その頃,獅子宮では,アイオリアはミロから冥闘士がここに来ていると聞き,準備を整えて宮の入り口で待っていた。
「おうおう,兄ちゃん,そこを通してもらおうか」
冥闘士を引き連れたギガントがアイオリアをにらんだ。
「うん?誰だお前達は。見たことない部外者を通すわけにはいかねぇよ?」
アイオリアは言い返した。
「どうしても倒したければ俺を倒してから進めよ」
「じゃあサガ達ならここを通したというのか?」
「サガなんて見かけなかったぜ」
アイオリアが言い返した。
若い黄金聖闘士のアイオリアは強い目でギガントを見据えた。
「威勢のいいのはいいことだがあんまり意地を張ると怪我するぜぇ」
「やってみろ」
意気揚々とアイオリアは腕を構えた。
「かかれー!!」
ギガントが冥闘士共をけしかけてアイオリアを取り囲んだ。
アイオリアは片手を突き出した。
「ライトニングプラズマー!!」
光速の拳が光を放って冥闘士は誰もかれもが吹き飛ばされた。
黄金聖闘士一の腕力を誇るアイオリアの拳を受けて誰一人として立っていられる者はいなかった。
「ここを守るのは俺の仕事だよ。絶対に誰も通さない。分かったらとっとと帰りな」
アイオリアは吐き捨てるように言った。
ギガントの横にいた冥闘士が,
「ギガントさん,どうしましょう。このまま突っ込んだってやられちゃいますよ」
「うう」
ギガントも迷っていた。
そのとき,
「なんだお前らあんな若造が怖いのか」
と一人の冥闘士が進み出た。
能面のように凹凸の少ない顔で,目は小さく,まるで土産物のこけしを凶悪にしたような風貌だ。
背中にはいくつものミミズのような触手があり,それの先端には目玉のような,というよりも,目玉そのものがくっついている。
「お前は地伏星ワームのライミ」
ギガントが言った。
「ギガント,お前は先に行けや。こいつは俺が相手するから」
と,まるで狩りを楽しむ獣のようにアイオリアに近付くと,いきなり地面にもぐった。
「そ,そうか,なら通らしてもらうぜ」
ギガントは残った手下を連れてアイオリアのわきをすり抜けようとする。
「待てよ。誰だろうととおさねぇっつったろ」
アイオリアが近づいてくる一団に身構えた。
「…!」
アイオリアはなぜかその一団の中に感じたことのある気配を感知した。
ーこの中に俺の知っている奴がいるっていうのか?
一瞬アイオリアがその気配に気取られたのが失敗だった。
いきなりアイオリアはライミの触手に体を縛られた。
「うぐぅ!」
アイオリアは胸を締め付けられ苦しんだ。
周りの黄金聖闘士いわく聖闘士1の馬鹿力のアイオリアなのに触手をほどけない。
どうやら力任せでは無理なようだ。
どんなに手足をばたつかせ身をよじってもちぎれない。
今まで何でも腕力にものを言わせて力任せで戦ってきたアイオリアには辛い展開だった。
ー痛い,痛ぇー!!兄ちゃん,痛ぇよー!!
アイオリアは心の中で兄に祈った。
すると,アイオリアの胸に付けているお守りが光り,声がした。
ー歯を使え!!
兄の声だった。
「兄ちゃん!」
アイオリアは口を大きく開けると,触手にかみついた。
動物の肉のような食感があり,嫌な感じがしたが我慢した。
ライミが慌てて触手を動かそうと頑張るが,アイオリアの歯が獲物をとらえたライオンのように食らいついて離れない。
とうとうアイオリアの首周りの触手がちぎれた。
それと同時にうろたえたライミのすきを突き体中の触手を両腕で引きちぎった。
びっくりして地中から飛び上がったライミの体の尻尾のような触手をつかみ,砲丸投げのように回転して空高く投げた。そして自分もジャンプしてライミの体をつかみ,回転しながら地上へ叩きつけた。
見事なパイル・ドライバーだった。
いつの間にか青銅聖闘士達が来ていて,倒れたそばに瞬が走り寄ってライミのカウントを取った。
「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1…!!」
カンカンカン!!
紫龍がそばにあったプロテインの空き缶を鳴らした。
青銅聖闘士達に拍手され,アイオリアは力強くこぶしを突き上げた。
確かに聖闘士の中でもこのような力技を強引にかけて通用するのはアイオリアくらいだ。
それはアイオリアが普段から常に弛まず鍛え,強い体を作ってきたからだ。
顎にしてもそうだ。
強健な顎をもっていたからこそライミの触手をちぎり捨てることができたのだ。
「すげぇな,アイオリア!!」
星矢はすっかり興奮してはしゃぐ。
しかしアイオリアはすぐに暗い顔になった。
「俺,何人か敵をこの先に通してしまった」
「しかたないじゃん。アイオリアはこの冥闘士につかまっていたんだし」
瞬がフォローを入れた。
「いや,俺の責任なんだ」
アイオリアは言った。
「責任?何があった?」
氷河が質問した。
「実はな,下から冥闘士の連中が上がって来る時に,どこかで見たような気配を感じた。それに戸惑っている時に虜にされてしまったんだ。情けねぇ」
「どこかで見た気配?それって冥闘士の中に誰か知り合いがいるってことだよね」
瞬が言った。
「あんまり考えたくはないけどさ」
アイオリアは不安そうに言った。
「でもさー,アイオリアの思い違いかも知れねぇし」
星矢はアイオリアを元気づけようとして声をかけた。
しかし紫龍と氷河は複雑そうな顔で見あっていた。
「紫龍,ほらさっき見た死体の事…」
「アイオリアにも話した方がいいだろうな」
うなずいて氷河はアイオリアに話しかけた。
「実は俺たちここに来る時奇妙な死体を見付けたんだ」
「あ!そうそうそうだった」
星矢が言った。
「奇妙な?」
アイオリアが聞き返した。
そこで青銅聖闘士一同はアイオリアを獅子宮下の死体があった場所まで連れて行った。
そこには多分冥闘士だろう3人分の死体があった。
3人とも冥衣をはぎ取られていた。
ただ,アイオリアの目を奪ったのは死体の身なりではない。
その殺され方だった。
一人目は体を鋭利な刃物のようなもので斬られて失血死,二人目は何か重いものに押しつぶされたように轢死,三人目は外傷はないが肌の色から凍死だと分かる。
二人目の死体の状態はよく分からなかったが,一人目の失血死と三人目の凍死には何となく手口に見覚えがある。
「…まさかとは思うんだが」
氷河は凍死体を見て口の中でモゴモゴ言う。
しかしそれをここで吐き出させるのは氷河がかわいそうだ。
「いや,とにかく先へ行ってこの目で見てみればいいじゃん」
アイオリアが言った。
こうしてアイオリアを先頭に一同は処女宮へ向かったのであった。

