さてギガント率いる冥闘士の一団は,獅子宮を抜けて処女宮に向かっていた。
しかし残念なことに処女宮は留守のようだった。
何の小宇宙も感じられない。
ギガントは,
「と言うことはすでにシャカはいないのか?」
「いないとはどういうことですか?」
部下の一人が質問した。
「おそらく先に行ったサガ達の一団と戦って吹っ飛んだのかもしれんな。しかし」
「なんです」
「あのシャカはすべての黄金聖闘士の中でも最も神に近いと言われている。そんなヤツがあっさりやられるもんだろうかと」
ギガントはそこが気になっていた。
中に入ると,ブザーがけたたましく鳴った。
普段から目の見えないシャカの為に処女宮は来客があるとブザーが鳴る仕組みになっている。
まるでそれがこれから始まる舞台の開演の合図のようにだ。
広間の前に冥闘士共が集まると周囲の壁には見事な曼陀羅絵が施され,正面は大きな祭壇になっていて黄金の蓮座がある。
その辺りにはシャカが作らせたのか,セメント製の宗教的教義を持つ派手な色をした人形達が並んでいる。
「よく来たな,冥闘士共」
シャカが蓮座に座ってすでに待機していた。
「やはりお前は生きていたのか」
「残念だが私は殺しても死なないのだよ。だからどちらかと言うと棺桶に片足突っ込んでいるのは君達の方と言うことになるな。さあ,葬式と坊主の心配はしなくていい。私の顔こそ引導代わりだ。迷わずあの世へ行きたまへ」
「お前が引導代わりだって?ふざけるな,そっちこそ死ね,シャカ!」
ギガントがいきなり出会いがしらに死ねと言われたことに腹を立てて攻撃した。
しかし,シャカは持っていた数珠で跳ね返した。
「なんだあの数珠は?」
シャカの持つ大ぶりな数珠はごく普通の何の変哲のないもにしか見えない。
「悪霊退散!天空破邪魑魅魍魎!!」
シャカがそう言って数珠を振ると,シャカの背後からオーブのようなものが飛んで来た。
オーブには一つ一つ顔があり,ギガントはそれが幽霊だという事が分かった。
本物の幽霊を見て冥闘士達は腰を抜かして動けなくなった。
「おやおや君たち冥闘士でも幽霊は怖いのかね。これはおかしいね」
シャカは言った。
オーブは光を放ち,辺りが昼間のように明るくなった。
「せっかくだから教えてあげよう。君達ハーデスの冥闘士が全部で108人ならこの数珠の珠は全部で108個になる。そして一人死ぬたびに数珠の珠が1個ずつ色が黒くなる。つまりここにいる君達の数だけ数珠の色が変わるだろう」
そう言い掛けてシャカは数珠に触れて,
「ん?すでに108個のうち11個も色が変わっているようだね。ということは君達の仲間のうち11人が亡くなったようだね」
と伝えた。
「11人も?」
ギガントは質問した。
つまり自分たちとは別行動だったミュー,ライミ,ニオベと,そしてさっきの獅子宮でアイオリアに突っ込んで行った5人のことだ。
「あれ,計算が合わんぞ」
幽霊が怖いのも忘れてギガントは不思議に思った。
「俺の計算だと8人になるはずだが」
「それはおかしい。この数珠は正確に死者の数をカウントすることができるはずだが。まぁよい。今度こそ一撃であの世に送ってくれるわ」
シャカは数珠を振った。
シャカの数珠を見ているとだんだん頭が痛くなり,めまいがしてくる。
まるで船酔いのような症状が現れ始めた,
「天空破邪魑魅魍魎!」
冥闘士に向かって人魂がいっせいに牙をむいて襲いかかって来た。
「わっ」
ギガントは急いで防御態勢を取った。
しかし,想定していた衝撃波は訪れない。
まさか何のショック症状もなく自分達は処女宮からあの世へ飛ばされたのだろうか。
ギガントがそっと顔を上げると,その光景はさっきと変わらないが静まり返った処女宮だった。
ギガントが前を見ると,シャカの姿はない。
いや,目の前に3人の冥闘士が背中を向けて立っていてシャカの様子を調べることができないのだ。
シャカはけげんそうな様子で目の前の3人の冥闘士を確認する。
目が見えないのではっきりと姿は確認できないが,3人いる。
シャカの技を見破ったのはこの3人で,幻覚をつぶしたのは真ん中の冥闘士のようだ。
「キューブ!!」
ギガントはその冥闘士の名を呼んだ。
「…ほう。冥闘士の中にもこの私の術をみやぶる者がいたとは」
シャカは首を傾げた。
「ふふふ。こんなお化け屋敷程度の仕掛けなんて私には通用しません」
冥闘士らしからぬ美しいハイトーンボイス。
「ねぇ,そうでしょう?」
キューブは自分の両隣りに立つ冥闘士に声をかけた。
「オックス,ミルズ?」
ギガントは両隣の2人も見て驚いた。
シャカは顔こそ分からないが,この気配に心当たりがあった。
「…やはり巨蟹宮に現れたあの時の気配は君達だったのか」
「シャカ君,ここを通しなさい」
下っ端の冥闘士のキューブは貴族のような気品と尊大さを持って命令した。
「ふ,そんなに通りたければ私を倒してからにしろ」
シャカも負けじといつもと同じ尊大さを持ってキューブに返した。
「いいでしょう。君達,行きましょう!!」
「俺から行こう」
オックスがシャカの所へ走りこんできた。
オックスは右手を高々と掲げ,
「エクスカリバー!!」
と真空刃を放った。
