第一章
序文
いつの時代でも、また、どこの地域においても、人間の喜怒哀楽の理由は変わらぬものである。
科学が発達した現代と太古の人々も、地球の反対側同士で生まれたものたち同士であっても、それは変わらぬことである。
これから語られる壮大で不思議な物語は我々のあずかり知らぬほど遠く離れたどこかの星の物語である。しかし、そこに住まう彼らもまた人間である以上、我々と同じように泣き、笑い、あるいは怒りして、人生を生きているのである。
その星は少し地球より小さな星ではあったが、酸素が満たされ、我々と同じように人類は進化を遂げた。
この物語を語るにおいてまず念頭において欲しいのが、この星は地球より小さい為、一つの都市が中央集権のごとくこの星のほかの地域を支配していた。都市の名前はミッドガル。
東側大陸の中央に位置していて、この星の政治、文化、全ての中心地である。
この都市の興りは今から四十年近く昔にさかのぼる。それまで、この星では世界中に多種の国家があり、それぞれの文化や生活習慣を育んでいた。
しかし、四十年前、当時若干三十歳ほどの一人の男が彗星のごとく現れた。彼の名はプレジデント・神羅。元々は兵器商人であったが、わずか数年で巨大な兵器工場を持つまでになり、やがて彼は潤沢な財産と恐ろしい兵器でもって世界中に向けて侵略戦争を繰り返した
結果、文字通り世界の帝王となった。神羅カンパニー。彼は自らの会社をこう命名した。彼の勝因は常に目新しいものを取り入れることであり、また新しい事業への投資も決して出し渋りはしなかった。大きな賭けではあるが、危険性を差し引いても彼は決して引き下がりはしない豪胆な性格を持っていた。彼のその輝かしい偉業の中の一つとして、この星特有の資源である,魔晄エネルギーの発見と開発である。それまではこの星でも石炭や石油エネルギーを使っていたが、ふとしたことから魔晄エネルギーを発見し,発掘と開発に乗り出した。魔晄エネルギーとは簡単に言うならば地脈のエネルギーであり、石油とは似て非なるものである。石油のように火力発電する必要もなく、エネルギー効率も石油の約二十三倍だ。しかし、やはり無機から作り上げることはできず、供給はもっぱら地脈から吸い上げることのみである。そうしていると、奇妙な現象が起こった。地脈から魔晄エネルギーを吸い上げれば吸い上げるほど、土地はやせ細りかれていき、地盤沈下が起こり始めた。ミッドガルの遷都も考えられたが、現在のミッドガルは他の土地とは比べ物にならないくらいの魔晄エネルギーを地下に有している。見捨てるのはあまりにももったいなかったのだ。そこで今から約三十年前、神羅カンパニーではもろくなった地面に見切りをつけ、大地のうえに巨大な円盤型の都市を形成した。これが空中都市の誕生である。空中都市の設計は当時の都市開発部門の一主任だった設計士が全てを担当した。彼はその後、各地の魔晄炉や都市づくりの設計を任され、現在は都市開発部門総部長に昇進している。物語はこの空中都市、ミッドガルより始まる。事の起こりはあの当時、ミッドガルの市民を驚愕させた『壱番魔晄炉爆破事件』から話していくことになる。
第一話 一番魔晄炉爆破事件
当時、ミッドガルの人々を震撼させた『壱番魔晄炉爆破事件』とは、ミッドガルの電力供給を支える魔晄発電所のうち、最も古く巨大な発電所、壱番魔晄炉発電所がテロ組織によって爆破されたのである。
事件の当日、そう、事件発生の直前まで発電所は平常通り、オートメーションによって稼働していた。発電所と人間のいる街区を結ぶのは一本の列車のみだった。赤錆色の旧式の列車で、騒音もひどかった。
発電所前の駅はひどくさびれたもので,最終列車を待つ警備兵が2人いるだけだった。
やがて、ホームに向かって最終列車が訪れる。列車はやかましい音をたてて停車した。どうせ誰も乗っていないのは分かっていたし、運転も自動運転によるものだから、この列車はほぼ九分九厘無人のはずなのだ。
ドアが開いたとき、突然視界が真っ白になった。何者かが煙幕を投げたらしい。
「何事だっ」
