第四章 
 第一話 氷の町
 
忘らるる都のホテルの一室に全員が集まった。
「みんな」
クラウドは一同を見渡して声を出した。
「俺は今日までセフィロスを追いかけてここまで来た。だけど俺は急に自分で自分が怖くなった」
「?おいおいしっかりしろよ元ソルジャー」
バレットがクラウドの肩をつかんだ。
「あのとき,俺はセフィロスに黒マテリアを渡してしまった。そしてエアリスを見殺しにしてしまったんだ」
クラウドは苦しそうだった。
「…だけど,俺は行く。絶対に行く。この星を破壊しようとしているセフィロスをなんとしてでも止める。俺には責任がある。だから…これまで通り俺についてきてくれるか」
「クラウドさん」
ケット・シーがデブモーグリのロボットから降りてクラウドの膝を叩いた。
「クラウドさんは僕がスパイを働いていたことも知っててこれまで通り僕と旅を続けてくれました。クラウドさんは好き好んであんなことをしたんとちゃう。僕はよう分かります」
「そうだ,そうだ」
シドも声を上げた。
「感傷に浸るのは全てが終わってからだ。今はどうやったらメテオを止められるか,それしかない」
「セフィロスは北の雪原の向こう,と言っていたわ」
ヴィンセントがボソリ,と言った。
「北へ行くんやったら,アイシクルエリア行きのフェリーが出てます。そんなこともあろうかとさっき,明日のフェリーのチケット手配しときました」
ケット・シーが言った。
「アイシクルエリアは寒いところです。僕はロボットやからええけど,皆さんは防寒の用意をしといた方がええですよ」
クラウドたちは街に出ると,ダウンジャケットや手袋を揃えたり,ワゴン車に取り付けるタイヤチェーンを買ってきた。
 
翌朝,6時30分に忘らるる都を出発したフェリー,アイシクル号は,アイシクル港まで約4時間の航海となる。
他の仲間たちは船内でゆっくり過ごしているのに,シドだけは駐車場にいて,タイヤにチェーンを付けている。
その横にヴィンセントが来て立っていた。
「寒いから中入ってろ」
とシドが言うが,ヴィンセントは首を振って,
「私も何か手伝うわ」
と言った。
「女の手は借りねぇよ」
シドがしっしっ,と手を払うと,ヴィンセントはいなくなった。
しかしまた現れた。今度は手に紙コップを持って。
「はい」
温かそうなココアが入っている。
シドは乱暴にそれを受け取って飲んだ。
「じゃ,ここで見てるだけならいい?」
とヴィンセントが言うから,
「ケッ,勝手にしろ」
とシドは毒づいて,また作業を始めた。
 
シドが早めにチェーンを付けてくれたお陰で,一同を乗せたワゴン車はすいすいとフェリーから出てきた。
とはいえ,アスファルトの雪道は危険だ。
シドはペースを落としてハンドルを動かしていた。
アイシクルロッジの街中に着くと,
「いたわ,あそこよっ,あのワゴン車!!」
と声がして,タークスのイリーナがやってきて車の前で通せんぼをした。
「ここから先へは行かせないわ」
「ここから先に何があるか知ってるのか?」
クラウドが聞き返した。
「それはヒ・ミ・ツ」
「ほんとうは知らないんだろ」
バレットが横から口を出す。
「失礼ね!知ってるわよ!この先にはセフィロスが行って…」
「ああ,そう」
クラウドがにやりとした。
「あっ!」
イリーナは口を押さえた。そして猿みたいな顔をしてクラウドに八つ当たりだ。
「それはそうとよくもうちのボスをやってくれちゃったわね!」
「…ボス?ああ,ツォンの事か。あれは俺達がやったんじゃない。セフィロスだ」
「だまされるもんですか!」
「だますつもりもないし,嘘もついていない」
「信じない。絶対に信じない!」
頭に血が上ったイリーナはクラウドが何を言っても聞く耳を持たない。
弱ったな,とクラウドは次にかける言葉を考えていた。
ところが思わぬ助け舟が現れた。
「イリーナ,見苦しいぞ,と」
「レノ先輩」
レノはだいぶ憔悴した顔だったが,イリーナを振り向かせると,自分のロッドにはめていた赤い召喚マテリアをイリーナに見せた。
「…ツォンさんだぞ,と」
イリーナは開いた口がふさがらなかった。
「セフィロスに斬りつけられて怪我が治るまで人間の姿にはなれないんだ」
「それじゃ,ツォンさんはいつ治るんですか?」
「…一ヵ月後か,それとも百年後か」
「…そんな」
「だけど俺はこのままにしておくつもりはない。なんとかツォンさんを元通りにする方法を探すさ,と」
イリーナは神妙な面持ちでレノの顔を見ていた。
「クラウド。そういうわけで今日のところは俺達は忙しい。またな,と」
と,レノはイリーナを連れていなくなった。
 
