第三章
 
 第一話 懐かしい声
 
 ニブルヘイムに近付くに連れて,だんだん天候が変わってくる。もうすぐ,クラウドとティファの生まれ故郷だ。
しかし待望のふるさとだというのに町の中には明らかに妙な感じが見受けられた。町並みは全く同じはずだったのに何かがおかしい。その際たるものとして町中に黒いマントの男達がウロウロしていた。
「なんだこいつら,ホームレスか?」
ご丁寧にバレットはワゴン車を降りて彼らの一人ひとりを調べて回った。
彼らはバレットの声には反応せず,ただうわごとのように同じような言葉を呟いていた。
「うう,あぁ」
「リュ…ニオン」
「どこで…すか。セフィ…ロ…ス」
バレットは気味悪い,と呟いた。
「しかしこいつらはきっとセフィロスとゆかりがあるのだろう」
クラウドは空き家になった自分の実家を見上げていた。今は中に入る気分でもないし,そんな勇気もなかった。
そこへティファがクラウドの手を引っ張った。
「ユフィが金目の物を探して神羅屋敷に入っちゃったみたい」
「危ないなぁ」
クラウドはユフィを探して神羅屋敷の中へ入った。
一年前と変わらず,神羅屋敷は明るくて清潔だったが,ここに住みたいとは誰も思わないだろう。
玄関入ってすぐの部屋にまた黒マントの男がうずくまっていた。
「あれ…を手に入れる…のだ。…おぉ,…そしてセフィロスと一つに…」
「セフィロスと一つになるって?」
クラウドにはますます意味が分からない。
ユフィが二階から降りてきた。少し昂奮している。手にはさびた鍵。
「クラウド,こんなものがあったよ。これ,絶対どこかの宝の鍵だよ」
クラウドはそれを無視して地下へ降りていった。
どうしてもあの書斎をもう一度見ておきたかった。
階段を下りて書斎に入ったクラウドは凍りついた。
急にクラウドが立ち止まったため,ユフィがクラウドの背中にぶつかった。
「痛っ」
ユフィが叫んでもクラウドは反応しない。
目の前にいたのは,セフィロス。
ルーファウスのお召しフェリーで見かけたときは一瞬だったからよく見ていなかったが,そこにいるセフィロスははっきりとクラウドの前に立っている。
あの頃と変わらない,美しいセフィロス。
フローラル系の香水を漂わせ,セフィロスはクラウドを見つめた。
「やっと来てくれたわね」
セフィロスはうっとりするような表情でクラウドを見た。
「ずっと待っていたのよ。貴方がリユニオンに参加してくれるかしらって」
「リユニオンだなんて俺は知らないぜ」
クラウドが言い返した。でも本当は嘘だ。どこかで聞いたことがある。
「信じられない」
セフィロスはクラウドを少し睨みつけた。
「ジェノバはリユニオンするものなのよ。そして貴方はリユニオンになくてはならない存在なのに。…まぁいいわ。いずれきっと貴方にも分かってもらえるって信じてるから。…私は先に行くけど,もし貴方が私の事を思い出してくれたならきっとニブル山を越えて来てね」
セフィロスは一度長いまつげを伏せてからクラウドに微笑んで,ゆっくりと飛び去って行った。
 