警備兵が叫んだとき、列車から2人の若者と、一人の女性、そして背の高い黒人男性が降りてきた。黒人男性は走りながら列車の方を見て、
「おい、こっちだ、早くしろ!!」
と、手招きした。
列車から最後に降りたのは、一人の男だった。背が高く、金髪碧眼の整った顔立ちの彼は、年の頃は三十過ぎ、ブルーのニットに黒いレザーパンツの上から品のよい薄手のグレーのコート、足元はよく磨かれたブーツを履いていた。背中には鉈のような太くて長い剣を背負っている。男はゆっくりとした足取りでホームに降り立つと、口笛を吹き、先行く者たちの後に続いた。
一行の先頭を行く若者達は次々と現れる警備兵をなぎ倒し進む。
黒人男性と金髪男性はその背後を非常に落ち着いた足取りで続いて行った。
先を行く若者の一人が喋り始めた。
「だけどすごいなぁ。本物の元ソルジャーが俺達に協力してくれるなんかさ」
彼の口調は熱に浮かされ、興奮している様子だった。彼の金髪男性に対する眼差しは幾分憧れと羨望の念がこめられていた。
ソルジャーというのはいわゆる軍隊の一種で、一般兵と違い、少数精鋭で形成されるエリート部隊である。この金髪男性はどうやらそのソルジャーだった人間らしい。
「そういえばまだ、名前聞いていなかったけど」
青年は金髪男性の顔を覗き込むようにした。
「…クラウド・ストライフ」
金髪男性の口調はそっけなく、陰気だった。それはむしろクールとかニヒルといったものではなく、口を利くのさえ億劫だ、といった口調だった。言葉を話す発声の様子もどこか重々しい。彼は簡潔に名乗り終えると再び口笛の続きを奏で始めた。
クラウドの隣にいた黒人男性はクラウドの顔をじろりと見て、
「元ソルジャーか。信用できんな」
と呟いた。
「でもさ、“元”ソルジャーだから大丈夫だろ?それに雇ったのはバレットだぜ」
バレット、と呼ばれた黒人男性は渋い顔をした。
「雇ったのは俺だが、連れてきたのはティファだ」
バレットはますます渋い顔をした。
クラウドは口笛を吹いたまま、空を見上げた。
ミッドガルはプレート型の空中都市であることを説明したが、プレートの摩天楼の中央には天にも届きそうなバベルの塔のようなビルがそびえている。それが神羅カンパニー本社、この街全体の中枢であった。昼夜を問わず蛍光灯の光が絶えることがなかった。
さて、壱番魔晄炉は全ての魔晄炉の中で最も古く、大きな魔晄炉で、クラウド達が向かう先はその壱番魔晄炉の心臓部である。
バレットというこの黒人男性が率いるレジスタンスグループ、アバランチはミッドガルに存在する反神羅組織の中で最も規模が大きいものだった。これまで、神羅の要所に打撃を与えてきたが、今回の作戦はかつてのものより危険で大きな作戦である。ミッドガルを支える魔晄炉の中で最も大きく、また魔晄電力供給量が最も多い壱番魔晄炉を爆破して神羅に壊滅的な経済ダメージを与えよう、というものである。少々乱暴なやり方ではあるが、手間や費用が最小限に抑えられ、尚且つ大きな打撃になる。他にも色々な策が出たが、最終的にこの作戦が採択された。
危険任務の為に今回は元ソルジャーのクラウドが雇い入れられたのだ。
クラウドはドライな男で,たとえ自分が元神羅の人間であったとしても,金さえもらえればそれでよい,そんな気質は,彼が身に付けている高級物のカシミアのコートと左腕のブランド物の腕時計に現れていた。
セキュリティロボットを淡々と破壊して爆弾をセットするだけ,その仕事ぶりにアバランチの構成員達は感心して見ていた。
「さて,これでいいだろう」
クラウドは爆弾を設置すると,構成員達を促した。
「行け,早くしないと黒焦げだ」
魔晄炉から大急ぎで逃げる彼らの後ろからクラウドはゆっくりと歩いてくる。
無表情で,無言のままだ。
「お前,何やってるんだ,爆発するぞ」
バレットが怒鳴ったので,
「爆弾は10分後に起動するようにセットした」
クラウドが能面のような顔で魔晄炉の出口を出ると,その背後で轟音が響いた。
バレットが
「よし,ここからは別々に駅へ向かうぞ」
と指示を出した。
