第六章
 第一話 今再び戦場へ
 
 ティファはライフストリームの吹き出た泉の中にうつ伏せで浮かんでいた。
「ティファが見つかったよ!」
レッド]Vの声が遠くから聞こえる。
意識を取り戻して顔を上げたティファをレッド]Vとバレットとシドが覗き込んでいた。
「私,助かったの?…クラウドは?」
バレットが無言で笑った。
ティファが背中に手をやる。重みを感じる。
パジャマ姿のクラウドはシーツにぐるぐる巻きのまま,ティファの背中に覆いかぶさるようにしてまだ意識を失ったままでいた。
バレットがティファの背中からシーツを解いてクラウドを引き離した。
シドがハイウインドのスタッフを呼び,担架でクラウドを運ばせた。
「ほら」
「ありがとう」
バレットが肩を貸してくれて,ティファはゆっくりと歩き始めた。
「バレット。…人間ってどうして自分の中にたくさんの思い出をしまいこんでるのかな。どうして忘れちゃえるのかな」
「…さぁな。きっと人生いい事ばっかじゃないからだよ。嫌なこと,辛いこと,忘れた方がいいだろう?」
 
飛空挺に戻ってきたティファは体の泥を洗い落とすために風呂に入ろうとした。
「脱いだ泥だらけの服は私に預けて下さーい」
シドと一緒にいることによってすっかり陽気な性格になったヴィンセントがティファの脱いだシャツやキュロットスカートや下着を勝手に拾って持っていく。
やはり女性同士でも恥ずかしいので,
「いいよ。私,自分で洗うから」
と,風呂場のガラス戸から顔だけ出して言うが,
「大丈夫。クラウドのパジャマも一緒に洗うから。ここはシドのお城。私はみんなのお母さん」
とヴィンセントは言った。
どうやら他の仲間やスタッフの洗濯物もヴィンセントがこなしているらしい。
こうなったら言っても聞かないだろう。
ティファは諦めて,
「そう。ありがとう。それじゃあお願いできる?」
と言うと,この黒髪の美少女は精いっぱいの愛想笑いをして部屋を出て行った。
間もなく洗濯機の動作音が聞こえてきた。
こんなにゆっくり風呂に入ったのは久しぶりだった。
気分も体もすっかりリフレッシュして,風呂から出ると,清潔な服を着て,髪を乾かしながらクラウドの寝ている部屋に行った。
クラウドは新しいパジャマを着てよく眠っていた。
バレットが来て,
「ティファもクラウドが起きるまで少し眠っといたほうがいいぜ」
とすすめてくれた。
 
次にティファが目覚めたときは部屋の中においしい食べ物のにおいが充満していた。
部屋を出て廊下に出て広いロビールームに入ると,仲間達がいて,クラウドの背中もあった。
パジャマ姿のクラウドはソファーに座り,恐らくコアントローの入った小さなグラスを片手にテレビを見ていた。
「あ,ティファさん,おはようさん」
ケット・シーがティファに気付いた。
クラウドもこちらを振り返った。
「クラウド,体の具合はもういいの?」
「平気だ。色々迷惑かけたな」
ヴィンセントが顔を出した。
「あのー,お食事」
 
全員がそろって食卓を囲むのは何日ぶりだろう。
今まで当たり前だと思っていたけれど,クラウドが失踪してこうして戻ってくるまでそれは実現し得なかった。
「ティファ,みんなにお皿を配ってくれる?」
すっかりシドの女房面をしているヴィンセントが声を掛けた。
「いいわよ」
クラウドを一番上座にしてみんなが座る。
ハンバーグや旗の付いたチキンライスや真っ赤なソーセージが載っていて,ヤクルトとプリンアラモードも添えられていて,まるで一昔前にあったデパートのお子様ランチを大人のボリュームにしたようなものだ。
今の世の中このようなものは高級料理ではないが,今日の食卓にはぴったりだった。
「おい,ちょっと待て」
シドがヴィンセントに声を掛けた。
「なんで俺のハンバーグだけ形が歪んでるんだ」
ティファが見ると,他のハンバーグはまん丸だが,シドの分だけハンバーグがハート型になっている。シドはデリカシーのない男だから,ハンバーグの形がおかしい,と思うらしい。
「シドは私達がいない間,飛空艇の責任者とみんなのリーダーを務めてくれたから,大変だからって大盛りにしてあげたのよね?ほら,丸い形のハンバーグを2つくっつけるとそんな形になるでしょ?」
と,ティファがヴィンセントにウインクして言うと,ヴィンセントもうなずいた。
「ああそうか」
とシドは応えた。
クラウド以上に乙女心を理解する配慮のない男である。
クラウドの無事を祝って乾杯した後,和やかな食事会が始まった。
食後,クラウドはビールを飲みながら,ティファ以外の仲間に今までの本当の事を話した。
「俺は本当はソルジャーじゃないんだ。カームのホテルでみんなに話した1年前の事は,俺の間違った記憶だった」
「けどその目はソルジャーの目だよね」
レッド]Vが質問した。
「多分,宝条に捉まっていたときに何かされたんだろう」
「でも,お前はソルジャーよりも高給取りの将校だったんだろう?」
バレットが聞いた。
「そうだな。だけど俺は現実の過去と向き合って生きることを決めたんだ」
クラウドの決意を最初に拍手したのはティファだった。
それに合わせて一同が拍手した。
「クラウド,これからもずっとオイラ達と一緒にいてくれるよねぇ!まさかやめるなんて言わないでよねぇ!」
ティファの足元でバナナ牛乳を飲んでいたレッド]Vが言った。
クラウドは一度複雑そうな顔をして,
「セフィロスがあんなふうになってしまったのは俺にも責任がある。セフィロスは俺さえいればいいといつも言っていた。そんな気持ちがメテオを呼んでしまった。そして俺はホイホイと彼女に黒マテリアをわたしてしまったわけだしな。…俺は最後まで責任を取るつもりだ」
一同はその言葉にほっとして,最初にケット・シーが声を掛けた。
「クラウドさん,僕らは今ヒュージマテリアを回収中ですねん。残りはジュノンの海底魔晄炉にあるだけなんやわ。今日はクラウドさんも弱ってはるからゆっくり寝て,明日の早朝ジュノンのドックへ行きまひょ。クラウドさん,行けますか?」
「もちろんだ。みんな,これからもよろしく」
クラウドは言った。
「こちらこそよろしくな,元ソルジャー改め元鬼軍曹さんよ」
バレットがクラウドの肩を叩いた。
「ああ。よろしく。正式な階級は“中佐”だ」
「へッ,相変わらず理屈っぽいねぇ」
その夜,クラウドはティファにお礼を言った。
「ありがとう。ティファが俺を現実の世界に連れ戻してくれたんだ」
「いいのよ。私はクラウドが戻ってきてくれて嬉しかった。それだけでいいの」
クラウドはうつむいて笑った。
「ねぇクラウド」
ティファはクラウドに確認しなければいけないことを思い出していた。
「…セフィロスは妊娠してるの?」
クラウドは驚いてティファを見た。
「まさか。俺は知らない」
「逃げないで。もうクラウドは逃げないって約束したでしょう」
「…」
クラウドの閉じた口元が全てを物語っていた。
 
あの時,ライフストリームにセフィロスと共に落ちたクラウドは,セフィロスの頬や唇に何度も何度もキスを繰り返した。
すると,眠り姫がゆっくりと目を覚ましたのだ。
そこから先は語るまでもない。
大仕事が済むと,やがてクラウドは疲労で気を失ってしまい,ミディールに流れ着いたのだった。
 
「心配しないで」
固まってしまっているクラウドにティファは声を掛けた。
「私,決めたの。これから先,どんなことがあっても何があってもクラウドの事,嫌いにならない」
クラウドは黙っていた。
「実はね,私クラウドがミッドガルで働いている間に地元の中学の体育教師になったんだけど,一度結婚したの。だけど私が婦人科の病気にかかってしまって。手術でどうにか助かったけど,妊娠できない体になっちゃったの。そうなると夫婦の関係がどうしてもギクシャクしてね。わかれたの。私はまたニブルヘイムに戻っていたの。そこへクラウドが帰って来たのね。あの事件の後,私はセフィロスに斬られて生死の境をさまよう大怪我だったんだけど格闘家のザンカン先生に助けられて,ミッドガルに連れて行かれた。ザンカン先生は私にミッドガルのジムのインストラクターの仕事を紹介してくれて,そこで働くようになったの。バレットはそこのジムの会員でね,彼からアバランチに入らないかって声掛けられたの」
「…そうだったのか」
「私も過去に結婚していたことを貴方に隠してる。これでおあいこね。…でも本当は少しセフィロスがうらやましい。彼女はちゃんと子供の生める体だから…」
 
翌早朝,クラウドたちはジュノンのドックに潜入した。
神羅のロゴが入った潜水艇が2機,停泊している。
「クラウド達が来たぞっ」
警備の神羅兵が襲い掛かってきた。
「どけどけどけー!」
クラウドが剣をふるって神羅兵を蹴散らす。よく眠り,栄養もしっかり摂ったクラウドはすっかりもとの力を取り戻していた。
しかし人海戦術の神羅兵を倒している間に,先に一機目の潜水艇にヒュージマテリアが載積され,出発してしまった。
「いちいち相手をしている暇ねぇーぞ!」
シドは槍を使ってジャンプして,棒高跳びの要領で二機目の潜水艇の上にのっかった。
クラウド達全員が潜水艇に乗ると,シドがコクピットに腰を下ろした。
「全速前進」
潜水艇はゆっくりと沈んでいった。
シドはソナーを見ながらヒュージマテリアを積載した潜水艇を探す。
画面にはヒュージマテリアを積んだ潜水艇の他に護衛の潜水艇が数機あることを写す。
「ややこしいなぁ」
シドは護衛の潜水艦を避けながら,本体の潜水艦に向かって魚雷を発射した。
魚雷は潜水艦に命中し,無事ロボットアームで3つ目のヒュージマテリアを手に入れた。
ケット・シーがそのとき,声を上げた。
「大変です!ニブルへイムで神羅が回収したヒュージマテリアがロケット村へ運ばれたそうです!」
 
 第二話 銀河旅行
 
 ロケット村には神羅の兵隊が集まっていた。
「よし,行くのは俺とシドと…」
言いかけたとき,シドがヴィンセントの細い腕を引っ張った。
「ヴィンセントだ」
「いいだろう」
クラウドはうなずいた。
「俺のスペースシャトルにさわるんじゃねぇ」
到着一番昂奮したシドが神羅兵を蹴散らした。
「あっ,シド艇長!」
ロケット村の作業員が声を掛けた。
「いよいよですよ!僕らのロケットが空を飛ぶんです」
「どういうことだ?」
シドが相手に詰め寄ると,
「ロケットにヒュージマテリアを積み込んでメテオにぶつけるんです」
「くそっ,俺のロケットをそんなモンに使うんじゃねぇ」
シドは激高し,ロケットに向かって走った。
立ちはだかる神羅兵を投げ飛ばし,シドはロケットのコクピットに座った。
クラウドとヴィンセントが付いてきた。
「えーっと,ヒュージマテリアはどこだっけか」
シドがコクピットをいじっていると,いきなり,
『ビーッビーッ90秒後にロケット発射します。乗組員は危険ですので着席してください』
とアナウンスが響いた。
「なぬっ」
と,シドが鼻息を荒くした。
慌ててストップボタンを押そうとするが,押しても反応がない。
『ノンノンノン,だめよーん』
目の前のモニターにパルマーの風船のような顔が映る。
「おい,お前ロケットに何をやった?」
『メテオに向かってオートパイロットに設定したよーん。シャトルはこのままメテオにドッカーン!』
愉快そうに喋るパルマーに向かってシドが何か言いかけたのに,モニターは消えてしまった。
「シド,ロケットが!」
クラウドはヴィンセントを庇いながら屈みこんだ。
「だぁーーーーーーーーーーー!!」
シドの絶叫と共にロケットがエンジンを噴射,大空へ流星のように浮上していく。
発射の衝撃でシドは吹っ飛んで壁に激突する。
元軍人でシドよりは体も鍛えているクラウドはヴィンセントの体をしっかり抱きしめて衝撃を緩和する為に床に這いつくばっている。
シドはパチンコ玉のように何度か激突しながらも,ようやく体がふわりと浮いた。
「お?お?」
シドは驚きながらも船内をふわふわと浮いている。無重力圏に突入したらしい。
「クラウド,体の力を抜け,もう大丈夫だ」
シドはクラウドに声を掛けた。
クラウドとヴィンセントも浮き上がった。
シドが窓を指差した。
「見ろよ,宇宙だぜ」
「ああ…」
クラウドもぼんやりしていた。
「こんな形で宇宙に来るとは思わなかったぜ…」
「ああ…」
シドとクラウドは口をぽかんと開けて窓を見ている。
下を見れば自分達の住んでいた星がある。
上を見ればメテオがそこまで近付いている。宇宙の闇の広さに,際限のない深さに,2人は完全に圧倒された。
青く輝く自分たちの星をはるかに見下ろしたシドはいつの間にかヴィンセントの手を握っていた。
「…怖いか?」
「ううん」
ヴィンセントは首を振ってシドを見た。
クラウドが咳払いした。
「あーっと。軌道はどうなってるかな」
シドが慌ててヴィンセントを押しやってキーボードを叩いた。
「げげっ,このままだとメテオ一直線だな」
「どうするんだ」
「なんとかオート操縦解除してみる」
「がんばって!シドならできるわ」
シドはコクピットに座りシートベルトで体を固定すると,キーボードを叩き始めた。
シドは頭の中で必死に複雑な計算をしている。こんなことなら学生時代,もっと真面目に数学の授業を聞いていればよかったな,と少しだけ後悔していた。
「よし!オートパイロット解除だ。俺は今から手動で着陸態勢に入る。お前はヒュージマテリアの回収をやれ」
「分かった」
クラウドはヒュージマテリアのあるポッドのドアを開ける。
「私は?」
ヴィンセントは不安そうにシドに尋ねる。
「お前は俺の横にいろ」
「うんっ」
ヴィンセントはシドの横にふわふわと降りてきた。
再びクラウドの咳払いが聞こえた。
「そろそろだな」
シドはヘッドオンマイクを付け,通信のスイッチを入れた。
 