 第二話 青空的好青年
 
 ニブル山を抜けると隣町のロケット村だ。本来は別の名前があったが,大きな朽ち果てたスペースシャトルが町にあるのでロケット村と呼ばれている。
さっそく町の人にセフィロスの事を聞いてみるが,誰も見かけなかったと言う。
車の中でティファがさっきからしきりに耳をいじっている。
みんな気がついていたがあえて黙っていた。
「クラウド!」
ユフィが運転席のクラウドの肩を叩いた。
目の前に小さなセスナがある。ピンク色の機体で,タイニーブロンコ,と書かれている。
「あれがあったら便利だよ」
「なんとか借りられないかな」
クラウドが車を降りて住人にセスナの事を聞いて回った。
「ああ,あのセスナは艇長のものですよ」
「艇長とは?」
「この町が,まだ宇宙開発の重要拠点だった頃,人類初の宇宙飛行士として宇宙へ行く予定だった人です。艇長と呼ばれていますが,気さくな好青年ですよ」
「その人は今ドコに?」
「あそこにほら,朽ちかけたシャトルがあるでしょう。普段は日中はあそこにいるんです」
と,傾いたシャトルを指差す。
確かにシャトルは傾いていたが,機体そのものはとてもぴかぴかに磨かれていて,いつでも発射できそうに見えた。
シャトルへは小さなはしごが付いていて,そこに誰かが上って,一生懸命にシャトルを磨いていた。
「こんにちは」
ティファが声を掛けた。
「ん?」
振り返った男性は,年はクラウドと同年代くらいの,金髪で中肉中背,うっすらと無精ひげがあるが,人懐っこそうな目と,とても白く綺麗な歯並びの好青年だ。
「とても素敵なスペースシャトルですね」
「おお,そう思うか」
青年は気を良くしたようだ。
「ところで貴方が艇長ですか」
「そうだけど」
「ちょっとお話をうかがえませんか」
はしごを降りてくると,
「俺はシド。シド・ハイウインド。そしてこいつは神羅26号。俺の大事な相棒さ。…神羅は今は魔晄屋だが,昔は兵器商人だった。大きな戦争の間,神羅は兵器開発の間にロケットエンジンを開発した。これがあれば宇宙へいけるって大騒ぎしてな。予算もドンドンつぎ込んで出来上がったのがコイツだ」
シドはシャトルの機体をポンポンと叩いた。
「そして最初の宇宙飛行士に選ばれたのがこの俺だ。当然と言えば当然だな。厳しい訓練をクリアしてようやく飛び立つってことになったときに,神羅が計画の延期を通達してきた」
「何があった」
クラウドが聞くと,
「魔晄エネルギーさ」
シドが目を光らせた。
「魔晄エネルギーが金になるって分かったら手のひら返しやがった。あれだけこれからは宇宙だ,なんだって大騒ぎしておいてこのざまさ。おかけでシャトルはこんなになっちまったし。俺の夢をそろばん勘定一つでパーにしやがったんだ」
シドはそこまで喋ってため息をついた。
「今回の若社長が来るってのだけが俺の最後の望みの綱だな」
「ルーファウスが来るって?」
クラウドが聞き返すと,
「そうさ。もしかしたら宇宙開発の再開の話かも知れねぇ。きっとそうに違いない!」
シドは再び明るい顔をしたが,怪訝な表情になった。
「ところであんた,誰よ?」
「俺はクラウド・ストライフ。元ソルジャーだ。セフィロスを追っている」
「ふぅん」
シドはクラウドの顔をまじまじと見つめた。
「どっかで会った気がするけど…」
シドはもう一度クラウドの顔を見た。
「あっ!お前!ニブル中のクラウドか!」
シドはポン,と手を叩いた。
「確かにニブル中にはいたけど…」
クラウドが言うと,
「お前,ニブル中の11回生だろ!俺も同級さ」
シドが親しげにクラウドの肩をたたいた。
当時,ニブル中学はこの辺り一体のニブルヘイムやロケット村の子供達が通っていたので一学年に9クラスまであり,生徒の数も多いから,クラウド自身全ての同級生の事は把握していない。よってシド・ハイウインドという同級生がいた事も記憶になかった。
「えーっと,俺は…」
「まぁお前は覚えてなくてもしかたないよな。でも俺は覚えてるぜ。お前,有名だったもんなぁ」
一方的にシドがはしゃいでいる。
そこへ,
「うひょひょ!」
と声がした。
宇宙開発部の部長,パルマーがいた。
「シドちゃん,元気ー?」
「おっ,パルマー。元気にしてたか?で,宇宙開発再開のめどは付いたのか?」
シドはバルマーにすら気さくに話しかける。
「うひょ!わしゃ知らないな〜,社長も来てるから聞いてみれば〜?」
シドは,
「分かった!おい,クラウド,そこにいろよ,後でゆっくり思い出話しようぜ」
シドはそう言ってルーファウスのいる広場まで走っていった。
クラウドはユフィに,
「こっそり近付いて話を聞いてくれないか」
と頼んだ。
街路樹の植え込みに隠れたユフィに聞こえたのは,シドのがっかりした声だった。
「なんだって!タイニーブロンコを返せだと!?」
落胆し,怒りに震えるシドを見てもルーファウスの態度は変わらない。
「我々はセフィロスを追っている。しかし見当がつかめてきたのだが,どうやら全く違うの方向に来てしまったようだ。そこでお前の飛行機を貸してもらいたい」
「ざっ,ざっけんなよ。あれは俺の宝物なんだ。最初は飛空艇,その次はロケット,そしてタイニーブロンコ。お前達は俺から宇宙ばかりか空まで奪おうとしているんだ!」
シドはますます声を上げた。
「恩知らずはそちらだろう。今まで君が空を飛べたのも神羅のお陰だ」
ルーファウスはシドが激高するのに対比して静かに言い放つ。
「畜生!絶対にタイニーブロンコは渡さねぇ!」
シドは木の横に立っていたユフィを突き飛ばし,タイニーブロンコに飛び込んだ。
ブルンブルンと飛行機のプロペラが回転して離陸した。
タイニーブロンコはルーファウスの頭の上を飛び去った。
「撃てーっ」
神羅兵が一斉に射撃した。
バババババ!!
下手な鉄砲も数を撃てば当たる,タイニーブロンコの尾翼に弾丸が当たった。
衝撃が走って制御を失ってふらふらしている。
「危ないよ!」
レッド]Vが叫んだ。
「助けるぞ!!」
エアリスが仲間を車に乗せ,ふらふらと落下するタイニーブロンコを追いかけた。
タイニーブロンコは数百メートル先の浅瀬に着水していた。
クラウド,エアリス,バレット,の3人がかりでタイニーブロンコの中からシドを引っ張り出す。
「おい,大丈夫か,クラウドの同級生」
エアリスが背中を荒っぽく叩くとシドは水をゲーゲーはいた。
青ざめた顔をしたシドは海岸の草むらの上に座らされた。
「これからどうするんだ」
クラウドが聞くと,
「しらねぇよ。神羅には追っかけられるし,村には飽きたし。お前らはどうするんだ?」
「セフィロスを追っている。ルーファウスともいずれ戦わなくちゃいけない」
「ふーん。大変だな。…そうだ,俺も連れて行けよ」
シドはワクワクした目でクラウドを見た。
「…いいだろう」
「あの若社長は古代種の神殿とか言ってたぜ。そうと決まれば出発だ!運転手は俺だ,車掌はお前だ♪」
シドは歌って勝手に運転席に座った。
 
 第三話 少女の夢と目覚め
 
 助手席に座ったエアリスがシドにたずねた。
「クラウドはどんな中学生だったんだ?」
シドはハンドルを操りながら,
「そうだなぁ,早い話が相当の不良(ワル)だったな。でも不良(ワル)って言ってもいじめとかかつ上げはやってなかった。同学年の男子生徒はみんなクラウドの事ビビってたよ。だからいつも孤立していたよな。で,校内の他の不良をシメたり,よその中学に行ってはケンカ売ってボコボコにして帰ってきたな。でも成績はトップクラスだったから教師も一目置いてた」
「そうなのか?」
エアリスが後部座席を覗くと,
「さぁよく覚えていない。でも弱いものいじめは絶対にしなかった」
とクラウドは短く応えた。
「そうだ,クラウド,神羅の宝って覚えてるか?」
シドが思い起こしたように言った。
「同級生の間で神羅が神羅屋敷に宝物を隠したって噂があったんだ。あれって本当なのか?」
「よく覚えていないな」
「もしかしてこれじゃないの?」
ご都合主義的にユフィがポケットから鍵を出した。
「神羅屋敷にあったんだけど」
「それだ!」
シドは勝手に神羅屋敷に方向を変えた。
屋敷中さがし回って,2階の奥に鍵の掛かった部屋を見つけた。
「やった,お宝発見♪」
ユフィが嬉しそうにしている傍らでクラウドが慎重に鍵を開ける。
扉を開けたそこには鉄格子の下りた部屋があった。
その向こう側には,観葉植物に囲まれた大きなベッドがあり,1人のとても美しい少女が眠っていた。腰までの黒髪にひょろりとした体型。白いフリルのネグリジェを着て仰向けに眠っているが,うなされているようだ。
「おい!」
たまりかねたシドが鉄格子をゆすった。
この眠り姫はゆっくりと体を起こして,一行を眺める。
少女の目を見てクラウドはぎょっとした。
長いまつげの下に隠された瞳は血のように赤かった。
「あなたは…誰?」
少女は美しいけれどとても陰鬱な顔をしていた。
「私,貴方達の事知らない」
少女は言った。
「随分うなされていたな」
「これが…私に与えられた罰だから…」
少女はもごもごと言った。
「早くここから逃げた方がいいわ。だってここは悪夢の始まりの場所だもの」
「そうらしいけど。セフィロスはここの屋敷で正気を失ったらしい。それが悪夢の始まりだ」
少女はセフィロスの名前を聞いて目を丸くした。
「セフィロスを知っているのね?」
「ああ」
クラウドは,1年前のことから今日に至るまでの一連の事件を要約して教えた。
「そう…だったの」
「今度はそっちが話してもらう」
クラウドが言うと,少女は悲しそうに首を振った。
「ごめんなさい。…私は…話せない。恐ろしくて」
少女は震えていた。これ以上の事は聞けないようだ。
「せめて名前くらい教えてくれよ」
シドが横から口を挟んだ。
「私は…元神羅重工総務部調査課,タークスのヴィンセント・ヴァレンタイン。…貴方は?」
元タークス,ときいて一同は驚いた。この少女趣味で頼りなげな少女がタークスだったとは。
「俺はクラウド・ストライフ。元ソルジャーだ」
「ソルジャー。じゃあ貴方も神羅にいたのね。
じゃあルクレツィアを知っている?」
「…分からない。誰なんだ」
「セフィロスを産んだ女性」
「セフィロスの母親はジェノバではなかったのか?」
「半分は当たってるけど,半分は違う。実際はルクレツィアっていう女性から生まれたのがセフィロス。ルクレツィアはガスト博士の助手だった。だから人体実験に自分の体を差し出したのよ。誰もそれを止められなかったのよ」
「だからってお前一人の責任じゃないだろう?それにそのときの悪夢にうなされるだけで罪が償えるわけないじゃん」
シドが鉄格子をさらに強くゆすった。
ヴィンセントはもうずっとうつむいていた。
 