デスマスクが目が覚めたのは鉄格子の中だった。
三畳ほどの部屋で,隅に布団とトイレがあり,壁側に机がある。ほぼ天井の近い所に小さな窓があるがよじ登ってみたものの人が出入りできそうにもない。
念の為鉄格子を力任せに振ってみたが梃子でも動きそうには,ない。
「このっこのっ」
デスマスクがあんまり大騒ぎするので,警備の冥闘士がやって来た。
「駄目だよ,その鉄格子は黄金聖闘士のあんたがどんなに頑張っても壊れやしねぇよ」
この鉄格子さえなければこんな野郎首をへし折ってやるのだが,手が届かない。
「くそっ」
デスマスクは,やけくそになって布団の上に寝そべった。
「なんとかならねぇのか」
アフロディーテのことも気になる。
カミュとサガ,シュラのこともだった。
懐から煙草を出して火をつける。
自分だけこんなにのんびりして黙って殺されるのを手をこまねいていていいのだろうか。
大体自分が一緒にいながらアフロディーテを連れて行かれたとなってはカミュに対して何と言ったらいいのか。
こうしている間にも時間が過ぎてしまう。
「飯だ」
しばらくして食事が置かれた。
皿の上にはおにぎりが2つとたくあんの切れ端がふた切れのっかっているだけとほとんど出涸らしの番茶だ。
「…なんだよ,にぎり飯だけか。せっかく生き返って来たのによぉ。寿司とかとってくれよ」
文句を言いながらデスマスクはおにぎりを口へ放り込んだ。
いくら冥界から蘇ったとはいえ,体を動かせばお腹も減る。お腹が減ると不機嫌にもなる。
そんなわけで小さなおにぎりでも食べれば脳に栄養が行くわけで,鈍っていた脳みそが少しだが活性してきた。
―とにかくここを出なきゃな。といってもここからじゃ無理か。
デスマスクはもう一度壁をよじ登り,窓から外を見た。
辺りはひどい霧で,何も見えない。城から下には深淵の闇が口を開けてえさを待っている。ここに落ちたらひとたまりもないだろう。
デスマスクが考えた方法一。
鉄格子を破って逃げる。
しかしこの鉄格子は黄金聖闘士の自分が力任せに叩いても蹴っても壊れない。
力自慢のアイオリアならともかく自分はそこまで肉体派ではない。
自分の必殺技がライトニングボルトやエクスカリバーでないことをのろった。
方法その二。
小窓から壁を破壊して外に出る。ただし外に出たところで外は絶壁。下にはコキュートスが広がっている。ここより上に安全な部屋があるかどうか不明だし,あったとしてもそこまでよじ登れるかというと厳しい。
「あーっ,全然駄目じゃねぇか!!」
デスマスクはイライラした。
もう一本煙草に火をつけて煙を吸った。
そのとき,デスマスクの胸元から携帯の着信音がした。
誰もいないことを確認してからデスマスクは携帯を確認した。
メールだった。
差出人はアフロディーテのアドレスだった。
「…こ,これは!!」
メールの内容は以下の通り。
横書きで,
『ろをぞぢいえよりつとふほのみ
 