ミルズは右手に冷気を宿すと,
「ダイヤモンドダスト!!」
と,氷をまとった拳を向けた。
そしてキューブが,両手を掲げ,
「ギャラクシアンエクスプロージョン!!!!!」
と,隕石を飛ばした。
シャカはそれらをまったく回避せず,
「カーン!!」
と叫んで数珠を振ると,弾いてしまった。
「全く君達は乱暴だな。それでも黄金聖闘士かね」
余裕綽綽でしゃべるシャカだが右手の人差し指あたりに傷を負った。
しかしそれよりもギガントは黄金聖闘士という言葉を聞いてはっとした。
「とはいえせっかく来てくれたのだから,久しぶりに顔を見せてくれてもいいな」
シャカはそう言って,
「オーム!!」
と数珠を振った。
すると白い衝撃波が飛んできて3人の冥闘士達は吹っ飛ばされた。
そのとき,冥衣が割れて,キューブのヘッドパーツが飛び,中から深い青い長髪が波のように溢れだし気品とやわらかさを持つサガの顔が出てきた。
オックスの冥衣からはひょろりとした特徴的なシュラの体型が現れる。
最後にミルズの冥衣が破壊され,あの氷のように透明感がある美しいカミュの横顔が現れた。

「やはり君達だったか」
シャカは納得したようだ。
「ハーデスに身売りしたとはいえ,相変わらずの実力よ」
「褒めて頂いて光栄です。さあどうしますか,戦いますか」
サガが質問した。
「いいや。今日はよしておこう」
シャカは言った。
「君達ほどの実力者3人を相手にしていたりなどしたらいくら私でも正直きつい」
「そうですか。それでは通して頂けますか」
サガとシュラとカミュは無言でシャカのわきをすり抜けた。
ギガントは,
「さすがのシャカも黄金聖闘士3人が相手ではきつかったということだなぁ,おい。それじゃあ俺らも通らせてもらおう」
ギガントは残りの冥闘士を引き連れてサガの後に続こうとする。
「待ちたまえ。私はあの3人を通すとは言ったけれどそれは彼らがここの住人だからだ。君達はよそ者だから通すわけにはいかないのだよ」
シャカはギガントを目を閉じたまま睨んだ。
「天魔降伏!!」
シャカは冥闘士達をまとめて倒した。
そしてまだそこに立つ3人に質問した。
「…さてここで邪魔者はいなくなった。そろそろ君達の本当の目的は何か教えてもらいたい」
「シャカ君,決まっているではありませんか。アテナの首を取ることですよ」
「それはどうあってもということか?」
「くどいですよ,シャカ君」
「そうか」
シャカは納得したという風に首を縦に振りながら,
「よく分かった。それでは私も職務上,君達を止めなければならない」
シャカは蓮座をたった。
その時,まるで部屋の模様替えの壁紙が変わったように辺りが全く違う場所になった。
そこは美しい花たちが咲き乱れる庭園だった。
「ここは私の庭だ。遠慮なく掛かってきたまえ」
シャカは大げさに両手を振った。
「行くぞ」
シュラがシャカの足元の地面を切り裂いた。シャカがよけることを想定してカミュがダイヤモンドダストでたたみかけるつもりだった。
しかしシャカはそのどちら側にも従うことなく,二人の間を疾風の如くすり抜け,手刀で岑うちにした。
それを危うくよけた2人だったが何よりもシャカが実はそんなに早く動けることに驚いていた。
いや,よく見るとシャカの両目はきっちりと開いている。
しかし一一感嘆している暇はない。
シュラはシャカの首を落とそうと飛びかかるが,目が見えることで敏捷さが上がったシャカは何とかよけていく。
シャカの相手はシュラ一人ではない。
カミュも同様に釈迦の動きを止めようと向かってくるので,シャカは必死に二人を退けた。
「どうしました,大変そうですね」
サガはニコニコして言った。
サガがニコニコしている理由は,涼しい顔をしていてもシャカは体力的にくるしくなっていることを知っているからだった。
一見シュラとカミュの攻撃はシャカには何の意味もなさそうに見えたが,動きまわらせることで体力が劣るのを待っていたのだった。
「くっ,かくなるうえは」
シャカは持っていた数珠を大きくふるった。
「天舞宝輪!!」
突然,3人をひどい頭痛が襲った。
「君たちも知っているだろうがこの天舞宝輪は,この私の最大の奥義であり,攻防一帯の技。私がこの技をかけたことで君たちは戦うことも逃げることもできなくなるのだ」
「そ,そういうことか」
カミュは頭痛で頭を抱えていたが,どうにかしてこの術を破る方法はないのかと考えた。
シャカの技はサガと非常によく似ていて幻覚を見せたり直接神経作用に危害を及ぼすものが多い。
「サガ。何か方法はないか」
とりあえずサガに豊作がないか聞くのが賢明だろう。
「…もしやるとするならば,シャカ君と同じだけの爆発力を持つ小宇宙をぶつけなければいけません。しかし一度極限にまで高められた彼の小宇宙と同等あるいはそれ以上の力を放出する術などありませんよ」
「じゃあ我々はこのままだというのか」
カミュは強い口調で抗議する。
「…今の所」
サガは悔しそうに言った。
「おやおやこんなところでくじけてもいいのか。君達の信念はその程度のものだったというのか。あるじゃないか。たった一つの方法が」
シャカは挑発した。
3人はびっくりしてシャカを見る。