神羅屋敷から出たユフィがブツブツ言っている。
「お宝だと思ってたのにただのブリッコのオバサンがいただけなんて」
一同が車に乗り込もうとしていると,
「待って」
と声がした。
振り返ると,ヴィンセントがボストンバッグ一つさげて立っていた。
さっきはネグリジェを着ていたが,いつの間にか黒いふわふわに広がった一昔前のアイドル歌手のようなスカートの上に真っ赤なマントを羽織り,髪には赤いリボンカチューシャを付けている。
フリルやレースが満載のスカートの腰には,物騒なマグナムがホルスターに挿されている。
「あなたたちについていけば宝条に会える?」
「どうかな。だけど俺達はセフィロスを追っている。そして宝条もまたセフィロスを追っている。もしかしたらこの先会えてもおかしくない」
クラウドが言うと,
「分かった。私も行く」
と首を大きく縦に振った。
「いいだろう」
「元タークスだからきっと足手まといにはならないわ」
クラウドの声を合図にシドが運転席横のスイッチを押してスライドドアを開けた。
 
 第四話 泥棒温泉
 
 ここから先はウータイという町だ。ここは黄色人種のみが暮らす島国で,かつての神羅が世界に仕掛けた戦争の中で,最後まで抵抗した国だった。
「ここはアタシの生まれ故郷さ。いいところだろ?」
のんびりとした風光明媚な観光地だった。
「この辺りは温泉も出るんだよ。そうだクラウド達,温泉に入って来なよ。体も温まるし,傷の治療にもいいんだよ」
ユフィに勧められて,一行は巨大温泉施設にやって来た。
「…わ,私,温泉はいらないわ」
おどおどするヴィンセントにティファは
「いいじゃないの。一緒に入りましょう。髪洗うの手伝ってあげる」
と腕を引っ張って連れて女湯に行ってしまった。
こちら男湯では,いぬかきで温泉の中を行ったり来たりするレッド]Vを放って置いてクラウドはエアリスに質問した。
「古代種の神殿ってどこにあるか検討もつかないのか?」
「俺もよく知らねぇが…なんかジャングルの中だって聞いたことがある」
「…ジャングルだったらかなり場所は限られてくるな」
温泉から出て着替えようとすると,クラウドが一括して預かっていたマテリアがない。
待っている,と言っていたユフィもいない。
「…まさかあの子が持って行ったんじゃないの」
ヴィンセントはそう直感したらしい。
「やれやれ。探すぞ。遠くには行っていないはずだ」
クラウドは言った。
ウータイの街自体はそんなに広くなかったので,手分けして探すことにした。
 
その頃,ユフィは運悪く奇妙な中年親父,スラム5番街の小悪党,コルネオに捕まっていた。
「ほひー,ほひー」
「離せー,この変態親父!」
ロープで体を縛られて自由がきかない。忍者でありながら縄抜けができないとは,勉強不足に違いない。
そのとき,向こう側からクラウドとヴィンセントとシドが見えた。
「あっ,あいつら!助けてー」
ユフィは必死に手を振った。
コルネオがユフィが手を振った先を見ると,
「およよ,綺麗なおねーちゃん」
とヴィンセントに向かって走ってきた。
ヴィンセントは逃げずに,ただそこに立っていた。
「おねーちゃん,わしと一緒にいい所へ行かない?」
コルネオがヴィンセントの腕をつかんだ。
そのとき,ヴィンセントの姿が一瞬にして紫色の毛並みを持ち,燃えるような赤の鬣を持つ狼に変わった。
狼はコルネオに飛びつくと殴る蹴るの暴行を繰り返した。
「ひでぶ!」
とうとう息の根を止めてしまうと,狼は再び美しい少女の姿に戻ったが,クラウドも,シドも,もちろんユフィも驚いて口をあんぐり開けていた。
 
『色んな』意味で怖い目にあったユフィはマテリアをクラウドに返してくれた。
「もう,二度とこんなことするんじゃないぞ」
クラウドにきつく言われてユフィは大きく首を縦に振った。
「それじゃ,とんだ寄り道だったな。先を急ごう」
クラウドの声で仲間達が車に乗っている後にユフィも慌てて追いかけた。
「待って待ってー。これからは心を入れ替えて頑張るからさー。…でもってこの次は必ず,ヒッヒッヒ」
どこまでも懲りない性格のようだ。
 