その頃,ロケット村の管制塔には作業員達と仲間が待っていた。
神羅兵やパルマーはティファとバレットにボコボコにされて管制室の椅子にしばりつけられてレッド]Vに見張られていた。
シャトルが飛び立ってしまって,オートパイロットでメテオに突っ込むと聞き,パニック状態だった。
「大丈夫よ!シドを信じて!」
ティファが仲間たちを勇気付ける。
そのとき,管制官のイヤホンにシドの力強い声が響く。
『こちら神羅26号。ロケット村管制官,俺の声が聞こえるか?』
「こちらロケット村。艇長ご無事でしたか?」
その場にいた人間が一斉にスピーカーから聞こえるそのやり取りに釘付けになった。
『神羅26号はただいまオートパイロットを解除して手動操縦で帰還する』
狂喜したバレットが管制官からマイクとイヤホンをひったくった。
「シド!お前無事だったのか!もうだめかと思ったぜ」
『俺の腕を信用しろ。これより神羅26号は五分後に大気圏に突入する。誘導を頼む』
「こちらロケット村。おう,了解したぜ!!」
バレットは上機嫌で管制官にマイクとイヤホンを手渡した。
 
シドは後部座席に体を固定したクラウドに,
「もうすぐ大気圏に突入する。重力とでっかい衝撃が来る。だが気力で乗り切ってくれ」
クラウドは頷いて着ていたカシミヤのコートの襟を立てて両手は拳を握り締めた。
ヴィンセントはそっとシドに体を寄せた。
「しっかりつかまってろ」
シドがヴィンセントの頭を軽く叩いた。
再々,後部座席からクラウドの咳払いが聞こえた。
いよいよシャトルは大気圏に突入した。
船内に激しい衝撃が走る。
シドはしっかりとヴィンセントの体を抱きしめ、衝撃から守ってやる。
クラウドも衝撃に耐えながら祈った。
そのとき,クラウドの頭に浮かんだのは,かつてあんなに愛したセフィロスの柔らかな笑顔だった。
 
「外へ出てみようよ!」
レッド]Vとユフィとバレットが飛行場目指して走り出した。
ロケット村の町中の大人も子供も着陸予定の滑走路へ向かう。
ティファとケット・シーは作業員が運転する車に乗せてもらった。
「あれだ!」
獣の視力で,レッド]Vが空から青い炎の翼を見つけた。
ロケットは軌道修正を繰り返しながら次第に減速し,飛行機のような体勢になって,ゆっくりと車輪が出てきて,船が滑るように滑走路に入ってきた。尾翼部分からパラシュートが開いて,ここに今,神羅26号はゆっくりと停止した。
作業員達が近付いてシャトル本体に消火器をかける。
他の作業員がドアを開ける。
中から現れたのはヴィンセントの肩を抱いたまま,よれよれだがそれでもしっかりとした足取りで階段を降りて来るシドの姿だった。
町中の人や作業員達がシドに駆け寄る。
歓声の沸く中,クラウドはとりあえずヒュージマテリアを持ってその場を避けて通ろうとすると,ティファに声を掛けられた。
「おかえり,クラウド」
「ああ」
「体の調子はどう?」
「少し寒いな。コーヒーが飲みたい」
「相変わらずね」
「悪いな」
クラウドは用意された毛布を羽織った。あの瞬間に思った姿がセフィロスだなんて,クラウドはティファに申し訳なくて,顔をあわせられなかったのだ。
「少し休む」
クラウドは言った。
 
 第三話 彼の祈り
 
飛空艇のロビールームで,クラウドは厚着をしてカプチーノを飲んでいた。
「なんか嫌な音が聞こえるよ。星の声…?」
レッド]Vが言った。
「レッド]Vには聞こえるのか?」
「うん,エアリスほどではないけど」
「…エアリス。あいつ,なんであんな所に1人で行ってセフィロスの思念体に殺されたんだ?」
クラウドはどうしても理解できなかった。
「エアリスは自分の命と引き換えにかつての古代種がそうしたようにセフィロスに対抗しようとしたのか?」
「ううん,クラウド,それは違うよ」
ティファが言った。
「エアリスは死ぬつもりなんてなかった。自分は死なずになんとかセフィロスを止めようとしてたんじゃないかな」
「クラウド,辛いかもしれないけどもう一度忘らるる都に行ってみない?」
レッド]Vが言った。
エアリスが立っていた鏡の階段への道は閉ざされていて,代わりに大きな鏡が道をふさいでいた。
クラウドが鏡に手を触れると,その鏡は光り始めた。
『よく来ましたね』
どこからともなく声が聞こえた。
「誰だ?」
全員が周りをキョロキョロする。
『探しても私を見つけることはできません。私には実体がないからです』
「あんた何者だ?」
『私は古代種の意志です。ここで星を見守るため,ずっと待っていました』
「古代種の残存思念のようなものか。なぁ教えてくれ。エアリスは一体どうしたかったんだ?」
『彼は古代種の定めに従い,ホーリーを呼ぼうとしました』
「ホーリー?」
『星の危機を救うための,メテオに唯一対抗しうる究極の白魔法です。ホーリーの前にはメテオもウェポンも全て消えるでしょう』
「それはどうやって呼ぶことができる?」
『白マテリアを持ち,星に強く語りかけるのです。願いが叶えば白マテリアが緑色に光るそうです』
「…無理だ。白マテリアはエアリスが持っていた。エアリスがいなくなった今,俺達は白マテリアがどこにあるか分からない」
すると,鏡が眩い光と共にある映像を映し出した。
階段の上で白マテリアをにぎりしめ,うろうろするエアリスの姿が見える。
セフィロスが降りてきてエアリスを刺す。
そのとき,映像を見ていた一同は見た。
とっさにエアリスが白マテリアが付いたペンダントを階段の下の泉に放り投げたのを。ペンダントは転げ落ちていき,淡い緑の光を放っている。
「まさか,エアリスはすでにホーリーを唱えていたのか?」
クラウドが叫んだ。
『そうです。彼はホーリーを星に求め,星は彼の願いを受け入れました。彼はここへ来て初めて自分の大切な使命,白マテリアの意味を知りました』
「しかしなぜホーリーは発動しないんだ?」
『邪魔をしている者がいるのです』
「セフィロスか」
クラウドはようやく意味を理解し始めていた。
「エアリス,ありがとう,そして悪かった。俺がもっと早く気が付いていれば死なずにすんだのに…。後は…後は俺が責任を持って星を守ろう」
「何カッコつけてんだよ,俺,じゃなくて,俺“達”じゃん!」
横からシドが言った。
彼らは古代種の思念に礼を言うと,再び飛空艇に乗って出発した。
 
 第四話 ミッドガルより愛をこめて
 
操舵室でコーヒー片手に立っているクラウドのところへケット・シーが飛んできた。
「あわわ,クラウドさん,社長がジュノンのキャノンをミッドガルに移したそうです〜」
「なぜそんなことを」
「クラウドさんがヒュージマテリアをパクったから魔晄エネルギーの豊富なところへキャノンを移動させてそこから発射させるみたいです」
「そんなものを発射したらミッドガルがどうなるもんか分かったもんじゃないぞ」
「しかもさっきのとは別の真っ白いウェポンがミッドガルに向けて歩いてきてるんです。こりゃあもうキャノンが発射されるのは時間の問題ですよ」
「先に俺達がウェポンを片付けるしかないようだな」
その頃,神羅ビルの会議室。
 
ルーファウスが足を組んで据わり,指を組んだりほぐしたりしている。
「リーブ君」
「はい」
都市開発部部長のリーブがはっとしたように声を掛けられた。憔悴していて話を聞いていなかった。
「君は魔晄キャノンへのエネルギーを送り込む魔晄炉のエネルギーの出力調整を頼む」
「…はい」
リーブの返事は明らかに気後れが見られた。
「リーブ,調整なんていらないさ。ガァーッといくのよ,ガァーッと。キャハハハ」
スカーレットは相変わらずそんな調子だ。
「このキャノンは本当に北の大空洞のバリアを崩せるのか?」
「まかせてよ。でも社長。このキャノンにはちゃんとシスター・レイって名前があるんだからね!」
魔晄炉の出力が上がった。
都市開発部と神羅兵達の迅速な誘導で市民はトラック数千台でシェルターに避難された。
「ガハハハ,社長!シスター・レイの準備が整いました!」
「キャハハハ,いつでもOKよ!」
社長室のモニターでそれを聞くとルーファウスが,
「やれ」
と命令した。
魔晄炉からミッドガルへの電力供給が途絶え,ミッドガルの町は一斉に停電した。
シスター・レイが発射した。
エネルギーの長い波動がウェポンの肩を貫通し,北の大空洞へとまっすぐに伸びた。
大空洞のバリアがガラスのようにひび割れ,壊れてしまった。
「すげぇ…」
飛空艇からその様子を見てシドが昂奮していた。
「俺もあんなキャノン欲しいぞ」
ところが,怒ったウェポンがミッドガルに向かってビームを放った。
ビームは一直線にミッドガルに向かっている。
ミッドガルで一番高い場所。

 
ルーファウスはあの頃,父親であるプレジデント神羅から,長期出張ばかりを命じられた。
しかし仕事内容はつまらない用件ばかりで,わざわざ副社長が出張るほどのものではなかった。
ほとんどミッドガルに戻ることができなかったセフィロスに何度か弁解の手紙を書いたが,それがセフィロスに届けられることはなかった。神羅ビルの人間が取り次がなかった。
セフィロスもルーファウスに電話をかけたが,ルーファウスと同行の社員が電話を取り次ぐことはしなかった。そう,ルーファウスは決して好き好んでセフィロスを放置していたわけではなかった。
神羅の会社ぐるみでルーファウスとセフィロスの仲を引き裂こうとしていたのだ。
長期出張から帰ってきたルーファウスに届いた知らせは,セフィロスが婚約解消を申し出てきたこと,クラウド・ストライフと言う将校と交際を始めた事,その後しばらくしてニブルヘイムの魔晄炉で事故死したというものだった。
ルーファウスは事の顛末を知り,父親を責めた。
すると普段は金にしか目のない因業なプレジデント神羅が涙を流してルーファウスを抱きしめて謝罪した。
「許してくれ,全てはお前の為,会社の為,この街の為を思ってやったことだ。お前をあの女と結婚させるわけにはいかないんだ」
「親父は何を知っているんだ」
ルーファウスはさらに父に詰め寄った。
「あの女の持つジェノバの血をこの家に入れることはできないんだ。ジェノバはセトラではない。空から降ってきた災厄。セフィロスはその因子を持って生まれた女。そんな化け物にお前の子供を生ませるわけにはいかない」
「セフィロスは災厄なんかじゃない!」
ルーファウスの冷静な顔に朱が浮かんだ。
「頼む。分かってくれ,仮にセフィロスが一生おかしなことをしなくても,子々孫々にジェノバの遺伝子が引き継がれる。何代かのうちに凶暴性を持った者や危険な性格を持った者が生まれてきたらどうなる。そんな者が神羅カンパニーのトップになったらどうなる。この会社は,この街は…。400万人と呼ばれるミッドガルの住民達,世界中にある神羅の関連会社やそれに携わる人々の命や生活はどうなる。頼む。ルー,分かってくれ」
どんなに謝られてもセフィロスはもう帰ってこない。
悔しさと悲しみですっかりルーファウスは人格まで変わってしまい,血も涙もない冷血人間になってしまった。

 
父親がセフィロスに殺されたとパルマーに聞いたとき,父親が殺害されたことよりも,セフィロスが生存している事の方が優先事項だった。もう一度セフィロスに会いたい。許されなくてもいいから会って弁明したい。そう思った。しかし彼がやってきてしまった。クラウド・ストライフ。その名を知ったとき,ルーファウスはこの男がセフィロスをかどわかした男だと知った。
許せなかった。
しかし彼は気付いていた。セフィロスはもう自分を愛してはいない。なぜなら自分もクラウドと同じようにセフィロスを追っているのに,お召しフェリーのときといい,ニブルヘイムのときといい,古代種の神殿のときといい,竜巻の迷宮のときといい,セフィロスが姿を現すのはクラウドの前だけだった。
どうしてこんなに自分が求め,探しているのに彼女は自分には逢いに来てくれないのか。
ルーファウスの最後の望みはシスター・レイだ。セフィロスは今,大空洞にバリアを張っている。バリアを壊してしまえばセフィロスのいるそこに入ることができるだろう。
 神羅カンパニーの社長室のモニターに連絡が入る。
『社長!大空洞のバリア消滅確認しました!』
ルーファウスは窓に近付いた。
一瞬,ルーファウスの表情が明るくなる。
『社長!ものすごい高濃度のエネルギーがこちらに向かってきます。緊急脱出口よりお逃げください!』
しかしルーファウスは逃げもせず,悲しげな青い瞳で窓からこちらに向かって一直線に伸び来る光の波動を見ていた。
「…これが君の答えだと言うのなら私は喜んでそれを受け入れよう」
と呟いた。
 
もう,ルーファウスは知っていた。セフィロスからの答えは『NO』だった。たった一度の綻びはもう元には戻らなかった。ならばその彼女の意思を受け入れよう。彼はガラス窓に向かって微動だにせず立っていた。
「私は,“さらば”は言わない」
と最後に微笑んだ。
 
