ランチボックス

この所,クラウド・ストライフ中佐は頭が痛かった。
直属の軍曹から,ここ3日の間に4人もの新兵が訓練中に倒れたという。
当初は訓練内容の過酷さによるものだと思っていたが,どうもそうではないらしく,倒れる時間や状況に共通点がなかった。
「ここで悩んでいても無駄だ」
クラウドは報告書を置いて科学技術部に向かった。
ドアをノックして入ると,ちょうどバイオ燃料の実験をしていた。
「お義父さん」
クラウドが声を掛けると,
「おお」
と,黒髪の美しい科学者,宝条が歩いてきた。
「どうした,うちの娘とけんかでもしたかね」
「いいえ。ちょっと教えて欲しいことがあるのですよ」
「構わん。掛けなさい」
宝条は,自分の隣の椅子を指差した。
クラウドは腰掛けると,単刀直入に尋ねた。
「実は先日新兵が立て続けに倒れた事なんですがちょっと気になってるんですよ」
「ああ。しっかり栄養を取って休眠したらすぐに回復したそうじゃないか。大したことなくて良かったな」
「そのことなんですが,本当に疲労だったのでしょうか。たとえば兵士の間で奇病が流行しているとか…」
宝条は傾げ,
「相変わらず君は心配性だな。…実はあの4人は私が診察しているのではない」
と言い,宝条は机の電話を取って内線を押した。
「もしもし,キシラ先生を私のところへ」
しばらくして,クラウドより少し若い,黄色人種の男性がやってきた。
「キシラ君,先日の新兵の診断したときの事をクラウド君に報告してください」
まだインターンに毛が生えたようなキシラ先生は,返事して,
「はい。3人が倒れたのは,栄養失調による立ちくらみが原因です。ブドウ糖を点滴しました」
と,明確に結論だけ報告した。
「分かりました。…しかし栄養失調というのは?」
「タンパク・エネルギーの栄養失調です」
キシラ先生が去った後,クラウドはますます不可思議だと思った。
「栄養失調ってどういうことですかね」
「言葉の通りだよ。彼らは十分に食事を摂っていない」
「それはありえませんよ。きちんと食事の支給はできているはずです」
宝条は,
「確かに。これは何かおかしいね」
「一度調べてみますよ」
クラウドはそう言って部屋を出た。
―おかしい。食事は全て会社が支給しているはずだ。
クラウドはあることを考えた。
帰宅すると,セフィロスに,
「明日は昼の弁当はいらない」
とだけ言った。
「あら,どうして」
「たまには楽をさせてやろうと思ってな」
と,食卓に座った。
「私は別に構わないのに」
セフィロスはちょっと残念そうだ。かわいそうだがしかたない,とクラウドはおもう。
 
翌日,クラウドは兵隊達と同じ物を食べた。いつもセフィロスが作った弁当を自分の執務室で食べているので,部下達がどんなものを食べているのか知らなかったのだ。
粗末なアルミのお盆とやはりアルミの食器だが,今日のおかずは野菜を炒めたものと,鶏肉のだんご,じゃこと野菜をボイルしたもの,主食は黒豆のごはんで,野菜がたっぷり入った味噌汁も食べられる。
贅沢ではないが,栄養のバランスを考えた,食事だと言えよう。
クラウドははしの先をお茶で洗ってから食事に手を付けた。
なるほど,クラウドでもそこそこ満腹になるボリュームだ。
食べながらクラウドはカウンターの方を見た。
あれは先日栄養失調で倒れた新兵達だ。
みんなごはんのおかわりの為に並んでいる。
「君達」
クラウドが彼らに声を掛けた。
突然有名な鬼軍曹に声を掛けられ,かわいそうに彼らは縮み上がったようにこっちを見た。
「しっかり食べなさい」
クラウドはそう優しく声を掛け,彼らはまだ目を丸くしている。
クラウドは食堂を出てから考えた。
―おかしい。おかずもしっかり入ってるし,主食はおかわりできる。好きなだけ食べられるはずなのに。なぜ。
 