 第五話 キーストーンを求めて
 
 ユフィのせいで思わず道草を食ってしまった一同だが,彼らを乗せたワゴンは南のジャングルにたどり着いた。
この辺りに古代種の神殿があるのだろうか。
クラウドは道を尋ねるべく,そこにあった骨董屋に入った。
骨董屋の主人はクラウドの顔を見て,
「キーストーンなら売り切れだよ」
と言った。
「キーストーン?」
「どこかにある古い神殿の入口を開ける鍵らしいね」
「古い神殿…古代種の神殿か」
「さぁね。本当にあるかどうかも分からん。なんでもその神殿には究極の破壊魔法ってのがあるんだそうだ」
「買って行ったのはどんなヤツだ?」
「ゴールドソーサーの園長のディオって人だよ。ものすごく高い値で買ってくれたんだ」
 
ゴールドソーサーとは,コレルの近くにある大きなアミューズメントパークである。
そこの園長のディオは骨董のコレクターでも知られる。
ゴールドソーサーに着くと,彼らは,どうやったらディオにキーストーンを借りられるかを考えた。
「パッといって持ってきちゃえば?」
ユフィは簡単に言う。
「そうだ,いい考えがある」
バレットが言った。
 
ディオ園長の部屋で奇妙なことが起こった。
棚の上の物がいきなり落ちてきたり,窓が勝手に開いたりする。
「一体なんだと言うんだ」
いきなり部屋の電気が落ちた。
「わっ」
ディオ園長が椅子の上で震えていると,突然目の前に一つ目のお化けが浮かび上がった。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
園長の悲鳴を聞いて社員が飛んできたが,電気は元に戻り,誰もいない。
しかし園長はすっかりおびえてしまった。
ちょうどそこへ別の社員が入ってきた。
「園長,この辺りで強い邪気を感じたのでお払いをさせて欲しい,と言う呪術師が来たのですが。気持ち悪いから追い返しましょうか」
「呪術師だって?是非お呼びしてくれたまえ!」
園長は疑うこともなく,呪術師を呼んだ。
呪術師は赤い法服を着て,ラスタカラーの帽子をかぶっており,傍らに弟子を一人連れている。
実はこれはバレットの変装で,隣にいる弟子はクラウドだ。
「先生,私は園長室で一つ目のお化けを見たのです」
だまされているかわいそうな園長はバレットにすがった。
「うむ。それもおそらく邪気による産物じゃろう」
バレットはそう言って杖を振り上げ,奇怪な呪文を唱えた。
「何か分かりましたか」
「邪気はここから出ておる!」
バレットは展示室のキーストーンを指差した。
「とても恐ろしい邪気だ。なんという負のエネルギー。これがある限りお主は不幸にみまわれよう」
「ではどうすればよいのでしょうか」
「即刻このキーストーンを捨てるのだ!」
「は,はいっ」
しどろもどろで園長は返事した。
 
変装をといたバレットとクラウドの所へさきほど園長が見たという一つ目お化けがやってきた。
「キーストーン,手に入れた?」
おばけがマスクを取ると,ユフィの顔が出てきた。
 
 第六話 考えてみよう
 
キーストーンを手に入れた彼らは明日,古代種の神殿に向かう事になった。
今夜はディオの計らいで,偽呪術師御一行は,パーク内のホテルに泊めてもらえることになった。
パーク内のレストランで全員が席に着いた。
「どうやろう,クラウドさん,この辺で考えをまとめてみませんか。僕とかシドさんとかヴィンセントさんは途中から来たのでよく分からんことがあるんです」
ケット・シーに頼まれたのでクラウドはゆっくりと口を開いた。
「…まず,セフィロスは約束の地を探している。その約束の地はどこにあるのか誰にも分からない。“セトラの民,約束の地へ還る。至上の幸福が約束された星が定めし約束の地。”としか分からない。そして神羅は約束の地というのは,豊富な魔晄エネルギーが溢れる場所だと思っている。だからなんとかセフィロスから約束の地を横取りしようとしている」
「多分約束の地ってのは,ここだってはっきり分かるようなもんじゃなくて,自分でうすうすなんとなく感じてくるもんじゃねぇかって思う」
と,エアリスが結論を出した。
「エアリスにはそれが分かるのか」
「さぁな。経験したことはないが。でも多分そんな感じだろうとは思う」
「そしてセフィロスが探しているものはもう一つある」
「黒マテリアでしょ」
ティファが言った。
「ここへ来る前に黒マントの男達が言っていた。黒マテリアって。セフィロスに黒マテリアを届けようとしているみたい」
「あの男達はセフィロスと何か関係があるのかな」
とレッド]V。
「なんだかセフィロスに対してものすごく執着していたみたい。まるで怨念みたいね」
とティファ。
「なんだかややこしいなぁ。セフィロス以外にもこの男達も追わなくちゃならないのか」
とバレットが深く頭を下げた。
「いや,この黒いマントの男達はいずれセフィロスの元へ行くと思う。だから今はセフィロスだけを追えばいいんじゃないかと思う」
とクラウドが言った。
 
 第七話 天上のバー
 
その晩,クラウドがホテルの部屋でテレビを見ていると,エアリスが入ってきた。
「おい,飲みに行こう」
「?」
「約束しただろ,教会で。俺のおごりで飲みに行くってさ」
「ああ」
クラウドはなんとなく思い出した。
「いいバーを見つけたんだ」
 
その頃,ユフィがティファに
「なんでティファはさっきからずっと耳ばかりいじってるんだよ」
「…」
「話しちゃいなよ」
ティファは声を絞り出した。
「セフィロスのピアス…見た?」
「両耳にピアスがくっついてるのは気が付いたけど,デザインまでは見ていないよ」
「…そう。それが私のと色違いのお揃いなのよ」
ティファの耳のピアスは赤いビーズのピアス。セフィロスの耳には全く同じデザインの黒いビーズのピアスが付いていたのだ。
「気にすんなよ。こんなデザインのピアスなんかどこにでも売ってるよ」
珍しくユフィが励ますようにティファの体を叩いた。
「それがどこにでもあるものじゃないの。これ,十四年前にクラウドが手作りでプレゼントしてくれたものなのよ」
ユフィは黙ってしまった。
それでもなんとかティファを元気付けようと,
「でもその時期に流行ったデザインじゃないの」
と言ったが,なんだか気味が悪くなって,今度セフィロスを見かけたときはもう一度ピアスをよく見てみようと思ったユフィだった。
 
