もしジェネシスの精神がライフストリームと同化せず,自我をもったままそこに存在し続けたらどうだろう。その強い精神力でテレパシーを送り,自らのコピーに指令を出すくらいわけないだろう」
「すげぇな,クラウド」
「あくまで俺の仮説だがな。それからホランダーがここに洞穴をこっそり作っていた方法が分かった。これを見てくれ」
クラウドが指を刺し,ザックスは洞穴の周りをよく見た。
茶色いしみが出来ている。
「囚人は身体検査や持ち物を調べられるから脱獄の手引きになるようなものは持ち込めない。ならこの拘置所にあるもの,それも囚人に支給されるものでなくてはならなかった」
「スプーンとかフォークで掘ったのか?」
ザックスの推理にクラウドはため息をついた。
「そんなものでこの壁に穴が開けられると思うか?それに怪我や暴動を避けるため,この拘置所では食事は大抵箸を使い,スプーンやフォークはプラスチックを使っている」
「それじゃあ?」
「亜硫酸塩だ。水と二酸化硫黄があれば人為的に作ることが出来る。今確認したところによると,ホランダーは頭痛だと嘯いて,頭痛薬をもらっていた。どうやったかまでは分からないが,頭痛薬から二酸化硫黄を抽出して亜硫酸塩を作ることなどわけないだろう」
「それじゃ,その作ったやつでこの壁を溶かしたのか?」
「恐らく」
ザックスは立ち上がると,辺りをウロウロ歩き回った。
「これからどうする」
「ホランダーが脱獄したことを会社に報告。それから外へ出てジェネシスコピー撃退の応援だ。ホランダーを救出したら,連中,撤退作戦に変わった」
拘置所を出ると,ザックスはクラウドの部隊と別れ,一人でジュノンの街に向かった。
ジェネシスコピーはすでに撤退気味だったので,ザックスに残された用事は,市民の避難やけが人の保護だった。
ザックスが一息ついていると,
「ホランダーを逃がしたそうね」
と聞き覚えのあるソプラノを聞いた。
「セフィロス!」
ザックスは驚いてセフィロスを見た。
「モデオヘイムに調査の途中だったんだけど,ちょっとクラウドと話があったからここへ立ち寄ったの。まさか貴方が任務に失敗するなんてね」
セフィロスの視線はいつもより冷ややかだ。
「…でも」
セフィロスはためいきをついた。
「今は許してあげる」
「えっ」
「モデオヘイムにあったホランダーの実験道具や荷物が全て運び出されてるわ。多分ジェネシスコピーがやったのよ。お陰でどんどん増殖してミッドガルも危ないの。貴方一度ミッドガルに帰って様子を見てきて。私が許可するわ」
セフィロスは淡々と言った。
「質問,してもいいか?」
「ダメ」
セフィロスは顔をぷい,と背けた。どちらにしてもセフィロスがザックスの失敗に目を瞑ってくれると言う。
これ以上何か喋ってセフィロスを怒らせても面倒だったから,ザックスはそれに従うことにした。
「ザックス」
後ろからもう一度声を掛けられてザックスは立ち止まった。
「結婚式には必ず来てね」
はっとしたようにザックスは顔を上げた。
「…あ,ああ」
ザックスは頭をかいて,クラウドに声を掛けることもなく,ジュノンのバスセンターまで歩いて行った。
久しぶりにザックスの足取りは軽くなった。自分がクラウドを連れてきたことで,セフィロスがやっと幸せになれる。アンジールもきっと喜んでいることだろう。
 
 第六話 大工ザックス
 
 バスの中でザックスはシスネの言葉を思い出していた。
エアリスは世界にたった一人きりの古代種で,それも神羅から保護監視されているらしい。エアリスは何も言わないから,ザックスも知らなかった。
ザックスは窓を眺めてスナック菓子をボリボリ食べながら,ミッドガルに着いたらとりあえずスラムのエアリスの店へ行こうと思った。
エアリスの店まで来ると大変なことが起こっていた。
エアリスとエルミナの周りを神羅の兵器ロボットが取り囲んでいた。
エアリスはエルミナを庇いながらロッド一本でロボットを相手していた。
「助太刀するぜ!」
ザックスが背中の剣を抜き,走っていった。
そのとき,現れたのは犬型のアンジールコピーだった。
それはエアリスの前に立つと,次から次と兵器ロボットを倒していった。
アンジールコピーはそのままヨロヨロと倒れこんだ。
「なんだこいつ,劣化してるんか?」
ザックスがアンジールコピーに駆け寄った。
「コイツ,味方か?」
エアリスがザックスに聞いた。
「…ああ」
ザックスはうわごとのように返事した。
散らかった店内を3人で片付けてからエアリスは煙草に火をつけた。
「なぁザックス,実はここのバーカウンターももう古くてな。新しいのを作るのを手伝って欲しいんだ」
ザックスは目を丸くして話を聞いていたが,
「いいよ」
と言った。
エアリスの申し出はザックスにとって好都合だった。
疲れていてソルジャーの仕事以外の事をやりたかったし,ここで大工仕事を手伝えば,エアリスたちの事も守ってやれる。
「よし,お前はそこでじっとしていろよ」
ザックスはアンジールコピーに声を掛けて,自分はエアリスの大工仕事を手伝った。
出来上がったのは,見事な白い大理石のバーカウンターだ。
スタイリッシュで高級感がある。
「お前,器用だな」
エアリスに言われて,
「うん,俺も才能あるかも」
とザックスは自画自賛した。
 
 第七話 白い恋人達
 
一週間後,ザックスが会社に戻るとセフィロスに呼ばれた。
「田舎の魔晄炉の付近にモンスターが発生しているらしいわ。先に調査に入ったソルジャー達も行方不明。ついてきてくれるわよね」
「…了解」
「魔晄炉の中にホランダーの実験道具によく似たポッドがあったんですって。ということはそこに行けばホランダーもラザードもそこにいるんじゃないかしら」
「なるほどな」
「そのことだけど」
セフィロスは言葉の間に間を置いた。
「私達の任務は魔晄炉の調査だけ。アンジールやジェネシスの事は何も聞いていないわ。…だけど」
「うん,きっと2人ともそこだろうな」
「もしかしたらこれが私にとって最後の任務になるかもね」
突然のセフィロスの宣言にザックスは驚いた。
「えっ。なんで。セフィロスやめちゃったら英雄がいなくなるじゃん」
セフィロスは首を傾げながら,
「クラウドも同じ事を言ってたわ。大丈夫よ。英雄なんていくらでも代わりがいる。なんならあなたがなれば?」
「いや,俺は遠慮しとくよ」
「そう。なんだからしくないわね。まぁいいわ。でも私も今すぐお仕事をやめるわけじゃないから,それまでは神羅のソルジャーでいるけど」
セフィロスはそう言ってドアの前に立った。
「それじゃあ,準備が整えば出発よ」
ザックスも部屋を出ると,友達のカンセルがやって来た。
「ザックス,セフィロスさんと一緒に任務に行くんだって?」
「うん」
「俺もコンドルフォートの魔晄炉の調査に行く事になったんだ。お前ともしばらくお別れだな…」
「そっか…」
「元気でな」
「おいおい,これで一生の別れみたいなのはやめろよ」
ザックスがバシバシとカンセルの肩を叩いた。
 
任務に行く前,ザックスはエアリスの店に立ち寄った。
新しいカウンターの周りには客が集まっていた。
「ザックス」
エアリスがカウンターから出てきた。
「明日から任務なんだ」
「そうか。大変だな。お前にはまだまだ頼みたいことがたくさんあったんだがな。屋根の修理とか,仕入れの荷運びとか,仕込みの手伝いとか…」
「一体いくつくらい用事があるんだ」
「うーん,少なく見積もって23?」
「おいおい。…ま,帰ったら手伝うよ。そうだ,メモに書けよ。覚えきれねぇからさ」
ザックスは胸ポケットから手帳とペンを出してエアリスに手渡した。
エアリスはブツブツ考えながらいくつかの項目を書くと,ザックスに渡した。
「じゃ,これ」
ザックスは手帳とペンをしまうと,
「じゃ,俺も行くわ」
と店を出た。
「気をつけろよ」
言葉少なだがエアリスの言葉が背中から追ってきた。
店の外でザックスはツォンに出会った。
「…なぁ,エアリス達とエアリスの店の事,頼む。あんたしか事情を知ってて頼れる人はいないんだ」
ツォンは藍色の目を上向きで,
「…監視任務は対象の保護も含まれていますわ。私達だって彼に何かあったら困りますもの」
「そっか。ほんと,頼む。頼んだぞ!」
神羅ビルに戻ると,セフィロスと一緒にクラウドがいた。
「何だ?」
「今回の行き先のニブルヘイムは俺の出身地だから,俺も一緒に行くことにしたんだ。ついでに母親に結婚の報告をしなければ。セフィロスを母親に紹介したいし」
クラウドは珍しく満面の笑顔だった。
 