 第二話 ミッシングリンク
 
残されたクラウドたちは,ちょうど近くのこぎれいな家を見つけ,詳しい話を聞く為に近付いた。
インターホンを押しても返事がない。
すると,近所の老婆が声を掛けて,
「そこは誰も住んでいないよ。その昔,偉い科学者の先生が家族と住んでいたんだけどね」
「科学者?」
「確か何て名前だったかな,すかいらーくだったか,さとだったか,フォルクスだったか…」
「ガスト?」
ヴィンセントが聞くと,
「そう!そんな名前だったよ」
老婆が言った。
「じゃあ,ここがガスト博士の家?」
ティファが聞くと,
「多分そうだろうな」
とクラウドが応えた。
「入ってみようよ。どっちにしてもここにいたら寒いし」
ユフィが提案した。
ガスト博士の家は木造二階建てで,なかなか立派なものだった。一階は広いリビングにな
っている。
当然電気は通っていない。
何か手がかりになりそうなものはないかと部屋を調べた。
「おい,これはビデオテープじゃねぇか」
バレットがサイドボードの上からテープを持ってきた。
「随分古そうだけど,…見られるのか?」
シドが言った。
クラウドは首を傾げながら街の電気屋へ行き,事情を話してデッキを使わせてもらうことにした。
クラウドはまず,『星の危機』と書かれたテープを再生した。
画面いっぱいにいきなり白衣の男性の胸部分が現れた。
「カメラはこれで…よし」
男性の姿が次第に引きになり,その姿が現れる。これがガスト博士なのだろう。
背が低く,ちんちくりんで小太り,顔も赤ら顔でお世辞にも男前ではない。エジプトの豊穣神,ベス神によく似ている。ガスト博士の隣にいるのは,穏やかそうで美しく,少しふっくらした女性だ。
背景を見る限りではこの家ではなく,恐らく神羅ビルの中の研究室だと思われる。
「それではイファルナさん,星の危機につい
て教えてください」
「…はい。今から2000年前に星の危機に気が付いたのが私達の祖先,セトラです。最初に星にできた大きな傷を見つけたのはこの辺りに住んでいるセトラの人々でした。星はセトラに語り掛けました。星は,空から降ってきた災厄によって大きな傷を受けたと言いました。セトラの民は力を合わせ,星の傷を治そうと努力しました。しかし傷はあまりにも大きく,星自身の力でどうにかするしかありませんでした。この辺り一体が年中雪に閉ざされたのはそのためです。この辺りの精神エネルギーが全て星の傷口に集まってしまったから。セトラ達は必死に精神エネルギーを育てていました。だけど」
イファルナはそこで言葉を詰まらせた。
「“彼女”がやって来たのです」
「“彼女”?」
「星を傷つけた者です。私達は空から来た災厄と呼んでいます。彼女はとても美しく,妖艶なしぐさでセトラの男達を誘惑しました。男達は誘惑に負け,精神エネルギーを作ることをやめてしまいました。この辺りの部族のセトラが絶滅すると,彼女はまた別のセトラの部族を…」
声を詰まらせるイファルナにガスト博士は優しく声を掛けた。
「今日はこのくらいでやめましょう。ね?」

 
ビデオはそこで終わった。
次にクラウドは,『ウェポン』と書かれたビデオを再生した。
 
再び神羅の研究室だ。
ガスト博士がイファルナに問いかける。
「ウェポンとは一体どういうものですか」
「星はこの空から来た災厄…博士が古代種と勘違いしていたものを廃除することを考えました。そのときに生まれたのがウェポンです」
「ふむ,ウェポンというのは星が作り出した武器,ということですね。そしてそのウェポンは実際どのように使われましたか」
イファルナは首を振った。
「…ウェポンは使われませんでした」
「それはどういうことですか」
「わずかに生き残ったセトラ達の力で災厄は回避されたのです」
「そうだったのですか」
「しかし,ウェポンがいなくなったわけではありません。星はまだ“彼女”を警戒しています」
「それではウェポンはどこにあるのですか?」
「…分かりません」
イファルナはうつむいた。
 
ビデオが終わったので,クラウドは『プライベート』というビデオを再生した。
 
場所はガスト博士の自宅らしい。窓から夜景が見えるからここはミッドガルだ。
イファルナが赤ん坊を抱いている。
「あなた…何をしてるの?」
イファルナが博士,と呼ばずにあなた,と呼ぶ。
「いえね,この可愛い我が子を撮るんですよ」
「ビデオはいいから,早くこの子の名前を考えましょうよ」
「うふふ,もう考えてあるんですよ。男だったらエアリス!いい名前でしょう」

 
 ビデオは途切れた。
クラウドが最後の何の印も書かれていないビデオを再生する。
 
今度の背景はあのアイシクルエリアのガスト博士の家の中だった。
 
イファルナが怒った顔をして中学生くらいの詰襟の学生服を着た少年の手を引っ張った。恐らくこの少年がエアリスだろう。
「全くあなたって子は!」
「どうかしたんですか」
ガスト博士がやって来た。
「エアリスが立て続けにクラスの男の子を殴って大怪我させたらしいのよ」
ガスト博士はなだめるようにイファルナとエアリスの間に立った。
「エアリスにも何か理由があるのでしょう。エアリス,どうして殴ったのか言ってみなさい」
「お前の親父はミッドガルで何か悪いことをして逃げてきたんだって。俺は親父がそんなことするわけねぇって言ったんだ。あんまりしつこいから…俺」
ガスト博士は複雑な表情で自分より背が高くなったエアリスを抱きしめて,
「エアリスは親思いの優しい子ですね。…大丈夫,殴られた男の子達の家には私が話をつけてきます」
「…あなた」
「わけを話せばきっと分かってくれるでしょう」
そのとき,インターホンが鳴った。
「どなたかしら」
イファルナが玄関のドアを開けた。
「ひっ!」
イファルナの悲鳴と共に神羅兵が踏み込んできた。
「君達は,なぜここが」
ガスト博士がイファルナとエアリスを庇いながら言った。すると,ドアから入ってきたのは,宝条だった。
当時は今よりだいぶ髪が短く,着ているものも違うが,あの彫刻のような美しさは同じだった。
「ほ,宝条君」
「随分探しましたよ」
宝条はガスト博士に近付いた。
エアリスが父を庇おうと,宝条の前に立ちはだかった。
「実は今日は新しい古代種のサンプルを頂きに上がったのですよ」
「まさか,エアリスを?」
「待って下さい」
イファルナが宝条の前に立った。
「私が行きます。だからエアリスには…」
宝条は,
「研究には貴方達どちらも協力が必要なのですよ」
「イファルナ,エアリスと一緒に逃げるんだ!」
ガスト博士は宝条にしがみついた。
宝条はガスト博士を引き離そうとぶん殴った。ガスト博士は壁にぶち当たり,頭から血を流して動かなくなった。
「親父!」
「あなた!」
中学生のエアリスは宝条に飛び掛った。
「このやろう!このやろう!」
しかし少年は数人がかりの神羅兵に引き離されてしまった。
宝条はエアリスに突き飛ばされて肩を負傷したが,にやりと笑った。
「全くてこずらせる。連れて行け」
神羅兵はイファルナとエアリスを強引に連れ去って行った。

 
 