バーはパークの最上階にあった。
クラウドはカウンターに座っていつものようにジン・トニックを頼んだ。
エアリスはスコッチの水割りを頼んだ。
グラスに口を付けるクラウドにエアリスが声を掛けた。
「…本当に好きなものを頼めよ」
「…?」
「お前,本当はジン,好きじゃないだろ」
横を見たエアリスはクラウドの方を見ずにグラスを傾けていた。
「最初はアイツによく似てると思った。喋り方とか酒の頼み方,歩き方…。でもやっぱりお前は違う。…一体お前はどこにいるんだ?」
「俺はここにいるよ」
「そうじゃねぇ。本物のお前はどこにいるんだ?」
クラウドは何も言わなかった。
クラウドはカウンターに向かって声を掛けた。
「…バラライカ」
 
「ごちそうさま」
バーを出たクラウドが言った。
「いや,またこうやって飲もう」
2人は並んで歩き始めた。
「…ちょっと待て」
エアリスが口に指を立てた。
デブモーグリに乗ったケット・シーの姿が見える。
ケット・シーの手にはキーストーンがある。
2人はケット・シーの後を追った。
その先には,神羅のヘリコプターがあった。
「キーストーンや!!」
ケット・シーがヘリコプターに向かってキーストーンを投げた。
ヘリコプターから手を出していたのは,ツォンだった。
「ご苦労様です」
ツォンは頭を下げた。
ヘリコプターは見えなくなり,ケット・シーが戻ろうとすると道をふさがれた。
クラウドとエアリスが怖い顔をして立っていた。
「お前,神羅の手先か?」
「名前は?」
「名前は言えません」
ケット・シーはきっぱりと言った。
「確かに僕は神羅のまわしもんです。スパイ行為をやっていた事も認めます。…けど,このまま何もなかったことにして一緒に連れてってもらえませんか?」
「そんな都合のいい話があるか!」
エアリスがさらに怖い顔をした。
「ひぃぃ,なんぼにらまれてもあかん。でも僕自身色々思うことがあるんです。でも完全にクラウドさんの敵やない。なんちゅーか,ひかれるんですわ。クラウドさんの生き方に。誰かに命令されたわけでもない,給料をもらってるわけやない,ほめられるのを期待してるわけでもないのになんでこんなにいっしょうけんめいになれるんやろって」
「ごまかしても無駄だ」
クラウドは冷たい一瞥をくれた。
「そうですか。ほんならしょうがないですな。僕もこんなことしたくなかったんですが…」
ケット・シーはテレコのようなものを出してきた。
『父ちゃん!クラウド!』
「マリンか!」
「テメッ!!」
とうとうエアリスがケット・シーの首をつかんだ。
「ぼ,僕を壊しても無駄ですよ。僕の体はロボットやから。本物の僕は神羅ビルにいてそこからリモコンであやつっとるんです」
それでもエアリスは怒りに満ちた目をしている。
「そりゃ僕かてこんな人質なんてまね,しとうない。…それだけは堪忍してください。せやけど話し合いの余地はもうありませんわな」
 
 第八話 悲しい雪女
 
 ケット・シーの案内によると,古代種の神殿は南のジャングルにある。ワゴン車で3時間かけて到着した。
不思議な形の神殿の前で,それまで声なんか知らない,何も聞こえない,と言っていたはずのエアリスが,立ち止まった。
「あー,なんか聞こえる。ここが古代種の神殿だって教えてくれてる。なんかみんな約束の地へ行きたいんだけど,とどまってるみたいだ。なんで…?」
いつもふざけていたエアリスの表情が真剣なものになっている。
「…中へ入ろう」
すると,入口からまたあの黒マントの男が出てきた。
「うう…黒マテリア」
そう呟くと倒れ,動かなくなった。
神妙な面持ちで中に入ると,中は広い祭壇になっていて,そこにツォンが倒れていた。
「ツォン」
ツォンは壁に寄りかかり,腹を押さえていた。
抑えたところから真っ赤な血が流れている。
「最後の最後でドジ踏みました…わ。私としたことが…。セフィロスは約束の地を探していたんじゃなかったんですわ…」
エアリスはツォンのところへ来て屈みこむ。
「…もう,分かったろ。約束の地なんてものは存在しねぇんだ。そんな都合のいいものが存在するわけねぇだろ」
「ふふ。…あなたは最後まで厳しい人ね」
「傷が開くぞ」
エアリスはツォンの体を抱え,祭壇の隅まで運んだ。
「これ…」
ツォンが差し出したのはキーストーンだ。
「祭壇に…置いてみて」
エアリスはキーストーンを受け取る。
「分かった。後は俺が何とかする。お前はここでじっとしていろ」
と,言ってからエアリスは他の連中に聞こえないようにツォンの耳元に何かを囁いた。
『マテリアの中に入ってろ』
とティファの耳に入ったが,意味が分からなかった。
「さぁ,行くぜ」
エアリスは受け取ったキーストーンを祭壇の中央に置いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
振動と共に一同は眩しい光に包まれた。
気が付いたのは,青い空の下,遺跡群の上だった。
辺りは迷路のように入り組んでいる。
エアリスは目を閉じた。
「…声が聞こえる。俺達を導いてくれるはずだ。さぁ,行こう」
エアリスを先頭にクラウド達が迷路の中を歩く。
エアリスはまるで導かれるように迷路をスイスイと進んでいった。
たどり着いた先は不思議な青いラグーン。
エアリスが顔を近づけると,池の水面がピカリ,と光った。
「…どうやらここで起こった事を見せてくれるらしい」
やがてそれはテレビ画面のようにある映像を映し始めた。
それはこの神殿のどこかの壁画の間だった。
ツォンとイリーナが壁画を眺めている。
「ツォンさん,これで本当に約束の地が見つかるんですか」
「さあどうかしら。とにかく貴方はすぐに戻って社長に報告をしてきてくださいね」
「はい」
イリーナはいなくなった。
ツォンは1人で壁画を眺めていたが,突然,セフィロスが現れた。
「あら,貴方が扉を開けてくれたの?ありがと」
セフィロスはにこにこ顔で近付いてきた。
「ここは何ですの?」
「古代種の知恵とか知識とかそういったものが凝縮されている場所。私はここで星と一つになるの」
「星と一つになるって,そんなことができるのでしょうか」
「…だってここにその方法が隠されているのよ」
セフィロスは愉快そうだ。
そしていきなり正宗でツォンに斬りかかってきた。
ツォンは間一髪それを避ける。
しかし避けるだけが精一杯で,何もできない。
ツォンは全身でセフィロスの左腕にしがみついた。
すると,セフィロスの肩から指先が氷に覆われる。
「そう…これが貴方の力。貴方の命と引き換えに私の腕一本を封印しようと言うの…?」
ツォンは必死にセフィロスの腕に冷気を送る。
セフィロスの左腕が氷と共に粉々に砕け散った。
しかし,セフィロスがクス,と笑うと,再びトカゲの尻尾のように新しい左腕が生えてきた。
新しい左腕は正宗でツォンを斬りつけた。ツォンはぐったりと倒れた。
 