色鮮やかなウェポンのビームが社長室の窓を直撃した。神羅ビルのタワーは大爆発と共に粉々に崩れ落ちた。
 
 第五話 お迎え
 
その頃,クラウド達はミッドガル経由でウェポンの元へ降り立った。
「おかしいな」
クラウドが首をかしげた。
ここまで誰もクラウド一行の行方を阻む者はいなかった。
「罠なの…?」
ヴィンセントが心配層にクラウドの袖を引っ張る。
「その可能性もある」
一同は警戒しながら歩いていた。
先頭を歩いていたユフィが立ち止まった。
「クラウド!」
見ると,周りは知らない間に多くの神羅兵に囲まれていた。
「…しまった」
クラウドはその場に立ち尽くした。
 
その頃の神羅ビルの治安維持部門部長室。
「やばい,やばい」
ハイデッカーが携帯電話を片手にあわてふためく。
「社長と連絡が取れん!」
「なんやて!」
思わずリーブは訛りが出てしまった。
「キャハハハ,変な喋り方」
スカーレットはその事を笑ったが,リーブは,
「それどころやない!」
と一喝する。
そこへ通信が入る。
『大変です,将校数名が大量の兵士を連れて失踪しました!』
 
取り囲まれたクラウド達に,将校たちが歩み出た。
彼らはいきなりクラウドの前に立つと,並んで敬礼した。
「ストライフ中佐,お迎えに上がりました」
「お前は…?」
彼らは制帽を取った。
青年はかつてのクラウドの部下だった。
他の者もマスクを外した。皆,かつてクラウドの下で働いていた者たちだ。
「行方不明だった中佐が星を救う為に戦っておられることを知りました。さるお方から中佐がウェポンを倒すためにミッドガルに向かわれていることを知りました。我々にもお手伝いさせて下さい」
クラウドは目を丸くして彼らの顔を見ていた。
「…分かった」
クラウドは言った。
ウェポンは大きい。いくら戦いなれているとはいえ,人海戦術のほうがいいかも知れない。
将校の男が,
「おい,あれを」
と,声を掛けると,1人がクラウドに緋色のコートを持ってきた。
神羅ビルに保管されていたクラウドのコートだ。勲章がたくさん付いていて,中佐の徽章が付いている。
胸ポケットにはテレホンカードが1枚。
当時クラウドとセフィロスの結婚を記念してたくさん作って周囲に配ったもののうちの一つだ。
礼装用の軍服を着て緊張して『気を付け』をするクラウドと,豪華なウエディングドレスを着て本当に幸せそうに微笑んでいるセフィロスの姿が写っている。
ミッドガルの有名スタジオで前撮りしたものだ。
「それ,なに?」
ティファが聞くと,クラウドは慌ててテレホンカードをポケットにしまった。
クラウドは着ていた服の上からコートをかっちりと着ると,
「よし。これより俺が現場の指揮を取る」
と宣言した。
1年前の鬼軍曹の顔に戻っていた。
ティファの知らないクラウドの顔だった。
「ウェポンは全身を硬いうろこで覆われている。岩のようなものだ。そこで…」
クラウドは作戦を説明し始めた。
 
ウェポンは依然ミッドガルに向けて歩みを進めている。
「総員攻撃開始5秒前!4,3,2,1…」
ババババババババババババババ!!
離れた位置からウェポンに向けてマシンガンが撃たれる。
しかしこんなものでは,ウェポンを殺傷できるはずもない。だがそれでいいのだ。
ウェポンは足部に当たる散弾を不快なかゆみのように感じ,落ち着きなく動き始めた。
それがクラウドの目的だった。
散弾を撃つ兵士達の後ろから対空地上ミサイルが現れる。
クラウドが右手を挙げた。
ミサイルがウェポンの胸めがけて飛んでいった。
ヒュルルルルルルルル…。
ズブッ。
ミサイルは注射器のようにウェポンの胸に刺さった。
クラウドの仲間達はその様子を見ている。
「…一体どうなるの」
ティファが凝視している。
突然ウェポンがもがき始めた。体から黒い煙を上げている。
クラウドは双眼鏡でその様子を眺める。
「始まるぞ」
ウェポンの体がゆっくりと溶け始める。
ウェポンはやがて砂のようにさらさらと崩れ落ちていった。
「あの通りウェポンは装甲が硬い。普通にミサイルを撃ったり斬ったりしても何の効果も得られない。…なら内部から破壊活動を仕掛けるしかない。あのミサイルは注射器でしかない。中身を注入すると,ウェポンの体は化学反応を起こすんだ」
「…その中身って何だったんだ?」
バレットが聞くとクラウドは,
「…俺の細胞サンプル。血液から採った」
と,腕をめくって注射のガーゼを見せた。
クラウドの細胞内にあるジェノバ因子。セフィロスと“関係”を持つことにより不本意ながら手に入れたジェノバの遺伝子情報。
「ウェポンは魔晄エネルギーと同じ,ライフストリームの成分でできている。ライフストリームと正反対のジェノバ因子は強い化学反応が起きる。その溶解反応でウェポンの細胞はぐずぐずに崩れる。そういうことだ」
クラウドは缶コーヒーを飲みながら言った。
ユフィが元はウェポンだった砂の上に上がると,
「このっ,このっ」
と,砂の上を蹴る。
「あいたっ」
ユフィの足に何か当たり,転んだ。
靴下の上から血がにじんでいる。
「何かが刺さったよう」
バレットとシドがユフィの体を支えて砂の山から下ろし,クラウドが注意深く砂を掘った。
取り出してみると,ウェポンの心臓部分だった真っ赤な石の周りにトゲがついたものだ。
「ねーねーこれ,アタシの武器になりそうじゃない?」
と,座ったままユフィが言った。
クラウド率いる神羅兵の部隊は,赤のウェポンも同様の作戦で撃破していった。
紫のウェポンはハイウインドで,海底の緑のウェポンは,シドが潜水艦で近くまで寄っていってジェノバ・ミサイルを投下した。
ハイウインドの中で注射のガーゼを見つめながらクラウドが呟いた。
「俺の血液数mlでウェポンが即死…俺はやっぱりモンスターなのか…?」
ティファがクラウドの頭を抱きしめた。
「大丈夫,クラウドは人間だよ」

「中佐!けが人・死者とも出ませんでした!」
「うん,ごくろう」
クラウドが神羅将校に敬礼を返した。
鬼軍曹とは,ただ無駄に厳しい訓練を課すことだけではない。部下の生還を何よりも思うからこそ,鬼軍曹の名が伝説になる。
「けが人いるよーここにー」
ユフィが大騒ぎした。
「んなもんケアルかけてたら治るっての」
シドが言うと,
「いや,一度病院に連れて行こう。化膿して熱を持ったら大変だ」
バレットが言った。
飛空挺に仲間達が一度戻ってくると,スタッフの1人が,
「ゴールドソーサー近くに昔神羅の科学開発部門にいた人がひっそりと開業しているらしいのです。とても腕のいい外科医だそうですよ」
と思えてくれた。
「外科医でも内科医でも歯科医でもいいからなんとかしてー痛いー」
飛空艇内の自分の部屋のベッドで座ってテレビを見ていたユフィの声が聞こえる。
 
 第六話 恋せよ乙女
 
 評判の外科医,という女性は三十代後半の美しい人だった。
バレットとシドが両肩からユフィを支え,診察室にやってきたとき,時間外なのに親切に診察に応じてくれる。
慣れた手つきで局所麻酔を注射して傷を縫い,最後に生理食塩水のガーゼを当てる。
「早く来て良かったわね。もう少し遅かったら破傷風症になっていたわ。もう大丈夫。今夜は少し晴れて熱が出るかもしれないから坐薬と抗生物質を処方しましょう」
外科医師は処方箋を作る。
「うぎっ,坐薬嫌!かっこ悪い!」
ユフィが騒ぎ出した。
「わがまま言わないの」
ティファがぴしゃりとしかりつけた。
「ヴィンセントはユフィの面倒頼めるか?」
クラウドに呼ばれてヴィンセントがうなずいて入ってきた。
「ありがとう」
クラウドがそう言いかけたとき,ヴィンセントの血のような眼が丸くなった。
「ルクレツィア!!」
「へ!?」
シドが声を上げた。
ルクレツィアは不思議そうに目の前のあどけなさが残る美少女を見た。
「僕だ,ヴィンセントだ!」
ヴィンセントが自分の事を『僕』と言い出したので一同はきょとん,とした。
「あなた,ヴィンちゃん?」
ルクレツィアが確認した。
「まさかこんな所にいたなんて…」
ヴィンセントがルクレツィアの事をよく見ようとして近付く。
「…待って,来ないで」
ルクレツィアが手で制した。
「どうして。せっかく会えたのに」
「私には貴方に合わせる顔がない。私はあなたをあんな恐ろしい目に遭わせてしまったのに」
その場の全員が思っていることをシドが代弁した。
「おいちょっと待てよ,ヴィンセントの方だって,あんたのことを恐ろしい目に遭わせたって。一体どうなってるんだ」
「私が話します」
ルクレツィアはヴィンセントと確認しながら,ぽつりぽつりと以下のようなことを語った。
 
今から三十四年前,ガスト博士が仮死状態(コールドスリープ状態)のジェノバを発見し,ジェノバの能力を持った人間を生み出す『ジェノバ・プロジェクト』がスタートした。
研究施設の立地は環境の良いニブルヘイムが選ばれた。さっそく研究施設が建てられ,そこが後の神羅屋敷と呼ばれるようになるのだが,そこに神羅の科学開発部部長のガスト博士を中心にプロジェクトチームが集まっていた。その中には当時ガスト博士の助手だったルクレツィアと,副部長だった宝条も含まれていた。
当時科学者達の護衛に1人のタークスの青年が付けられた。彼の名前はヴィンセント・バレンタイン。黒髪のショートカットに色白ののっぽの美青年で,おとなしそうな外見に似合わず,後にタークスの語り草にもなった腕利きのガンマンである。
当時ルクレツィアに好意を寄せていたこのマメな美青年は,警護をするだけでなく,ルクレツィアや他の科学者の為に食事を作ったり,研究室を掃除したりとこまごまと世話を焼いた。
いつの間にかヴィンセントは『みんなのマスコットのヴィンちゃん』と可愛がられるようになった。
深夜に1人残ってデータを取る実験をしているルクレツィアの為にヴィンセントはサンドイッチを作って持ってきた。
「ありがとう,ヴィンちゃん」
「実験がうまくいくように“カツ”(勝つ)サンドを作ってきました」
「ヴィンちゃんは男の子なのに料理が上手ね」
「他に特技がありませんから」
「ううん,すごい事よ。私はこういうこと,一切無理だもの」
ルクレツィアに褒められてヴィンセントは嬉しそうにうつむいた。
「ヴィンちゃんはもう先に寝ててもいいのよ」
「大丈夫です。僕もお付き合いします」
ヴィンセントとルクレツィアはその夜,たくさんたくさんおしゃべりした。
ヴィンセントにとってとっても幸せな一夜だった。
ルクレツィアは言った。
「待っててね,ヴィンちゃん。この実験で古代種の能力を持った人間を生み出すことができれば,世界中の人が幸せになれるのよ。差別も貧乏もない世の中がきっと来るわ。その為なら私はどんな努力だってして見せる」
ルクレツィアは希望に燃えていたし,ヴィンセントはそんなルクレツィアがますます好きになった。
翌朝,ヴィンセントはご機嫌でスタッフ達の白衣の洗濯をしていた。神羅屋敷のベランダで白衣を干していると,町がよく見下ろせるのだが,ルクレツィアの姿が見えた。
ヴィンセントが声を掛けようとしたが,ルクレツィアの横に宝条がいたのでヴィンセントは黙ってしまった。
宝条がルクレツィアに言い寄っているように見える。
しかもルクレツィアはなんだか宝条に言い寄られて嬉しそうだ。
「…」
ヴィンセントは泣きたくなったが,思い直し,彼女が幸せならそれで構わない,と自分に言い聞かせ,何も見ていないふりをして明るく振舞おうとした。
研究室のモップ掛けをしていたヴィンセントに研究員達の話し声が聞こえてきた。
「いよいよジェノバプロジェクトが本格始動するな」
「ああ」
「ルクレツィアは古代種の代理母になることを受け入れたのか?」
「まぁな。リスクはあるけど」
ヴィンセントは驚いて研究員に尋ねた。
「ちょっと待ってくれ。それはどういう計画なんだ?」
「コールドスリープのジェノバの卵巣から卵子を採取して,人間の精子と受精させてルクレツィアの子宮で育てるのさ」
簡単なことのように喋る男にさらにヴィンセントは詰め寄った。
「そんなことをしてルクレツィアの体に負担はないのか?」
「それは分からないな。何しろ初めての試みなんだ。古代種の能力を持った胎児がどのように母体に影響を与えるなんてまだ問題にすらなっていないからさ」
宝条はその恐ろしいまでに整った美貌と甘い言葉で,ルクレツィアを誘惑してプロジェクトの為に体を提供するようにそそのかした。
一度は身を引いたヴィンセントだったが,ルクレツィアの命に関わる問題だ,と気付き,宝条の元へ走った。
「…彼女も私も科学者だ」
宝条は言った。
「お願い,ヴィンセント。これはとても大切なプロジェクトなの」
ルクレツィアのその言葉にヴィンセントは二度目のショックを受けた。
プロジェクトは行われ,彼女はジェノバの子供を身ごもることになった。
ジェノバの胎児は順調に成長を続け,ガスト博士は胎児は女児であると判定を下した。
これは研究チームにとっては好都合だった。なぜならジェノバ細胞は母系遺伝が強く,また男児よりも女児の方がよりジェノバの能力を発揮しやすい,と言うデータがすでに出ていた。
「あ,ヴィンちゃん。聞いてちょうだい。この子は女の子なんですって。美人で賢くて優しい子になるといいわね。…いいえ,賢くなくても健康で気立てのいい子に育ってくれたらいいわ」
ヴィンセントの苦悩も知らず,ルクレツィアはそんな事を言う。
ルクレツィアの為にヴィンセントは身の回りの世話や警備を続けていた。
ある日,研究室の掃除をしようとほうきを持って入ったヴィンセントは驚いた。
ルクレツィアが高熱を出してうずくまっていた。
すぐに検査すると,ルクレツィアは母子感染により,ジェノバ遺伝子が体に入り込んでしまったのだ。その際,自己と非自己を識別するT細胞がジェノバ反応に拒絶反応を起こしたことによる発熱だった。
ガスト博士の提案ですぐに帝王切開で子供を出すことにした。
生まれた女児はセフィロスと名づけられた。ルクレツィアは命は取り留めたがすっかり体調を崩していた。ヴィンセントは一生懸命に看病していた。
しかしブチキレたヴィンセントが宝条に詰め寄った。今度はもう許せない,と。
しかし宝条はヴィンセントに向かって発砲した。
ヴィンセントはゆっくりと気を失って倒れた。
宝条はヴィンセントの体に改造手術を施した。
ヴィンセントが気が付いたのは神羅屋敷のベッドの上。
髪が顔に掛かるので払いのけた。
…?
確か自分の髪は短かったはずだ。触れると髪は肩より長くなっている。
ヴィンセントはベッドの横の鏡を見た。
そこにはかつての自分の顔は写っておらず,真っ赤な瞳をした美しい少女がいた。
女の子?
ヴィンセントはわけも分からず,自分の体をさわった。
それはのっぽの青年のものではなく,身長こそ同じだったが,華奢な少女のものだった。
そこへ宝条が入ってきた。
「どうだね,ヴィンセント君」
「僕の体に何をした」
「“僕”じゃなくて“私”だろう?いや,ちょっとした実験をさせてもらったのだよ。いわゆる人間をモンスター化させて高い身体能力を手に入れる。実験は大成功だが,副作用として人間の状態でいる間は体が雌化してしまうようだ」
宝条の声がだんだん遠くなる。
ヴィンセントは動悸が激しくなり,意識を失った。
ベッドの上にいた美少女の姿はもうなく,そこにいたのは荒々しい雄狼のモンスターだった。