 そちあうびべぞぢぁぅもゆしせ

 さすざずづどのみしせなぬしせ

 のひゃゎしせをあねはあう」
普通の人間には何のことかさっぱりわからない。
しかしデスマスクは熱心な目でその文面を読んでいた。
そう,デスマスクはこの暗号の意味が分かるのだ。
小学校の頃,デスマスク,シュラ,アフロディーテの3人は自分たちの秘密の暗号を作ろうということになって考えたものがこれだった。もちろん子供が考えたものだから解読には大した知識はいらない。
しかし部外者の目を欺くには十分だった。
これを御覧の読者諸兄はもうおわかりだろうか。
これは簡単な五十音順を使った暗号で,すべての文字の羅列は五十音順で一つはさんで隣同士になっている。つまりその二つの文字の間に挟まれた文字こそが暗号の本来指し示すべき文字である。
そして,そうするとこの暗号は,たとえば『い』と表現したければ,『あう』,『う』と表現したければ『いえ』となる。
すると,以下の文字の羅列になる。
『わだうらてへま
 
 たいぶだいやす
 
 しじでますに

 はよすんのい』
そしてこの文字を左から順に縦書きで読むと,
『わたしは
 だいじよ
 うぶです
 らだまん
 ていすの
 へやにい
 ます』
となる。
つまり,
「私は大丈夫です。ラダマンティスの部屋にいます」となる。
―ちっ,ガキの頃の暗号ごっこがこんな時に役に立つとは思わなかったぜ。
しかしとりあえずこれでアフロディーテが無事という事が分かった。
デスマスクは大急ぎで返信を書いた。
『あうなぬなぬあう
 ほみのひぞぢりれ
 ふほへまるろねは
 もゆおきおきおき
(いまへやにほかにだれかいるのか)』
返事がすぐに返ってきた。
文面は何もなく,記号で×とだけ書かれている。
部屋に誰もいない事,アフロディーテはラダマンティスの部屋にいることから,おそらく今の自分より自由度が高いことが分かった。
アフロディーテが無事であると分かったデスマスクは再び元気が出てきた。
一刻も早くここから出る方法があれば。
しかし自分は肉体派ではないし,破壊工作を得意としない。特技と言えば敵をあの世に強制ワープできることくらいだ。
―うーん,待てよ。
デスマスクは頭を上げた。
そうだ。自分で自分の体をいったんここから積尸気冥界波で黄泉比良坂に転送し,そこからハーデス城の任意の所へ転送する。
自分の必殺技がライトニングボルトやエクスカリバーでなくてこの積尸気冥界波でよかったとデスマスクは思った。
これなら安全にここから出られるだろう。
そうと決まればデスマスクは残り1つのおにぎりとたくあんを食べ,お茶で流し込むと,準備に取り掛かった。
「よし,思いっきり派手にしてやるか」


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