そこで泉の映像は途切れた。
「…あいつは…雪女さ」
エアリスが言った。
「俺と同じアイシクルロッジの生まれでな。珍しい生き物だと宝条に連れて来られたらしい。ただ俺と違って従順な性格だから,その力を利用されてタークスに入れられていたらしい…。昔俺が神羅の研究施設に捉まっていた時色々教えてくれたんだ。…自業自得といえばそうだけど,元はかわいそうなもんだ」
エアリスはそこまで喋って,
「さあ,壁画の間はこの先だぜ」
奥の岩戸を開けると,さっき映像で見た壁画の間だった。
 
 第九話 戦いの日々
 
「セフィロス,どこだ!」
クラウドはキョロキョロする。
すると,直接クラウドの頭の中にあの声が響いた。
「ひどいわ。私,いつだってあなたのそばにいたのよ」
その声は全員に聞こえたらしく,誰もが周りをキョロキョロしていた。
クラウドの前にゆっくりとセフィロスが浮かび上がる。
「もうすぐ私は古代種の力で星と一つになるのよ」
「星と一つになる目的って何だよ?」
エアリスが問い詰めると,
「星に傷ができると,星は治療の為に大量の精神エネルギーを送り込む。勿論傷が大きくなれば大きくなるほど集められるエネルギーは大きくなるわ。星が破壊されるほどの傷を付けたら,どれくらいのエネルギーが集まるかしら」
「そんなことしてどうなる」
クラウドがイライラしながら聞くと,
「その集まった精神エネルギーの中央に私が行くの。それは全て私のもの。私はこの星の全てのエネルギーを受けて新しい存在になるのよ。それは“神”と呼ばれるもの」
セフィロスは壁画の方を向き,
「見て」
壁画は人間達の営みに向かって大きな岩が飛び込んでくる様が描かれている。
「…これは究極の破壊魔法,メテオ」
セフィロスはくすくすと笑い,その場から飛び去った。
クラウドは消えたセフィロスを追いかけて闇雲に暴れまわる。
「落ち着け,クラウド,落ち着けっての!」
エアリスがクラウドをぶん殴った。クラウドは派手に吹っ飛び,顔を上げたときにはなんだか様子がおかしかった。
「クックック,黒マテリア」
クラウドはブツブツ呟いている。
「クックック,メテオ呼ぶ」
バレットがクラウドの顔を覗き込み,
「打ち所がわるかったんじゃねぇのか」
と言ったが,ところがその直後,クラウドがはっとしたように,
「今,なにかあったか?」
と言う。
どうやらさっきのおかしな言動は記憶がないらしい。
「な,なんでもねぇよ,な!な!」
エアリスが慌てて周りの人間に同意を求めた。
クラウドもそれ以上は突っ込まず,壁画を眺めた。
「これがメテオか」
「メテオって言うのはそこら辺りの小さな星を呼び寄せてぶつける究極の破壊魔法らしいな」
エアリスは意識の中に聞こえる言葉を通訳して言った。
ドドドドドドド
振動が起こった。
いきなり壁画をぶちやぶって真っ赤なドラゴンが現れた。
ここを守護しているのか。
「行くぞ!」
クラウドが剣を構えてレッドドラゴンに飛び掛っていった。
レッドドラゴンを倒すと,大きな洞穴が開いていた。
「向こうにも部屋があるぜ」
ドラゴンが壁をぶち破ってやってきた部屋は,やはり同じような壁画の部屋だったが,部屋の奥に台座のようなものがあり,四角錐の置物がある。
台座には,何か書かれている。
エアリスが台座のほこりを払いながら,
「よく読めねぇな…黒マテ…リア。黒マテリア!」
「じゃ,これが黒マテリアか」
シドが手を伸ばした。
「違う,違うんだ」
また,『声』を聞きながらエアリスが手を振って言った。
「これはあくまでリモコンで,この神殿自体が黒マテリアだ」
さらにエアリスはしゃべり続ける。
「このリモコンを操作することによって,神殿がどんどん小さくなって,最後には手のひらサイズになるんだ。それが黒マテリアだ」
「じゃ,操作すればいいだろ」
と,シド。
「ところがそういうわけにはいかないんだ。リモコンの操作は必ずここでしかできないんだ。ここでリモコンを操作する,と言うことは操作するヤツ自身もこの神殿におしつぶされるんだ」
「じゃ,黒マテリア持ち出すのはやめるか」
「そんなわけにはいかないだろ。今ここで黒マテリアを持ち出さないとセフィロスが黒マントの男を使ってリモコンを操作させるだろう」
とバレットが反論してきた。
「じゃあどうすんだよ」
シドがブツブツ言った。
「あのー,クラウドさん」
ケット・シーが声を掛けた。
「…あの,僕やりましょか?どうせロボットの体やし,後から何ぼでも同じボディありますし,この体,星を救う為に使わしてください」
「しかし神羅に黒マテリアを渡すわけには行かない」
「そんなこというとる余裕ないんとちゃいますか?」
「…分かった。頼もう」
「ほんなら皆さん,はよう外へ出てください」
ケット・シーにうながされて一堂は外へ避難することにした。
クラウドは立ち止まってケット・シーを振り返り,
「新しいボディのケット・シーが来ても,このケット・シーはこのケット・シーだけなんだな」
と言った。
「今までお世話になりました。新しい僕が来てもよろしゅうたのんますえ〜」
クラウドは無言でうなずいて壁画の部屋を出ていった。
 