 第八話 木綿のハンカチーフ
 
 車内の空気は和気藹々としていた。セフィロスがあの一言を話すまでは。
「魔晄炉へのガイドはもう予約しているわ。ティファ・ロックハートっていう女性よ」
「へぇ,女の子か。可愛い子だといいな」
ザックスは笑ったが,隣のクラウドの顔色がサッと変わった。
車がサービスエリアに着くと,セフィロスはトイレに行くと言っていなくなった。
ザックスはサービスエリアでご当地の豆大福を買って食べた。
クラウドが青い顔のまま近付いてくる。
「お前も豆大福,食うか」
「いや。いらない。それより聞いて欲しいことがあるんだ」
「金ならないぜ」
「そうじゃない,ティファの事だ。…ティファには俺の事,黙ってて欲しいんだ」
「えっ,なんで。ふふん,分かったぞ,お前の彼女だったのか?」
「そんな関係じゃない。幼馴染だった…」
わけありのクラウドを見て,
「しょうがないなぁ」
とザックスはうなずいた。
 
車はニブルヘイムに到着した。
クラウドはザックスとセフィロスを連れて自宅に帰ってきた。
「…その,ここが俺のうちだ」
クラウドの自宅は住宅街の少し外れにあり,モルタル造りの3階建ての立派な家だった。
クラウドは早速母親と通いの家政婦にセフィロスとザックスを紹介した。
ザックスはそれとはなしに様子を伺った。
セフィロスはとても緊張している様子だ。しかしクラウドの母は,セフィロスに余計な緊張感やストレスを与えるどころか,嫌味の一つも言わず,終始にこにこして穏やかだった。
すると,クラウドの母が,
「セフィロスさんのご両親はどんな方なの?」
と尋ねると,セフィロスは答えに詰まってしまった。
「母さん。セフィロスは両親はもういないんだ」
するとクラウドの母親は,
「あら,ごめんなさい。気を悪くしないでね。それじゃあ1人で今まで大変だったわね」
と優しく声を掛けた。
クラウドとセフィロスはクラウドの母親と,これからの結婚後や今後の進退について話し合いを始めた。
ザックスは退屈になったので,失礼して町の中を歩き回ることにした。
静かな住宅地を歩いていると,すらりとした体型に人懐っこそうな表情の女性に声を掛けられた。
「あのぅ,すみません。貴方ソルジャーですよね」
「そうだけど」
「今来ているソルジャーは貴方だけなんですか?」
「いや,俺とセフィロスの2人だ」
「そうですか」
「何かあったの?」
「いえ,なんでもないんです」
女性は片手を振っていなくなった。
 
クラウドの家に戻ってくると,ザックスは風呂を勧められた。
風呂から出てくると,キッチンからセフィロスと,クラウドの母親と,家政婦の女性の陽気な話し声が聞こえてきた。
クラウドがビールを勧めてくれた。
「…なんというかなぁ。こんなゆっくりしている夜は数年ぶりのような気がする」
ザックスは思った。
「俺も次の休暇の時にはゴンガガに帰ろうかな」
「そうするといいよ,ザックス」
「でもなぁ。帰ったら帰ったで結婚しろしろうるさいって。友達にさきこされたなんていったらおふくろもっとうるせぇだろうなぁ」
 
 翌朝,魔晄炉への山道へ入る手前で待っていると,ガイドの女性が現れた。
「こんにちは,ティファ・ロックハートです」
「あっ,昨日の」
女性は昨日ザックスに声を掛けてきた人物だった。
「えっと,あんたがガイドなの?」
「そうです。よろしくお願いいたします」
ティファの後ろから中年の男性が近付いてきた。
「…セフィロス,頼む,娘にもしもの事があったら…」
「大丈夫よ」
セフィロスは不機嫌そうな声で言った。早く任務を終わらせたがっているようだ。
「大丈夫よ,お父さん。強いソルジャーが2人もいるもん」
ティファも言った。
そこへ,カメラを持ったいかにもオタク系の男性が現れた。
「すみません,セフィロスさんの写真を撮らせて欲しいのですが」
セフィロスは少し嫌な顔をした。
「ティファちゃんからも頼んでよ」
オタクの青年は決して諦めない。
ティファは少し困ったようにセフィロスの横顔を見た。
すると,セフィロスの隣にいた制帽をかぶった将校がセフィロスの肩を抱いて耳元に何事かささやいて優しく促した。その様子がまるで恋人みたいだったことと,その将校の顎の線や雰囲気に見覚えがあるような気がしてきて,ティファは目を凝らしたが,将校は慌てて顔を反対側へ向けた。
セフィロスはコンパクトを出して自分の化粧をチェックしてから,ザックスと一緒にカメラの前に立った。
 
ティファの案内で一同は山道へ入っていった。
道すがら,ザックスとティファは並んで話しながら歩き,その後ろからセフィロスと制帽の将校が付いて来た。
話しながらもザックスは時々後ろを振り返ったが,クラウドこと制帽の将校は相変わらず無口で,セフィロスを守るようにして歩いている。
 
 第九話 涙色
 
魔晄炉に着くと,セフィロスとザックスは中に入った。
「私も中へ入っていい?」
ティファが聞くと,
「ごめんなさいね。この中は会社の秘密でいっぱいなの。一般人の貴方を中に入れることはできないのよ」
セフィロスがヒスイ色の視線を向けた。
そして将校に,
「お嬢さんを守ってあげて」
と声を掛けた。
ティファはむっとして,
「んもぅ,ちゃんと守ってよね」
と言うと,将校は口元に軽い笑みを浮かべた。その笑みがどこかで見たことあるような気がしてティファは何かを言いかけた。
 
魔晄炉の動作不良の原因はバルブの損傷だった。
ザックスは工具を探してくると,慣れた手つきでバルブを修理した。
セフィロスは階段のところに立ち,
「どうして壊れたのかしら?」
とつぶやいて,魔晄炉内のポッドの中を覗いていた。
セフィロスはポッドから離れると,
「…なるほどね。そういうことだったの」
と呟いた。
「どうしたんだ」
工具を片付けてザックスが近寄った。
「魔晄を凝縮するとマテリアができることは話したわね」
「ああ」
「この装置はね,魔晄を冷却して凝縮する装置みたいなのよ。つまりマテリアの装置ね。だけど宝条はこの中に何かを入れたのよ」
ザックスが覗くと,培養液の中に変な生き物がぷかぷか浮かんでいる。モンスターのような人間のような何かだ。
「なんだこりゃ」
「貴方達普通のソルジャーは魔晄を浴びて普通の人間とは違うけれど人間なのよ。だけどこの中のは?まるで化け物だけど,人間の形をしているわ」
「モンスターのような人間?人間のようなモンスター?」
「魔晄の力を使って人工的にモンスターを作っているのね。明らかに普通のソルジャーのとは違うやり方ね」
「普通のソルジャーって,セフィロスは違うのか?」
ザックスの質問にセフィロスはしばらく表情を固まったまま白痴のように口を開けていた。「まさかとは思うけれど,私も“これ”と同じなの?私もこうして生み出されたの?私もモンスターと一緒だと言うの?」
「待てよ」
ザックスはセフィロスの体をつかんだ。
「セフィロスは美人なんだ。こんな気持ち悪いモンスターと一緒のわけがないだろっ」
「そうじゃないのよ!!」
ザックスはセフィロスにどんな言葉をかけていいか分からない。
「子供の頃,私は自分の事を普通だと思っていた。だけど大人になるに連れてなんとなく気付いていたの。もしかして私は全然普通じゃないかもしれないって。だけどこんなことだとは思わなかったわ」
セフィロスは階段にへたり込むように座って,しくしくと泣き出した。
「…私,人間じゃないんだ…」
ザックスはでくの坊のように立っていた。
「残念だったな,セフィロス。お前は人間じゃない。立派なモンスターだ」
そんなセフィロスの気持ちにとどめの一言が入った。
ザックスが声の主を探した。
そこには片手にバノーラホワイトを持ったジェネシスが立っていた。
「お前,まだ生きてたのかよ」
ザックスは悪意に満ちた目でジェネシスを睨んだ。
「ふん,この状態で生きている,といえるのならば」
相変わらずも芝居臭い口調でジェネシスは言った。
「この女はな,ジェノバプロジェクトによって作り出された完璧なモンスターなんだ」
と,ジェネシスはめそめそ泣いているセフィロスを指差して言った。
「ジェノバプロジェクトって何だよ」
「ジェノバ細胞を使った実験の総称だ。…セフィロス,お前は自分の母親の顔を知っているか?」
「仕方ないだろ,セフィロスの母ちゃんは死んじゃってるんだから」
「なるほどな。だが写真くらいは残っててもいいはずだ。セフィロス,お前は母親の写真を見たことがあるか?ないだろう。…ジェノバは,人間ではない。2000年前の地層から発見されたモンスターだ」
「こいつのいうことなんか信じちゃダメだ!」
ザックスがセフィロスに力強く叫んだ。
「最初のジェノバプロジェクトは失敗だった。結果は俺やアンジールのような中途半端なモンスターを生み出しただけだった。しかし,次のプロジェクトで生まれたお前は…」
ジェネシスはザックスを払いのけて固いコンクリートの上に叩きつけると,セフィロスの手首をつかんだ。
「イヤッ」
セフィロスは髪を振り乱して抵抗した。
「やめろ!」
ザックスは叫ぼうとしたが,痛くて声が出ない。ジェネシスはザックスが気絶したものと思っているらしい。
「…そう,お前は俺達失敗作を踏み台にして生まれた完璧なモンスターだ」
「それで私をどうしたいの?」
嗚咽を繰り返しながらセフィロスが聞き返した。
「ジェノバ細胞は母系遺伝,同じモンスターでも男と女じゃ能力が桁外れに違うらしいな。最初の実験の失敗の原因はそれだったらしい。理論はまだ不明だが,ジェノバ細胞の男児は体内で正常細胞とジェノバ細胞が拮抗して劣化が起こるが,女児はそうならずに完璧に正しくジェノバ細胞が体内で分裂する」
ジェネシスはそういってセフィロスの手首を引っ張って自分のほうへ引き寄せ,
「つまりセフィロスの細胞を分けてもらえれば俺の劣化は止められる」
ジェネシスは完全にセフィロスの体を抱きすくめると,セフィロスの唇に手を当てた。
「痛くはしない」
ザックスは這いつくばったまま,なんとかセフィロスを救えないか体を前進させたが,その必要はなかった。
バッチーン!
いきなりセフィロスの左手がジェネシスの頬を平手打ちした。
「…最低」
セフィロスの声は震えていた。
「そんなつまらない嘘言って,私の事を惑わそうとしたって無駄なんだから。やっと,やっと私幸せになれるのに…貴方はそのまま死んじゃえばいいんだわ」
セフィロスは一気にしゃべると,魔晄炉から走り去った。
ジェネシスはセフィロスの姿を目で追いながら,
「さすが完璧なモンスターだ。
 