「そこのお前,聞こえてるか」
「…ああ」
クラウドは片手を振った。
「当たり前だ。金はもらわなきゃならないからな」
第二話 八番街
1人になったクラウドは,八番街をトボトボ歩いていた。
華やかな八番街はネオンの光がまぶしい歓楽街だ。
酒は嫌いではないが,1人で飲むのが好きなクラウドにはあまり縁がない。
路地裏にさしかかったとき,クラウドは人とぶつかった。
「イテッ!」
クラウドとぶつかった相手はよろめいた。年齢はクラウドと同年代か一つくらい上,身長は長身のはずのクラウドよりさらに高い。ピンクのオーバーオールのボンテージパンツに赤い半袖のジージャンを着た男は派手に転び,どうやら酔っ払っているらしい。
「大丈夫か」
「大丈夫じゃねぇっ」
男はろれつの回らない口調でいきまいた。酔っ払いに関わらないに越したことはない。
クラウドは男の肩越しをすり抜けて走り去った。
駅に着いたクラウドは,アバランチの構成員達と合流し,列車に乗り込んだ。
列車は七番街スラム行き。
クラウドは窓から見える空を眺めていた。スラムはプレートの下にある。もうすぐ列車がスラムに戻れば空は見えなくなる。
第三話 セブンスヘブン
反神羅組織アバランチのアジトは七番街下のスラムにある。
セブンスヘブン,というバーがある。店内は,静かなジャズが流れる,青を基調とした内装の店で,スラムにありながらプレートの上にある店に負けない高級感がある。その店を切り盛りしているのは,黒髪のスタイルの良い女性。ニットのタンクトップにキュロットタイプの巻きスカート。その隣にはおかっぱ頭の小さな女の子。
カラン,カラン,とドアが開いて,彼女が,
「いらっしゃいませ」
と声を掛けた。が,クラウドとバレット,アバランチの構成員達だ。
「お帰り」
「おう,ティファ,今帰ったぜ」
バレットが言う。
後から遅れてクラウドが入ってくる。
カウンターの椅子に座った。
「何か飲む?」
「コーヒー」
クラウドは条件反射のように言った。
ティファがカウンターの棚から灰皿を出そうとするとクラウドは手で制して,
「あ,煙草は吸わない」
と断った。
「やめたの?」
「そうかも知れない」
他人事のようにクラウドが言った。
「はい」
クラウドの手元にコーヒーが置かれる。
「調子はどうなの?」
「どうって,普通だが」
クラウドは首を傾げた。
「そう,ならいいの。ねぇちょっと。幼馴染の再会なのに,もっと色々お話しないの?」
「うーん,急にそんなこと言われても,口下手だから言葉が出て来ないな。悪い」
「父ちゃん!」
ティファの横にいた小さな女の子がバレットに駆け寄った。
「マリン,いい子にしてたか?」
バレットは子供の頭を撫で,
「おい,作戦会議を始めるぞ」
「彼が呼んでいる」
クラウドはそう言って空になったカップを置いて,バレットの後に続いた。
バーの奥にはエレベーターがあり,そこから地下へ行けるようになっている。
反神羅組織アバランチのアジトは,アジト,というよりはちょっとした事務所のようだ。構成員達はパソコンに向かい作業をしていたし,部屋全体は明るく清潔で,どこかの場末の薄汚い地下室を想像していたクラウドは少し驚いたようだった。
正面の液晶テレビでは,ニュースをやっていて,先ほどの壱番魔晄炉の爆破事件を報道していた。
クラウドはテレビのすぐ横の空いたパイプ椅子に座ってその様子を見ていた。
壁側にエスプレッソの機械があったが,ティファの入れてくれた挽き立てのコーヒーを飲んだばかりなので今は必要なかった。しかしコーヒー中毒のクラウドはここにもエスプレッソの道具があることは覚えておこう,と思っていた。
テレビでは,壱番魔晄炉が爆破されたが,残りの魔晄炉が活動しているので,市民のライフラインへの影響は少ない,と報じていた。しかし,8つあるうちの発電所が壊れたわけだから,神羅にとっては経済的ダメージを与えうるだろう,とクラウドは考えていた。しかし,よく考えると,その経済的損失の補填も,一般市民への魔晄料