ビデオを見た後,カレーレストランで昼食になった。
食事の席で彼らはカレーが来るまでの間,一度考えをまとめた。
「つまりエアリスはガスト博士の一粒種だったわけだ」
クラウドが言った。
「えっ,それじゃあセフィロスとエアリスは兄弟になるじゃん。母親は違うけど」
ユフィが言った。
「じゃあ,エアリスはそのこと知ってたのかなぁ?」
レッド]Vが聞く。
「さぁ。でもどっちにしてもちょっとエアリスかわいそうだろ」
とシドが言った。
「それともう一つ分かったことがある。イリーナの話ではこの先の雪原に向かってセフィロスが出掛けて行った,ということだ」
バレットが思い出しながら言う。
「だったらもうあの雪原を越えるしかないわね」
と,ティファ。
「行ける所まで車で行けたらいいんだが」
とシド。
「でも,イリーナが知ってるってことは,すでにルーファウスさんも知ってるってことでっせ」
とケット・シーが言った。
「相手は飛空艇で来るだろうな」
シドが悔しそうに言った。
「よし,食い終わったら出発しよう」
クラウドが言った。
ヴィンセントだけは会話の中に入ることはなかった。
「チョット待てよ,と」
と,いつの間に入ってきたのか,レノが声を掛けてきた。
「何だ」
「セフィロスを追うんだろ。だけどこの先は車で行くのは無理だな,と」
「じゃ,どうだっていうんだ」
「乗っけてやるぞ,と」
レノは窓から神羅のロゴのヘリコプターを指差した。
「一体どういった風の吹き回しだ」
「ふふふ。ちょっと俺も近くに用事があるんだぞ,と」
「分かった。テーブルに着け」
と,クラウドは空いている椅子を指差した。
「そうこなくっちゃ,と」
 
 第三話 竜巻の迷宮
 
昼食にカレーを食べたお陰で一同の体はとても温まった。
レノがヘリコプターのエンジンをかけて,
「早く乗れ。イリーナが戻ってこないうちに出発するぞ,と」
窓からどこまでも続いていく大雪原を眺めながらバレットが,
「もしこんな雪国に住め,なんて言われたら俺は勘弁だぜ。だけどもしもしもだぜ,住むことになったらいろいろ工夫したりして考えるだろうなぁ。そうなったのがミッドガルだ。となると神羅の考えていることもわからなくな…って俺は何言ってんだ!神羅は悪くないだなんて」
レノは,竜巻の迷宮の絶壁まで送ってやる,と言った。
「ところで近くに用事があるって何の用なんだ?」
クラウドが聞くと,
「この先の大雪原に雪女の城があるんだぞ,と」
「?」
「そこにツォンさんの姉ちゃんのスノウって人が独りで住んでいるんだぞ,と」
「姉?」
「姉ちゃんならもしかしたらツォンさんを治療してくれるかもしれないって思ってさ」
レノが憔悴していたのはこのためだった。ツォンを元に戻そうと,なんとか方法を探してきたのだろう。
「ほら,この下が竜巻の迷宮だぞ,と。ここから先はこのヘリコプターじゃ近づけない」
「ありがとう」
「よせよ,こんなのついでだぞ,と」
クラウド達は竜巻の迷宮でヘリコプターを降りた。
目の前には竜巻が起こっていて,うまくこの竜巻をすり抜けて先に進めば,星の大きな傷,大空洞にいける。
「さぁ,行くぞ」
クラウドが先頭に立った。クラウドたちの前にまたあの黒マントの男がいたが,竜巻にはじかれて吹き飛ばされてしまった。
クラウドは竜巻がやむのを見計らって奥へと進んだ。
岩場の上に黒マントの男がいたが,セフィロスもいた。
クラウド達が近寄る間もなく,セフィロスは黒マントの男を斬り殺してしまった。
クラウドは剣を振り上げてセフィロスに向かっていったが,セフィロスは簡単に斬られて,倒れて消えていった。
「どういうことだ…?」
「これって…彼女の…セフィロスの思念みたいなものじゃないのかしら。クラウドから黒マテリアを持ち逃げしたのも,エアリスを殺したのも,これだったのよ」
ヴィンセントが呟いた。おそらく忘らるる都のラウンジでエアリスが話した相手も同様だ。
「じゃ,セフィロスはここにはいないの?」
ティファが聞く。
「いや,いるさ」
ヴィンセントの代わりにクラウドが答えた。
「この先に,いる。星の傷の中央にいて,たった一人で精神エネルギーを集めようとしている。とても恐ろしくて,残酷な気配がする」
クラウドは消えたセフィロスの思念がいた所へ寄って,あるものを拾い上げた。
「黒マテリアだ」
黒マテリアをクラウドは握り締めた。
「クラウド,先へ急ごう」
ティファが促した。
 
 第四話 君の真実
 
竜巻の向こうにまた別の思念のセフィロスが浮かんでいた。
白い腕を組んでこちらを見ている。
しかし見ているのはクラウドではなく,ティファだった。
2人はお互いにらみ合った。
セフィロスはまた,あの笑顔を浮かべ,
「残念だったわね,ティファ。貴方の負けよ」
と言った。
「何の話をしているの?」
セフィロスはティファに向かって一枚の写真を放り投げた。
ティファは写真を見て真っ青になった。
「何が写っているんだ?」
クラウドが聞くと,
「…いいえ。つまらないものだから」
とティファが首を振った。
「あら,つまらなくはないわ。この際はっきりさせましょう?」
セフィロスは愉快そうに言って,クラウドの方を向いた。
「ねぇ,クラウド。貴方,去年ニブルヘイムに行った時,ティファに会った?」
「…!」
クラウドは言い返した。
「会った。ティファと一緒にニブル山の魔晄炉へ行った」
「そう。そうね。だけどもう1人,誰かいなかったかしら。貴方とよく背格好の似た黒髪の男」
そういうと,ティファとクラウドの前にニブルヘイムの町の様子が映った。
1年前の様子が。
セフィロスと二人の神羅兵,1人の将校。その後から続いてくる一人のソルジャー。
それはクラウドではなかった。
クラウドと同じような年齢と背格好の黒髪の男だ。
「ティファ,その写真を見せてくれ」
クラウドはティファの手から写真を引っ張った。
クラウドは眉を寄せた。
そこに写っているのは,ティファを真ん中にしてにこやかな黒髪の青年と美しいセフィロスが写っている。
「だめ,クラウド!考えちゃだめ。セフィロスは貴方に暗示をかけて嘘の記憶を作ろうとしているのよ!」
「嘘の記憶を作ろうとしているのはどっちかしらね」
セフィロスはティファを見据えてからいなくなった。
「クラウド,セフィロスの言葉を信じちゃだめ!」
「…大丈夫だ。どんなにセフィロスが暗示をかけようとも俺はちゃんと記憶してるんだからな。ソルジャー1STになって初めての任務でニブル山へ行ったんだから…」
そこまで喋ってクラウドははっとした。
「そういえば,ソルジャーってどうやってなるんだった?その辺りの事が全く思い出せない…」
「思い出さなくていいの!」
ティファが声を掛けた。
クラウドはしばらく唸っていたが,
「いや,大丈夫だ。少し頭が痛かっただけだ。行こう」
と,歩き出した。
突然,嵐が吹き荒れて,一行はクラウドを見失ってしまった。
 