「君達は何人いる?ちょうど3人いるじゃないか。ならばあの禁断の秘儀を使うことができるではないか」
「禁断の秘儀?」
カミュは思い当たらないらしく,首を傾げた。
しかし顔色が変わったのはサガだった。
「…シャカ君,君はまさかアテナエクスクラメーションのことを言っているのではないでしょうか」
「いかにも」
シャカは落ち着き払った声で返答した。
「アテナエクスクラメーションといえば,黄金聖闘士が3人いれば放つことができるというあの?」
シュラは思い出したように言った。
「しかしそれはただの伝説にすぎないのでは」
カミュは信じようとはしていない。
「そう,それは伝説にすぎない。なぜ伝説として語られるようになったのか。それはそ技のあまりの恐ろしさにアテナより禁じられていたからだ」
シャカは語った。
「それを私たちに使えと言うのか?」
カミュがもう一度確認する。
「他に方法はあるまい?」
「しかし待って下さい。アテナエクスクラメーションは黄金聖闘士が三身一体となって究極にまで高めた攻性の小宇宙を一極に集中させて爆発させる恐ろしい技と聞いています。その威力は,小規模ながら宇宙創造のビッグバンにも劣らぬ破壊力を持つとも聞きます。そのあまりの破壊力神話の時代よりアテナから禁止されていると言われているそうです。どうじに,3人がかりで一人の人間を攻撃することになりますから卑怯者の技として聖闘士としてはあるまじき方法なのです。もし使ったら私たちはこの先死んでも未来永劫卑怯者の外道としてレッテルをはられることになるでしょう」
「…うっ」
シュラはうつむいてしまった。
シャカは早く何かに気づけといった様子でイライラしている。
その時,カミュははっとした。
その,『何か』に気が付いたのだ,
「望み通り使うしかない」
あまりにもあっさりとしたカミュの決断にシュラがびっくりした。
「おいおい,正気か?」
「私は常に冷静だ」
カミュの声は自信にあふれていた。
「これは言葉のロジックだ」
カミュは説明した。
「なぜアテナエクスクラメーションを使うと,聖闘士としての誇りを奪われ,外道と言われるということが言われてはいるものの,実際にアテナエクスクラメーションを使って未来永劫批判され,外道扱いされた聖闘士の名前を聞いた者がいない?」
「?」
「つまり禁断の法と言われたアテナエクスクラメーションが過去に使われたかどうかがあいまいなように,そのことでその聖闘士がどういう処遇を受けたかも不明なのだ。いまさら問題にすべきことではない。我々のやったことが不名誉なことかそうでないかは曖昧なのだ」
「あなたは恐ろしい人です,カミュ君」
サガが声を絞り出すように言った。
「あなたはその方に賭けてみるというのですか」
「賭け,ではない。それはいま私達ができる最良の選択だと思う。そしてその選択が間違っているか,それでよかったのか,不名誉だと罵られるのか,それは後世の人に任せれば良い。すべては迷信。ならば自分たちの都合がいいと思った行動をとるべきだ」
シュラもサガもカミュという人間の恐ろしさに戦慄した。
「…それともここでじぃーっとシャカに殺されるのを待っているつもりなのか。腕時計をよくみたまえ。こうしている間にも時間は過ぎ行くのだ。2人とももう一度よく考えてほしい。私たちは何のために今ここによみがえりここに来た?こんなところで犬死にするためか?私たちは約束したはずだ。アテナのために,この地上を守るためにこの作戦を必ず成功させようと。私は何としてでも無事にこの作戦を成功させたい。そしてアフロディーテと再会したい」
カミュの演説にサガとシュラは胸をかきむしられながらも何か心の奥底の熱いものが込み上がってくるのを感じた。




その頃,ようやくアイオリアと星矢たちの一団は,処女宮の玄関に到着した。
広いホールの中にムウが放心状態で座っていた。
「ムウ,何があったんだよ」
アイオリアがダメもとでムウに尋ねた。
「シャカはここにいないのかよ。いくら釈迦でもカミュとサガとシュラが3人がかりじゃどうしようもねぇぜ」
「シャカは,この先の沙羅双樹の庭にいます」
「じゃあさ早く助けに行こうぜ」
星矢が叫んだ。
「ダメなんです。それがダメなんです」
ムウが首がちぎれるくらい振った。
「えっ,なんで」
ムウの不審な反応に瞬が質問した。
「シャカは自分から死のうとしてるんです」
「わけわかんねぇよ。なんでだよ。俺はいやだよ」
アイオリアは怒りだした。





沙羅双樹の庭では,3人がすでに決意を固めて立っていた。
「カミュ君,やりましょう」
サガが言った。
「俺もやるぞ」
少しで遅れてシュラも言った。
3人は年長者のサガを中央に据えてアテナエクスクラメーションの姿勢を取った。
「ホウ,ようやく衆議は一決したか」
シャカは数珠を振った。
「そしてその決断が無駄にならないことを望む。行くぞ,天舞宝輪,五感剥奪!!」
「アテナエクスクラメーション!!」
3人はいちもにもなく叫んだ。
3人それぞれの強い小宇宙がまるでスタンドプレーを演じるようにシャカに向かった。
それぞれの対岸から核弾頭のようなエネルギーが発せられ,中央で拮抗し,爆発した。
ドッゴォォォォォン!!