(いわゆる地球で言うところの電気代)の値上げに頼るだろう,というかなり痛いデメリットも含まれていた。
しかしそんな事はクラウドには関係のない話だった。神羅が痛手を負おうが,市民から魔晄料の値上げに対する不満がおきようが,与り知らぬ,要はただ依頼された通り爆弾を仕掛けてきて金さえもらえばいいのだ。ドライで拝金主義で危険も汚れ仕事も顧みない。『何でも屋』は彼にぴったりの仕事だった。
バレットが言った。
「今回はとりあえずうまくいった。次もこの調子で頑張るぞ」
バレットの叱咤激励の言葉をクラウドは他人事のように聞いていた。
「クラウド,明日は五番街の五番魔晄炉を爆破する。次もまた頼む」
バレットが言う。
「そうか。ギャラは?」
「15000ギルだ(1ギル=10円)」
「それでは足りないな。30000だ」
「とんでもない!そんな金,とても払えん」
「じゃ,この仕事はなかったことに」
ギャラの提示をするときのクラウドは眉一つ動かさない。
クラウドの仕事の有能さはさきほどの作戦で十分すぎるほど気が付いている。今さら手放すのは惜しいが,クラウドの提示する金額はあまりにも法外だった。
2人のやり取りが聞こえたのか,ティファがやって来た。
「クラウド,お願い,もう一度私達に力を貸して。このままじゃ,星が死んでしまう」
「悪いけど,こんな安いギャラじゃ働けない」
「そんな。クラウドは正義の味方でしょ?昔約束したじゃない。ピンチの時には助けに来てくれるって。それにこのピアス,くれたじゃないの」
それはもう十四年も昔の話。
クラウドとティファの生まれ故郷での事。
ティファはクラウドに呼ばれ,夜の給水塔にやって来た。
クラウドは給水塔のところに腰掛けていた。
「待った?」
「いや」
しかし,クラウドの足元には吸殻がたくさん落ちていた。多分,彼はかなり待ったのだ。
「用って,何?」
「俺,高校を卒業したらミッドガルに行くんだ」
「男の子って,みんな高校を出たらミッドガルに行くもんね」
片田舎のこの町では若者は高校を出ると,それぞれ進学や就職の為にミッドガルに行くものが多かった。
「俺は違う。ソルジャーになるんだ」
「え」
ティファは目を丸くした。まるで不良少年が警察官になりたい,と言い出すようなものだと思った。
「ソルジャーだよ。英雄セフィロスみたいな最高のソルジャーになりたい」
ティファはクス,と笑った。
「笑う事ないだろ」
「ううん。そうじゃないの。なんだかクラウドらしくないって」
「そうかな?」
「うん,らしくない。なんか急に正義の味方になるなんて」
「なんだ,俺は悪人だったのか」
「そうじゃないのよ。…ね,そうだ,もしクラウドが本当にソルジャーになったら,ヒーローになったら,私がピンチのときに助けに来てね?」
「?」
「だって一回くらいそういうの,経験してみたいじゃない。ね,いいでしょ」
「それからティファ,これ」
クラウドが小さな箱をくれた。中には赤いビーズのピアスが入っていた。
「ありがとう,クラウド」
そこまで回想してクラウドはうつむいた。
「悪いけど今の俺は英雄でも正義のヒーローじゃない。ただの薄汚れた人間だ」
「そんなことないよ!だってソルジャーになれたんでしょ」
ティファはクラウドの肩を揺さぶった。
2人の間にバレットが入った。
「ほれ,今回のミッションの15000ギルだ」
クラウドは受け取った小切手をコートの内ポケットに入れてから,
「結局,次のミッションはどうする。先払いなら20000で受けてやるが」
「17000だ!」
クラウドが割引してやったとはいえ,まだまだ法外に値段に憤慨するバレット氏である。
第四話 伍番魔晄炉
この日のミッションはティファも一緒に参加するらしい。
クラウドはティファの淹れてくれたアメリカンを飲みながら経済紙に目を通している。
「いつまでゆっくりしているんだ」
どちらかと言うと短気なバレットが怒鳴る。しかしクラウドは気にしない。
「コーヒーの時間を邪魔すると,ミディール人に笑われるぞ」
ティファは仕方ない,というように肩をすくめると,キッチンを片付け,身支度を整えてきた。