 
「この体は,私に与えられた罰なの。ガスト博士を,宝条を,ルクレツィアを止められなかったの。見ているだけしかできなかったそれが私の罪」
ヴィンセントは体を震わせていた。
「貴方は何も悪くない」
ルクレツィアはヴィンセントの肩を抱きしめた。
「私のせいで貴方をこんな目に遭わせたのに。貴方も私も死にたくても死ねない体になったのね…」
シドが進み出た。
「コイツはこの三十年,あんたに対する罪悪感ばかり背負って生きてきた。ここらでお互い荷物を降ろしちゃどうだい」
ルクレツィアは無言だった。
やがて,思い出したように,
「あの…セフィロスはどうなったの?最近私はあの子の夢をよく見るのよ。一度も抱いたこともなければミルクをあげたこともない,オムツを替えてあげたこともない…母親だと名乗り出ることもできなかった。セフィロスは…あの子は1年前に死んだと聞いているわ。だけどあの子も簡単には死なない体のはず。せめてあの子が成人した姿を見たかった」
「クラウド。ほら,あの写真。テレホンカード,あったでしょ」
レッド]Vがクラウドを見上げた。
「いつの間に見てたんだよ」
「オイラはいつもクラウドの足元にいるからね。チラッと見えたのさ」
クラウドは諦めて上着のポケットからテレホンカードを出してきた。
緋色のコートに入っていたクラウドが持っているたった1枚のセフィロスの写真。
ルクレツィアは愛しい娘の花嫁姿を見てため息をついた。
「この写真は…そう。貴方はセフィロスの…?」
クラウドは無言でうなずいた。
「セフィロスは,…本当は今どこにいるの?」
シドが本当の事を言おうとしたがクラウドが,
「セフィロスは結婚式を挙げる直前に仕事中の事故で亡くなった」
と告げた。
「そう…そうだっの」
ルクレツィアは言った。
帰り間際,
「…また,ここに来ても…いいかな?」
とヴィンセントが聞くと,
「木曜日の午後と日曜日は休診だから手は空いてるわ。貴方のお友達にけが人が出たらその限りではないけれどね」
と事務的に言った。
 
飛空艇に戻ると,ヴィンセントは以前と変わりなくユフィのガーゼを交換したり,キッチンに立っていた。
食事が済むと,シドは突然煙草を買ってくる,
と飛空艇を一人降りた。
「こんな夜中に煙草なんか買いに行くなよ」
バレットが声を掛けたが,
「うるせぇ。俺は煙を吸わないとやってられないんだ」
と言った。
ホットチョコレートを飲んでいたティファが,
「そう言えば,エアリスも“煙草を買ってくる”っていなくなっちゃったんだっけ…」
と言った。
「わわ,エンギでもないよ!」
レッド]Vがあせった。
シドは飛空艇を降りてワゴン車を運転して,
1人ゴールドーサーエリアへ向かった。
シドが目指した先はルクレツィアの医院だった。
病院の方はもうすでに電気が消えていて,二階の住居部分には明かりが付いていた。
シドは外側の階段を上がっていって住居部分の玄関の戸をどんどん叩いた。
「ごめんください,いるんでしょー」
玄関の明かりがパッと点いて引き戸が少し開き,ルクレツィアが顔を出した。
「あなたは昼間の人?」
「ちょっと話したいことがある。大事な話だ。済んだらすぐに帰るから」
ルクレツィアは戸を完全に開けると,
「私も話したいことがあるの。散らかってるけど上がって頂戴」
と言った。
シドは頭をかきながら靴を脱いで上がった。
「どこにでも座って」
こじんまりとしたリビングの真ん中にあるこたつ式のテーブルにシドは正座して座った。
「こんな部屋,ヴィンセントが来たら慌てて掃除を始めるわね」
「いや,そんなことないよ。でもま,あいつは掃除魔だから」
シドが笑った。
「貴方,ヴィンセントとは親しいの?」
「ええ。まぁ。一緒に戦う仲間だからな」
シドがまた頭をかいた。
ルクレツィアはシドのところにインスタントコーヒーを置いた。
「…それで,あなたから話してくれる?」
ルクレツィアがシドに促した。
「…セフィロスの事なんだ」
シドは言いにくそうだった。
「…セフィロスは生きている,そうね?」
ルクレツィアが先を読んで言った。
「ああ」
シドはうつむいた。
「ねぇ,セフィロスは一体何をしようとしているの?」
シドはこれまでの自分たちの冒険の事,セフィロスが狂ってメテオを呼んで星を滅ぼそうとしている事を全て話した。いまさらルクレツィアに都合の悪いことは話せない,というものは通じなかった。
それでも頬杖をついたルクレツィアは黙って聞いていた。
「聞くの,辛かったかい」
シドがルクレツィアを覗き込んで言った。
「いいえ。気にしないで。私達の生きる現実はいつも小説よりも残酷だわ。覚悟はできてる。貴方達がセフィロスを倒すために戦っていることも理解できなくはない。…この三十三年,もう涙も枯れ果てたわ。今はこの病院をひっそりやってくことが私の生きがいだけど」
本来ならば六十代後半と見られる彼女は壁のカレンダーを見上げる。
「…それで今度は先生の話を聞かせてくれるかい」
「ヴィンセントに渡したいものがあるの…」
ルクレツィアはシドを奥の部屋に連れて行った。
ルクレツィアは凍結保存の装置を指差した。
「これはカオス…私がこの三十三年間の研究を経て作り出したものよ」
「カオス?そりゃ一体…」
「宝条博士がジェノバプロジェクトと平行して,密に人間を改造してモンスターを作る研究をしていたことは今日の昼間,話したわよね」
「ああ,ヴィンセントが最初の実験台になったって」
「そうなの。だけどまだまだ改良の余地はあったわ。私は当時の研究チームと別れた後も,1人宝条博士の研究を引き継いだの。そして生まれたのが“カオス”よ。これまでのものとは身体能力も人体への負担もずっと少なくなるわ。打撃による破壊力は従来の40倍,ブレスによるフレア攻撃の威力は120倍。以前のものとは全く桁外れよ」
ルクレツィアの表情はさっきとは打って変わり,いきいきとしたものになった。
「これをヴィンセントに…?」
「ええ。もちろん無理にとは言わない。だけど貴方達の戦いの邪魔にはならないわ」
「あんたのセフィロスはどうなる?」
するとルクレツィアは壁に寄りかかって,
「…分かってる。私は間接的に自分の子供を殺そうとしている。だけどそれはあのクラウドさんっていう人も同じなのよね。…その人を愛する気持ちは強いけど,でもそれだけじゃだめなのよ。…所詮私は体を提供した代理母に過ぎないんだから…」
ルクレツィアは自虐的に笑った。
「それにね,科学者としての“欲”もあるのよ。宝条博士の作り出すモンスターと私の作った“カオス”,どちらが優れているのかしら。怖いけど私はそれを知りたい」
シドは混乱してきた。彼女はセフィロスの母であることと科学者であることの間でとてもジレンマに陥っていることが分かった。
彼女が怖くなったシドは,とりあえず,いつ行けるかどうかは分からないがヴィンセントに話だけは持ちかけてみる,と告げてその場を辞した。
翌朝,シドはヴィンセントを伴って再び医院を訪れた。
シドはここへ来るまで車の中で何度もヴィンセントに念を押した。怖かったら引き返してもいいんだぞ,と。
しかし彼女はただ笑って,首を振った。
ルクレツィアはヴィンセントを椅子に座らせ,背中を向けるように言った。
ヴィンセントの長い髪を上げながら,
「髪が随分伸びたわね」
と笑って,消毒すると,その白い首に注射針を刺した。
「これで私が貴方にできることは精一杯よ。これ以上私にできることはないわ。これからはこの人と一緒に戦いなさい」
ルクレツィアは注射器をゴミ箱に捨てる。
「シドさん,だったわね」
「あ,ああ」
「この子は器用で気立てのいい子だけれど,いつもツメが甘いの。ちゃんと見ててやってね」
精一杯毅然とした態度を作って見送るルクレツィアに2人は別れを告げた。
 
 第七話 熱き男の戦い
 
その頃都市開発部門部長のリーブは部長室の端末を叩いて青くなっていた。
「これは…!」
魔晄炉から魔晄エネルギーが再びものすごい勢いでくみ出されてシスター・レイに注がれている。
リーブはスカーレットに連絡を取った。
「おい,誰かがシスター・レイにエネルギーを送り込んでいるぞ」
『ちょっと,それまずいよ!シスター・レイは一度発射すると,3時間は砲台を冷却しないとメルトダウンを起こすのよ。ちょっと,あんた,なんとかしてよ!』
一体何者がどのような理由でこんなことをしているのか。
突然,呼び出し音が鳴った。
リーブはホットラインの受話器をとった。
『大変です!何者かがシスター・レイを手動操作に切り替えています』
「なにっ,シスター・レイは自動操作のはずだ。シスター・レイの電源を強制切断しろ。操作盤室に連絡を取れ!」
『それができません!つながりません!!』
「どうなっている」
リーブはシスター・レイの手動操作盤別室に電話をつなげる。
しかし呼び出し音は鳴っても誰も受話器を取らない。
嫌な予感がして再び端末を叩いて,今度は操作盤室の監視カメラを呼び出した。
カメラに写ったのは,倒れている作業員達数名と,彼らをスパナで殴ったらしい宝条の姿だった。
「宝条!何をしている!」
美貌の科学者はリーブの呼びかけには応えず,愉快そうに叫んだ。
「フフフ,待っていろよ。セフィロス。お前にたっぷりエネルギーを送ってやろう」
「やめろ,宝条,次にシスター・レイをぶっ放したら,ミッドガルは確実に吹き飛ぶぞ!」
「ミッドガルの一つや二つ,この私の知ったことではない」
「…宝条!」
宝条はゆっくりとシスター・レイのスイッチに手を触れる。
「フフフ,セフィロス,私の可愛いセフィロス,科学を超えてゆけ…お前の前には科学など無力だ。悔しいが認めてやる…その代わり私にその力を見せてくれ」
 
以上の盗聴を飛空艇の中でクラウド達に聞かせたケット・シーだった。
「一体宝条は何を考えているんだ?」
クラウドはあきらかにいらついている。
「知らない!宝条が勝手に暴走しているだけなんだ!…いや,だけなんや」
「お前,実は都市開発部部長のリーブだろ」
シドが口を挟んだ。
ケット・シーは小さな声でうめいた。
「そうだ,魔晄炉のバルブは?バルブを閉めればなんとかならねぇかい」
バレットが言った。
「それがですね,魔晄炉のバルブを閉めたってすでにシスター・レイに溜まっている魔晄エネルギーはどうしますのや。一度くみ上げた魔晄エネルギーは下には落ちひん。それに無理にバルブを閉めたら砲身の中がものすごい圧力で高温になります。そしたらキャノン砲もろともボーンや。そうなったら壱番魔晄炉爆破のときの比やないで」
「とりあえず宝条を止めるのが先決だな」
クラウドがケット・シーに声を掛けた。
「来てくれはりますか」
「当たり前だ」
 
場面は神羅ビル内部に戻る。
ケット・シーのイヤホンを通してクラウドの援軍にこぎつけたリーブは,ハイデッカーに,
「今,クラウド達が来てくれるそうや。邪魔はせんといてや!」
「ガハハハハハ,お前なんかになぜ命令されなきゃいかんのだ。あいつのせいで俺は部下の兵隊を取られたんだぞ!」
「そんな個人的な恨み言うとる場合とちゃうやろ」
リーブが何とか止めようとするが,聞く耳を持たないハイデッカーとスカーレットは会議室から出て行ってしまった。
「キャハハハハ,ハイデッカー,あの新兵器を使うよ!」
立ち尽くすリーブ。
「火に油をそそいでしもた…せやけど」
 