 第五話 ブライド・オブ・ジェノバ
 
クラウド達より先に神羅の飛空艇が到着した。降りてきたのはルーファウスと,ハイデッカー,スカーレット,宝条だった。
空洞の中は魔晄エネルギーで満たされ,この場所自体が巨大なマテリアのようになっている。
「約束の地が存在していたとはな」
宝条は注意深く辺りを見回し,辺りのマテリアでできた壁を触れて回る。
軽い振動があった。
「今のは何?」
スカーレットが振り返った。
「ウェポンだ。この星が災厄から身を守るための最終兵器。切り札だな」
宝条が言った。
「これから何が始まるんだ?」
ルーファウスが尋ねた。
宝条はさも愉快そうに,
「結婚式だよ」
と手をさすった。
「結婚式!?」
ルーファウスが不審そうに宝条の青い目を見た。
しかし宝条は気にせず,壁のクレバスを指差した。
「参列者が全員揃った所で挙式を開始する」
壁の隙間からクラウド以外の仲間がやってきた。
ティファはルーファウスの姿を見かけると,
「クラウドはここには来なかった?」
と尋ねた。
「ふむ。君たちはクラウドと一緒じゃなかったのか」
ルーファウスが聞き返した。
「貴方達が隠したんじゃないの」
「言いがかりはよしてもらおう。私はたった今ここに来たばかりだ」
にらみ合いを続ける二人を無視して宝条は宣言した。
「参列者が揃った所で挙式開始だ。間もなく花婿が現れる」
宝条は手に持っていた携帯用のコンポのスイッチを入れた。
パパパパーン
パパパパーン
結婚行進曲が高らかに鳴り始めた。
向こうからよろよろとこちら側に現れたのはクラウドだった。髪を整え,胸に花まで挿している。
その姿を見たルーファウスとティファは言い合いをやめて口をぽかんと開けた。
「クラウド!」
ティファが呼びかけたが,クラウドは振り返らない。
「ちょっと!クラウドに何をしたの!」
ティファが宝条に近付いた。
宝条はティファをジロジロ見ながら言った。
「1年前,私はセフィロスの死後,セフィロスの遺伝子情報を植えつけたセフィロスコピーを作った。被験者はセフィロスの熱心なファンの男達。セフィロスに会える,という偽のイベントで彼らを集め,ジェノバ遺伝子を植えつけた。彼らは世界中を巡り,またこうして一つ所に集まった。君たちも見ただろう。あの黒マントの男達を。ジェノバ遺伝子を持つ者はたとえバラバラになってもまた一つ所へ集まる。これをジェノバのリユニオンと言う。最後まで生き残ったのがこの男だ」
「じゃ,クラウドも同じなの?」
「いや,この男は違う。しかし本当の事を言ったら君が傷つくんではないかな?」
「今さら私はもう何も恐れないわ」
宝条はもう一度ティファを見た。
「私は一切この男に故意にジェノバ遺伝子を組み込んでいない。ではなぜ彼もまたリユニオンに現れたのか。この男は,かつてのセフィロスの婚約者だったからだな」
ティファが心の奥でずっと気になっていた事を宝条が言った。
「つまりセフィロスと性交渉を続けるうちにジェノバ遺伝子に感染したのだ。私は彼がセフィロスとそういった関係にあることに気付いていた。もしかしたらジェノバ遺伝子に感染するかもしれない。しかしもしそうなったら彼もまたリユニオンしようとするかもしれない。その真偽を確かめたかった。そしてやってきた。私の仮説は実現された」
ティファはクラウドの背中が遠く感じた。
宝条はさらに喋り続ける。
「こうして私はこのリユニオンを待ち続けた。しかし予想外の事が起こった。ミッドガルで私が保管するジェノバ本体の元へジェノバ遺伝子を持った黒マントの男達がやってくるだろうと」
そこまで喋って宝条は息継ぎをした。
「しかしそれは起こらなかった。それどころか黒マントの男達は他の場所へ移動し始めた。私はすぐに分かった。セフィロスの仕業だ。ライフストリームの中でもセフィロスの意識は消えず,その強い意志で自らコピー達をコントロールしていたというわけだ」
「俺はセフィロスを自分の意思で追っているんだと今まで思っていた。だけど本当はセフィロスにずっと呼ばれていたんだ」
クラウドがこちらを振り返らずに言った。
そして空を見上げた。
「セフィロス。今まで寂しい思いをさせて悪かった。許してくれ」
壁の岩が零れ落ち,そこから巨大なライフストリームの結晶に包まれたセフィロスの体が現れた。
豪奢なウエディングドレスを着ていたその姿は,髪は華やかなアップにまとめられ,5メートルほどの長いヴェールが顔を覆っていたが,セフィロスだと分かった。
「俺を許してくれるのか」
クラウドは嬉しそうに,セフィロスに近付いた。
「見たか。セフィロスはここに存在していた。ここでコピー達を操っていたのだ。ジェノバのリユニオンとセフィロスの強い意志が引き起こしたのだ。さぁ,美しいセフィロス,お前も幸せになる時が来たのだ」
宝条が叫んだ。
クラウドはゆっくりとセフィロスに近付く。
ティファは懸命にクラウドに声を掛けるが,クラウドはもう反応しない。
「…」
クラウドは黒マテリアの指輪を取り出した。
「さぁ,セフィロス。持ってきたよ,君の欲しかった物だ」
マテリアに向かって伸ばされたクラウドの手はマテリアの中に入っていった。
クラウドは結晶の中からセフィロスの体を取り出した。
クラウドはセフィロスの左手を引き出すと,その白い手袋の薬指に黒マテリアの指輪をはめた。
すると,指輪が光を放ち,辺りが激しく揺れた。
クラウドはセフィロスのほほを支え,まるで恋人のようにセフィロスの唇に優しくキスをした。
ユフィが慌ててティファの目を押さえた。
「さぁ,行こう」
クラウドはセフィロスの体を抱きかかえると,空高く飛び立って行った。
振動は激しくなり,周りの壁に亀裂が入った。
「ひとまず逃げるぞ」
ルーファウスが叫び,バレット達も飛空艇の中に逃げ込んだ。呆然としているティファはユフィが引きずった。
飛空艇はその場をゆっくりと浮上した。
大空洞からおびただしいライフストリームがあふれ出し,シールドのようなものを作った。
「クラウド!クラウド!」
ティファは飛空艇から必死に腕を伸ばした。
 