獣たちの戦いが世に終わりをもたらす時
冥き空より女神が舞い降りる
光と闇の翼を広げ 
至福へと導く
『贈り物』と共に」
ジェネシスはまたあの詩を暗誦して飛び立った。
ザックスは何とか起き上がると,魔晄炉を出た。
外にはティファとクラウドが待っていた。
クラウドに話すのは2人きりにした方がいいだろう。
帰り道,クラウドの家の近くでザックスはどこかで見たことのある黒塗りの高級車を見つけた。そのとき,クラウドの家から姿を現したのは神羅カンパニー社長,プレジデント神羅だった。
―なんでプレジデントがクラウドの家に?
プレジデントはツォンを伴って歩いてくる。そこへあのティファの父親が近付いてプレジデントに声を掛けたが,プレジデントは無視して歩き始めた。
歩きながらプレジデントは携帯電話を取り出し,何事か命じると車に乗り込んだ。
 
ティファを送ってからクラウドの家に戻ると,最初に口を開いたのはクラウドだった。
「セフィロスが真っ赤な顔をして“1人にして”って行ってしまったんだ。とっさの事で分からなくてさ。心配だな」
「なぁクラウド」
ソファーで寝転がったザックスがクラウドに声を掛けた。
クラウドはザックスの隣に立った。
「…お前,何があっても,セフィロスと結婚するんだな。セフィロスを一生幸せにしてやる自信はあるな」
「当然だ」
窓を見ながらクラウドが言った。
「この先どんな過酷なことがあっても,どんな辛いことがあっても,だな?」
「ああ。何があろうと俺の気持ちに変わりはない。一生かけて守ってみせるさ」
「そうか,なら安心した」
ザックスは起き上がった。
「なぁ,ザックス。お前その剣あんまり使わないな」
クラウドがバスターソードを指差して言った。
「ああ,これね。これは俺の師匠の形見なんだ」
ザックスはクラウドにアンジールの事を話した。
クラウドは話を黙って聞いていた。
「それじゃあもしかしたらアンジールもジェネシスと同じようにライフストリームの中で意識が分散せずにどこかで生きてるかもしれないぞ」
クラウドがザックスを励まそうと言った。
「どうだかなぁ」
ザックスは呟いたがクラウドは,
「望みは捨てるなよ」
と声を掛けた。
そこへザックスの携帯にメールが入った。
ティファからだった。
『セフィロスが神羅屋敷にいるらしいわ。様子が変だから見てきて』
ザックスは嫌な予感がしたので,クラウドを連れて行かないほうがいいだろうと判断して,
1人で神羅屋敷に向かった。
 
 第十話 読書の時間
 
 セフィロスは神羅屋敷の書斎にいた。
疲れた顔でジェノバプロジェクトに関する本を読み漁っていた。
「ごめんなさいね,一人にして」
ザックスに気がつくとセフィロスはそう言った。
「クラウド,呼ぼうか?」
するとセフィロスは首を振って,
「いいの。彼は呼ばないで。彼だけは呼ばないで」
と言う。
「あ,あんまりアイツの言葉気にするなよ」
とザックスは慰めるように言うと,部屋を出た。
玄関ホールのソファーにクラウドが腰を下ろしていたのでザックスは驚いた。
「お前,なんでここが」
「ここは子供の頃,よく来ていた。お袋と俺,そこで知らない中年の男に会っていた。どんな顔だったか思い出せないけど…。それよりセフィロスは?」
「奥の部屋で本を読んでる。誰も来るなってさ」
「調べものなら俺も手伝おう」
クラウドが階段を上がろうとすると,ザックスが慌てて止めた。
「誰も来るなって言われてるんだから,うっかり入ったら斬り殺されるぞ。それより俺,腹減ったな。こんな中途半端な時間でも飯食えるとこ,ある?」
「…そうだな。この辺りだとファミレスか回転寿司くらいだな」
「よし,寿司行こう,寿司。俺,ビントロ食いたい」
 
 第十一話 隠された真実
 
 郊外の寿司屋から出ると,クラウドは本屋に行くというので,ザックスは1人で神羅屋敷へ様子を見る為に町の中に戻ってきた。
町の入口に戻ると,ザックスは目の前に人が累々と倒れている光景を見て,これはエキストラを使って映画の撮影をしているのだろうかと思った。
しかし鼻を突くような血のにおいから,それが現実のものと分かった。
「どうなっているんだ」
ザックスは戦慄しながらも死体を調べた。
銃弾で撃ちぬかれたようだ。
「おい,あんたは生きてるのか」
ザックスは知らない恰幅のいい初老の男に声を掛けられた。
「まだ息のある者を公民館へ運び込むんだ。手伝ってくれ」
ザックスはうなずいて,倒れている人間を調べて回った。
ザックスと同年代くらいの青年は,肩に銃撃を受けて苦しそうに息を吐きながら,
「神羅の兵隊が来て…みんなを…」
と言った。
「へっ」
ザックスは言葉を疑った。
自分が信頼して働いている神羅カンパニーの軍隊がニブルヘイムの人達を虐殺したらしい。
そのとき,神羅屋敷からセフィロスがふらふらと出てきた。
「あっ」
ザックスはニブル山の方へふらふらと歩いて行くセフィロスに気がつきながらも,傷病人を背負っているので,いったん公民館に戻ってから,セフィロスを追うことにした。
 
ニブル山魔晄炉へと向かう山道で,魔晄炉獣道の方へ走るシスネの姿を見つけた。
「シスネ!」
ザックスが呼びかけようとしたのにシスネは気付かず,走り去ってしまった。
シスネが走り去った辺りまでやって来ると,そこにティファの父親の死体を見つけた。
「まさかシスネが…」
ザックスはうめくように言うと,魔晄炉の中に飛び込んだ。
 