これを読んでおられる諸兄はフラッシュオーバーという現象をご存じだろう。
燃え盛る炎がさらに可燃物に引火して一気に細かい爆発を連鎖して起こすのだ。
小宇宙も同じで大きい爆発に誘発されて付近を漂っていた空気中の微弱な小宇宙に爆発が及んだ。
その恐ろしい様子は,処女宮よりも高くそびえるアテナ神殿からも見ることができた。
沙織は爆音に驚いて外に出ていた。
「…シャカ」
沙織はいてもたってもいられなくなった。
「兄貴…何やってんだよ。アテナエクスクラメーションを使うなんて」
沙織の隣にいるカノンは信じたくなかった。
それでも自分の役目を思い出し,沙織を連れて建物に入った。
天蠍宮ではミロが茫然とその爆発を見ていた。
子供の頃,自宅マンション近所で化学工場が爆発した。
付近の空き地で遊んでいたミロは音を聞きつけて自転車で急行した。
工場は炎をあげ,もうもうと白い煙が上がっていた。消防車が薬品の入った水を放水したが,なかなか鎮火しない。
辺りは騒然となっていて,野次馬がざわついていた。
ミロは大人たちの影から空へあがるオレンジの炎と白い煙がとてもきれいだと思って見ていた。
ミロは今目の前にある炎がそれとよく似ていることを思い出した。
それと同時にその起こした爆発はカミュがシャカを殺したものだと分かった。
「嘘だろ,カミュ。お前が殺したりなんかしないよな?」
ミロはいてもたってもいられずに,その事実を確かめるために階段を下りて行った。
早く自分のカミュへの疑いをはらすためそしてカミュとの再会を共に喜ぶために,ミロは駆け足になった。

神殿の中に戻った沙織は自分の部屋の机の椅子の上に座っていた。
突然,机の上のパソコンの電源が入った。
ブーンという動作音に驚いて沙織は画面を見た。
自動的に立ち上がったパソコンは自動的にメールソフトを開けメールが1通届いていることを知らせた。
もうパソコンは動かなかった。
沙織は震えながらマウスに手を伸ばし,受信ボックスをクリックした。
メールにはたった四文字で『阿頼耶識』と書かれていた。
アドレスはシャカの携帯からだった。



場面はめぐるましく処女宮に戻る。
最悪な空気が流れていた。
シャカを倒したサガとカミュとシュラが,アイオリアと星矢達と対峙したのだ。
「まじかよ…まじでお前らシャカを殺したんだな」
アイオリアがサガに拳を向けた。
「ライトニングプラズマー!!」
無数の光速の拳が向かう。
ところがサガはアイオリアの拳をことごとく交わし,
「邪魔しないで下さい!!」
と,冷たい視線を向けた。
「危ない!!」
星矢が叫んだ時,アイオリアにものすごい重力がかかってきた。
「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」
アイオリアが体をすりつぶされそうになり,床の上に倒れた。
一同は初めてサガの技を見た。いつも病気で決して聖衣をまとうことも技を出すこともできなかったので,かつて誰もサガの技など見たことがないのはしかたなかった。
そしてその技は,体を鍛えたアイオリアですら粉砕してしまう。
まぎれもなく神殺しの男の技だった。
星矢の危ないの一声がなければ粉々になっていただろう。
「アイオリア君,ごめんなさい。私たちはあなたの相手をしている時間はもうないのですよ」
サガはとても悲しそうな目をした。
それでもアイオリアには意味がわからないままだった。
「とにかく何としてでもアテナのもとへ行かなければならないんです」
星矢は怖いと思った。
あの世からよみがえっただけでも怖いのに,さらにアテナの首を取りに行くことにこんなにもこだわるなんてなんだかおかしいくらい怖い。
どうすればいいのかと星矢も思っていたし,長い膠着時間が過ぎていった。
その沈黙を打ち破ったのはミロの姿だった。
「カミュ!」
ミロは他の誰も彼もを無視してカミュの所まで近付いた。
「本当かよ?本当にシャカを殺したってのは?」
ミロは不安そうにカミュの目をじっと見る。
「俺はぜってー!!信じないからな」
それでもミロは不安で泣きそうな顔をしていた。
カミュが黙っているのでミロは,
「じゃやっぱりやったって言うのかよ」
と叫んだ。
「ミロ。こいつらはなぁ,俺たちを裏切って生き延びたいためにハーデスの味方になったんだよ。だからこいつはもう,お前の友達なんかじゃねぇよ」
アイオリアがミロの体をつかんでから引き寄せる。
「やだやだやだよ!!俺は信じたくねぇよ!!」
ミロはもう一度カミュの目を見た。
「…知っているだろう。私は目的のためならばどんなことでもする男だということを。邪魔をするならお前も倒す」
カミュは眼を伏せて言った。