 第六話 雪女の温泉
 
レノはヘリコプターを降りると,ガラスの城の近くに立っていた。
レノの足元に湯気の立つ池がある。
中に指を突っ込むと暖かい。
「こりゃ,温泉だな,と」
レノは考えた。
恐らく雪女の城は暖房なんてないだろう。
ひょっとした外より寒いかもしれない。
レノはそこまで考えて,靴と靴下を脱ぐと足湯に浸かった。
ついでに持っていたコンビニ袋に湯を入れて口を縛ると,上着の中に湯たんぽ代わりにして入れた。
レノはいつもツォンが仕事に出るときはハンカチとチリ紙の他にビニール袋を持って行くとなにかと便利だからと言っていたのを思い出していた。
城の入口のドアを開けようとしてノブを触ったレノは慌てて手を離した。
「これはガラスじゃない,氷だ!」
どうやら建物自体が氷でできていたらしい。
レノは一度手を擦って,もう一度ドアを押したが開かない。
「押してもだめなら引いてみな」
独り言を言ってレノはドアを引いた。
中に入ると,氷でできた玄関ホールが広がっていた。目の前にはやはり氷の階段が見える。
「おじゃましますよ,と」
レノは玄関ホールをくまなく調べることにした。
「誰だい」
二階の扉から真っ白い髪に真っ白い肌,ブルーのドレスのすらりと背の高い美しい女性が出てきて階段を下りてきた。
「あんた,ツォンさんの姉さんだってな」
「妹はここにはいないよ」
「連れてきたんだぜ,と」
レノはロッドのマテリアを見せた。
雪女スノウは,そのマテリアをよく見ようと階段を下りてレノの方へ近づいていったが,急に立ち止まり,飛びのくようにしてからいきなりレノに氷結魔法を飛ばした。
「わっ何するんだ!」
レノは危うく避けたが,スノウは,
「よくもあたしをだましたね!」
「だましてなんかいないぜ,と!」
「だってお前はあたしの嫌いな温泉のにおいがする」
「言いがかりだ!」
レノはたった一人で雪女と対峙する羽目になった。
ここは永久凍土の土地で,さらにスノウは氷結魔法のエキスパートだ。あまりにも分が悪い。
レノは一人でここに来たことを一瞬だけ後悔した。
ルードについてきてもらっても良かった。
しかし1人で問題を解決したい,という男の意地がそれを阻んだ。
そして今それがレノにとっての大きなネックになる。
レノはたった一人電磁ロッドでスノウと戦った。
「これで終わりだよ!」
スノウはレノに向けて巨大なブリザガを詠唱した。
「やばっ!」
レノが防御の姿勢をとろうとしたとき,冷気は,レノを直撃しなかった。
おそるおそるレノが顔を上げる。
レノとスノウの間にツォンが立っていて,ブリザガを全身で止めていた。
「ツォンさん…召喚していないぞ,と」
スノウは突然現れた妹の姿を見て,
「本当だったの…」
と呟いた。
「ちょっとお待ち」
スノウは城の中にある泉の氷水で召喚マテリアを漱いだ。
ツォンは元通りになってマテリアから出てきた。
しかしスノウは十数年ぶりかに出会う妹に対しても複雑な面持ちだ。
「もっと喜べよ。宝条博士にさらわれた妹が帰ってきたんだぞ,と」
するとスノウは,
「さらわれた?あんたなんにも分かってないんだね。このシヴァはね,自分から神羅に付いて行ったのさ」
「まじ?」
レノがツォンの顔を見た。
ツォンはうつむいている。
「神羅の宝条って男が来てね。シヴァのマテリアが欲しいって言うんだ。あたしは必死にこの子を庇おうとしたんだけど,この子がこんな雪の中の田舎暮らしはいやだって言って自分から宝条に付いて行っちまったんだよ」
「…ツォンさん,それ本当かよ,と」
ツォンは消えそうな声で,
「…ごめんなさい」
と言って,体をぎゅっと固くしていた。
レノは,
「やれやれだぜ,と」
と肩をすくめた。
「シヴァ」
スノウはツォンの小さな肩に手を置いて,
「お前は,この男と一緒にミッドガルへ帰りな」
「ちょっと,それってツォンさんがかわいそうだろ。せっかく帰ってきたのに」
レノが言い返した。
「かわいそうなもんか。もう人生の半分以上をミッドガルで暮らしてるんだ。すっかり都会に染まっちまって,今さらここで暮らせるわけがない。それに」
スノウはレノを見た。
「お前をここに置いておくなんて言ったらこの男が承知しないだろうね」
 
 第七話 再び出航へ


 ティファは知らない部屋の知らないベッドで目覚めた。
「気が付いたかよかった」
バレットがティファをぎゅっと抱きしめた。
「ここはどこ?」
「ジュノンの要塞だ」
医務室のような場所だった。
「あれから何日経ってる?」
「一週間」
バレットの返答は短い。
「そう」
ティファは大きく伸びをした。
「私達,どうなっちゃってるの」
「俺たち2人は飛空艇の甲板で気絶していたらしくてここに運び込まれたみたいだ。他の連中ともはぐれちまった」
「セフィロスは?」
「まだあれ以来姿を現していねぇ。あの後大空洞に光のバリアができちまってな。セフィロスはその中にいるらしい。あの後ウェポンとか言う化け物が出てきてな,世界中を荒らしまくってるよ」
「ウェポン?」
「ガスト博士の家のビデオにあったろ。星を守る星の最終兵器。まるで恐竜の親玉みたいなもんだ。ルーファウスは今そいつを撃退しようと躍起になってる」
ティファはブラインドを開けた。
空のかなたに写るのは巨大なピンク色の光を放つ隕石の姿。ジェノバの肌の色と同じピンク色だ。
ティファはショッキングピンクが大嫌いになっていた。
「…私達,どうなるの?」
そのとき,ドアが開いてスカーレットが入ってきた。後ろには神羅兵がいる。
「お前達はこの混乱を起こした罪があるからねぇ。まずは,この女から処刑するよ!」
スカーレットが進み出た。
「待てっ,なぜティファが!」
バレットが間に入ろうとするが神羅兵に押さえつけられた。
バレットは再び部屋に閉じ込められた。
「クソッ」
バレットがドアに寄りかかっていると,カチャカチャ,と音がする。鍵を開けようとしているらしい。
とうとう俺も連行されるのか,とバレットは目を閉じた。最後にひと目マリンに会いたかった,と思いかけたとき,ドアが開いてケット・シーが入ってきた。
「バレットさん,出発の時間ですよ!こんな所でイチビってる暇はないでっせ!」
 