 第十話 黒マテリアの色
 
 神殿の跡地に小さな黒マテリアを載せた指輪が残った。
「…これが,黒マテリアか」
クラウドが指輪を拾い上げた。
「これがなければセフィロスだってメテオを呼ぶことができないってことか。じゃ,これを持ってる俺はメテオを呼ぶことができる?」
「いや,無理だな」
煙草の煙を吐きつつエアリスが言った。
「メテオを呼ぶには強力な精神エネルギーが必要だ。約束の地だ。だが,セフィロスは古代種じゃない。だから約束の地を知ることはできない」
「そうだったな」
2人は安堵した。
「ウフフフ」
不敵な笑い声がした。
2人の目の前にセフィロスが現れた。
「だって私は古代種以上の存在なのよ。古代種の知識も知恵も簡単に手に入ったわ。ライフストリームの吹き溢れる場所を見つけるなんてわけないのよね」
「あんたの好きには絶対にさせない」
エアリスがセフィロスを睨みつけた。
セフィロスはそれを無視してクラウドにゆっくりと近付いた。
「クラウド。私の大好きなクラウド。お願いだから私に黒マテリアをちょうだい」
セフィロスはクラウドの肩にその細い腕を回し,クラウドの鼻に吐息を吹きかけた。
甘い香り。
そういえばセフィロスはいつもうがい水に香水を混ぜていた。
クラウドはセフィロスの香りで頭が痛くなり,やがて全身の自由が利かなくなった。痛みはなかった。
クラウドはぼんやりとした目でセフィロスに黒マテリアを差し出す。
「ありがとう。愛してるわ」
セフィロスはクラウドの左頬に優しくキスをして消えてしまった。
ぐったりとしたクラウドの体をエアリスが揺さぶった。
「おいっ,しっかりするんだ」
「俺はセフィロスに黒マテリアを…?」
「聞こえてるのか!」
しかしクラウドはどこを見ている,というふうでもなく,
「うひゃ,ひゃ。俺は一体…」
気味の悪い笑い声を上げて,いきなりクラウドがエアリスに殴りかかってきた。
「やめろっ!」
エアリスはクラウドをぶん殴った。クラウドは岩場に頭をぶつけて気を失った。
ケット・シーが飛んできた。
「あっ,こりゃあかん。僕ケット・シー2号です〜よろしゅう〜」
異変に気付いて,離れた場所にいた仲間も飛んできた。
 
 第十一話 道
 
 クラウドはエアリスにぶん殴られてずっと気を失っていた。
『おい,クラウド』
どこかでエアリスの声がした。
夢の中だと分かっていたけど,クラウドは返事することにした。
「エアリス,さっきはいきなり殴りかかって悪かったな」
『気にするな。俺も思いっきりお前をぶん殴って気絶させちまったし』
エアリスは森の中に立っていた。深い,霧の深い森。
「どこ行くんだ?」
『この先にはかつて古代種の都だった場所があるらしい。俺はそこへ行ってセフィロスを止める』
「待て。俺も一緒に行く」
『お前は来なくていい。これは,この仕事は,セトラの俺にしかできない。セトラは俺しかいないんだからな』
「だけど…」
『気にするな。全部終わったらまた会おうぜ』
そう言ってエアリスは背中を向けて森の中へ進んで行った。
 
 第十二話 恐怖と覚悟
 
 クラウドはベッドの上で目覚めた。
「そうだ,エアリス」
「クラウド,気が付いたの」
ティファが入ってきた。
「そうそう,エアリスがいなくなったの。煙草を買ってくる,って行方不明なの。みんなで手分けして探してるわ」
「…エアリスは古代種の都に行った」
うわごとのように呟くクラウドにティファは驚いた。
クラウドはティファに自分が夢で見た出来事を話した。
ティファはみんなを呼び戻した。そしてクラウドはもう一度同じ話をした。
話を聞いてから最初に喋ったのはシドだった。
「しかし,あの時はびっくりしたぜ。いきなりお前がセフィロスの色仕掛けに引っかかって黒マテリア渡しちまったときはよぉ」
「そおそお。やっぱりクラウドも男だなって思っちゃったよー」
ユフィが激しく首を縦に振った。
どうやら周りの人間は自分はセフィロスの色仕掛けに負けて黒マテリアを渡してしまったと思っているらしい。
本来ならちょっと格好悪い誤解だが,今のクラウドにはその方がありがたかった。
あれは色仕掛けなどではない,もっとクラウドの心の中に直接響いてきた何か,だった。まるで直接セフィロスに内臓をわしづかみにされた感覚だ。
「俺はどうしたらいいんだ」
ベッドのシーツをつかんでクラウドが言った。
「俺はこれから先もこんなおかしな行動をするんだろうか…」
バシッ。
いきなりシドに背中を叩かれた。
「!」
「まぁ,男ならそういうことも人生に一度や二度はあるってこった。要は次から気をつけりゃいいんだよ。…まぁ,もし次にお前がへんなこと言ったら俺がブン殴ってやるよ。あの時エアリスがやったようにな」
シドが自慢の白い歯を出して笑った。
クラウドは,随分としおらしくなって,
「ありがとう」
と言った。
「ところでエアリスを追うには古代種の都ってとこへ行かなきゃなんないんだろう?それってどこだ?」
「ああ,それって忘らるる都のことやと思います」
ケット・シーが言った。
「忘らるる都?だいぶ北側にいかないといけないんじゃないか」
バレットが聞いた。
シドの隣に座っていたヴィンセントがいつの間にか時刻表を読んでいて,
「大丈夫よ。3時間ごとに忘らるる都行きのフェリーがゴンガガ港から出てる。エアリスは多分それに乗って行ったのよ」
 
