アフロ的最新ヘアカタログ


ミロが宝瓶宮に遊びに来るとカミュは家に仕事を持ち帰って事務仕事をしていた。
カミュは週5日,近くの高校の音楽の非常勤講師に行っている。
夏休み前の期末の音楽の筆記テストの採点をしているらしい。
「半分手伝おうか?」
「いや,いい。お前は問題の意味も分からないだろう」
「チェッ,相変わらず口が悪いな。てか,今日はアフロディーテは?」
「今日は火曜日じゃないか。大好きなフラの教室に行っている」
アフロディーテは毎週火曜日にはフラダンスの教室に行っているらしい。
他にもパン作り教室や料理教室,とにかくアフロディーテは習い事が大好きだ。
「そっか」
その時,玄関からただいまーと声がして,足音がした。
「ごめんねぇ,遅くなっちゃった」
アフロディーテがにこにこして入って来た。
ただし,髪型がいつもと違っていた。
いつもの水色の巻き毛にパーマをかけてボリュームを出している。
今流行りの髪形のようだ。
「お,かわいいじゃん」
ミロがアフロディーテの新しい髪型を褒めた。
「でしょ?帰りに有名なサロンでやってもらったのよ。かわいいでしょ」
アフロディーテはしゃべって,キッチンの方へ向かった。
「あ,ミロも一緒にばんごはん食べてってね」
「あ,うん,ありがとう」
二人きりになってからミロはカミュを見た。
少しくらいはカミュも声を掛けてやればいいのにと思った。
もともとそういうことにはあまり興味がない男だとは思っていたが,恋人や奥さんが髪型や服装を変えると褒めるなりリアクションをするのは,聖闘士に同じ技が通用しないというのと同じくらい常識だとミロは知っている。
ところがカミュはうつむいて仕事をしたままだ。
まぁアフロディーテもカミュの性格を知っているからいちいち感想を求めないのかも知れない。
 
 
シュラが絵の修復の仕事をしていると,カミュがやって来た。
ちょうどデスマスクもおり,缶コーヒーをちびちび飲みながらシュラの絵を見ていた。
「それは誰の絵だ?」
「作者は不明だが,美術的なものよりも歴史的見地から貴重なものらしい。16世紀のものだとは分かっているんだが」
カミュは目の前の農夫たちが働く絵を見た。
「何か相談ごとでもあるのか?」
農夫たちのタイツの色を表す鮮やかな赤い絵の具の筆を動かしたままシュラが聞いた。
「…その,シュラはどう思う?アフロディーテのあれだ」
「あれって?」
「…昨日見たときびっくりしたんだ。あの…失敗した葉加瀬太郎みたいなパーマ」
「ああ,ああいうのがはやっているらしいな。よく似合ってるじゃないかプードルみたいで」
「物も言いようだな。私はどう見てもドリフの爆発頭にしか見えないぞ」
カミュはすねたような口ぶりだった。
「そんなに気にいらないのか」
「気に入らない。彼女が外を出歩くたびに通りすがりの人が聖域が火事になったのかと思うぞ」
「嫌だってはっきり言えば?」
「それも困る。私が女の服装や髪型にクチクチケチをつけるつまらないみみっちい男になってしまいそうだ」
髪型一つでこれだけ悩んでる時点で十分みみっちいなとシュラは思っていた。
デスマスクがさっきから全く口を挟まないのもそのためだ。
あまりにもどうでもよすぎると判断しているのだろう。
「とにかくあまり気にせずだな,本人はカリスマ美容師がセットしてくれたから喜んでるだけかもしれないんだし。そのうち飽きるかもしれないだろ」
とシュラがなぐさめても,
「確かにその美容師は技術としてはカリスマかもしれないが,アフロディーテに何が似合うかを知っていることに関しては私の方がカリスマだ」
シュラは頭が痛くなってきた。
カミュは本来頭がいいはずだがアフロディーテのことになるとクールではないし,訳が分からないことを口走る。
「何とかしてやろうか」
と,初めてデスマスクが口を開いた。
「何とかって」
シュラが心配そうに質問すると,
「要するにアフロを元の髪型に戻せばいいんだろう」
「何か方法があるのか」
カミュが身を乗り出すと,
「ある。俺に任せろ」
と言った。
そして,
「これはお前の為にするんじゃねーぞ,アフロの為だからな。お前が髪型ごときでアフロを避けたり浮気でもされたら俺はお前に積尸気冥界波をくらわさねばならねぇ」
とも。
 
 
夕方,アフロディーテが帰って来て困った顔で言った。
「カミュ,免許証をどこかになくしちゃったみたい」
「免許証?」
新聞からカミュが顔を上げた。
「クレジットカードや保険証と一緒に入れていたのになくなってる」
「財布やカードは無事なのか?」
「ええそうなの。免許証だけがないの。明日免許証センターに行ってくるわ」
 
次の日,免許証センターからアフロディーテが帰って来た。
「ただいま」
帰って来たアフロディーテを見てカミュが驚いた。
髪型が元に戻っていた。
「今日中になんとか免許証が再発行できてよかったわ。…どうしたのじろじろ見て」
「髪型,元に戻したんだな」
「ええ。これね。だって免許証って5年でしょう?今はあの髪型が流行ってても5年経ったらダサいわけじゃない。だから戻したのよ」
「そうか,それは良かったな」
 
 
そのまた次の日,宝瓶宮にデスマスクとシュラがやって来た。
「うまくいったそうじゃねぇか」
デスマスクが笑っていた。
「ああ,お陰で助かったよ」
「これ,どうする」
デスマスクが持っていたのはなくしたアフロディーテの免許証だった。
「やはりデスマスクがやったのか。一体どういう事だ」
「女の流行好きを逆手に取ったのさ」
デスマスクは答えた。
免許証は写真を撮る。その写真の有効期間は5年と長いから,5年間はその写真を使い続けることになる。当然流行り廃りの激しい髪型をすると,5年後を待たずとも1年後には恥ずかしい思いをすることになる。そういう思いをしなくてもいいようにわざわざ髪型を無難な元の形に戻すことを考えるだろう。
よってデスマスクは,故意にアフロディーテの免許証だけを抜き取ったのだ。
 
「…さすが,というか負けたな」
シュラも笑った。
「ただ,ちょっとかわいそうな気がするかな」
とカミュも今更ながらそんなことも思っていた。
そこへ,
「あ!それ私のなくした免許証よ」
とアフロディーテが入って来た。
「ここに落ちていた」
カミュは適当なことを言った。
「そうだったの。でももう必要ないわね」
と返って来た。
「わざわざ美容院に行って最新の髪型にしてもらったのに免許証の写真を撮り直すのにまた元の髪型に戻したりしてもったいなかったんじゃないか?」
カミュが意地悪な質問をした。
すると,
「そうね。ほんとそうだわ。…でもまぁいいわ。また美容院に行くのも面倒だし」
といって,デスマスクとカミュとシュラの分のお茶の用意をしてくれる。
「それにね,あの髪型,ちょっと私には似合わないような気がしたの。なんだかドリフの爆発頭みたいだったし」
プッ,とデスマスクが噴き出した。
「お前とおんなじことを言ってるぜ」
「そりゃそうだろう。カミュ先生はアフロディーテが何がに会うかに関してはカリスマなんだから」
とシュラも言う。
「今それをここで言わなくてもいいだろう!」
カミュが憤慨した。
              <完>
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