「そんなぁ…」
ミロは本当にショックだった。
カミュはサガとシュラに耳打ちした。
サガはうなずいた。
すると3人は申し合わせたように再びアテナエクスクラメーションの姿勢を取った。
「さあ,死にたくなければそこをどきなさい。私達には体力も時間もない。ならもう一度この技を使うしかないのだ」
カミュはそう伝えた。
「お,おう,分かったぜ!!」
アイオリアが調子っ外れな声で返事した。
「分かったって何がだよ」
氷河が質問した。
「俺達も黄金聖闘士が3人いるってことだよ。で,俺達も同じようにアテナエクスクラメーション使えばいいんじゃねぇかよ」
「無茶苦茶だ!」
紫龍はアイオリアはやっぱり脳味噌筋肉で頭が悪いと思った。
思慮が浅いと売り言葉に買い言葉で収拾がつかなくなってしまう。
「ムウ,頼むからアイオリアを止めてくれよ。あいつバカだからわからねぇんだ」
星矢もムウに懇願した。
ムウはシャカの形見の数珠を持って座り込んでいたが,
「しかたありませんね」
とつぶやく。
ほっとする青銅聖闘士達だったが,そのムウはなんとつかつかと歩いてアイオリアの側に加わってしまった。
「アイオリア,よろしく私達をサポートして下さい」
とアテナエクスクラメーションの中央に座った。
「おう!!任せろ!!」
「ムウ,しっかりしてくれよ。あんた頭がおかしいぜ」
星矢が言った。
「そうかもしれません。でもアルデバランもシャカもいなくなって私もどうすることもできないんですもの。アイオリアが促してくれたから私,動けます」
ムウは星矢にほほ笑んだ。
「さあ,ミロも早く!」
アイオリアはミロに手まねきした。
「ううっ」
ミロは口をゆがめていたが,アイオリアの横に立った。
「アテナエクスクラメーションをもし同時に発射したらどうなるの?」
瞬が聞くと紫龍は,
「多分さっきの処女宮の爆発では済まされないだろうな。掛け合わせるとエネルギーは二倍でなく2条3乗になるはずだから,実質的な被害で言うと,ここは壊れるし,12宮も無事で済まないかもしれない。早く逃げないと俺達もやばいな」
「ええっ」
瞬がおろおろしはじめた。
その直後,
「アテナエクスクラメーション!!」
と叫び声がして,爆音がして,辺りが閃光に包まれる。
「あひぃっ」
瞬はあわてて頭を両手で隠してかがんでじっと耐えた。
しかし他の仲間たち同様壁側にたたきつけられた。
爆風が自分達の所まで来たが,なぜかそれ以上の被害はなかった。
驚いてみると,とんでもない事が起こっていた。
3人と3人が放ったアテナエクスクラメーションが建物の中央で大きな金色のブラックホールとなってくすぶっていた。
「これは一体どういうことなんだ?」
アイオリアが思った。
「ああそうか分かったぞ。こちら側の3人とあっち側の3人の能力が全くの互角なんだ。だからエネルギーが流れていかずにここで止まってしまってるんだ」
ミロは推論した。
「全然言っている意味がわからねぇ」
アイオリアが言った。
「分かりやすく言うならこれは綱引きみてぇなもんだ。ちょっとでも俺達の誰か一人が気を緩めばやられるっつってんだよ!!!!!」
ミロが叫んだ。
「ならそう言え!!!!!」
アイオリアが叫び返した。
3人は小宇宙の出力を上げた。
絶対に負けてなるものかと。
光がさらに大きくなった。
「いかん,このままでは文字通り核爆発だ」
紫龍がうろたえる。
そのとき,隣で瞬の声が聞こえた。
「止めよう」
「止めるったって…」
「だってこのままじゃ6人ともこのまま吹っ飛んじゃうよ。なんとかして止めなきゃ。僕達の小宇宙もそこへ加えるんだ」
「そうだ,そうしよう」
星矢がうなずいて,
「みんな行こう!」
と叫んだ。
それを合図に4人が金色のブラックホールの周りを取り囲んだ。
「何をばかなことをやってるんです!は早く逃げなさい。黄金聖衣を持っていないあなた達はこの衝撃には耐えられない」
ムウが星矢に言った。
「だって俺達が助けないとあんた達全員吹っ飛ぶのは目に見えてるぜ」
星矢が言った。
「そうだ!俺はわが師を二度もふっ飛ばしたくない!」
氷河も叫んだ。
中央に青銅聖闘士が集まり,小宇宙を増幅させたためにブラックホールは均衡を失い,爆発した。
処女宮は倒壊し,近隣の宮も巻き添えを食らった。
辺りは一瞬にして瓦礫の山と変わった。
「…うぅ」
最初に起き上ったのはアイオリアだった。
しびれる頭を押さえてそれでも鍛えぬいた肉体のおかげでほぼ無傷だ。
「みんな,大丈夫か」
アイオリアは瓦礫をどけてかろうじて動けそうなミロを引っ張り出すと,全員の救出を手伝わせた。
星矢達青銅聖闘士は気絶していたが,死んではいないようだ。