「セフィロスとけんかでもしたのか」
廊下でザックスがクラウドに声を掛けてきた。
「どうして」
「お前が弁当を持っていないからさ。みんな噂してるぞ」
「いや,実はな」
クラウドはザックスに自分の考えていることのあらましを語った。
「ふぅん。それで兵士用の食事の質を確かめていたわけね」
「ああ。どうしても気になってな。彼らがまた倒れたら大変だ」
ザックスと別れた後,クラウドは治安維持部の倉庫から大量に荷物が運び出されるのを見た。
箱にはMRE(軍用レーション)と書かれている。
「これはどうしたんだ」
クラウドは荷物を運搬している社員に声を掛けた。
「5年前の軍用レーションですよ。保存期間が切れたから捨てるんです」
「しかし随分と大量じゃないか」
「ええ。たくさんあまっています」
クラウドは気になって倉庫の中に入って驚いた。
広い倉庫の中には,大量のレーションの箱で満杯で,クラウドはとりあえず一つ一つ箱を調べて回った。
どれもこれも日付が古く,大量で,あきらかに供給過多だ。
「なぜこんなに食べられないレーションがあるんだ。補給部門の責任者に注意しなくては」
クラウドは補給部門の担当者を呼び出した。
「単刀直入だが,どうして捨てるほどレーションが余っているんだ?」
すると担当者は顔を曇らせた。
「実はハイデッカー部長の命令なのです。私は指定されただけの数を発注するだけで…」
クラウドは担当者が困っていると分かったので,少し態度を軟化した。
「そうか。それでは,その辺りの理由を教えてもらえないかな」
「…あの,このことは誰にも言わないで下さい」
担当者は小声になった。
「もちろんだ」
「実はレーションは,イザトという町のPK食品と言うところで作られているのです」
「うん。イザトという町は知っている。確か魔晄炉があるはずだったな」
「うちの会社が魔晄炉を建設する際,地主であるPK食品に採掘権利を譲ってもらう為に年間一定量のPK食品の商品を買い取らねばなりませんでした。ですから余ったり無駄になるのはしかたがなかったのです」
クラウドは深いため息を付いて話を聞いていた。
担当者を帰らせた後,クラウドの携帯に着信が入った。
「もしもし,私です」
若い男の声だった。
「私です,キシラです」
「ああ,キシラ先生」
「実はね,ちょっと変わったことがあったんですよ。中佐がお尋ねになった後,私色々1人で調べてみたんです。実はですね,中佐のおっしゃってた4人は,脚気の疑いが見られるんです」
「…脚気,ですか」
クラウドが聞き返した。ビタミンB1の欠乏が原因で足がむくむ症状だ。
「ええ」
「しかし,彼らの給食設備はしっかりしているはずです」
「それが私にも分からないのですよ。まるで炭水化物だけで腹を満たしているようなんです。一体どういうことでしょうか」
「とにかく,おしらせありがとうございました」
「いいえ。それでは私はこれで」
電話を切ったクラウドは,パソコンを叩き始めた。
「んー?」
クラウドはコーヒーの紙コップを置いた。
無作為に例の4人のデータをリストアップすると,本籍が近所同士なのだ。
「土地柄と何か関係があるのか?」
クラウドは帰宅すると,夕食のテーブルで,
「あ,明日も弁当は要らないから」
と言った。
「どうかしたの」
「いや,もう少し様子を見たいんだ」
「様子って何の?」
セフィロスがさらに突っ込んだのでクラウドは慌てて口をつぐんだ。
「貴方,またおかしな事にくびをつっこんでるんじゃないの?」
女の勘は鋭かった。
翌日の昼もクラウドは兵士達の食堂へ行った。
そこへあの4人が揃って食べ終わった食器を片付けに来ていた。
出されたものは綺麗ピカピカに食べられていた。
クラウドはその様子を別に意識することなく見ていたが,はっとしたように引き返した。
4人の箸は綺麗で,明らかにおかずを食べた形跡がなかった。
―そうか,そういうことか!
ようやくクラウドは意味を理解した。
あの4人はおかずを食べずに,ごはんばかりをおかわりして腹を膨らせていたのだ。
ならおかずはどこに行ったのだろう。
空っぽのアルミ食器を見てクラウドは腕組みをした。
その晩,クラウドは新兵の営舎へ1人で出掛けた。少し気まずい思いをお互いにするかもしれないが,この際はっきりしておかなくてはいけないだろう。
クラウドは軽自動車のハンドルを操りながら考えていた。
 