「みんな来てくれるよな!」
ケット・シーの言葉に仲間たちは,おおきくうなずいた。
「そんな兵器,アタシがスクラップにしてやるからね!」
ルクレツィアの手当てとヴィンセントの看病ですっかり良くなったユフィが飛び跳ねた。
「後は俺達に任せて,本体の人間のアンタはどこか安全な場所へ隠れるんだ」
クラウドがケット・シーに言った。
「おおきに,ほんまにおおきに」
ケット・シーの向こうのリーブは涙を流していた。
 
ミッドガルは今,全ての外とのゲートを閉じ,スラムからの道も閉鎖されていた。
「この先の地下下水道から中へ入れるんです」
ケット・シーに案内されて,彼らは暗い地下道へもぐりこんだ。
「うへぇ,臭ぇ」
シドが嫌な顔をした。
「我慢しろ。この先にキャノンへの階段があるらしい」
一同の足音を聞いてきたのか,
「あっ,あんた達」
とイリーナが飛び出してきた。
その後に続いてレノとルードが現れる。
「…俺達はタークスだ」
珍しく無口のルードが最初に言葉を発した。
「そうだな,と」
イリーナは講釈を垂れた。
「あんた達“ジェノバ夫婦”のせいで会社はボロボロ。でも命令は命令なの。命令どおり,あんた達の命,頂戴するわ!」
クラウド達はこんな所で道草を食っている暇はなかったが,身構えた。
「あんたとは一度けりをつけたかったんだぞ,と…これはタークスとしてではなく,俺個人の問題としてな」
レノがクラウドに飛び掛ってきた。
クラウドとレノの最後の激しい殺陣が始まった。
敏捷さと手数の多さをとくいとするレノの攻撃を鍛えられた体を活かしたクラウドの力技が弾く。
どちらが強い,というレベルではなくて,すでに2人の男は相手の命を奪うと言うより,明らかにこのタイマンの決闘を楽しんでいる様子だった。
イリーナがクラウドの邪魔をしようとしたところをルードが止めた。
「…これは男と男の勝負だ」
ジャンプしてロッドをおろしてきたレノをクラウドが弾き返したとき,ルードが時計を見てから,
「そこまで。終業時間だ」
と告げた。
するとレノはロッドをおろした。
「…へっ,おあいこだぞ,と」
「でもレノ先輩」
「イリーナ,勤務時間外で武器を使うのは禁止だぞ,と」
とレノは言い,
「クラウド。またお前と勝負したいな,と」
クラウドは騎士のようなお辞儀をして,
「またいつでも挑戦は受ける」
と言った。
タークスの連中と別れた後,ようやく地上に出てきたが,レッド]Vが,
「ねぇ,クラウド,へんな地響きがしないかな?」
と言う。
確かに振動のようなものを感じる。
目の前に赤い乗用型戦闘ロボットが現れた。ブンブンとうるさいし,振動も鬱陶しい。
「これがそのガラクタかよっ」
バレットが言った。
「ガラクタとは失礼ねっ」
頭部のコクピットにスカーレットとハイデッカーが乗っているのが見える。
「あんた達,よくも私のつくった兵器を壊してくれたねっ」
「お前達,よくも俺の部下を寝返らせてくれたなっ」
「寝返ったんじゃない。表返っただけだ。お前はいかに自分に人徳がないか認めたくないだけじゃないのか?このクラウドはいつだって人徳で部下や仲間に恵まれていたらしいぜ」
バレットが言うと,
「うるさーい。おい,スカーレット,こんなヤツラぺちゃんこにしてやる!ガハハハハ」
「キャハハハ。準備OK。このプラウド・クラッドの実力,見せてあげるよっ」
バババババババ。
胸からミサイルが飛び出る。
「ちっ,ミサイルか。なら俺もお返ししなきゃなぁ」
シドは携帯電話を取り出して,どこかに電話をかけた。
この緊急時に何をやっているのだろう。
「攻撃開始!」
シドは電話の相手にそう言うと,電話を切った。
「離れてろ!!」
シドが叫んだ。
そのとき,彼らの頭上を旋回していたハイウインドがプラウド・クラッドの頭上に無数のミサイルの雨を降らせた。
プラウド・クラッドは大爆発と共に炎上した。
「夫婦漫才みたいなやかましいヤツらだったなぁ」
煙草の火を点けながらシドが言った。
 
 第八話 狂気の涙
 
「そこまでだ宝条!」
魔晄キャノン,シスター・レイの隣に立つ宝条にクラウドは駆け寄り,剣を顎に向けた。
宝条はおどける調子で両手を挙げてクラウドに微笑みかける。
彼の美貌は整いすぎて,薄ら恐ろしささえ感じられる。
「これはクラウド君。随分と物騒なことをしてくれるじゃないか。私は君の舅になるんだぞ」
「なんだって?」
「舅って事はもしかしてあんたがセフィロスの父親だってのか?」
バレットが聞いた。
「そうだ。ジェノバプロジェクトに私は自らの精子を提供した。つまり私はセフィロスの父なのだ。セフィロスにはその事を知らせていなかったがな」
そもそも宝条がセフィロスの父だとすると,この宝条という男は一体何歳なのだろうか。どう見ても三十代後半くらいまでにしか見えないのだが。
「それで,お前はセフィロスに大量の魔晄エネルギーを送り込んで何を企んでいるんだ」
「簡単なことだ。孫の顔を早く見たいのだよ」
クラウドとティファ以外のその場にいた人間は宝条の言葉の意味が分からなかった。
「なんだクラウド君,君は自分が父親になることを仲間たちにまだ知らせていないのだね」
セフィロスが妊娠していること自体がとんでもない事件なのに,その子供の父親がクラウドなのだ。
「それじゃ,セフィロスはクラウドの子供を身ごもってるってことか。それとあんたが魔晄エネルギーを送っていることとどういう関係があるんだ」
バレットが質問した。
「ふむ。さすが元新聞記者だな。とことん追求するわけだ。いいだろう。…セフィロスはクラウド君の子供を妊娠すると,大空洞にバリアを張り,そこでライフストリームのエネルギーを受けながら出産まで眠り続けている。私は孫が早く成長して生まれる為に大量の魔晄エネルギーをセフィロスに与えるのだ」
「なぜ,そこまでする」
「バレット君,と言ったかな。全く君は熱心で優秀な記者だ。私は知りたいのだよ。科学の力を超えた私の娘の力を。他に理由などない」
「…狂ってる」
ティファが呟いた。
「君は私が狂っていると思うかね。なるほど確かに私は狂っている。だがこの私を狂わせた原因はなんだろうね?」
宝条の目は笑っていない。
「ガスト博士だよ!あの人は確かに天才科学者だったが,とても身勝手な人だった。私はあの人を許さない。彼さえいなければ私は…いや,ここで死人に鞭を打つのはむなしいことだ。さぁ邪魔をしないでくれたまえ」
「…あんたにはこれ以上悪事を重ねさせるわけにはいかない」
クラウドは静かに言った。
「あくまで私の邪魔をするのだね。いいだろう」
宝条はポケットからカプセルのようなものを投げた。
中から巨大なモンスターが現れたが,クラウドの敵ではなかった。
「クッ,なかなか手ごわいな…」
「観念しろ」
クラウドは宝条を追い詰めた。
突然,宝条が激しく咳き込み始めた。
「うっ,苦しい…」
心臓発作のように立ち止まり,息を切らせている。
クラウドは驚いて離れた。
突然,宝条の体がところてんのように伸び,ゼリー状の人型スライムのようになった。まさか宝条もヴィンセントと同じ改造人間になってしまったのか。
「…一体これは」
クラウドが驚いて見上げた。
かつて宝条だったそれは,触手を鞭のように振り回し,クラウドたちを攻撃した。
相手の体はアメーバ状になっていてクラウドが斬ってもティファが殴ってもシドが槍で刺突してもぐにゃぐにゃと変形するだけで効果がない。
それれどころかシドが触手につかまれ,放り投げられて激しく腰を打った。
「いてぇっ!」
「シド!」
ヴィンセントが駆け寄ると,シドが,
「ヴィンセント!あれを使うんだ。あのセンセイにもらった力…」
「う,うん,分かった」
ヴィンセントは次の瞬間,角を持ち,背中にコウモリの翼を持つ漆黒の悪魔の姿に変わった。
ルクレツィアの長年の研究の結果生み出された魔物,カオスだった。
宝条とルクレツィアの激しい科学力の勝負が始まった。
カオスは浮き上がると宝条だったアメーバの前に急降下してからものすごいスピードで殴る蹴るを繰り返し,攻撃のチャンスを与えない。
とうとう宝条だったアメーバの体が破裂した。
ルクレツィアが宝条に勝ったのだ。
アメーバは次第に縮こまり,やがて元の宝条の姿に戻った。
ヴィンセントも元の姿に戻り,宝条の傍らに立った。
「…フッ,やはり私は二流科学者か…。私は負けた。だが悪い気はしない…」
「…?どういう意味だ」
クラウドが説明を促した。
「ガスト博士に頼まれたのが私の人生のけちのつき始めだった…」
 
 第九話 彼の悲しみ
 
 
宝条はもともとガスト博士の後輩で,2人はとても仲が良かった。
ジェノバ・プロジェクトを手伝わないか,と声を掛けたのもガスト博士だった。
先輩をとても尊敬していた宝条は,二つ返事でプロジェクトメンバーになった。
ある日,宝条はガスト博士にジェノバの卵子に人間の男性の精子を必要としている。是非君に提供して欲しい,と言った。
宝条は,
「なぜガスト博士ではないのですか」
とたずねた。
するとガスト博士はこう言った。
「君と私,一番似ていないところはどこでしょうね」
と。
何度も言うが,宝条のシントメリーに美しい顔立ちはほぼ見事なネフェルティティの如き黄金比であり,優れたギリシャ彫刻の目鼻を持つ比類なき絶世の美男である。
しかしガスト博士は背は低く,顔は赤ら顔で団子鼻で醜く,ベス神の様な容姿だった。
「ジェノバ遺伝子から生まれる子供は女児でなくてはなりません。なぜなら男児よりも女児の方が5倍もの能力を引き出せるのです。…生まれてくるのが女の子だと決まっていたら,綺麗な顔に生まれた方が幸せだと思うのですよ」
先輩科学者に頼まれ,宝条は嫌とは言えなかった。
さらにガスト博士は言った。
「受精卵を育てる子宮ですが,ルクレツィア君の体を借りましょう。宝条君,ルクレツィア君に実験に協力してくれるよう頼んできて下さい」
「私がですか」
「そうです。貴方の美貌ならほだされない人なんていないでしょう」
明らかにガスト博士には宝条の美しさへの嫉妬があった。
天は二物を与えず,宝条はガスト博士の科学者としての才能にコンプレックスを抱いているのと同じくらい,ガスト博士は宝条の美しさにコンプレックスを抱いていたのだ。
ガスト博士の目論見どおり,ルクレツィアはあっさりと実験に体を提供することを承諾した。
そうしているうちにセフィロスが生まれたが,そのときガスト博士は言った。
「君達の親としての役割は終わりです。これからはこの子は私の娘です」
当時,宝条とルクレツィアとってガスト博士の命令は絶対的なものだった。
せめてガスト博士が自分の代わりにセフィロスを可愛がってくれたら,とせめて願っていた。
ところがガスト博士は,その頃,ミッドガルでイファルナという本物の古代種の女性と知り合い,彼女から,ジェノバは古代種ではなく,空から降ってきた災厄だということを知ると,まだ0歳児のセフィロスを疎ましく思うようになった。
ガスト博士はミッドガルに邸宅がありながら,マンションを借りてイファルナと暮らすという二重生活を続けていたが,イファルナとの間にエアリスという男の子が生まれると,ますます自宅には帰らなくなった。
セフィロスはお陰で裕福な生活が保証されていたが,家庭的には孤独だった。宝条は見かねてセフィロスを引き取りたいと申し出たが,ガスト博士は許さなかった。
そこで宝条は自らを『あしながおじさん』と名乗り,こっそりセフィロスに手紙を書いたり,おもちゃや菓子を送ったりした。
手紙にはいつも,
『けっしてわたしのことをおとうさんにはなしてはいけません』
と書いて。
ガスト博士の家の使用人達もセフィロスにとても同情していたので,誰一人ガスト博士に『あしながおじさん』の事を教える者はいなかった。
 