「彼らはここに置いていきましょう」
ムウがアイオリアに言う。
「彼らはこれから始まる本当の戦いの為にも死んではいけないのですからねぇ」
「ひとまずアテナ神殿に行こう」
ミロが言った。




アテナ神殿に行くと,すでにサガとアテナが向かい合っていた。
せっかくの兄弟の再会だというのにカノンは何とリアクションを取っていいか困惑しながらサガを見ている。
「サガ,よくここまで来れました」
「…アテナ」
サガも何から話していいかうつむいている。
ただ,まっすぐに正面を見ているのは沙織だけだった。
「アテナ,早くそいつらから離れて!!殺されちゃいますよ!!」
ミロが忠告した。
「知っています」
アテナは言い返した。
「そして私は今サガに話しかけています。あなたは関係ない」
珍しくアテナは威圧的な小宇宙をミロに向けていた。
「飛んだ邪魔が入りましたね。さあさっきの話の続きをしましょう。私はさっきシャカからメッセージを受け取りました。それによるとサガ,私の運命はやはりあなたに殺されることにあったのです。さあ,約束通り私の首を取らせましょう」
「なっなっ,アテナまでなんてこと言うんです」
ミロはびっくりして叫んだ。心臓が飛び出るかと思った。
「…」
サガはうつむいていた。
いらいらしたのはアテナだ。
「さあいいからさっさとおやりなさい」
アテナは怒りながらサガの細い手首をつかんだ。
「だめです…私には…やっぱり無理です…」
サガは涙を流した。
ミロはますます分からなくなった。
カミュもサガもシュラも何がしたいのか分からない。
アテナの首を取るとシャカの命を犠牲にまでしておいてここまできてできないとほざく。
全く意味が分からなかった。
カミュはただ黙ってサガの背中を見ている。
業を煮やしたアテナはサガの手を取って強引に自分の首を絞めた。
「ほら,早く!!」
びっくりして手を振りほどこうとするサガだが,アテナもいざとなったら引き下がらない。
2人はもみ合い,もつれ合いになった。
アイオリアとミロが止めに入ろうとした時,アテナが足を滑らせて崖から落ちた。
「アテナァァァァァ!!!!!」
その場にいた誰もが叫んでいた。



ラダマンティスはそのとき,自室でビールを飲んでいた。
アフロディーテがそばに座っていた。
「お前の…カミュも酒は飲むのか」
「いいえ。ほとんど飲まないわ。飲めないこともないんだけど,ずっとは飲まないの。お父さんがアルコール依存症でそれで家族が壊れてしまって」
「…そうか」
「だからそんな悲しい家庭を作らないようにするのが私達の夢だったの。彼と私,それに彼が自分の子供のように大切にしていた青銅聖闘士の男の子と3人」
アフロディーテはうふふと笑った。
「……だから私はいきなり現れたアテナが許せなかったの。アテナが来たら私達の生活は壊れる」
「まさかお前はあのとき聖域の教皇がサガで,アテナが本物だと分かっていてあえてアテナに抵抗をしたのか?」
「そうよ。負けるなんて思わなかった。アテナが本物だろうと私達の幸せを壊すかもしれないのよ。確かに私はアテナの黄金聖闘士だけど人間なのよ。私は私の幸せを追わなければ幸せにはなれないわ。そのことで後悔はしていないけど」
ラダマンティスはアフロディーテがうらやましくなった。自分の幸せを第一に考え,自分の幸せの為に生きる。
そんな生き方にあこがれたことがないわけではなかった。
運命にあえて逆らい生きるのも一つの生き方ではないかとも脳裏をよぎった。
そこへノックの音がした。
ラダマンティスはアフロディーテを風呂場に隠した。
ドアを開けると下品な笑みのゼーロスがラダマンティスを上目づかいでのぞきこんでいた。
「何用だ。アテナが死亡したことはちゃんと聞いている」
「へへ,作戦は成功のようですな。しかし今回はまたまたとんでもない犠牲を払いましたな。パンドラ様のご命令を無視して冥闘士を派遣した揚句,全滅させてしまったのですからな。あまつさえ,そのアテナは自分で足を滑らせて滑落死したというんですから。パンドラ様になんと説明すりゃいいんでしょうねぇ」
「…なんだと」
ラダマンティスは嫌な予感がした。
しかしここで逃げていては男の沽券にかかわってくる。
ここは正直に報告に行かねばならない。
「…分かった。後ほどすぐにパンドラ様に戦果の報告に伺いますと申し上げてくれ」
ラダマンティスはそう言って戸を閉めた。
バスルームの戸が開いてアフロディーテが出てきた。
「大丈夫?嫌な予感がする。あなた怒られるんじゃないの」
「もしそうだったってそれくらいの罰は甘んじて受ける」
ラダマンティスは部屋を出た。
もう,鍵はかけなかった。





ビシッ,バシッ!!