その頃,ティファはスカーレットに連行されて,縛り付けられていた。
その周りを大勢の報道陣がつめかけている。
「なぜこのような公開処刑という形をとったのですか?」
記者の一人が質問を投げかける。
「キャハハハ。メテオでこの星が危機にさらされたのもこの女のせいなのですわ。この女は魔女よ!」
「何言ってんの!魔女はそっちじゃないのこの厚化粧年増ババア!」
ティファも負けずに言い返す。
ティファは電気椅子に座らされたが,スカーレットにつばを吐きかけた。
「きゃっ,何するの!」
スカーレットがティファを平手打ちした。
「さあ,始まるわよ」
スカーレットが電気椅子のスイッチを入れようとしたとき,
「スカーレットさん,執行の前に何かコメントを」
最前席にいた記者がスカーレットに質問する。
「コメント?そうねぇ…」
ボカッ!
「フゴッ」
いきなり記者がスカーレットのあごを殴り,スカーレットは壁にもんどりうった。
「ティファ!」
記者はバレットだった。
大急ぎでティファの拘束具を解く。
「大丈夫か」
「間一髪危なかったわ」
「バレットさん,こっちや!」
ケット・シーが手を振った。
拘束しようと飛び出してくる神羅兵を蹴散らしながら,彼らは逃げ場を探した。
「お前,神羅のくせになぜ俺達を助ける?

「いくらなんでも死刑なんてやりすぎちゃいますか。それに僕,あのオバハンめっちゃ嫌いなんや」
ケット・シーの最後の一言は本音だろう。
そのとき,ビル中にサイレンが鳴った。
『ウェポン発生。ウェポン発生。総員攻撃配置に付け』
紫色の硬いうろこを持つ巨大なウェポンが海を泳ぎながらジュノンの要塞を一直線に目指す。
貴賓室にはルーファウスがいた。
「失礼します。社長,ウェポンが現れました」
「ふむ。すぐに攻撃しろ」
「了解しました」
ハイデッカーはスピーカーのスイッチを入れた。
「キャノン砲門解除!目標ウェポン!」
ジュノンの神羅の要塞の全てのシャッターが閉まり,中央から砲門が開く。
「発射(ファイヤー)!!」
黄金色のレーザーがウェポンに向かって射出される。
波の上に爆炎があがった。
「…」
「…」
2人は固唾を呑んで見守っていた。
その数十秒後,再びウェポンが現れた。
「どうなっている!?」
「分かりません!」
「もう一度キャノン砲を使え!何があっても陸には揚げるな!」
しかしウェポンはどんどん速度を上げ,接近する。
50ノット,70ノット…。
ドゴン!!
震度5強の衝撃が要塞に走った。
とうとうウェポンが乗り上げてきたらしい。
「あかん!屋上のエアポートまで走るんや!」
ケット・シーが叫んだ。
バレットとティファは必死に屋上まで走る。
「おっ,来とる,来とる」
ケット・シーが言うので,見ると,屋上のエアポートにあの銀色に光り輝くワゴン車が停まっていた。
「早く早く」
運転席の窓からユフィが顔を出している。
3人は大急ぎで乗り込んだ。
「お前,16だろ,免許はないだろ?」
バレットが言うと,
「非常事態だよ!大丈夫,シドが運転してるのいつも見てたから」
と,ユフィが言った。
「それにこれ,オートマだし。楽勝,楽勝」
ユフィはエンジンをかけた。
「えーっと,どれ踏んだらいいんだっけ」
「おい!」
バレットが歯がゆそうに叫んだ。
「冗談だってば。行くよ!」
ユフィがいきなりアクセルを踏んだので車が急発進した。
車は振動するエアポートの上を走り抜ける。
「ユフィ,前,前」
ティファが後ろから正面を指す。
車の正面にはあの神羅の飛空艇が停まっている。
「ぶつかる!ぶつかる!」
バレットとティファは頭を抑えてうずくまる。
ところが,飛空艇のカーゴ部分が開いて,ワゴン車はそのまま飛空艇に突っ込んだ。
飛空艇はカーゴのドアをゆっくりと閉じ,ふわり,と浮上した。
 
 第八話 快適な旅
 
「…さぁ,車から降りましょ」
ケット・シーがティファとバレットを促した。
豪華客船のような,一つの町のような大きさの飛空艇に2人は目を回した。
「さぁ,ここが操舵室や」
ガラス張りの操舵室には飛空艇のスタッフとシド,レッド]Vがいた。
「お嬢様,ワタクシの飛空挺へようこそ」
シドがおどけて丁寧におじぎをした。
「まぁそういうわけで,飛空艇はみなさんのもんですわ」
ケット・シーが言った。
「…クラウドは?」
レッド]Vが目を逸らした。
「大丈夫!アイツがそう簡単に死ぬわけねぇっ!」
シドが言った。
「俺がこの飛空艇で空から探してやるぞ」
ティファは操舵室を出て廊下に出た。
ヴィンセントが慣れない手つきで新型の掃除機をかけている。
「何をしているの?」
「ここは,シドのお城だってシドが言ってた。だから快適なようにお掃除してるの」
掃除,といえば簡単に聞こえるが,こんなだだっ広い飛空艇を1人でどうやって掃除するつもりだろうか。
「…ティファ」
ヴィンセントが言った。
「クラウドは…きっと見つかるわ」
「ありがとう」
ティファは弱弱しく言った。
突然,ティファの携帯が鳴った。仲間が全員いるはずなのに,と電話を取った。
「…はい,もしもし」
『あなたはティファさんですか』
初老の男性だ。
「はい,そうです」
『よかった。私,ミディール診療所の者ですが,貴方のお友達かお知り合いで背中に剣を付けた金髪の三十歳くらいの男性がいませんか』
「…えっ」
エアリスは電話を強く握り締めた。
「あの,クラウドですか?」
『名前は知りませんが,その男性がこの辺りの海岸に打ち上げられていたのです。彼は今,診療所で眠っています。ズボンのポケットに携帯が入っていたので,連絡させていただいたのですが』
ティファはミディールの診療所の住所と電話番号を聞くと,大急ぎで操舵室に飛び込んだ。
 