 第十二話 君を裏切ったりしない
 
魔晄炉の中で,ティファは腹から血を流して倒れていた。体が痙攣してとても危険な状態だ。
傷口から,ティファの傷は銃弾によるものではなく,明らかに鋭利な刃物による裂傷だ。
―セフィロスがやったのか?
ザックスは,セフィロスが見当たらないことが分かると,奥の扉を開けた。
セフィロスの目の前には巨大な天使像がある。
「…セフィロス,ティファを斬ったのか?」
ザックスが肩越しに尋ねた。
「ああ,そのこと」
ザックスはセフィロスの返事を肯定と受け止め,さらに追及した。
「なぜ斬った」
「なぜって,あの子,私の事犯人扱いするんですもの。町の人を殺したとか,お父さんを殺したとか言ってつかみかかってきたの。私,誰も殺していないのに」
「それだけの理由で斬ったのか」
「それだけの理由ですって?」
セフィロスはザックスを睨め上げた。
「あの子,私の事なんて言ったと思う?」
セフィロスは怒りに震えて口の端を上げて言った。
「“町の人を返せ,父さんを返せ,この化物”ですって…」
ザックスははっとした。
セフィロスはジェネシスから『お前はモンスター』だと言われ,かなりショックを受けていた。
そしてここでもまた『化物』と呼ばれる。
「…私は2000年前の地層から発見されたジェノバの細胞から作られたモンスター…そう書いてあったの。人間なんかじゃなかったんだわ…」
セフィロスは悔しそうに下唇を噛んだ。
ザックスは,セフィロスの絶望に満ちた表情が理解できなかった。その暗さはジェネシスやアンジールのそれよりもずっと辛そうに見えた。
「だけど私は自分の運命を知ってしまったら,こうするしかないの」
セフィロスは天使像に近付くと,その像の頭部を引きちぎった。
破壊された先には,培養ポッドがあり,頭部には『JENOVA』と記したヘッドギアが付けられた,セフィロスによく似た美しい女性が浮かぶ。
「紹介するわ。これが私のママ。ママはね,私達の為に新しい世界を作ってくれるって。私の事,化物扱いする人間なんかみーんないなくなっちゃえばいいんだわ」
セフィロスは無邪気な口調だった。
「私のママは,もともとはこの星の支配者だったのに,それなのに,あとからノコノコ出てきたあなたたちの先祖がママからこの星を奪ってしまったの。でももう大丈夫よ,私がこの星をとりもどしてあげるわ」
セフィロスのヒスイ色の目はもうザックスの知っていたものではない。ジェネシスの暴走から考えると,このままセフィロスを放っておくと,何をしでかすか分かったものでないから,やはり戦うしかない。
―クラウド,ごめん。
ザックスは意を決して剣を構えた。
しかしせっかくのザックスの決心は無意味に近く,セフィロスの前では完全に度外視といってもよかった。
―速い,速過ぎる。
セフィロスは加速装置でも付けているようにすいすいとザックスの攻撃をかわし,離れた位置からでも刀の真空刃を飛ばして,どんどんザックスの体力を奪っていく。
「うはっ」
回復も間に合わない。
「残念だったわねぇ」
ザックスの耳に息がかかるくらいの距離でセフィロスの声がした。
もう,遅かった。セフィロスに背中を袈裟斬りされ,血を噴出してつんのめってしまった。
「もう,戻れないのよ」
セフィロスはザックスの頭の横に立って語り始めた。
「人間じゃないだなんて知れたらクラウドはきっと私の事なんか嫌いになるわ。私はそういう運命だったのよ。素性がモンスターだったら,どんなにがんばってもどんなに綺麗になっても最後は男に逃げられるのよ」
ザックスはようやくセフィロスの瞳の色の暗さの理由が分かった。
自分が人間ではないと分かったとき,一番恐れたことは,クラウドに捨てられること。恐れをなしたクラウドが自分から離れて行ってしまうだろう,と考えたのだ。
「セフィ…ロス。クラウドは…クラウドは絶対にお前を裏切ったりはしないぞ」
ザックスは声を出したが,口から空気がヒュウヒュウ漏れるだけで声が出ない。
「クラウドは…言っていた。…一生かけて…お前を守ると…」
うすれていく意識の中で,ザックスは足音を聞いた。
「ザックス,大丈夫か,しっかりしろ」
クラウドの声を聞いたザックスは,
「セフィロスを,はやく」
と伝えようとするが,先述の通り,声が出なくなっているので,クラウドには声が届かない。
クラウドはザックスを置いて,自分は奥へ入って行った。
 
 第十二話 永遠の愛
 
 クラウドはザックスの剣を握り締め,セフィロスの背中を刺した。
セフィロスの背中は大きく跳ね上がり,ゆっくりとクラウドを振り返った。
「…クラウド,何するの」
―セフィロス,許してくれ。
クラウドはセフィロスの目に釘付けになった。
クラウドは震えながら剣を引き抜き,セフィロスはぐったりと倒れた。
長い銀色の髪が乳海のように床へ広がった。
クラウドは肩を震わせ,ティファのもとへ駆け寄った。
「ティファ,すぐに救急車を呼ぶぞ」
必死に声を掛け続けるクラウドの背後をセフィロスがよろよろと通り過ぎようとする。その細い腕には母なるジェノバの首。
「邪魔…しないで」
クラウドは困惑した。
すると,ザックスが必死にセフィロスの背中を指差した。
クラウドは決心すると,セフィロスを追いかけ,その体をつかんだ。
セフィロスの華奢な体は簡単にクラウドの両手の中に納まった。
「…嫌っ,死にたく…ない」
セフィロスは正宗でクラウドの腹を刺した。
激痛が走ったがクラウドはセフィロスの体を離さなかった。
セフィロスは精一杯の怖い顔を作ってクラウドを睨みつけた。
しかしクラウドはそんなセフィロスの顔に臆することなく,目を逸らそうとはしなかった。
セフィロスは何も恐れなくて良かったのに。
「私,貴方と離れたくないの。星が滅茶苦茶になったって私と貴方がいればそれでいいのに。ママは私達2人の為に新しい世界を作ってくれるはずよ。それじゃだめなの?」
「セフィロス,お前,言ってたろ。人は一人じゃ生きてけないって。でも2人だけでもだめなんだ。2人よりも3人,3人よりも4人,世界には数え切れない人間がいて,助け合って生きているんだ。俺とお前だけじゃだめなんだ。母さんも,ティファも,ザックスも,必要じゃない存在じゃないんだ。…分かるだろう?」
「…」
クラウドはセフィロスの頭を抱きしめたが,もう,セフィロスは動かなくなっていた。
クラウドの乾いた目に涙がこぼれた。
クラウドは体から刀を引き抜くと,セフィロスの体を抱えて歩き出した。
歩いている間,セフィロスの笑顔や泣き顔や怒った顔を蜃気楼のように思い出していた。
いつだってセフィロスは自分の事を想ってくれて,尽くしてくれた。
こんなにまで自分を愛した女性を殺したのはほかならぬ俺自身だ。
地獄へ落ちるものならいっそ落として欲しい,
とクラウドは思った。
クラウドは魔晄炉の地下のライフストリームの流れの中にセフィロスの体を沈めた。
 
クラウドはハンカチで涙をぬぐうと,ティファの元へ戻り,携帯電話で救急車を呼んだ。
ザックスとティファは担架で乗せられ,クラウドは自分の足で歩いて乗り込んだ。
担架で運ばれながらザックスはクラウドに手を出してきたので,クラウドはその手を握り締めた。
「…クラウド,よく頑張ったな」
蚊の鳴くようなザックスの声が聞こえたのでクラウドは大きくうなずいた。
 
 第十三話 自由への逃亡
 
 ザックスは救急病院で手当てを受け,一命を取り留めた。
救急車に乗せられる際,最後にクラウドと手を握って以来,ザックスの意識はずっとなかった。
ザックスが病室で目覚めたとき,枕元にアンジールが立っていた。
―アンジール,見舞いに来てくれたのか?
「ザックス,寝ている暇はないぞ。今すぐここから逃げるんだ」
ザックスが意味が分からない,と言おうとすると,アンジールは病室の窓から飛び立ってしまった。
―待ってくれよぅ,アンジール!
足音が聞こえたので,ザックスは急いで寝たふりをした。
入ってきたのは宝条と助手だった。
宝条は寝たふりをしているザックスに顔を近付け,
「なるほど,この男か」
と言った。
「すぐに実験ポッドの用意をしろ」
宝条は助手に命令すると部屋を出て行った。
足音が遠ざかると,ザックスはむくりと起き上がった。斬られた背中と腹が痛いが,やむなしだ。
ザックスは戸棚に整頓してある自分の荷物を取り,検査着を脱いで,私服に着替えた。
荷物をまとめると,大急ぎでクラウドの病室を探した。       
クラウドはカーテンを閉めていたが,ザックスが声を掛けると,カーテンを開け,真っ赤になった目でザックスを見た。
「ザックス,意識が戻ったんだな」
「そんなことより,ここから出るぞ。宝条が俺達を人体実験の素材にしようとしているんだ」
クラウドも大急ぎで荷物をまとめて,ザックスの為に包帯や消毒薬,それに鎮痛剤や絆創膏などの応急セットを数回分失敬すると,それもバッグに詰め,救急出入口からこっそりと病院を出た。
背中と腹を負傷しているザックスをクラウドが支えてくれ,二人は並んで歩き出した。
 