ラダマンティスはパンドラにひどく鞭で殴られた。
「私の命令はハーデス様の命令です。私が動くなと言ったのになぜ動きましたか」
パンドラの声に抑揚はなかった。
「全くなんて失態ですか。こんな失態ハーデス様に知られたら何とするのですか」
ラダマンティスは言い訳や弁解もせず,ただ殴られるままにじっとしていた。
大して痛がりも抵抗もしないラダマンティスにパンドラは興をそがれたのか鞭を下した。
「…ふぅ,もういいです。行きなさい」
ラダマンティスは無言で立った。
そして部屋を出がけに,言っておかなければいけないことがあった。
「パンドラ様。アテナは自分で足を滑らせて滑落したそうです。私にはそれが何かのひと悶着があったのではないかと思うのです」
「…まだそんな馬鹿なことを言いますか。もういいです,さがりなさい!」
パンドラにひどい暴行を受けてラダマンティスは戻って来た。
ひどく鞭で殴られたのか全身ひどいみみずばれだ。
パンドラの前では決して悲鳴一つ上げなかったラダマンティスだが,いくら体を鍛えていても痛いものは痛かった。
うめきながら自分の部屋に入って,倒れるように椅子に座った。
突然,ラダマンティスの手の傷口にアフロディーテの痩せた手のひらが覆った。
「…可哀相。痛そう」
「そんなことはない。ミスをしたのは俺だから処罰されて当然だ」
「でも,こんな痛い目にあわされて本当は嫌でしょう?やり過ぎだと思うわ。やめてって言えないの?こんなに頑張って働いてるのにこんなひどい仕打ちするなんて。きっと体も痛いけど心はもっと痛いのよね」
アフロディーテはにこにこしてラダマンティスを見た。
このアフロディーテという女には何も分からないのだな,とラダマンティスは思った。
世の中の自分に与えられた職務とか,使命とか,自分も黄金聖闘士ならわかるだろうに,と思った。
よほど無頓着か頭が気の毒なくらいに悪いのかとも思った。
いや,そうではないとすぐに気付いた。
ラダマンティスが何か反撃の言葉を考えようとしたのにアフロディーテは首を振ったからだ。
ラダマンティスは何か一つ絶対的な宇宙の法則のようなものを知った。
どんなに男が偉くても,頭のいいことを言っても,女の傾げた首にはかなわない。
「いいの。何も話さないで。私おしゃべりな男の人は好きじゃないし。でも素直に甘えてくる人は嫌いじゃないの」
アフロディーテはそう言ってラダマンティスの顔に手を伸ばした。
「あなたの傷…私が癒してあげるわ」





アテナ神殿にようやく星矢達が到着した。
辺りは誰もいない。
ムウ達もいない。
アテナはこの神殿のがけから滑落したらしい。
頭を打った血痕が残っていた。
「やっぱり沙織さんはここで?」
星矢が尋ねると瞬は,
「多分」
とだけ答えた。
「なんでだよう,なんで俺達にはなにもできないんだよう!!」
星矢は涙を流して叫んだ。
その問いに答えられるものはいなかった。
せっかくここまでやってきたのにアテナを死なせてしまったとあってはすべては水泡に帰したということだろう。
星矢はうめき,ただ,嗚咽を繰り返していた。


「…甘いわね」
背後で甘やかな女性の声がした。
星矢は自暴自棄でうつむいていたが,冷静な他の3人は気がついて振り返った。
「こんなところでめそめそ泣いて,あなたそれでも男の子?」
女性らしく滑らかな肉体を牡羊座の冥衣に包んだ美女が非常にゆっくりとした足取りで上がってきた。
「どなたですか」
瞬が聞いた。
「牡羊座のシオン。サガに殺された前の教皇だ。そしてハーデスの配下になり,サガたちにアテナの命を奪うように命令したのがこのシオンだ。確か老師も一緒にいたはずだが…」
紫龍が言った。
「そうか,そうかよ。お前が黒幕かよ」
星矢が顔を上げた。
「お前のせいで沙織さんはッ!!」
星矢も氷河も瞬も紫龍も一斉にシオンに飛びかかった。
シオンはそれをよけもせずじっと立っていた。そしていきなり両手を高く掲げ,
「うろたえるな小僧ども!!!!!」
と威厳に満ちた声で叫び,小宇宙の力で青銅聖闘士を吹き飛ばしてしまった。
そして星矢の頭のそばまで歩いてきた。
星矢の目の前に纏足のフットパーツが見えた。
「あなた達は人の話を聞くということができないの?もう一度言うわ。落ち着いて私の話をちゃんと聞いて」
シオンはそう言ってアテナの血痕まで歩いた。
そしてその場にかがみこむと,頭を下げた。
「お許しください。アテナ,まさか本当に冥界へ行かれたなんて…」
シオン自身もショックを受けているようだ。
「いまさら後悔しても遅いぜ。あんた達のせいで」
「待て星矢。彼女の話を聞いてみよう」
氷河が申し出た。
「う…」
星矢はまだ何か言いたそうだったが,瞬や紫龍も氷河に賛成しているようだったのでおとなしく座った。
「…本当に本当に私達が本気でアテナとシャカを殺したいと思ったと思っているの?」
シオンは振り返らずに言った。