「支度,できたのか」
と,クラウドはコーヒーを急いで飲んだ。
「コーヒーの邪魔をするとミディール人に笑われるんじゃなかったのか?」
とバレットが聞くとクラウドはコートを羽織ながら,
「さぁ,そんな事言ったか?」
と聞き返した。
「担いだな」
バレットはようやく気付いた。
昨夜の壱番魔晄炉の爆破を受けて,伍番魔晄路の警備はより強固なものになっているはずだ。
しかし,魔晄炉に侵入したとき,魔晄炉特有のひんやりした空気は同じで,警備も量産型の廉価ロボットのみだ。
「おかしいな。随分無防備じゃないか」
バレットが言った。
「俺もそう思う。なんだか様子が怪しいな」
暗黙の了解で警戒を強める事にして,昨日と同じように爆弾を配置してから,3人は魔晄炉を出ようとした。
そのとき,彼らは神羅の軍隊に囲まれた。
「罠だ」
バレットが喉の奥から振り絞った声は,かすれてささやき声にしかならない。
魔晄炉のドッグには神羅のロゴが入ったヘリコプターがあり,中からある人物が現れた。金髪に青い目の彼は,若い頃は相当の美男子だった事が窺えるが,今はもうしわくちゃで,でっぷりと肥え太っている。そう,彼こそが世界をその手中に治めた,プレジデント神羅だ。
「プレジデント神羅だな!」
バレットが叫んだ。
「たちの悪いネズミが大事な魔晄炉に入り込んだと聞いてね」
その青い目は狡猾さと余裕に満ちている。
「俺達はネズミじゃねぇ!」
怒鳴り返すバレットを無視してプレジデント神羅はクラウドに視線を向けた。
「君は…ソルジャーだな」
「ああ。元ソルジャー,クラウド・ストライフだ」
「そうかね。悪いが,一人ひとりのソルジャーの名前なんて覚えていられないのだ。私には他に覚える事がたくさんある。せめてセフィロスくらい優秀になっていれば覚えていただろうが」
「んなこたぁどうでもいい!!ぼやぼやしているとここもすぐに爆発するぜ」
バレットが口を挟んだ。
「おお,そうか。それは素晴らしい。君たちドブネズミを始末するにはうってつけだ」
「なんだと!」
「ふふ。そうそうカリカリすると体に良くない。といってももうすぐお陀仏の君達には関係ないかな」
プレジデントの隣にいた上等兵が声を賭けた。
「社長,そろそろお時間です」
「そうか」
プレジデントはそう言って,ヘリコプターに戻る。
「まだ話が終わっちゃいねぇ!」
呼びかけるバレットにプレジデント神羅は,
「残念だが,私はこれから予定が入っているのだ。君達のホスト役は別な者に務めさせる」
プレジデント神羅を乗せたヘリコプターはドッグから離れ,高く上がっていった。それと同時に妙な地響きが起こった。モーター音がする。
目の前にキャタピラの戦車型ロボットが現れた。
「なにこれ!」
ティファが怖がった。
「大丈夫,ただのロボットだ」
戦車型ロボットは執拗にティファとバレットを追っかけまわすので,クラウドはそのロボットを一刀両断した。
ロボットはゆっくりと停止しした。
しかし,ロボットは破壊される直前,クラウドを撃った。
「きゃっ!クラウド」
叫ぶティファの声がまるで引き伸ばしたテープのように聞こえ,クラウドはゆっくりと落ちて行った。
第五話 スラムの教会
クラウドは気を失っていた。真っ暗闇の中で,誰かの声が聞こえる。
「おい!しっかりしろ!」
その声があまりにうるさくてクラウドは目を開けた。
クラウドと同年代くらいの男の緑色の目が,クラウドをのぞきこんでいた。
「…」
クラウドは体を起こして辺りを見回す。
「ここは?」
「伍番街スラムの教会。それにしても驚いたな,いきなり空から降ってきたんだからな」
クラウドはゆっくりと立った。
「教会の屋根と花がクッションになったんだな。運がいいヤツだな,あんた」
男が言ったので,周りを見回すと,クラウドは花畑の中に立っている。
「…これ,あんたの花畑か?悪かったな」
「気にするな。ここの花は結構強い。ミッドガルには花なんて珍しいだろ。だけどここには花が咲くんだ。偶然それを見かけて俺が暇を見て手入れしてやってるんだ」