長距離バスのターミナルまで来ると,ザックスは神羅兵が警備しているのを見た。
「クラウド。…バスはまずい」
「じゃ,どうするんだ」
「ニブル平原を歩いて越えるしかない」
ザックスはうめくように言った。
鎮痛剤を飲んだので,さっきよりは気分がましになっていたし,ソルジャーは傷の治りも早かった。
2人は闇夜に紛れてニブル平原の道なき道を進んだ。
夜明け頃には次の町も近い。
「少し休もう」
ザックスはクラウドと並んで座った。
「…誰かいるな」
ザックスは言った。
「さっきから気がついてたんだが,狭い道では危険だ。ここなら大丈夫だろう。相手してやる」
ザックスが四方に聞こえるように言うと,岩陰から現れたのはシスネだった。
「逃亡した実験用素材って,ザックス達だったの…」
「シスネ」
ザックスはシスネに近付いた。
「ごめん,シスネ。頼む。この通りだ,見逃してくれ」
ザックスはシスネに手を合わせて懇願した。
「軍隊やロボットなら何とかなるけどさすがにタークス相手じゃ辛い」
シスネはうつむいていた。
「…ごめん」
と,武器を持っている。
「…ティファの親父さんもそうやって殺したのか!?」
ザックスはとっさにその一言を言った。
「社長からのじきじきの命令なら仕方なかったのよ」
シスネの態度にザックスはショックを受けた。
「来るな!」
ザックスとシスネの間にクラウドが入り,シスネに向かってザックスのバスターソードを向けた。
「俺はともかく,ザックスは傷を負っている。そんな体で人体実験に使われたらどうなる?連れて行くなら俺だけを連れて行け。そうすればあんたは会社にも顔が立つだろう」
シスネはクラウドとは面識がなかったが,どこかで見たことある顔だと思った。誰かに似ているのだが,それが思い出せない。そのクラウドに似ている相手とは,シスネがよく知っている誰かなのだ。
シスネは上着のポケットから携帯を出した。
ザックスが何かを言いかけたが,シスネは,
「もしもしツォン?私よ。…ターゲットはもうここにはいないみたいよ。北の方へ向かったって」
と一方的に喋ると電話を切った。
「サンキュー」
ザックスが言う。
「プレゼントよ」
シスネがクラウドに何かを放り投げた。
「私を信じてくれるなら,どうぞ。ザックスの事,任せるわよ」
シスネはそう言っていなくなった。
ザックスがクラウドの手を覗き込むと,鍵が入っていた。
 
 第十三話 はからずしも超越した彼へ
 
 高速道路の橋の上を一台の軽トラックが疾走していた。
クラウドはハンドルを操りながら,
「思わぬところで彼女に助けられたな」
と言った。
「ああ」
ザックスは生返事をして手帳を取り出した。
ミッドガルを出るときにエアリスが書いた『ザックスの23の用事』だ。
『色々書こうと思ったけど,お前はバカだから覚え切れないから1つにしとく。
またいつでも店に遊びに来い。
今はそれで許しといてやる』
ザックスは手帳を閉じると,なんとしてでもミッドガルに戻ろうと思った。
そのとき,道路の中央にジェネシスとそのコピー軍団が立っていた。
「また来たのかよ。クラウド,車止めろ」
ザックスは車を降りると,ジェネシスに近付いて,バスターソードを構えた。
ジェネシスが指示すると,コピーが一斉に襲い掛かってきた。
「…!!」
しかし,コピーたちはザックスのわきをすり抜け,ザックスの後ろに立っていたクラウドに襲い掛かった。
ザックスは急いでクラウドを助けようとするが,コピー軍団は大量にいる。
コピーはクラウドの体をつかむと,髪の毛を強く引っ張った。
「痛いだろうが!」
ザックスが抗議した。
ブチブチブチッ。
コピーがクラウドの髪の毛を引き抜いてしまった。
「なんてことするんだ!クラウドが1ギル玉ハゲになるだろ!」
「獣たちの戦いが世に終わりをもたらす時
冥き空より女神が舞い降りる
光と闇の翼を広げ
至福へと導く『贈り物』と共に」
「またその詩かよ」
「…この男は,プロジェクトS用に加工されたジェノバの遺伝子を引き継いだ。これさえあれば劣化が止められる」
ジェネシスは言った。
「へ…?クラウドが?コイツはソルジャーじゃないし,何の人体実験も手術もされてねぇぞ」
ジェネシスは嫌味な笑い方をして,
「…分からないのか?体液による血液感染だ」
「あっ!」
ザックスは目を大きく見開いた。
「残念ながら俺はこの男とは違ってセフィロスに拒まれたからな。だがこれがあればもういい。俺の劣化は止められる。これこそが俺に与えられた女神の贈り物」
ザックスはジェネシスがセフィロスに性的暴行を働こうとしていたのを思い出した。セフィロスと性交するなり,セフィロスの血液なり尿なりを手に入れれば,うまくいけばその遺伝子を自分の体に感染させることが出来る。しかしセフィロスは拒んだ。
ジェネシスは引きちぎったクラウドの髪の毛を見て満足そうだった。
クラウドは頭を擦りながらジェネシスを睨みつけた。
「ザックス,この男は正気じゃない。気をつけろ」
長居は無用だとジェネシスは思っているらしく,ふ,と軽く笑って,コピーどもと一緒に飛び立ってしまった。
「まて」
待て,といって待つものなどいないことは分かっている。
―…アンジール,俺,どうすりゃいいんだ。
しかし,今のザックスは1人ではない。
「ザックス,とりあえず先に進もう」
クラウドが声を掛けた。
「ああ。行こう」
2人を乗せた軽トラックは再び動き出した。
 
 第十三話 ゴンガガ村でドンジャラホイ
 
クラウドとザックスは車中,無言だった。
疲れきっていて,言葉を交わすこともない。
「ザックス,次の町に入ったら一休みしようじゃないか」
クラウドが声を掛けた。
ザックスは椅子にもたれかかって窓を見ていたが,
「あれ,ここってもしかして…ゴンガガの近くじゃないか?」
「ゴンガガって,ザックスの…」
「うん。多分そうだと思うんだ」
クラウドがさらに高速道路を走らせていると,
ゴンガガICの表示が現れた。
クラウドはザックスの了解も聞かずにウインカーを出した。
 
ゴンガガの町中に着くと,まずはガソリンスタンドに立ち寄った。
車の点検を頼んでいる間に,ザックスとクラウドは町の方へ歩いていった。
「わざわざこんな所までノコノコ来るなんてね」
と,背後からいきなりシスネに声を掛けられた。
「まさか,ここももう神羅が…?」
ザックスが聞くと,
「当然でしょう。ターゲットの出身地は一番にマークされるわ」
「両親に会いたかったんだけど」
ザックスが言うと,
「あなたのご両親,とても心配してたわよ。こんなんじゃ,お嫁さんも来てもらえないって嘆いてた」
「話したのか?」
「ええ」
「そっか」
「とてもザックスに会いたがってた」
「…」
「そしてもう1人会いたがってる人がいる」
「誰だ」
「アンジール。この辺りで目撃情報があったの」
「良かったな。ザックス」
クラウドが肩を叩いた。
ザックスがアンジールを探しに行こうとすると,
「気をつけてね。ザックス。警備網はドンドン厳しくなっているわ」
とシスネの声が追ってきた。
「ありがとう」
ザックスはシスネに向かって頭を下げた。
「よしてよ」
「だってシスネには世話になりっぱなしで…」
「いいのよ,そんなこと。さぁ,5分だけ待ってあげるから,早く行方をくらますのよ」
とシスネは手を振った。
「ザックス,あれ」
クラウドが山の上を指差した。
絶壁に白い片翼の人影が見えた。
「アンジール!」
ザックスが叫んだ。
「じゃ,あの人が?」
「多分そうだ。行こう」
ザックスとクラウドは細い山道を上がって行った。
ザックスはけが人であるにもかかわらず,アンジールに会いたい一心で山道を走る。
ところがそこにはアンジールの姿はなかった。
いたのは,ジェネシスとコピー軍団,それにホランダー。
ホランダーは髪が真っ白になり,背中にはジェネシスと同じ黒い片翼があった。
「ホランダー,あんたその体どうしたんだ。羽根は生えてるわ,劣化してるぞ」
ホランダーはうめくように,
「ジェネシスに殺されかけたんだ。生き延びるためにはジェネシスの細胞を自分に注入するしかなかった。不本意だが。でなきゃこんなモンスターに成り下がりたくはなかった」
「自分が生み出しといてモンスターかよ」
ザックスは呟いた。
「純粋なS細胞,『女神の贈り物』を手に入れればそれで問題ない。もう劣化を恐れることもないのだ」
ジェネシスは言う。
「お前,LOVELESS4章から最終章へのくだりを知っているか?」
「さぁね」
ザックスは口を尖らせた。
「…いざ語り継がん 
君の犠牲 世界の終わり
人知れず水面をわたる風のごとく
ゆるやかに 確かに」
ジェネシスの代わりにクラウドが詠唱した。
「立ち読みで読ませてもらったんだ。あんたの著書」
クラウドはふふふ,と笑って言った。
「読みたいんなら,立ち読みせずにレジまで持って行って欲しかったな」
ジェネシスも微笑み返すと,ホランダーやコピーに向かって,
「諸君,紹介しよう。この利発そうな男は,クラウド・ストライフ中佐。セフィロスの婚約者だ」
と宣言した。
「すると,この男が最後のS細胞の持ち主か!」
ホランダーがクラウドに近付いてきた。
クラウドはサブマシンガンを構えた。
そのとき,真っ白い片翼の人物が舞い降りてきてホランダーを突き飛ばした。
ホランダーがもんどりうったのをクラウドが射殺して,それを合図にコピー軍団がその片翼の人物に襲い掛かった。
「危ないっ」
たった一人の劣勢の人物,それは真っ白い頭で,サングラスをかけ,派手なスーツを着ていたが,ザックスは加勢に入った。
なんとか撃退して,その人物を安全なところへ連れて行き,クラウドと一緒に逃げた。
「アンジール!なんであんなヤツにやられちゃってるんだよ」
ザックスは,安全な場所まで戻ってからその人物に声を掛けた。
すると,その声はアンジールではなかった。
「私は…君たちソルジャーのように戦えない」
と,サングラスを取った。
それは,すっかり狼狽して衰弱したラザード部長の顔。そして薬指にはトレードのマークのルビーのリング。
「あっ部長!」
 