セフィロスが14歳になったとき,ガスト博士は宝条に,
「セフィロスを来年度よりソルジャー部隊に入れたい」
と宣言した。
セフィロスはセトラではなかったが,ジェノバのその恐ろしい身体能力,魔力がどれほどのものかどれほど成長するものなのか,この目で見てみたい,と言うのだ。
宝条は大反対した。
いつもセフィロスの手紙を読んでいて,彼女の性格を誰よりも理解していた。
『あしながおじさんへ
わたしは歌手になりたいです
自分で曲を作って歌いたいです』
『あしながおじさんへ
わたしは軍隊はきらいです
戦ってばかりで痛くないのかな』
しかしガスト博士は宝条の必死の懇願も聞き入れてはくれなかった。
何も知らないセフィロスをソルジャー部隊に入れて戦場に向かわせた。
セフィロスは戦場からも『あしながおじさん』に手紙を書いた。
『あしながおじさんへ
今日ぶちょうさんからサンダーとブリザドのマテリアをもらいました。
わたしが使うとなぜかサンダガとブリザガになりました』
『あしながおじさんへ
今日わたしは初めて人をころしてしまいました。
その人は鉄砲を持っていたけれどとても動きがのろかったのでわたしが刀できると簡単に死んでしまいました』
『あしながおじさんへ
今日はアイシクルエリアにいたレジスタンス
の人がわたしに鉄砲をむけてきたのでみなごろしにしました』
『あしながおじさんへ
今日からわたしはクラス1STではたらくことになりました。ソルジャーになって1週間で1STになる人は今までいないそうです。たくさんころしたら,たくさんお小遣いとごほうびがもらえるよとぶちょうさんが言いました。だから今日は127人ころしました。明日のゆうがたにはミッドガルにかえってきます。家に帰れるので楽しみです』
あんなに人を殺すことを恐れていたセフィロスが今では戦場の一陣の風になり,多くのモンスターや人の命を奪っている。
宝条はもう一度ガスト博士の所へ抗議に行くことを決めた。
そのとき,若い部下が宝条の元へ入ってきた。
「博士,大変です。ガスト博士が会社の機密情報を持って逃走しました」
宝条は開いた口がふさがらなかった。
可愛いセフィロスを見捨て,しかも会社の機密情報を持ってあのセトラの妻子と共に逃げたのだ。なんと身勝手な男だろう。
すぐに社長室へ向かった。
「おお,宝条君。ガスト博士が我が社の兵器情報を持って行方不明になった」
プレジデント神羅はうめくように言った。
宝条の口からとても恐ろしい言葉が出た。
「社長。私に兵隊をお貸しください。必ずガスト博士をとらまえてみせます」
「やってくれるのかね」
「お任せください」
「ガスト博士は我が社にとても必要な頭脳だが,抵抗する場合は君に射殺命令を許可する」
「はい」
宝条はうなずいた。
 
まずはコスモキャニオンの大学に電話をして,ガスト博士と仲の良い星命学の教授から,ガスト博士がアイシクルロッジに引っ越したことを知る。
アイシクルロッジではガスト博士を町民が慕っているらしく,皆ガスト博士の居場所は口を割らなかった。
しかし,ここで引き下がる宝条ではなかった。
かつての宝条は自分の美貌を武器にすることを卑怯なことと恥じ,決して利用しなかった。
しかし宝条はもう,昔の青臭い宝条ではない。
未亡人の女性を自らの美貌でかどわかし,ガスト博士の居場所を吐かせてしまった。
後は先述の通りである。
神羅の兵器情報の機密を反神羅組織に売った金でガスト博士は立派な家に住んでいた。
殴られて頭から血を流したガスト博士は,宝条に,エアリスだけは助けてくれ,と懇願した。
その言葉は宝条にとって火に油を注いだだけだった。
「息子だけは助けてくれだと?よくそんなことが言えたものですね。それじゃあ私の娘はどうなるんですか?私はあの時セフィロスをソルジャーにしないでくれと言いましたね。しかし貴方はそれを無視した。都合が良すぎませんか?」
「あれは…セフィロスは本物の古代種ではない。空から来た災厄ジェノバなんだ。それは君も知っているだろう?」
「だからといって私の娘の命が貴方の息子の命より軽いとおっしゃるのですか?あんまりじゃないですか。同じ年頃の子供が2人いて,1人はこうして親の愛を受けて育ち,もう1人は真実の親とも名乗りあえず戦地に送られる…こんな悲しい話があるのでしょうか」
宝条のガスト博士を見据えるその目は悔し涙を流していた。
「この星の為だ。分かってくれ」
「まだそんな言い訳をしますか。貴方の理屈はもう聞き飽きた。貴方は星と自分の子供の命,星をとるのですか?私は星なんかより娘を取りますよ。さようなら,ガスト博士。貴方はとても素晴らしい科学者だったけれど,人間としては最低でしたね」
宝条は引き金を引いた。
 
ミッドガルに戻ると,宝条はプレジデント神羅にガスト博士の死体を献上した。
「よくやった,宝条君。君を新しい科学技術部門部長に任命しよう。すぐに辞令を出してやる」
こうして宝条は今の地位を手に入れた。
宝条は給料が桁違いに上がったので,セフィロスの為に成人式の着物代や嫁入りのための貯金を始めた。
セフィロスからの手紙は,
『パパがしんだとぶちょうさんからききました。
わたしはとてもさびしいです。
でもぶちょうさんやおじさんがいるのでこれからもがんばります』
と書かれていた。
セフィロスの活躍ぶりは新聞やテレビなどで騒がれるようになった。
いつの間にか彼女の事を人々は『英雄』と呼び,羨望の眼差しで見るようになり,反神羅組織は『黒い死神』と呼び,恐れられるようになった。
セフィロスが成人式を迎える頃,宝条はセフィロスに振袖を贈った。
成人式で振袖を着て他の女の子達と楽しそうに笑っているセフィロスの写真が送られてきた。
善良な市民からは『英雄』と呼ばれ,敵組織からは『死神』と呼ばれる彼女が,普通の同年代の女の子と同じように成人式を迎え,楽しそうに笑っている。
宝条はその写真を見るだけで満足だった。
やがてセフィロスはルーファウスと婚約したことを知った。
玉の輿に乗ることになった彼女を宝条はとても喜んだ。
やっと彼女も普通の女性と同じように幸せを手に入れられるだろう。
しかしプレジデント神羅の根回しで結婚が難しくなり,セフィロスは病気になってしまった。
宝条は科学技術部門部長の仕事をこなしつつ,必死にセフィロスの看病をした。
宝条はこのとき,初めてセフィロスの体に触れたのだ。なんという悲しい親子関係であろうか。
宝条はプレジデント神羅に詰め寄った。
「私の娘のどこに過失があったのでしょう。娘は貴方のご子息と結婚する日をあんなに指折り数えて待っていたのです。あまりにも憐れです」
プレジデント神羅は非常に重苦しい顔をして,
「許してくれ宝条君。息子をジェノバ因子を持った女と結婚させるわけにはいかんのだ」
所詮,プレジデント神羅もガスト博士と同じだった。
セフィロスの能力を高く評価しておきながら,いざとなったら娘をジェノバだ災厄だモンスターだと言って差別する。
この長い戦争を終わらせたのは誰だ。
ジェノバの力を持ったセフィロスではないのか。
そんな折,セフィロスに新しい恋人ができた。それがクラウドだった。
クラウドは傷ついたセフィロスの事を優しく慰め,癒した。
今度こそ娘は幸せになれる,宝条は思った。
しかしニブルヘイムの事件でセフィロスは魔晄炉に落下した。
そのとき,宝条はある実験を思いついた。
科学技術部門が以前からデータとして取ってあるセフィロスの血液や尿から遠心分離でジェノバ遺伝子のみを抽出し,ごく普通の人間に感染させる。
感染した人間は,ジェノバのリユニオンに従い,神羅ビルにあるジェノバ本体の元に彼らが終結し,セフィロスも現れるだろう,と。
そうと決まれば宝条は仮死状態のセフィロスを探し出すと,ウエディングドレスを着せて再びライフストリームの中に放り投げた。
娘はきっと帰ってくる,と信じて。
一年後,待てども待てども神羅ビルに誰一人リユニオンに集まる者はいなかった。
失敗したかもしれない,と思った。
実はリユニオンは失敗したのではなく,セフィロス本人によってコントロールされていたのだ。

ただ,一つ不満なのは,最後まで残ったリユニオンに参加した男と言うのが,自分が意図的にジェノバ遺伝子に感染させた男達ではなく,単にセフィロスから直接血液感染したクラウドだったからだ。
そこから先は宝条によってトントン拍子にことが運んだ。
今でもセフィロスを愛しているクラウドは,セフィロスの体に自らの遺伝子を植え付け,妊娠させた。
新しいジェノバの命が生まれるのだ。
これほど喜ばしいことはない。
 
しかし,大量の魔晄エネルギーをセフィロスに与えようとしていたところをクラウドに阻止され,運悪く宝条の体に奇妙な副作用が起こった。
実は宝条は不必要に大量に魔晄を摂取していたのである。
宝条は四十歳手前になってから,急に不安に思うことがあった。
いつかはこの美貌も衰える。それがとても恐ろしかった。
ある日,科学技術部門の部下がうっかりしてポッドを一つ壊してしまい,中身の魔晄エネルギーたっぷりの培養液が宝条の手に掛かった。
そのとき,宝条のやつれたゴツゴツした手の甲が一瞬にして子供のようなもち肌のように柔らかく,真っ白になった。
理論は分からないが,魔晄エネルギーを直接浴びると,肌の代謝機能が上がるらしい。
それ以降,宝条は自らの美しさを半永久的に保つ為にミネラルウォーター代わりに魔晄ジュースを飲み,魔晄の水で洗顔した。
結果,宝条の年齢は実際は還暦をとっくに過ぎているはずなのにいつまでも三十代に見えるということだ。
まさにエリザベート・バートリと同じだった。しかし,魔晄を必要以上に浴びる事は健康上好ましいものではなく,クラウドに剣を向けられたときに宝条の心拍数が上がり,彼はあのようなアメーバになってしまったのだった。
 
 第九話 新しい命へのリレー
 
 クラウドに倒された,と言うより魔晄の過剰摂取で虫の息になった宝条の結っていた長い髪はほどけ,眼鏡は外れていた。
髪を下ろした宝条はセフィロスと同じ位の髪の長さがあったことと,髪質がよく似ていた事,眼鏡を外した宝条の美しい横顔はセフィロスの面影がないような気もしない。
言われてみれば親子だと言われても納得がいく。
そう思うとクラウドは辛くなって,宝条の体を支えた。
「…クラウド君」
宝条が言った。
「君に渡すものがある」
宝条は震える手で白衣の懐から糊付けされた封筒を渡した。
「これは?」
「命名札だ」
クラウドは両手で丁寧に受け取るとコートのポケットにしまった。
「君に頼みがある」
「言うだけ言ってみろ」
「たとえ私が魔晄エネルギーを送り込まなくてもセフィロスは近く子供を生む。それは君の子供だ。セフィロスが君たちなどに負けるとは思えん。だが…もしセフィロスが負けたとしても,子供だけは…子供だけは助けてやってくれ。生まれてくる子供に罪はない。ジェノバだろうと,セトラだろうと,人間だろうと,モンスターだろうと,それは同じだ…」
「おい,クラウド!お前親父になるんだろ!なんとかしてやってくれ!子供だけでもなんとかしてやろうぜ」
実の子ではなくとも人の親であるバレットが声を出した。
「…分かった」
クラウドが小さく返事した。
「…ありが…とう。君は豪胆な男だ。花嫁の父として君を歓迎しよう…これであの子も幸せに…」
そう言うと,宝条は静かに目を閉じた。
クラウドは無言で首を振った。
誰も宝条が死んで喜ぶものはいなかった。
この世にも不幸な美男の生涯にただただ哀れむばかりだった。
一番悲しんでいたのはあんなに宝条を恨んでいたのはヴィンセントだった。
「ばかばかばかぁ!!勝手に死ぬなよ!あんたが先に死んだら俺やルクレツィアは誰に八つ当たりすりゃいいんだよ!」
涙と鼻水溢れるままにヴィンセントは叫び続けた。
シドはただ黙ってヴィンセントの体を後ろから抱きしめていた。
クラウドは宝条の手を胸の上で組むと,立ち上がった。
「この戦いは…あまりにも…悲惨すぎる」
みんな黙っていた。
「だけど…終わらせなくちゃならない」
 