「私達はね,みんな選ばれたアテナの聖闘士なの。心の表面上の気持ちはそれぞれあるでしょうけど,みんな心の奥底では誰ひとりアテナを裏切ることなんてできないのよ」
シオンは指でアテナの血痕をすくい取った。
「あなたたち,ムウに聖衣の修理を頼む時は自分の血を必要とするでしょう?アテナの聖衣もそれと同じでね,アテナの血が必要なの」
「アテナの聖衣?そんなものがあるのか。初めて聞くが」
氷河が聞くと,
「ええずっとここにあったの」
シオンの赤いマニキュアに赤い血が絡む。
そしてその地を背後の巨大なアテナ像にまいた。
すると,何かの仕掛けがあるのか,アテナ像が急激に縮み,小さくなり,見えなくなった。
「消えたのか?」
星矢が聞くと,
「いいえ,よく見て」
と,指をさす。
星矢が像のあったところまで歩くと,小さなアテナ像が光り輝いていた。
「これはさっきの像が小さくなった物なの?」
瞬が言った。
星矢はそっとアテナの小さな像に手を伸ばした。
「これがアテナの聖衣よ。こうしてアテナの像から聖衣を使えるように取り出すにはどうしてもアテナの血が必要なの。ハーデスと戦おうと思ったら,アテナにも聖衣がなければ到底勝ち目がなかったから…だから私達は」
シオンも本当はつらいのだということはだれが見てもよくわかったので何も言えなかった。
「私達はね,一度は死んだ私達だけど,ハーデスによって少しの間だけ蘇らされたの。もし無事にアテナを殺してハーデスの所に持っていけば永遠の命がもらえるからって。確かに永遠の若さが得られることは私にとってはとても魅力的だったわ。だけどこのチャンスを利用しない手はないと思ったの。ハーデスを逆に利用して私達がアテナに聖衣を渡すこと。私はすぐに蘇った聖闘士達に確認したの。もしこれから先誤解を受けたり最低な聖闘士だと思われてもアテナの為に私の作戦に協力してくれる?って。そしたら誰も嫌だとは言わなかったわ」
「…じゃデスマスクやアフロディーテも?」
するとシオンは少し苦笑していた。
「ああ,あの子ね。彼女も最初は困っていたけどカミュがするなら自分も手伝うと言ったわ。暑苦しいカップルよね。デスマスクもサガの舎弟だから反対はしないわよね」
「それじゃ,全員がみんなアテナの為に…」
青銅聖闘士達はしんみりした。
「あなた達,こんなところで泣いている暇なんてないのよ。まだまだやるべきことはあるわ」
シオンは力強い声だった。
「やるべきことって…アテナもいないのに」
星矢は再び涙ぐんだ。
シオンはその様子をとても情けないと思った。
「アテナとシャカが本当に死んだと思ってるの?あの二人はこれから始まる戦いの為に冥界へ乗り込んだだけ。あなた達はさっさと二人を追ってこの聖衣を届けてくるの」
シオンは星矢の手にアテナの聖衣を握らせた。
「教皇としてあんた達に命令するわ。今からハーデス城に乗り込み,ハーデスをぶっつぶしてきなさい!!!!!」
「ハーデスを?俺達で?」
星矢は急にスケールの大きな話に驚いた。
「そうよ。時間がないの」
シオンは急にめまいを起こしてかがんだ。
「だ,大丈夫ですか?」
瞬がシオンの体を起して座らせた。
「…ごめんなさい。ハーデスにもらった時間はたった12時間の命なの。あと2時間もすれば私はまたこの世とサヨナラするの」
「そんな…」
さっきまで誤解から憎んでいたシオンに星矢は涙を流してしがみついた。
「ふふ,男の子は泣いちゃだめよって言ったわよね。さあ急いで。先に6人はもうハーデス城に行ったのよ。あなた達も早く」
シオンはアテナの血が付いた爪で一人ずつ星矢達の体をなでた。
すると,星矢達の聖衣が光り輝き,星矢達の聖衣の細かい傷と体の傷が治っていった。
「アテナの血があれば…あなた達自身も聖衣も何度でも復活できる。これでもう大丈夫よ。私のことなんか気にしないで。あなた達は早くハーデス城へ」
星矢はたくされたアテナの聖衣を自分の聖衣の中にしまった。
「さあ,行って。お願い」
シオンに促され,星矢達は大きくうなずいてハーデス城に向けて出発した。
一人になったシオンは空を見上げた。
―頼んだわよ。若いあなた達に全て託すわ。
「…シオン!!」
どこかで懐かしい男性の声がする。
シオンにはそれがだれか分かっていた。
だから振り返らずに,
「遅かったわよ…」
とだけ言った。
シオンはゆっくりと広げられた童虎の手の中に倒れこんだ。
「…変わらないわね,あなたのぬくもりと匂い」
シオンはうっとりと目を閉じた。
「お前も何にもかわっとらんな」
「…よしてよ。本当の私はおばあちゃんなんだから」
シオンはほほ笑んだ。
「やっと二人になれたな。243年ぶりかぁ。お互いいろんなことがあったな」
「そうね。だけど今はしばらくこうしてて」
童虎はうなずいてシオンの頭を自分の胸に寄せた。

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