 第十四話 果てしなき流れの果てに…
 
 クラウドが病院から持ってきた応急セットでラザードに簡単な手当てをすると,3人は近くのファミリーレストランに入った。
ザックスはカレーライスの大盛りと生卵,クラウドはしょうが焼き定食,ラザードはスパゲティナポリタンを注文した。
 
「部長は,なんでそんな格好になったんだ?」
ザックスは開口一番ラザードに質問した。
「ホランダーと手を組んだのがまずかった。私は実験素材として,アンジールの細胞を植え込まれた」
「…なんだってそんなこと。部長はそもそもなんでホランダーに資金を提供してたんだ?」
「…つまらない復讐さ」
ラザードは自嘲気味に笑った。
「だけど,もうそんなことはどうでもよくなってきた。馬鹿らしいと思うようになった。私は自分でまいた種を刈り取らなければならない」
ザックスとクラウドは黙って話を聞いていた。
「さて,ザックス。今度は君が話すばんだ。私が会社から逃げた後の事を教えてくれるかな」
ザックスはクラウドと2人で今までに起こった出来事を全てラザードに話した。
「…そうか,君たちも随分苦労したんだな。…なぁ,ザックス。君の夢は何だ」
「そりゃあ,もちろん。英雄になることだ」
ラザードはふふ,と笑って,
「なるほどな。叶いそうにないいい夢だ」
とあの頃と同じような表情だった。
「いいや,きっとなれる。俺達は英雄になれるよ,部長」
「…部長か。懐かしい響きだな。…まぁいい。
そうと決まったらジェネシスを追わなければいけないな」
ラザードが答えた。
「とはいえ,どこに行ったのか…」
ザックスが言おうとしたとき,
「バノーラだ」
とクラウドが言った。
「え?なんで?」
「ジェネシスはいつも片手にバノーラホワイトを持っていた。だったらバノーラにジェネシスのアジトがあると考えるのが普通じゃないか」
 
 第十五話 悪魔の竪琴
 
 空爆を受けたバノーラを歩いていると,ラザードが先に立って歩き,
「ここがジェネシスの自宅だった」
と,目の前の鉄筋コンクリートの家を指差した。
家の中は明かりが付いていて,誰かが住んでいる気配がある。
「ケッ,立派な家に住んでやがんな」
ザックスは靴を脱いで上がりこんだ。
玄関には,ジェネシスの靴はない。
ザックスは応接室にラザードとクラウドを入れ,
「俺はうちの中を探してくる。クラウドは部長を頼む」
 
ザックスは応接間を出ると,手がかりを求めて探索を開始した。
風呂場やトイレは今も誰かが使用している痕跡があった。
座敷の奥にはジェネシスの父親のものらしい書斎があった。
机の上にはスクラップブックがあり,新聞記事の切抜きがあった。
ジェネシスが小学生の全国作文コンクールで最優秀賞をとったときの記事が書かれている。記事にはジェネシスが作家になりたがっていた事が書かれていた。
実際,ソルジャーになってからジェネシスが書いた『LOVELESS』はちょっとしたベストセラーになった。
ザックスはそれらのスクラップブックやアルバムをラザードとクラウドに見せた。
「履歴書によればジェネシスはそもそも作家を志して神羅学院大学の文学部に入学して,1歳年下のアンジールも大親友のジェネシスを追って奨学金で同じ大学の法学部に入学している。それぞれ作家と弁護士を目指していた彼らがどうしてソルジャーになろうとしたのかまでは知らないがね」
ラザードが言った。
 
2階の右半分をクラウド,左半分をザックスが調べた。
ザックスが開けた部屋はジェネシスの寝室らしかった。
「うわあ,なんだこりゃ!」
広い部屋の壁と言う壁に少女時代のセフィロスの様々な写真が貼られていた。
「こりゃすげぇ」
ザックスは部屋の中心に立って,辺りを見回した。
「…てことは,ジェネシスもセフィロスに憧れてソルジャーになったって事か?」
ザックスは学習机の椅子に座って,考えをまとめた。
ホランダーの伍番魔晄炉の住居を調べたとき,出てきたジェネシスはセフィロスに剣を向けて,本来は自分が英雄になるはずだったと憤っていた。
自分がセフィロスには勝てないことと,セフィロスへの屈折した愛情とのジレンマが彼を狂わせたのだろうか。
 
3人は一度階下に降りて休憩した。
ザックスは台所の冷蔵庫からバノーラ・ホワイトジュースを3本取り出して,戻ろうとすると,立ち止まった。
台所の床にはじゅうたんがあるのだが,一箇所だけ足音が違うのだ。
じゅうたんをめくると,床の上に1メートル四方の扉がある。
扉を開けた先には底なしの闇が大きく口を広げていた。
ザックスは応接間に戻ると二人にそのことを話した。
クラウドも行くと言ったが,ザックスはラザードと一緒にここで待っていてくれ,と頼んだ。
「それなら」
クラウドは納屋へ降りていき,懐中電灯2本と手ぬぐいを探し出し,ザックスの頭に八つ墓村の要領で懐中電灯をくくりつけた。
「おい,これ,カッコ悪いだろ」
ザックスが文句を言うと,
「カッコ悪い,ってこの先いるのはモンスターくらいなもんだ」
とクラウドは言った。
台所にあった水筒にバノーラ・ホワイトジュースを入れて肩に掛け,準備が全て整うと,ザックスはたった一人で地底へのはしごを降りた。
 
 第十六話 闇と言う名の怪獣
 
ザックスはクラウドの言うとおり,頭に懐中電灯をつけてよかったと思った。
懐中電灯を持たずに剣が振られるし,首から提げるのではなく頭なので,ザックスが振り向く視線の先に明かりが届く。
それにこの懐中電灯のお陰でザックスの全身が強い光で覆われていて,モンスターの目くらましにもなった。
この先にジェネシスがいることは分かっている。
会って,直接本人に聞きだすつもりだ。
何故,どうして,なんのためにこんなことをやったのかと。
たとえ聞き出したとしても,その理由がどんなに大義名分であったとしても,ジェネシスのやったことは許されないことだ。
全てが取り返しの付かないことになってしまった今,ザックスに出来ることはジェネシスに反省を促すことくらいだ。
そう考えるとザックスは自分の無力さに改めて気が付いた。
自分では一生懸命にこの一連の事件を追ってきたけれども,実際は自分がこの星を,この世界を守る為に出来ることなどたかが知れているのだ。
そう思うと陽気なはずのザックスはたまらなく鬱蒼とした気分になるのだった。
闇はこの洞窟の中だけではなく,ザックスの胸のうちにもじわじわと侵食していたのだ。
「…おっといけない」
ザックスは思い直して頭を振った。
 
 第十七話 おいしいクリームパイ
 
 ラザードはクラウドと並んでテレビを見ていた。
ちょうど親子の愛憎劇のドラマだった。
「…セフィロス,こういうドラマ好きだった…」
クラウドがぽつりと呟いた。
「…そうだったな。彼女は昼ドラや恋愛映画が大好きだった。いつも連続ドラマの展開一つで無邪気に一喜一憂していたよ。…ふふ,本当は無邪気な少女のまま大人になったような女性だったのに」
ラザードは笑った。
2人はしばらく黙っていたが,ラザードはここで大切なことを言っておくべきかどうか悩んだ。
自分はプレジデント神羅の妾腹の子供で,クラウドもまた,同じなのだと。
クラウドは何も知らない。知らないのなら教えてやるべきなのかどうか。
ラザードが悩ましく思っていると,いつの間にかクラウドがキッチンから皿を一つ持ってきた。
「…少し何か食べましょう」
と,テーブルの上に置かれたのはバノーラ・ホワイトを使った高級菓子店のクリームパイだった。
クラウドはナイフで器用に切り分けた。
「これはザックスの分」
と,取り分けるクラウドの背中を見てラザードははっとした。
 