 第九話 軋んでいく心
 
 ミディールは南の半島で,この辺り一帯は温泉が吹き出るので,観光地になっている。
「こんにちは!」
ティファが元気よく診療所に声を掛ける。
医者と看護婦が出てきて,
「ああ。貴方が電話に出られたティファさんですね」
と言い,ティファをクラウドが眠っている病室に案内してくれた。
点滴をしているため顔色は良かったが,クラウドは寝たきりだった。
「先生,クラウドはどうなったんですか?」
「魔晄中毒です。長時間魔晄エネルギーに当てられてああなってしまったのです。今は意識もありません。心臓だけは丈夫で,脈拍や血圧に異常はありません」
ティファが一生懸命にクラウドをゆすったりさすったりするが,クラウドは一切反応しない。
「ティファはクラウドに付いてあげなよ」
ユフィが声を掛けた。
「え?でも…」
「大丈夫,今後の事はアタシらでなんとかなる。なんとかしてみせるから。ティファはクラウドの横にいてあげたほうがいいよ。ね,みんな」
誰も不満を言わなかった。
「ありがとう,ありがとう」
ティファは首をうなだれた。
 
 第十話 飯炊き係に任命す
 
 さて,シドが飛空艇に戻ってくると,依然としてヴィンセントが掃除を続けていた。
「アホか。お前は。一体何やってんだよ」
「だってここはシドのお城でしょう。お掃除してあげようと思って」
「あのな,こんなもの掃除つったって何日かかると思ってるんだよ!」
「でも,私だってシドの役に立ちたいのに」
どうしていつもコイツは俺に慕ってくるのだろうかとシドは思っていた。美少女だがぶりっ子で気持ち悪い面もある。お世辞にも陽気な性格ではないが,陰気で内気なりにもシドに対してはとことん食い下がる。
ヴィンセントはぶりっ子ポーズでシドからの返事を待っている。
「分かった」
シドはうなずいた。
「お前に任務を与えよう。本日ただいまよりお前を飯炊き係に任命する。俺たち仲間や他の操舵クルーの食事を作るんだ」
「飯炊き係?」
「そうだ。この飛空艇は大きな豪華客船並みの設備がある。これからはホテルに泊まらず,みんなここで生活する。お前は俺達やクルーの栄養を預かるんだ。大事な仕事だぞ。今日からお前はみんなのお母さんだ」
ヴィンセントは眼を丸くしてシドを見ていたが,
「うん,分かった。飯炊き係,やる」
と胸を叩いた。
「期待しているぞ」
シドのでまかせの言葉にヴィンセントは大きくうなずいた。
 
 第十一話 素敵なマテリア大作戦
 
 ジュノンの要塞がウェポンの襲撃により壊滅したため,ルーファウスはミッドガルに撤退した。
会議室に全員が集まっていた。
ルーファウスは言った。
「我々に残された問題はまずメテオの破壊とセフィロスを倒すことだ」
「メテオの破壊ならお任せください。すでに作戦は開始しております。ガハハハハ」
「その方法は?」
「ヒュージマテリアを使うのです。通常のマテリアの数百倍の高濃度のヒュージマテリアをメテオに直接ぶつけます」
「そんなことができるのか?」
「もちろんです。それでメテオなんてドカーンです」
「そのヒュージマテリアはどこにある?」
「はっ。すでに調査済みです」
「ニブルヘイムのヒュージマテリアは回収済みです。次はコレル山の魔晄炉とコンドルフォートにあるヒュージマテリアを回収に行きます。キャハハハハ」
 
「…ということですわ」
ケット・シーが会議の隠し撮り映像を見せてくれた。
「また神羅のヤツラがコレルにやって来るのか」
バレットが悔しそうに言った。
「なんとか神羅より先にヒュージマテリアを頂いちゃおうぜ」
バレットが言った。
「おっ,そうだな」
シドが飛空艇をコレルに向けるよう命じた。
「それじゃあ手分けしよう。俺とバレットはコレル,レッド]Vとユフィ,それにケット・シーはコンドルフォートだ。ヴィンセントお前は…」
「はいっ」
ヴィンセントが可愛らしく笑顔で片手を挙げた。
「クルーのみんなの飯を作れ」
「…え?」
「俺達がヒュージマテリアの回収に行っている間はクルーのみんなは休憩時間だ。その間に食事を摂ってもらう」
「えー,それだけなの?」
「何を言う。大事な仕事だぞ。できるのか,できないのか?」
「で,できるわよ」
ヴィンセントは名残惜しそうにシドの顔を見てから飛空艇のキッチンのある地下へ降りて行った。
 