男はそこまで喋って,
「…また会えたな」
と言った。
「どこかで会ったか?」
と,クラウドはもう一度男の顔を見た。
「あ,昨夜の酔っ払い!」
「酔っ払いは余計だ」
花を手入れしながら男が言った。
「あんた,マテリア持ってるんだな。俺も持ってるぜ。1個だけだけど」
と,男がクラウドの武器を見る。
「今時マテリアなんて珍しくもないだろ」
「いや,俺のはちょっと変わってるんだ。持ってても何の役に立たない」
「使い方が分からないのか?」
「そんなんじゃねぇ。でも別に役に立つとか立たないとか関係ねぇ。お袋の形見なんだ」
と,男は服に隠しているネックレスを出してきて見せた。白いマテリアが付いている。確かに珍しい色だ。
「そうだ,まだ名前言ってなかったな。俺はエアリス・ゲインズブール。その先のクラブの用心棒をしている」
「クラウド・ストライフだ。何でも屋だ」
「よろしく,何でも屋さん」
2人は硬く握手をした。
「やぁ,俺達も仲間に入れろよ,と」
と,甲高い男の声がした。
身長はクラウドほどではないが,普通よりやや高めで,中肉。やはりクラウドと同年代の男で,赤毛にゴーグルを付けている。黒いスーツの制服の下は開襟シャツを着ていた。
―あの制服は,…タークスだ。
タークスの男の後ろには神羅兵がいる。
「あいつらに構うなよ,クラウド」
エアリスが声を掛ける。
神羅兵がタークスの男に声を掛ける。
「レノさん,アイツやっちまいますか?」
「まぁ,待て,と」
奇妙な口調の男だ。
エアリスがクラウドの肩を叩いた。
「おい,お前何でも屋って言ったな」
「そうだ」
「じゃ,ボディーガードも仕事のうちか?」
「ああ。しかし安くはないぞ」
「じゃ,一度俺のおごりでのみに行こう」
クラウドは返事はせず,背中のバスターソードを引き抜く。
「待て,ここで戦うな!花が壊れるだろ!」
エアリスが抵抗した。
しかたない,クラウドはエアリスを連れて反対側のドアから教会を出て行った。
路地に隠れた二人は,
「もう,追って来ないだろうな」
とエアリスが言った。
「多分」
とクラウドも言う。
「ところで,あんた襲われたの初めてじゃないんだろう?」
クラウドの鋭い質問にエアリスはうなずいた。
「あいつらはタークスっていうんだ。神羅の裏の顔だな。ソルジャーの勧誘から,諜報活動,暗殺。なんでもやる」
「物騒なヤツらだな」
「それにしても何で一般人のあんたが狙われる?まずい事でもやらかしたのか?」
「覚えがねぇな」
と言ってエアリスが話題を変えた。
「…ところであんた,もしかしてソルジャーか?」
「まぁな。しかし昔の話だ。しかし何故分かった?」
「あんたのその目だよ。ソルジャーはみんなそんな眼をしてるって聞いたことがある」
第六話 今日スラムの空の下で
エアリスの後に続くと,伍番街の外れにこぎれいなクラブが見えた。
昼間は準備中でドアは開け放っており,緑のボディコンワンピースを着た若く肉感的な美女がモップ掛けをしていた。
「エルミナ,今,帰ったぜ」
エアリスが声を掛ける。
「コイツはクラウド。俺のボディガードだ」
「ボディガードって,また襲われたの?怪我はなかった?」
「大丈夫。この通り。クラウドがいてくれたからな」
「ありがとう」
エルミナはクラウドに向かって丁寧に頭を下げた。娼婦のような服装だが,一本筋の通ったしっかり者の女性だ。
「まぁ,座れ」
エアリスに進められてクラウドは壁際に座った。
エルミナがウイスキーと氷を持ってきた。エアリスは慣れた手つきで水割りを作り,クラウドに持たせた。
「…それで,これからどうするんだ?」
「とりあえず七番街のティファの店に戻らないといけないんだ」
「ティファっていうのは彼女か?」
「まさか。昔の幼馴染か」
「…ふぅん。…おい,エルミナ,俺は今からクラウドを七番街へ送ってくる。世話になったからな」
2人でウイスキーの瓶を一本開けると,クラブを出てエアリスの案内で七番街スラムに向かった。
歩きながらエアリスが尋ねて来た。
「…お前,クラスは?」
「何が?」
「ソルジャーのクラスだよ」