かつて自分は妾腹と言うことで嫡出子のルーファウスとの扱いの差をひどく恨んだ。そればかりか,もう1人の愛人にもクラウドと言う子供がいて,とても優秀な男だと聞いた。
プレジデント神羅の財産という大きなパイを分けるのは少なくとも男子が3人もいる。
相続の分配はまず,嫡男のルーファウスがその大部分を相続し,残りをクラウドとラザードで分割する。少なくともラザードはそう思っていた。
しかしある日,ラザードはプレジデント神羅に呼び出された。
他に社長室にいたのはルーファウスとリーブ。ラザードが何事ですかと尋ねると,プレジデント神羅はこれからの会社の事についての相談だと言った。
そこでラザードは驚愕の話を聞かされた。
プレジデント神羅が言うには,自分の死後,遺産の現金はルーファウス1,クラウド1,
ラザード2で分割するが,神羅カンパニーはルーファウスとクラウドの共同経営とする。ルーファウスには社長として都市開発と会社経営の全てを管理させ,クラウドには元帥の地位を与え,軍事部門,ソルジャー部門,タークス,兵器開発部門を全て任せると言うものだった。
つまりラザードに与えられたクラウドやルーファウスよりも多額の現金は,手切れ金にしか過ぎなかった。
 
限られたパイを分けることは仕方のないことだが,その分割方法が気に入らない。
 
そんなときにウータイの作戦でクラウドがラザードを護衛することになった。
初対面のその将校がクラウド・ストライフだとすぐに分かった。
自分達プレジデントの血を引くものが持っている魔晄の目だ。
だからラザードは初対面のクラウドに名前を間違えることなくストライフ少佐と呼ぶことが出来た。
 
ここであったが百年目,こいつさえいなければ,とラザードは思った。
クラウドさえいなければパイを分割する者はラザードとルーファウスだけになる。
 
しかしクラウドはそんなラザードの心中を知るはずもなく,その日は丁寧にラザードを護衛してくれたし,そして今,高級なクリームパイを丁寧に三分割している。
ここにいないザックスの分まで取り置いている。
クラウドの背中を見てラザード口を開いた。
「…クラウド。私達はとても似ていると思わないかな」
「えっ…」
急に声を掛けられてクラウドは不思議そうな顔をした。
「…実は君と私は…」
そう言い掛けたとき,外から足音が聞こえた。
 
 第十八話 ファム・ファタル
 
 その頃ザックスは,洞窟の心臓部にたどり着いていた。
ザックスは努めて冷静にジェネシスと話し合う所存でいた。
手帳にはクラウドに書いてもらった『LOVELESS』の要約がある。
ザックスは洞窟内にあったベンチに腰掛けて水筒のジュースを飲みながら手帳を読んだ。
なんとか『LOVELESS』を理解してジェネシスと会話しなければならないと思ったからだ。
そもそもジェネシスは古代の叙事詩から着想を得て『LOVELESS』を書いたらしい。
あらすじはこうだ。
『LOVELESS 第1章

 深淵のなぞ
 『女神の贈り物』を探し求める3人の男
 しかし戦が彼らをひきさいた
 ひとりは英雄ひとりは放浪
 残りのひとりは捕虜となる
 それでもなお3人の心は結ばれていた
 再び共に謎を解くという約束で』
 
『LOVELESS  第2章
 捕虜は脱走に成功するも,瀕死の重傷を負う
 しかし,彼は一命をとりとめる
 彼を救ったのは敵国の女であった
 彼は身分を偽り女と共に隠遁生活を送る
 その暮らしは幸福で永遠に続くと思われた
 しかし幸福であればあるほど
 友との約束が彼を苦しめる』
 
 
『LOVELESS  第3章

 戦乱激化し世界は破滅へ突き進む
 捕虜は恋人との幸福な暮らしを捨て
 旅立つことを決意する
 『女神の贈り物』が至福へ導くことを願い
 友との約束を果たすために
 しかしふたりは約束などなくても
 必ず再びめぐりあえると信じあっていた』
 
クラウドの推理によると,ジェネシスは作中の3人を自分,アンジール,セフィロスになぞらえたのだろうと言うことだ。
しかし,ジェネシスの考えはとても強引で無理がある。
「…もしかしたらジェネシスは無理矢理叙事詩に自分達を当てはめようとしているのか?女神の贈り物を手に入れる為に…」
だとするといよいよ女神の贈り物は一体どんなもので,どんな効果があるものなのか,それを知りたいと思った。
「まぁ,それは」
ザックスは立った。
「ジェネシス本人に聞けばいいだろう」
ザックスはしばらく1時間と10分くらい歩いて,不自然な人工の扉を発見した。
ザックスは扉をノックした。
返事がないのでザックスが扉を開くと,そこは美しい貴賓室だった。
豪奢なガラスのシャンデリアが部屋を明々と照らし,部屋の奥には清潔そうなシーツがかかった天蓋のベッド,壁側には机があり,ジェネシスが書き物をするためであろうデスクトップのパソコンとプリンターが置かれていた。
部屋の中央には小さな丸テーブルと椅子が4つあり,ジェネシスではない人物が座っていた。
「…セフィロス…?」
魔晄炉に落下して死亡したはずのセフィロスがロッキングチェアーに座っていた。
指先は膝の上で重ねられ,頭はまっすぐ正面を向け,ザックスを見ていた。
ザックスは驚いてセフィロスの前に屈みこんだ。
…返事がない。
まばたきもしない。
ザックスはセフィロスの肩に手をやって慌てて手を引っ込めた。
「わっ」
それは精巧にできたセフィロスの人形だった。
素材は蝋ではなく合成樹脂のようなものを使っていて,体温こそないものの,皮膚の質は人間と良く似ていた。
それにしてもザックスが本物かと見間違えるくらい人形は精巧で,見開いた瞳の形やまつげの生え際,やわらかく潤んだ唇さえも本物の彼女をそのまま写し取っていた。
「…良く出来ているだろう」
背後からジェネシスの声がしたのでザックスが振り返ると,ジェネシスはうっとりするように作り物のセフィロスに触れた。
「まるで本物の死体のように美しい」
ザックスは固唾を呑んでジェネシスの表情を見た。
「君の美しさをどんな言葉で飾ろうとも
ただ君は黙して答えず」
 
「1人で喋ってんじゃねぇぞ。お客様がいるのに無視するなよ」
ザックスが痺れを切らした。
「失礼。…それでは役者が揃ったな。俺,セフィロス,そしてアンジールの遺志を引き継いだお前。再びここに集いし3つの魂が『女神の贈り物』を引き寄せるのだ」
「あのさ,前から聞きたかったんだけど,その『女神の贈り物』って何だったんだ?」
「さぁな。俺にも分からない」
「…なあ,ジェネシス。無理に自分の事,『LOVELESS』に当てはめるの,やめろよ」
ザックスはずっと思っていた事をジェネシスに言った。
「ちゃんと自分の言葉で話してくれよ。『LOVELESS』でも叙事詩でもなくてあんた自身の言葉でさ」
「そういうわけにはいかない。今ここで何もかも反故にしたら今まで失ってきたものは全て無駄になるんだ」
ジェネシスは自虐的に笑った。
「そして俺は『女神の贈り物』を手に入れなければならないのさ」
ジェネシスの全身が眩い光に覆われ,次にザックスが見たのはジェネシスによく似た牡牛のようなモンスターだった。
ザックスは戸惑いながらも牡牛の頭を殴打すると,元のジェネシスの姿に戻った。
 
薄れていく意識の中でジェネシスは人形から知らない美しい武装の女性の姿がゆらりゆらりと蜃気楼のように現れるのを見た。
これが『女神』の姿だろうか。
ジェネシスは思わず手を伸ばすが,女性はとても悲しそうに首を振って消えてしまった。
変身することでエネルギーを使い果たしたジェネシスは倒れていた。
彼は最期には人間の心を取り戻したのだろうか。
それは分からない。
しかしザックスはジェネシスの亡骸を地上へ運んだ。
 