 第十話 華々しき懺悔
 
 飛空艇に戻ったクラウドは,仲間たちを見た。
「じっちゃんがさ,メテオが落ちてくるまで後7日だってさ」
レッド]Vが言った。
「そうか。ところでレッド]Vはブーゲン・ハーゲンさんに会いたいか?」
「うん…」
「なら一度帰るといい」
「クラウド,オイラは…」
「気にするな。バレットだってマリンに会いたいだろう?」
「それを言うなよ。当然だけど」
「じゃあ会いに行けよ」
「どうしたんだお前」
「俺達がメテオを止められなかったらきっちり7日後にこの星は死ぬ。セフィロスを止める,それは口に出すのは簡単だが,勝機はほとんど厳しい。メテオで死ぬか,セフィロスに殺されるか,選択肢は二つに一つだ」
「ここまで来て何言うんだよ」
「許してくれ。ただ俺は,目の当たりにした現実を言ったまでだ。勿論その選択はみんな一人ひとりに任せる。今日はみんなこの船を降りてくれ。そして明日の朝,またここで再会しよう」
クラウドの達観した眼差しに彼らはみな黙っていた。
仲間たちも飛空艇のスタッフ達も皆,船を降りて行った。
ただティファだけはそこに残った。
「俺はミッドガルのマンションに帰るけど,ティファはどうする?」
「私はついてく。もちろんクラウドの邪魔にならなければだけど」
クラウドがティファと一緒に飛空艇を降りてワゴン車に乗ろうとすると,そこに一人の男が立っていた。
「こんにちは,クラウドさん。人間としての形ではお初お目にかかります。私は神羅カンパニー都市開発部門部長,リーブと申します」
神羅カンパニー重役でたった一人生き残ったリーブだった。
「実は貴方にお見せしたいものがあるのです。ティファさんもご一緒にどうぞ」
クラウドは神羅カンパニーの会議室に連れて来られた。
「もう誰も社員がおりませんのや」
リーブが自分で昆布茶を淹れてくれた。
「実はどうしてもクラウドさんに見せなくてはいけないものがあるんです」
リーブがリモコンを押すと,正面のスクリーンが下りてきた。
ビデオを入れると,しばらくの暗闇の後,プレジデント神羅の顔が現れた。
『クラウド。お前がこのビデオを見る頃には私はこの世にいないだろうと思う。なぜなら無事お前と私が顔を合わせることができたならば,このビデオはリーブ君が処分することになっている』
いきなりプレジデントに『クラウド』と呼びかけられたので,クラウドは首を捻った。
『信じられないかもしれないが,お前は私の息子だ』
「は!?」
クラウドが思わず素っ頓狂な声を上げた。
『あの頃,私は魔晄炉を視察する為によくニブルヘイムを訪れていた。現地で私の世話をしてくれたやとながお前の母親だ。私はすでに家庭があったが,とても彼女に惹かれた。そうして生まれたのがお前だ。しかし皮肉な事に私の妻も妊娠していた。そしてお前が生まれた一ヵ月後に妻も出産した。それがルーファウスだ。私はこの通り,非情な男として知られてきたが,お前達母子の事を一度たりとも忘れたことはなかった。お前達母子が快適に暮らせるよう,養育費や生活費も惜しまなかった。そして一度だってお前の事を忘れたことはなかった』
ティファはそれとなしにクラウドの横顔を見た。
完全に吃驚して顔が硬直している。
『そんなお前がソルジャーの試験を受けに来た。ソルジャーは20歳からだが,セフィロスの特例もある。私の力でお前をソルジャーにしてやれないこともできなくはないが,私はお前を魔晄漬けの廃人にはしたくなかった。成績も優秀だし,荒事は嫌いではないというので,リーブ君と相談してお前を大学に入れて勉強させることにした。そこでもお前は頭角を現した。私が知らない間にお前は多くの部下を擁する中佐になっていた。生まれ持ったリーダーシップはやはり私の子だと気が付いた。そこで私は考えた。神羅カンパニーはあまりにも大きくなりすぎた。そこでお前とルーファウス,2人で会社を経営させようと思う。魔晄エネルギー管理や都市開発の代表はルーファウスが担当し,お前は元帥となり軍事部門を仕切るのだ。大変だとは思うが,弟と手を組んで是非神羅カンパニーをお前の手で守ってくれ』
ビデオはそこで終わった。
クラウドは真っ白になった画面を見たまま,
「ルーファウスはこの事を?」
「知っとられます」
リーブは項垂れた。
クラウドは頭をかきむしった。
「なんて事だ…」
ティファはクラウドに貴方は貴方だよ,と慰めの声を掛けることもできなくはないが,クラウドに果たしてそのような慰めが必要かどうかというと違うような気もする。
「貴方がアバランチと一緒に伍番魔晄炉に現れたときも,プレジデント社長は本気で貴方を殺すつもりはありませんでした。そこでエアバスターの弾丸をショック弾程度のものにするように命じました。次に貴方が神羅ビルに現れたときもお薄に睡眠薬を混ぜて貴方が再びアバランチの人たちと係わり合いにならないよう監禁を命令したのです」
言われてみればそうかもしれなかった。
クラウドは目をこすると昆布茶を飲み干した。
「クラウドさんのお母さんはとてもお気の毒な人でした。もともとはご主人は由緒あるおうちの方でしたが,ひどいゴクドウで,ロクに働かず酒ばかり飲んであげくにクラウドさんのお母さんに手を上げる始末や。生活していく為には仕方なしにやとなのパートをしてはったんですが,プレジデント社長がたいそう同情しはりまして。何かと金銭面でも精神面でも援助してはったんです。そんな関係ですから,2人の関係がああいうことになるのはしょうがなかったんですな。それでクラウドさんが生まれました。ところがそのゴクドウのご主人が生まれてきたクラウドさんの目が生まれつき魔晄を浴びたような色をしていたので,すぐに自分の子やないと知りました。
プレジデント社長は若い頃は1人で鶴嘴かついで魔晄を掘っていました。そんなわけで若い時分からソルジャーでもないのに魔晄の目をしとったんです。魔晄の目はもクラウドさんとルーファウスさんも遺伝として現れました。だからお2人ともソルジャーでもないのに魔晄の目をしとるんですわ。そんなわけですからそのゴクドウのご主人はお母さんに詰め寄りました。殺しかねへんくらい暴力をふるいました。…このままでは死んでまう,思たんですな,お母さんはとっさにあった酒瓶…」
リーブはクラウドの顔を窺った。
「もうこのはなしはやめましょか」
「いや,最後まで続けてくれ」
「ほんなら。…クラウドさんのお母さんから人を殺してしもた言う電話を受けてプレジデント社長が飛んできました。社長はゴクドウの主人の死体をタークスに命令して町の給水塔に捨てさせましたんや。酔っ払うて足を滑らせた,言うことにしよ,ちゅうことです」
「給水塔ってあそこの?私たちが話したあの給水塔?まさか…」
「人間の遺体を放り投げられる給水塔なんてこの町に一つだけだ」
クラウドは言った。
「ところが去年の事です。クラウドさんがニブルヘイムに婚約の報告に来ているのを追っかけて社長が来たんです。クラウドさんが結婚して一人前になった所で,クラウドさんに本当の事を話して会社の経営陣にくわわってもらいたいと思う,ということを知らせるためでやったんですが邪魔が入りました」
いくぶん落ち着きを取り戻したクラウドが首をかしげた。
「ティファさんのお父さんです。ティファさんのお父さんは社長をおどしました。昔お前のところの社員がストライフの旦那を給水塔に放り込むところを見たのだぞ,確かにあの旦那はやくざ者の悪い男だから急に死んだって誰も村の者は悲しまないがな,だけど俺がそのことを村のみんなに話したらあんたの会社はどうなるだろうね,と。社長はいまさらそんなことを言われたところで動じませんでしたが,あまりにもその足元を見る態度が気に食わなかったので,とんでもなく恐ろしいことを考えました。神羅兵に命じて村人を皆殺しにしたのです。町の人を皆殺しにしたのはセフィロスではなくて神羅の軍隊でした。そしてそのティファさんのお父さんに社長は言いました。あんたの楽しい話を聞いてくれる村の人はどこにいるんだってね。ティファさんのお父さんはニブル山に逃げましたが,タークスに見つかって殺されました」
今度はクラウドがティファの顔色を窺う番だった。
「お父さんが…そんな事をしていたなんて。クラウド,私怖いよ」
「ティファさん,慰めにならへんと思うけど」
リーブが言った。
「クラウドさんの本当のお父さんは貴方があんなに憎んでいた神羅の創始者でした。だからといってあなたはクラウドさんの事は嫌いですか?ちゃうでしょう?クラウドさんも同じ気持ちだと思いますよ」
クラウドは大きくうなずいた。
ティファは用意されたティッシュで目と鼻を拭き,クラウドも目をこすり続けていた。
「会わせたい人がいます」
2人はリーブに連れられて神羅ビルの外に出た。
案内のリーブを乗せてワゴン車が発車した
「…何度も見た車の中やけど,自分が乗るのは初めてや」
車はミッドガルを抜けて,郊外の町に入り,リーブは,
「ここで停めて下さい」
と言った。
病院のような建物があった。
「付いて来て下さい」
リーブが先に歩き,建物の3階の角部屋の前で立ち止まった。
リーブに背中を押され,不安なクラウドはティファと手をつないで一緒に室内に入った。
そこには,クラウドとよく似た髪型の五十代後半の女性が座っていた。
「母さん!」
「おばさん!」
2人は声を上げた。
女性はにこにこしていたが,クラウドの事が分からない。
「クラウドさんのお母さんは,もともと精神薄弱なところがありましたが,ニブルヘイムで村人が全員殺された時に,ショックでもう何も分からなくなってしまわれたんです」
それでもクラウドは震えながら駆け寄り,母だった女性の足元に屈みこんでしがみつき,再会を喜んだ。
女性はクラウドの髪をぐしゃぐしゃに撫でながら,
「チョコボ大好き」
と言った。
「母さん,母さん」
いつまでも泣き叫ぶクラウドを見て,リーブとティファはそっと部屋を出た。
 
その頃,ユフィはウータイの父ゴドーのいる道場に向かった。
足音をさせて道場の障子を大きな音を立てて開けた。
ゴドーは座禅を組んで瞑想している。
「親父!ここの道場にあるウータイに代々伝わる奥義があるそうだね。それをアタシにくれないかい」
「突然何を言うんだ」
「明日急に必要になってね。アタシに貸してもらいたいんだ」
「ふむ。なるほどな。いいだろう。ただし一つ条件がある」
「?」
ゴドーはゆっくりと立ち上がって,
「このわしを倒せたらすぐにでもお前に渡してやろう」
「ふん,そういうこと」
すさまじい親子の手合わせが始まった。
周りの弟子達も固唾を呑んで見守った。
最初はゴドーが優勢だったが,あまりにも激しい動きをするもので,だんだん動きに切れがなくなってきた。
「もらった!」
ユフィが背面にジャンプして手裏剣を放った。
「ぐおっ」
ゴドーは倒れた。
「くっ,見事だユフィ,わしをここまで圧倒する力をどこで手に入れた」
「まーね,アタシもクラウドたちと一緒にいて色々変わったのさ」
ゴドーは奥からユフィに約束どおり奥義書を出した。
ゴドーのそばにいた弟子の1人が,
「ゴドー様,ユフィ様に奥義はまだ早いのでは…」
と言った。
「はぁ?約束は約束だからね。それにアタシは星を救う為に戦うクラウドと一緒に戦ってるんだ。こんなところで引きこもってるあんた達とは違うんだ」
ユフィは叫んだ。
「親父も親父だね。あんなに強かったウータイをこんなしょぼい観光地にしちまってさ。かっこ悪くね?」
ユフィに怒鳴られてゴドーはがっくりと肩を落とした。
「ちょ,ちょっと待ってよ。そんなにガックリすることないじゃん。アタシはそんなつもりで…」
「ユフィ,許してくれ。ウータイをこんな風にしてしまったのはわしの責任だ。慢心がたたって,戦に負け,大勢の仲間を失ってしまった。何も残らず,何も得るものがない。わしは自ら力を封じた。お前がウータイの為にマテリアを集めているのは知っていたが…わしはそれを黙って見ていた。だが今お前が星を守る戦いの為に私に勝負を挑んだとき,はっと気がついた。ただひきこもっているだけでも何も残らないし,何も得られないのだ」
「…」
ゴドーはユフィの肩を叩いた。
「無事に帰ってくるのだぞ」
「当然だよ」
ユフィは強くうなずいて拳を作った。
明日の準備をしているユフィにゴドーはもう一度声を掛けた。
「ユフィ,お前が同行している連中が付けているマテリアだが…あれは全てが終われば用済みになるだろうな」
「親父?」
武器やアイテムをデイパックにつめていたユフィが振り返った。
「行って来い!そして無事に帰ってくるのだ!…マテリアを持って」
「当たり前じゃん!」
ユフィは健康的な白い歯を見せた。
 
その頃,ルクレツィアは雇いの看護師を帰らせて,自宅に戻ってカルテを整理していたところだった。
チャイムが鳴った。
戸を開けると,清酒の酒瓶を何本も持ったシドと,袋をいっぱい提げたヴィンセントが立っていた。
「貴方達,どうしたの」
「こんばんわー,お邪魔しますよー」
シドが脇をすり抜けてブーツを脱いで中に入った。
ヴィンセントも一緒だ。
「まぁ,センセイ」
シドが勝手にテーブルに座ってカルテを押しのけて自分の居場所を作った。
「おい,ヴィンセント,コップだ」
シドはくわえ煙草で酒瓶の包みを開けた。
「センセイ,どうぞ」
シドはコップに酒を注いでルクレツィアに持たせ,自分もコップを持つとルクレツィアがぼーっと持っているコップに無理やり乾杯した。
「はい,かんぱーい」
シドはぐーっと酒をあおった。
「ぷはー,いいね,いいね。最近はワインだのシャンパンだのが流行ってるが,酒はやっぱりこうじゃなきゃいけねぇ」
「…あの,これは何の乾杯なんでしょうか?」
「センセイの力が宝条に勝ったお祝いだよ」
ルクレツィアははっとして,
「それでは宝条博士は…?」
「最期まで親ばかでしたねー。まぁかわいそうな男だったよ。でも安心してくれ。宝条は自分の負けを認めて死んでいったからさ。結局あいつはセフィロスが可愛かっただけなんだよなぁ。後はクラウドに託すって。でも最期までセフィロスの事を気にしていたけど。…さぁ,センセイ,大丈夫,これを飲めばセンセイは勝利宣言したようなもんだ」
ルクレツィアは困っていたが,やっと決意してコップを呷った。
「お,いい飲みっぷりだね!ささもう一杯!」
シドがもう一度酒を注いだ。
ルクレツィアはまた一気に飲んだ。
「いいね!いいね!」
「はーい,蟹すきお待ちどうさま」
ヴィンセントが鍋と具材を持って来た。
ぐつぐつ煮える熱い鍋の中に蟹をどんどん入れる。
「センセイからどうぞ」
シドがルクレツィアの肩を叩いた。
蟹をみんなでほぐして食べながらシドはルクレツィアに言った。
「…明日俺達大空洞に行くんだ。セフィロスに会う為に」
「そう」
「最後にヴィンセントにあんたを会わせてやろうと思ってな」
「ちょっと!そんなエンギでもない事言わないでよ」
ヴィンセントが怒り出した。
「私達,必ず帰ってくるから,それまで待っててね」
あんなに陰気でペシミスト的な性格だったヴィンセントがすっかり陽気になったのを見てルクレツィアは目を丸くしていた。
 