車を降りると,クラウドはまずは責任者と会う為に寮長を呼び出そうとインターホンを押しかけたが,突然裏口から1人の人間が飛び出した。しかもその飛び出した人物は例の4人のうちの1人だったものだから,クラウドは二度びっくりした。
クラウドは寮長に会うよりも彼を追いかけることを優先した。
彼の名前はミッシェルというのだが,金髪にそばかすの彼は,辺りの様子を伺いながら,後門に向かった。
「待ちなさい」
クラウドは明確に声をかけたが,この新兵は止まってくれない。
「クラウド,どうした」
ザックスが向こう側からやって来た。
「いい所だ,ザックス。ソイツを止めてくれ!」
「お?お?」
意味も分からず,ザックスは慌ててミッシェルを押さえつけた。
若い新兵がどんなに抵抗しても,魔晄を浴びたソルジャーのザックスには叶わない。
クラウドも立ち止まった。
「ザックス,彼の服を調べてくれないか」
ザックスはミッシェルを取り押さえたまま,上着に手を突っ込んだ。
「なんだこりゃ」
重箱ほどあるタッパーが出てきた。
クラウドは中身を改めなくても分かっている。
「どうしてちゃんとおかずを食べないんだ」
クラウドはゆっくりとはっきり相手に聞こえるように言った。
「…」
ミッシェルは答えなかった。
「会社の給食を食べずに持ち出すことに関しての規則はないが,しかし,おかずを食べなければ病気になってしまうぞ。どうしてこんなことをするのか話しなさい」
「中佐,そいつを責めないでやってください」
そこへ残りの3人がやって来て口々に説明した。
「コイツの家,兄弟多くて大変なんです。家はカラオケスナックやってるけど,子供が7人も居て大変で,コイツの収入アテにしてるんです」
「でもそれだけじゃ足りないから,3度出る給食のおかずを少しずつ持って帰ってたんです」
「そんな話を聞いたら,じゃあ俺らも協力しようってことで…。飯はおかわりできるから,飯だけで腹膨らせておかずはみんな持って帰らせてました」
「…どうするんだよ,コイツら」
ザックスがため息をついた。
「…社長に連絡する」
遠い目でクラウドが答えた。
「まじで?いいじゃん,そうっとしておいてやれよ」
「何か勘違いしているみたいだが,俺は彼らを罰したりはしないぞ」
クラウドは意味深なことを言った。
 
 
次の日の昼過ぎ,社長室の茶室で,クラウドはプレジデント神羅と会食していた。
「わざわざお前のほうから訪ねてくれるとは,嬉しいぞ。何があった」
「さすが,鋭いな。実は軍用のレーションの
過剰購入なんだが」
「あれはどうすることもできん。魔晄炉を使わせてもらう以上仕方のないことなんだ」
「分かってる。だが,何もレーションでなくてもいいと思うんだ。…たとえばそう,普通の弁当だ」
「弁当?」
「レーションの変わりに弁当を仕入れるんだ。冷凍パッケージされててもいい。仕入れた弁当は一定収入以下の兵士の家族や社員の家族に配給する。もちろん全額無料じゃなくて一人前20ギルぐらいでな。誰も食わないレーションよりも有意義に使えるし,無駄が出ない」
「…分かった,考えてみよう」
 
クラウドが帰るとセフィロスが,
「ザックスから聞いたわよ。あなたまた人助けしたのね」
「大したことはしていない」
「ふふ。あなたはいつもそう言う。だって私が好きになった人だもの」
クラウドはそんなセフィロスの態度が苦手に感じるのか,
「と,とにかく明日からまた弁当を頼む」
と言って風呂に入った。
               <劇終>     
 
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