コレルに付くと,魔晄炉目指して走った。
ボォー。
「な,なんだ!」
シドが慌てて辺りを見回す。
魔晄炉から列車が出てきた。ヒュージマテリアを積んでいる。
「くっ,行くぞ!」
バレットが貨車に飛び乗って神羅兵を倒した。
操舵室に入ると,バレットの剣幕に恐れをなして運転手は窓から飛び降りた。
「…で,誰が運転するんだ」
バレットに突っ込まれてシドは黙ってしまった。
このままではコレルの街に突っ込んでしまう。
シドが慌てて操縦桿を握った。
「お前,やり方分かるのか?」
バレットが聞くと,
「いんにゃ,分からねぇ」
と首を振る。
「んなアホな!!」
バレットが叫ぶ。
「大丈夫だ,こんなものは気合で止めてみせる」
シドはブレーキレバーを見つけた。
「こいつだ」
シドはレバーを思いっきり引いた。
「んがががががが」
衝撃で倒れそうになるシドをバレットが支えてやった。
列車は火花を散らしながら失踪したが,すんでの所で停車した。
「ヒュ,ヒュージマテリア,ゲットしたぞ…」
シドは倒れたまま片手を高く掲げてピースサインを作る。
操舵室の床にシドとバレットは並んで寝っ転がっていた。
バレットの携帯がなる。
「もしもし。…おう,そうか」
シドがバレットの方を見ると,
「ユフィ達がコンドルフォートのヒュージマテリアの採取に成功したそうだ」
と言った。
列車から降りるとコレルの町の人達が2人に近付いてきた。
「助かったよ,また神羅にひどいめにあわされるところだった」
「ありがとう」
口々に町の人はお礼をいってきたが,その中の1人の白髪混じりの男性が,
「ウォーレス君,いつの間に戻ってきたの?ずっと探していたんだよ」
と前に進み出た。
「デスク!」
バレットが驚いた。
その人はコレル日報の社会部のデスクで,バレットの上司だった人だ。
「今は社会部部長だよ。せっかくだからうちに立ち寄ってくれるかな」
2人は案内されてバレットの古巣へ行った。
「仕事でね,星を救う為に神羅と戦う冒険者達のことを追ってうちのモンに記事を書かせていたんだ。そしたらその集団の中に君によく似た人がいるなぁ,と思ったのよ。まさか君だとは思わなかったけど,どうしても気になってね。会社を飛び出した君の消息を探していたんだよ」
「ご迷惑かけてすみません」
珍しくバレットが恐縮して頭を下げるのをシドが驚いてみていた。
「ウォーレス君に渡すものがある」
白髪の社会部部長はレポートをまとめたような冊子をバレットに渡した。表紙には『カタストロフィ』と書かれている。
「うちの科学部のコラム,『コレル・ネイチャー』に寄稿されていた論文だよ。マシンガンを使ったポータブルレーザービーム砲についてのレポートだ。星を救う君なら役に立つだろう」
部長が差し出したレポートの冊子をバレットはまるで賞状を受け取るように丁重に受け取った。
「ありがとうございます」
頭を下げたままのバレットの肩を部長はぽんぽんと叩いた。
「頑張りなさい」
 
 第十二話 火事場の馬鹿力
 
飛空挺の中でシドが呟いた。
「そういえばティファから何の連絡もないなぁ。一度状況を説明する為に電話入れとくか」
シドが携帯を出した直後,いきなり携帯が鳴り始めた。
「なっなんでぇ」
シドが驚いて電話に出る。
『ウェポンよ,ウェポンが現れたわ!助けて!』
ティファが叫んでいた。
「こりゃ大変だ。全速前進!!目標ミディール」
シドが指示を出した。
「それまで安全なところに逃げてろよ,ティファ!」
ミディールの町の外れにジュノンの町に乗り上げたあの紫色のウェポンが現れた。
その衝撃で町中に震度六クラスの地震が起きた。
町の人々は逃げ回り,大混乱だ。
「まーた,お前か!」
シドは槍を片手に飛び出した。
「このっ,このっ,迷惑ばっかかけんじゃねー!」
頭にきたシドがウェポンの足をしつこく刺した。
シドの持つ槍の大きさはウェポンにとって縫い針ほどである。
つまりウェポンにとって足の上にグサグサと縫い針がしつこく刺さるのは,大きな砲弾を食らうよりもいたがゆくて不快なものである。攻撃にも集中できず,とうとうウェポンは再び飛び去った。
「チッ,また逃げやがったか。そうだ,ティファ!」
シドは診療所へ急いだ。
その頃,ティファはクラウドの体を引っ張ってベッドの下に隠れていた。
地震が収まったことを知ると,そろりと出てきた。
「今の間にどこかに避難しなくちゃ」
そう思ったとき,二度目の地震が起きた。
今度はさっきの地震の比ではない。さっきのウェポン襲来の反応を受けて地表のライフストリームが噴火を起こそうとしているのだ。
「クラウド!」
いくら一流の空手家とはいえ,ティファは女性である。
しかし女性の火事場の馬鹿力は,ごくまれに男性よりも恐ろしい潜在能力を発揮することがある。
ティファはベッドのシーツで自分よりもずっと背が高くて大柄なクラウドをぐるぐる巻きにすると,そのすらりとした背中へくくりつけた。
「大丈夫だからね」
と,ティファは意識のないクラウドに声を掛け,
「行くよ!」
ティファは揺れて何重にも見える壁を通り抜け,外に走り出た。
ティファは死に物狂いで走ったが,すでにあちこちの地表が割れ始め,クラウドを背負ったまま,吹き荒れるライフストリームの中へ落ちていった。
 
 第十三話 シアター
 
 ティファは真っ暗闇で目が覚めた。
不思議と体に痛みはない。
「クラウド!」
背中にいたはずのクラウドがいない。
ティファは怖くなってあたりをきょろきょろした。
「クラウドー!」
不安で走り回っていると,突然辺りが明るくなった。
目の前にセフィロスが立っている。
思わずぎょっとしたけど,ティファは負けずにセフィロスを睨みつけた。
「何か用?」
「…別に。ご挨拶に来ただけ」
「ご挨拶?」
ティファがいぶかしそうにセフィロスを見る。
「もうすぐ私達の家族が増えるの」
「私達?家族?」
「そうよ」
セフィロスは黒いロングコートの上から腹に手を当てた。
「まさか,クラウドの…」
ティファが言いかけると,セフィロスは満足そうな幸せそうな笑顔を見せた。
「ええ。やっと授かったの」
「嘘よ。クラウドがそんな事」
「だったらクラウド本人に確認してみたら?貴方にそんな勇気があればの話だけど」
セフィロスは淡々と言うと,いなくなった。
突然,ティファの目の前に豪華な映画館があった。
「ここに入れって言うの?」
ティファは怖かったけれど,ここに入らなければどうしようもないのだろうとあきらめて,中に入った。
ビロードのソファが美しいロビーの先にある扉をそっと開けると,そこはとても豪華なシアターだった。正面には巨大なスクリーンと赤いベルベットの座席が並び,無人だった。
いや,最前列の席にあの金髪のツンツン頭があった。
「クラウド?」
ティファは通路を通ってすぐに横に来た。
クラウドはスクリーンを向いてじっと座っていた。
ティファがやって来るとクラウドは穏やかな表情でこちら側を向いて,スクリーンを指差した。
「…そう,クラウドの本当の事が分かるのね?分かった,辛いけど乗り越えなくちゃね…私も一緒に付き合うよ」
ティファが決心して宣言すると,それを合図に上映のブザーがなったので,慌ててクラウドの右隣に腰掛けた。
客電が落とされ,やがて正面の巨大なスクリーンが明るくなり,画面に明朝体でデカデカとなんのひねりもないタイトルが浮かび上がった。
『波乱万丈・クラウド・ストライフの生涯』          
             <第四章・完> 

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