 第十一話 君の部屋
 
「それではまた明日八時に」
リーブと別れた後,クラウドとティファは,かつてセフィロスと住んでいた部屋にやってきた。
買い置きしてあったインスタントラーメンと冷凍食品のランチプレートで簡単な夕食を済ませると,クラウドはティファに何かを言いかけようとしていた。
「…その,なんていうか,いろいろありがとう」
「どうしたの,急に」
ティファが笑った。
「ここまでついてきてくれて…。なんてお礼を言ったらいいかわからない」
「私だってクラウドがここまで引っ張ってくたからやってこられた」
違う,クラウドはそんな事を言いたいんじゃない,ティファは分かっていた。
「ティファ。一つ頼みがある」
「ええ。なんでもきくわよ」
クラウドは決心した。
「明日,もしセフィロスに俺達が勝ったとしたら…生まれてくる子供は俺が引き取りたいんだ」
そう,クラウドが言いたかったのはそのことだったのだ。
「俺は父親なんだ」
クラウドはそう言った。
「子供を見殺しにするわけにはいかないんだ」
「そうだよね。クラウドはパパだもんね」
ティファが言った。
「ごめん。わがままなのは分かってる。だけど…」
ティファは大きく背伸びをした。
「さぁ,これから子育てが大変ね。ミルクやオムツやベビー服もそろえなくちゃ」
ティファはクラウドの顔を見て軽くウインクした。
「ありがとう,ティファ」
クラウドはティファの肩を抱きしめた。
 
ティファがバスルームから出てくると,
「ティファ,今日は俺のベッドルームで寝たらいい。俺はリビングでいいから」
「…いいよ,私はどこでも」
「そんなわけにはいかない。明日に備えてゆっくり眠るんだ」
ティファは1人ベッドルームに入れられてしまった。クラウドのストイックさに呆れながらも,ベッドに座った。
中央には天蓋つきのダブルベッド。家具はきっとセフィロスの趣味だろう。
白を基調とした以下にも花嫁さん的なものばかりだった。
ドレッサーに座ると,セフィロスが使っていたものらしい化粧道具やドライヤーが置いてあった。
さきほどのクラウドの言葉を思い出しながら,ティファはくよくよすることはやめようと思った。
セフィロスの使っていたドライヤーで髪を乾かした。
クローゼットにはセフィロスが花嫁道具の一つとして持っていたと思われる真っ白い総レースのネグリジェが入っていた。
「綺麗ね,お姫様みたい」
家具といい,ネグリジェといい,こんな少女趣味の女性がどうしてこんなに恐ろしい存在になってしまったのだろうか。
ティファは試しにこの羽衣のようなネグリジェを羽織ってみた。
スレンダーに見えるが,意外に豊満なボディを持つティファには少しきつく,胸のボタンもきちんと閉まらない。
「セフィロスって胸小さかったんだ」
時計を見るともう深夜0時を過ぎていた。
ティファはダブルベッドの上に横になると,ぐっすり朝まで眠った。
 
翌朝,ティファは服を着替え,クラウドの所へ行った。
クラウドはリビングに敷布団を半分に折りたたみ,その中に体を入れて眠っていた。
まるで柏餅だ。
「おはよう,クラウド」
クラウドは薄っぺらいふとんから顔を出す。
「うーん,もう朝か」
「ごめん,起こしちゃったみたいだね」
「いや,いいさ」
クラウドはふとんから出てきた。
クラウドは顔を洗い,パジャマを手早く脱いで服を着替えた。
「ねぇ,クラウド。…もし今日,誰も来なかったらどうするの」
「……だけど少なくとも1人ってわけじゃないだろ?俺達は2人だ」
「そうだね」
クラウドの言葉に励まされ,ティファは玄関に向かって歩いた。
クラウドはブーツを履きながら,
「セフィロスはいつも言っていた。靴はいつも綺麗にしてろって。靴と腕時計の良し悪しで男の品格は決まるんだそうだ。だから俺はいつも靴をピカピカに磨くんだ」
と笑った。
クラウドが玄関のドアを開けると,
「痛っ,クラウド,いきなりドアを開けるんじゃないよ」
という声がした。
驚くと,ドアを開いた所にユフィがしりもちをついて頭を擦りながら痛がっていた。
「ユフィ!」
「シドたちがクラウドが遅いから何してるか見て来いってうるさいんだよ」
飛空艇まで来ると,すでに飛空艇はエンジンが掛かっていて,バレットが甲板から,
「おせぇぞ,早くしろ!!」
と怒鳴っている。
遅刻のクラウド達を乗せると,飛空艇は出発した。
操舵室に入ると,バレットとレッド]Vがいた。操舵のスタッフ達もいる。
「全くお前らが寝坊だから随分と待ったんだぜ」
シドがぷりぷりしている。
「クラウドさん!」
廊下の方からケット・シーが入って来た。
「昨日はどうも。ほんまは本体の体で来ようか思たんですけどもうちょっと雑用が残っとりますねん」
レッド]Vが眠そうな顔をして,
「オイラ,おなかすいたなー」
と言う。
「そういえば私達もおなかすいたね」
とティファがクラウドに言った。
階段からヴィンセントが上がってきた。
「貴方達って本当にお寝坊ね。どうせギリギリまで寝てて何も食べてないんでしょう。今支度ができたからみんなダイニングに下りてきて」
「ヴィンセント!」
「ふふ,宝条を倒したらそれでおしまいと思った?残念でした,私はシドのいるところならどこへだって行くのよ」
クラウドはもう咳払いをしなかった。
「これでみんな揃ったな」
クラウドが言いかけたとき,バレットが頭をかいた。
「いや,1人足りねぇ…」
「そうだね。オイラ達に最後のチャンスを残してくれた」
レッド]Vも言った。
「エアリス…。怒りっぽいけど気のいいヤツだった。アイツの犠牲で俺達は星を救うチャンスを手に入れた。それを無駄にしてはいけないと思うんだ」
クラウドが言った。
「それじゃ,シド,北の大空洞へ頼む!」
「全速前進!」
シドの明るい声が響き渡った。
 
 第十二話 美しき愛の掟
 
 大空洞はぽっかりと虫歯のように黒い口を開けていた。
クラウドを先頭に仲間たちはこの恐ろしい入口の中へ入っていった。
「本当に帰れるんだろーねぇ」
ユフィが情けない声を出した。
「…怖いの?」
ヴィンセントが振り返った。
「何をっ!!あんたにだけは負けたくない!」
ユフィが睨んだ。
洞窟の中を道なりに進んでいくと,どんどんく地中深く進んでいることがわかる。
「ね,クラウド,これってどんどん地下へ下がってるよね」
ティファが言った。
「そうだな,恐らくこの下にはライフストリームが吹き荒れているはずだ。セフィロスは産気づくまでこの地下でライフストリームを独り占めしているというわけだ」
洞窟はどこまでも深いスロープになっていた。
「これ,どこまで続くの?地下何階くらいまで来た?」
ユフィが聞くとシドが,
「地下15階ってとこだな」
「ひぇ〜」
ユフィが嫌な顔をした。
「じゃ,20階まで来たら成人式のお祝いをしようぜ」
バレットが言った。
過酷な遠足に彼らも次第に言葉少なになってきた。
軍隊上がりのクラウドは体を鍛えているので,残りの仲間を励ましながら先頭を歩き続けた。
「クラウド,あれは何だろう」
レッド]Vが数十メートル先を指差した。
吹き抜けの洞窟の底に緑の泉がある。
「…これがライフストリームだな」
クラウドは疲れも忘れて泉に近付いた。
そのとき,地震が起こった。
「きゃっ,何?」
「みんな,気をつけろ!」
しかし仲間たちは全員泉の中に落ちてしまった。
霧のような空間をどこまでも落ちていった。
ふわふわと浮いている彼らの中心に現れたのは,黒いロングコート姿のセフィロスだった。
クラウドが一番よく知っているセフィロスの姿だ。
セフィロスは微笑みながら,激しい衝撃波の防壁のようなものを放った。
「イタイイタイイタイ!」
ユフィが悲鳴を上げた。
「か,体が…金縛りに」
バレットがうめいた。
「わーん,じっちゃーん!」
レッド]Vが泣き声を上げた。
クラウドは自分も痛みに耐えながら,
「みんな!耐えるんだ!心を強く持つんだ!」
クラウドは負けじとセフィロスの目を睨みつけた。
 
そのとき,一同はどこか遠くへ吹き飛ばされてしまった。
その先は青空の中,不思議な空間だった。
昼間の青空だが夕焼け雲のようなうす紫色の入道雲がある。
彼らの目の前にゆっくりと現れたのは,セフィロスだったが,明らかにクラウドの知っているセフィロスとは違っていた。
人はそれをセーファ・セフィロスと呼ぶ。
この世界で最も美しく,恐ろしい女神の姿だ。
上半身の裸体の右肩に極楽鳥のような羽根が生え,腰から下は純白の羽根が生えている。頭部と腰部に美しい後光が差していた。
そして裸の腹部は普通の臨月の妊婦と同じように,かなり大きく膨れ上がっていた。
とうとう彼女は神になってしまったのか。
「もはや一刻の猶予もない。一気に片付けるぞ!」
しかし浮遊しているセフィロスにはこちらからの攻撃は届きにくい。
魔法攻撃に切り替えた。
しかしセフィロスは構わず魔法の防壁を作ってしまった。
そればかりか,漆黒の炎を放ち,大火傷を負わせる。
セフィロスは静かに片手を挙げると,漆黒のかなたから礫のような隕石が雨のように降り注ぎ,クラウド達を攻撃した。
「絶対に,絶対に,負けるわけにはいかないんだ!」
セフィロスが体を翻すと,クラウドたちの頭上から無数の羽が舞い降り,クラウドたちの体力を奪っていく。
「どうして効かねぇんだ!」
バレットが叫んだ。
やはり誰一人としてセフィロスに勝てる者はいないのか。
クラウドはセフィロスの翼に吹き飛ばされ,頭を打った。
「クラウド!」
ティファがクラウドを助け起こした。
シドはセフィロスの翼がかみそりのように降って来るのを避けるので精一杯だ。
「負けたくないよう,アタシ負けたくないよう」
ユフィが呪文のように言った。
 
その時―。
セフィロスが突然腹を押さえて苦しみだした。
「…もしかして,産気づいてるの」
ティファが感知した。
ジャンプすると,セフィロスにサマーソルトからファイナルへヴンをお見舞いした。
そこからリレー攻撃が始まった。バレットがカタストロフィを放ち,シドがミサイルの雨を降らせ,ユフィが森羅万象で吹き飛ばし,レッド]Vがコスモメモリーで星屑を呼び,ヴィンセントがカオスの力でフレア攻撃をした後,クラウドが剣を振り下ろした。
セフィロスは腹を庇ったまま,本当に悲しそうな眼から血の涙をこぼし,ぐったりと倒れた。
クラウドは呆然としていた。また,愛する人をこの手で殺してしまった。
感傷に浸っている間にも,大空洞が揺れ始めた。
「まずいで!ライフストリームを制御しとったセフィロスがおらんようになったから!」
ケット・シーが叫んだのでバレットが,
「どうなるんだ!」
「ライフ・ストリームの噴火や」
ケット・シーが言い終わるか終わらない瞬間,ドゴゴゴゴゴゴゴという音がして,彼らはライフストリームの噴火に巻き込まれ,間欠泉の如く吹き上げられた。
そのまま飛空艇のあった場所まで振り落とされた。
「…おい,お前達ぃ,全員いるかぁー?」
ゴツゴツした岩の上からシドが起き上がった。
他の仲間達も辺りを見回す。
みんな,よろよろと重い腰を上げる。
シド,バレット,ティファ,レッド]V,ユフィ,ヴィンセント,ケット・シー。
「クラウドがいないわ!」
ティファが慌てた。
「あの馬鹿,どこ行っちまったんだ」
バレットがうめいた。
「探すぞ!」
 
 第十三話 十年ロマンス
 
 クラウドはまだ洞窟の中の岩場で気を失っていた。
クラウドの魂はどこか知らない世界へ彷徨うのだった。
真っ暗闇の世界に放り出されてしまったクラウドの前に,セフィロスが現れた。
羽根もなければ腹も膨れていない,クラウドが一番よく知っているセフィロスが一糸まとわぬ姿で正宗を持って立っていた。
セフィロスは言葉を話さなかったが,美しい裸体を隠そうともせず,クラウドに近付いてきた。
「…俺は…俺は」
クラウドは言葉が出て来なかった。目の前のセフィロスの麗しさにただただ圧倒されていた。
何度も抱いたことのある,愛しいセフィロスの体だった。
クラウドは自分の左膝を剣で貫いた。
「くっ」
自ら足を刺してその痛みで覚醒したクラウドは,セフィロスに飛び掛っていった。
 
 第十四話 星の力
 
 地上でクラウドを待っていた彼らの上にはもうメテオがそこまで近付いていた。
そのメテオの周りを白い光が包み込んだ。
「…ホーリー?」
口をぽかんとあけてティファが見上げていた。
メテオとホーリーがぶつかり合い,摩擦から雷が発生した。
「…どうなるのかしら?」
ヴィンセントがシドの上着をつかんだ。
「俺が知るかよ」
「もしホーリーがメテオに負けたらどうなるの?」
レッド]Vが聞いた。
「考えたくもないですわ」
とケット・シー。
不安に思う彼らの足元から,ゆっくりとオーロラのような緑の光が空へ向かって吹き上がる。
「これ,何だよ」
ユフィが指差した。
「これは…きっと…ライフストリーム。もしかしてエアリスなの?」
緑のオーロラはゆっくりとメテオを包み込むと,ホーリーもろとも消し去ってしまった。
「…ありがとう,エアリス」
ティファが呟いた。
 
そのとき,洞窟から赤ん坊の元気な泣き声と,聞きなれたブーツの足音が響いてきた。
「クラウド!!」
ティファは洞窟の中へ走って行った。
 
 ○エピローグ
 
 17年後。
ミッドガルの地下鉄の駅前。
学校帰りの金髪ツンツン頭のシャギーカットの背の高い女子高生が携帯電話で話している。
「もしもしパパ?うん,うん,そうなの。うん。それじゃ,今から帰るね」
少女は電話を切ると,七番街行きの地下鉄に乗り込んだ。
             <第六章・完> 
 
                 劇終

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