 第十九話 愛しき日々
 
再びクラウドとラザードが待っているはずの応接間へ行った。
そこは惨劇の間と化していた。
息も絶え絶えのラザードと,ラザードを庇って散弾銃1丁で戦い,満身創痍のクラウドがいた。
「…ザックス。あいつらが…神羅が来た。私とクラウドで何とか全滅させたが,次が来る…」
「しゃべるなよ,じっとしてろ」
「彼が…一緒に戦ってくれた」
ラザードは部屋の隅に顎をしゃくったので,ザックスが視線の先を見ると,あのエアリスの店においてきた犬型のアンジールコピーがうずくまっていた。
「お前なぁ…」
ザックスはすでに息絶えたアンジールコピーに声を掛けた。
首輪に何か付いている。
「手紙か」
広げるとメモ用紙大の紙切れに手紙がしたためられている。
『ザックス
お前1年近くも店来ないで何やってるんだよ
手紙出してんだから返事ぐらい書けよ
これで9通目だぜ
まぁ元気にしてりゃそれでいいけど
今どこだ?
電話くれたら迎えに行ってやるぞ
             エアリス』
 
ザックスが手紙を読み終えると,ラザードはもう目を開けることはなかった。
「…部長」
ザックスはテーブルの上の自分用に取り分けられたクリームパイを半分切ってジェネシスの手に持たせた。
「よし,いただきます」
ザックスはクリームパイを一口で食べた。
バノーラ・ホワイトのシロップ付けの甘酸っぱさと生クリームのまろやかさが舌にほんのりと優しい。
「…女神の…贈り物か」
ジェネシスが呟いた。
「このケーキがか?」
ザックスが聞き返したがジェネシスは答えずに,
「…アンジール,…やっと俺達の夢が叶ったぞ…」
と呟いて事切れた。
クラウドがジェネシスの脈を取った。
「…臨終だ」
ザックスはしばらくジェネシスの顔を見ていたが,
「クラウド!俺たちも行くぞ」
と声を張り上げた。
 
 第二十話 夢の後
 
ヘリポートではシスネがヘリコプターに乗るところだった。
「シスネさん」
ツォンが憂いを帯びた表情で出発するシスネに声を掛けた。
「必ず軍隊より先にあの2人を見付けてくださいね」
「分かってる」
「必ず生きたまま連れて帰ってきてくださいね」
「…」
「手紙を…預かっていますのよ。8通も」
ツォンがためいきをついた。
「ねぇツォン,私やっぱり男同士の友情ってむさくるしくてよくわかんないわ」
シスネはザックスとクラウドの態度を思い出して言った。
「…ふふ,そうですわね」
ツォンもまた,ザックスとエアリスの関係を思い出しながら返事した。
 
その頃,ザックスはクラウドの代りに軽トラックのハンドルを操っていた。
「なぁ,クラウド。俺,もう神羅には戻れないから何か別の仕事を始めようと思うんだ」
「そうか」
「なんでも屋ってのはどうだ」
「なんでも屋?」
「ボディガードから買い物の手伝い,ハウスキーピングまで何でもやりますってヤツ。お前も一緒にやろうぜ」
「給料しだいだなぁ」
クラウドは呟いた。
「お前がだめだっつってもお前を引き込むからな」
ザックスがいきまいた。
「何しろ俺はもう神羅の社宅には住めねぇ。当分は『家なき子』さ。あたらしい住むトコが見つかるまでお前の豪華オクションで世話になってやる」
「ふん,家賃は頂くからな」
クラウドはそっぽを向いたが本当は嬉しかった。
セフィロスがいなくなりたった1人であの愛の巣に戻るのは辛過ぎた。
 
トラックが急に停まったのでクラウドはザックスの横顔を見た。
「…参ったなぁ。こんな所でかよ」
気が付くとトラックの周りを数百人の神羅兵が取り囲んでいた。
「どうなっちゃってんだよ!」
ザックスはハンドルを持ったまま,生唾を飲み込んで『何か』を決意する。
「クラウド,運転は任せる。車を壊されたら大変だからお前はこの車を岩陰まで運転していけ」
ザックスは早口でそういうと,トラックの外に出た。
たった一人でザックスは剣を構えた。
心の中でアンジールの声が響いた。
『夢を持て
 そしてどんなときもソルジャーの誇りは手放すな』
「分かったよ,アンジール」
ザックスは大きく空に向かって首を縦に振ってから,敵の集団に突っ込んで行った。
クラス1STソルジャーザックスは孤軍奮闘したが,元は人間のザックスはとうとう追い詰められてしまった。
恐らく体中の骨が折れているだろう。
目もよく見えない。
ニブルヘイムの魔晄炉でセフィロスに圧倒的な敗北を喫した恐怖を思い出しそうになる。
いや,恐怖は自分で払拭するしかない。
銃撃を受け,傷だらけになりながらもザックスは剣を振り続けた。
しかしとうとう泥水の水溜りの上にザックスは膝を付いた。
「くぅっ…」
肺に肋骨が刺さり,非常に危険な状態のザックスを神羅兵が取り囲んだ。
ザックスは目を見開き,大量に吐血したまま,倒れて動かなくなった。
「…ザックス!」
どこかでクラウドの声が聞こえる。
―クラウド,戻ってきちゃダメだろ,お前だけでも逃げるんだ。
しかし,もう声は出ない。
息が苦しい。
口の中が乾く。
頬が熱い。
 
ザックスが薄れ掛けて意識を取り戻したのは,病院のベッドの上だった。
クラウドの顔がある。
ザックスは頭の方へ視線を向けた。
心電図が取り付けられていて,だんだん自分の脈が弱くなっているのが数値で分かる。
クラウドが必死にザックスの体に何枚も毛布を掛けようとしている。
医師や看護師が懸命に点滴や注射をしているがザックスはその様子を他人事のように見ていた。
「…クラウド」
クラウドに声を掛けるが,クラウドは聞こえない。
ザックスは最期の力を振り絞って口の酸素マスクを外した。
「だめだ,ザックス外したら」
クラウドが叫び,看護師がザックスの口に再びマスクを当てようとするのをザックスは拒んだ。
「いいんだ,クラウド」
ザックスはクラウドに手を伸ばした。
「クラウド,俺の頼みを聞いてくれ…」
クラウドはザックスの口元に耳を近づけた。
「生きるんだ。俺の分まで…。俺の誇りも夢も全部やるから,絶対に絶対に…死ぬんじゃないぞ」
クラウドは無言でうなずく。
ザックスは枕もとの剣をクラウドに握らせた。
「…クラウド,生きろ」
クラウドが剣を握った姿を見届けると,ザックスの弱かった心電図はもう,波打たなくなった。
「ザックス!!」
クラウドは声の限りに叫んだ。
 
 第二十一話 光の中へ
 
 ザックスは病院のベッドから自分の体がふわりふわりと浮いていく感覚を感じた。いつの間にか体の痛みも消えて,非常に心地よい気分だった。
ザックスは肩越しにベッドの方を見下ろした。
ベッドには『自分』が眠っていた。
ザックスが『あ』と小さく声を出した頃には,ザックスの意識はもう,かつての体から2メートルは離れ,天井に近付いていく。
ザックスは天井をすり抜け,病院の屋上に上がってきた。
さらにどんどん上昇し,ザックスはどんなビルよりも高く上がっていった。
やがてザックスは視線の先に緑色の輝くオーロラを見た。
―なんだか温かいなぁ。
子供の頃読んだ本に,天国へはオーロラに乗って行く,とかかれていた事を思い出していた。
そのオーロラの隙間から小さな光が見えた。その光はだんだん大きくなり,光の隙間からザックスが見覚えのある手が伸びてきた。
「アンジール!」
ザックスは叫んだ。
「ザックス,良く頑張ったな」
優しいアンジールの顔がザックスを見ている。
「俺,英雄になれたかな…,アンジール」
 
 第二十二話 生きる
 
 どの道をどう帰ったかはクラウドは覚えていない。
いや,覚えていないのは帰り道の事だけではない。自分がどこから来たのか,何をしていたのかも忘れてしまった。
覚えているのは自分のかつてのマンションと,自分が『元クラス1STのソルジャー』だったということ,そして自分はこれからなんでも屋を始めなくてはいけないことだけ。
クラウドはマンションの一室を使って『ザックス・クラウド商会』を旗揚げした。
記憶を失っている為,以前にも増して塞ぎ込みで無愛想になっていたが,生まれつきの几帳面さと責任感の強さで仕事ぶりは良く,依頼も多かった。
 
ある朝,クラウドが玄関を掃除していると,黒髪の女性がやって来た。
すらりと背が高く,きりっとした美人だが,性格は穏やかそうだ。
「こんにちは。ここはなんでも屋さんって聞いたんですけど…。…あっ,クラウド!!」
女性はクラウドを知っているらしく,目を丸くしてこちらを見ている。
クラウドは女性が誰か思い出せなくて頭を掻いた。
「…私,ティファよ。覚えてるでしょう?」
―ティファ?
クラウドの頭の中にわずかにティファの表情や言葉が浮かび上がる。
「…そうだ。ティファ,久しぶりだな」
鸚鵡返しの返事のようにクラウドは答えた。
             <劇終>
 
 戻る