 一行が船上にいた頃,エアリスは1人で忘らるる都のとあるラウンジにいた。
忘らるる都はかつては古代種の都だったが,今はそんな太古ロマン溢れる観光地になっていた。(恐らく我々地球でいう所の京都や奈良のようなもの)
もう何杯の水割りを飲み,もう何本の煙草を吸っただろうか。 
セフィロスのメテオ召喚を止める方法はもうなんとなく分かっている。
しかし自分1人ではリスクが大きすぎる。とはいえ,方法を知るセトラはもう自分しかいない。
煙草を持つ手が震えている。
「…この俺がビビってるって言うのか?」
エアリスは煙を吐いて,
「だよなぁ」
とだけ呟いた。
エアリスはいい加減踏ん切りが付かない自分に腹を立てていた。酒の力を借りなければいけない自分にも腹が立った。
「あー,ちくしょう」
エアリスがカウンターをどん,と叩いた。
隣に女性が座った。
「ねぇ,私にもおごってくださる?」
振り向くと,ピンクのシフォンのワンピースに,そろいのつばの広い造花のたくさんついた帽子をかぶっている。まるで新婚旅行のような服装だ。
サングラスをかけていて,服装は違うが,長身痩躯にシルバーブロンドの身長と同じ長さの髪から,エアリスはそれが誰かすぐに分かった。
「ああ」
エアリスは気の抜けた返事をした。
「新婚旅行か?」
「ええ」
「ダンナはどうした」
「はぐれてしまったの。でももうすぐここに来るわ」
新婚旅行風の美女は,遠くを見つめるような目で,口の端を上げて笑った。
「来ないかも知れねぇぜ」
エアリスが水割りを持ってカウンターにひじをついていて言った。
「いいえ。彼はきっと来るわ」
「随分はっきり分かるんだな」
「ええ。だってこんなに私が待っているのよ。彼は優しいからきっと私を探しに来てくれるわ。だって彼は本当に心から私の事を愛してくれているのよ」
彼女の声は透通ってとても美しかったけれど,とても恐ろしかった。
まずい,とエアリスは思った。
振り返ったときにはもう彼女はいなかった。
「おい,ここにいた女は?」
エアリスがバーテンに尋ねた。
「いえ,そこには誰も座っていらっしゃいませんでした。お客様お1人でしたよ」
エアリスは冷たいものが走った。
―クソッ,やっぱり行くしかないのか。
もう,恐怖だ,リスクだ,などとはいっていられない。
エアリスはラウンジを出ると上着を引っ掛けて忘らるる都の遺跡へ向かった。
 
 第十三話 祈り
 
 夜の忘らるる都の遺跡は,すでに観光の閉園時間を過ぎていて,エアリスは入口の柵を乗り越えて中へ入った。
かつて貝殻を組み合わせたグロッタ形式の古代種が作った家々が並ぶ町をエアリスは走って通り過ぎた。
辺りの風景はすっかり変わっていた。
空から青い光が差し込み,鏡のように張り詰めた水晶の岩に覆われた道なき道をエアリスは走った。
だんだんエアリスの頭の中に情報が流れ込んでくる。
それらは次第にはっきりと聞こえるようになった。次の道を右,そして左,というように。
そしてこの先にある水晶の階段に急げ,と,言う。
エアリスはもう何も考えずに命じられるままの道を進む。
「…ここが,水晶の階段か」
エアリスは立ち止まった。
目の前に水晶で作られた美しい螺旋階段があった。
その下には鏡のように透通った泉がゆっくりと波紋を広げている。これがライフストリームの泉なのだ。
エアリスはゆっくりと階段を上った。
「思えば遠い所へ来たな…。俺,こんな遠いところまで来ちゃって,ミッドガルへ帰れるのか…?」
空を見上げると,雲が幾重にも重なって,空そのものを隠してしまっている。
階段の上までたどり着くと,エアリスの頭に次の指示が入る。
―ここでホーリーを呼べ。
「ホーリーって何だ?」
―ホーリーはメテオに唯一対峙しうる究極の古代種の魔法。
「どうやって呼ぶんだよ,俺,しらねぇぞ。俺はここに来ればセフィロスを止められるって聞いただけ」
―お前はすでにその術を知っている。
「だからしらねぇ!」
―お前はすでに持っているはずだ。ホーリーを呼ぶその力,白マテリアを。
「白マテリア?まさか」
エアリスはオーバーオールの中からネックレスを出す。
「お袋の形見のマテリア。これか?」
答えはない。
しかし,マテリアは発光し,辺りを照らし始めた。
そのとき,ようやくエアリスを追ったクラウドの一行が現れた。
「エアリス!」
クラウドがエアリスを追って階段を上がろうとした。
「クッ!」
いきなりクラウドの体が立ち止まった。寝ているときにしばしばおこる金縛りに似ていた。
なんだか計り知れない強い力でクラウドは全身をギリギリと抑えられる。
「うあああああ」
クラウドが必死で見開いた目の先に,エアリスの頭上の雲が開き,空から金色の光が降ってくる。
そして,同時に空から降臨したのは真っ黒いコートと銀色の髪のセフィロスだった。セフィロスはゆっくりと刀をエアリスの背中に…刺した。
刺された衝撃でエアリスはぐったりと膝を付き,前のめりになった。
髪を止めていたピンクのバンダナが外れた。
エアリスは最後の力を振り絞ってペンダントを引きちぎり,泉に向かって投げる。
セフィロスはまたあの笑い方をすると,ゆっくりと刀を引き抜いた。
エアリスは静かに倒れた。
ようやく体が動けるようになったクラウドは,エアリスの体を抱き起こした。
しかしもう反応はない。
緑色の目は見開かれているが,もうクラウドを見ることがなかった。
「エアリス,嘘だろ。おい,返事をしろ,エアリス!」
クラウドはセフィロスを睨みつけた。
「だって邪魔だったんだもの。私と貴方のためには。どうしてそんなに怖い顔をするの。昔のあなたはいつも私に優しかったのに」
セフィロスは無邪気そうな声で言った。それはまるで怒られている理由がわからない子供のようだ。
「エアリスはもう,笑わない,怒らない,一緒に酒も飲めない…。どうしたらいいんだ」
セフィロスが怒り出した。
「何よ,エアリスエアリスって!ひどいわ,ひどいわ。一年前まであんなに優しかったのに。二人で幸せになろうって約束してくれたのに。どうして急に冷たくなっちゃうの!…そうね,クラウドも少し頭を冷やした方がいいわね」
セフィロスはそこまで怒鳴って体を浮かした。
「…まだ貴方が私を愛してくれているのなら,私を追ってきて。北の…雪原の向こうに『約束の地』がある。私,そこで待ってる」
セフィロスは一瞬だけとても悲しそうな目でクラウドを見ると,空へ飛び立った。
その直後,クラウドの前にあのピンク色の化け物,ジェノバが現れた。
ジェノバは怪しげなビームを放ってきたが,やけくそになったクラウドにかなうはずがなかった。
倒れたジェノバを放り出して,クラウドはエアリスに駆け寄った。
クラウドは自分よりも大柄なエアリスの体を抱えるようにして引きずると,泉の中に入り,エアリスの体をそっと離す。
クラウドは深く沈んでいくアリスの体が見えなくなるまでそこにいた。
            < 第三章・完>
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