「1STだよ」
「そうか。じゃ,ヤツと同じだな」
「誰だ?」
「いや,昔ウチの店によく来ていた男がいたんだ。いつも隅っこのカウンターでジンばかり飲んでた。そいつがソルジャーで,確か1STだったと思う。一年位前を境に急に来なくなっちまってな。まさか殉職,なんてことはねぇだろうな」
「名前,分かるか?もしかしたら知っているヤツかも知れない」
「いや,いいさ」
そう言い掛けたとき,目の前をハイヤーとすれ違った。
ハイヤーに乗っていたのは,ティファだった。
「ティファ!?」
クラウドが顔をよく確認しようとしたが黒塗りのハイヤーはもう遠ざかっていた。
「今のがそのティファって姉ちゃんか?」
「多分そうだと思う」
「あっちに行ったぞ」
エアリスはハイヤーの後を追って行った。
クラウドも後を追うと,そこは六番街のスラムのマーケットだった。
第七話 色と欲の帝王
ネオンがきらきらしていて,どことなく猥雑だ。
「ここはウォールマーケットっていうんだ。ま,少々ガラの悪い街だけど,そんなこと言ってられないし,早くその女の子,捜そうぜ」
エアリスはクラウドの先に立ってどんどん歩く。
エアリスはソープランドらしき風俗店の前に立つと客引きの男に声を掛けた。
「あっ,兄貴。お久しぶりです」
どうやらエアリスと顔見知りらしい。
「おい,ティファって子は知らねぇか?」
「えへへ,兄貴,さっそくご入店ですか?」
するとエアリスは男の後ろ襟をつかむと,
「ふざけるのはそのくらいにしろ。しってるのか,しらないのか」
つまみあげられた男はかわいそうに縮み上がって,
「へ,へぇ,その子ならコルネオ親分の家にいまさぁ」
と,しどろもどろ。
「ふん」
エアリスは男から手を離した。
「ということだ,クラウド。コルネオをひとつ締め上げて話を聞こうじゃないか」
「コルネオって?」
「この闇市全体を支配している親分だな。まぁケチな小悪党だ。どうしようもない女好きのクズ野郎」
エアリスは吐き捨てるように言った。
「随分と気に入らないんだな」
「ああ!気に入らねぇな!アイツ俺のいない間にウチの店に来て,エルミナに手だそうとしやがったんだ。エルミナが携帯で俺を呼んだから,すぐにアイツを追い出した。もちろん鼻をへし折ってやったよ」
コルネオの邸宅はマーケットの一番奥の隅にあった。
ティファは1階の奥の部屋にぽつん,と閉じ込められていた。
窓から入ると,ティファは驚いて,
「どうしてここが分かったの?」
と大騒ぎする。
「どうしてって,ハイヤーに乗って行くのが見えたからさ。というかそっちこそ何があったんだ?」
「あれから伍番街のスラムでウロウロしている挙動不審な男を捕まえてね,取調べしたら,コルネオの手先だって言うの。で,どうしても気になってここまで来たのよ。コルネオはちょうど自分の風俗店のバイトを探してたみたいだから私が募集してここにもぐりこんだってわけよ」
「随分と強いなぁ,ティファは」
「やめて。そんなんじゃないの。クラウドこそあの後大丈夫だったの?」
「彼が…エアリスが助けてくれた」
「そう,ありがとう,エアリスさん」
「気にするな。それに俺に“さん”はいらねぇぞ」
「で,これからどうする」
「クラウドが来たんじゃしょうがないわね。このままコルネオのところへ突破するわよ」
ごきげんのコルネオの部屋のドアが開いて,子分のボコボコになった体が放り込まれた。
驚いてドアを見るコルネオ。
入ってきたのはクラウドとティファとエアリスの3人。
「なんだお前ら」
「久しぶりだな,コルネオ」
「げげっ,エアリス!」
コルネオはエアリスを恐れているらしい。これは好都合だ。
「あなた,手下に何を探らせていたの?」
ティファが尋ねる。
「ほひー,言ったら殺されるー」
情けない声を出すコルネオをエアリスは怖い顔で睨む。
「わ,分かったよ。アバランチとか言う大規模なレジスタンス組織の本部を探させていたんだ」
「誰に頼まれたの?」
「そ,それは言えない」
エアリスがコルネオの襟首をつかんだ。
「ひー,話す,話す,話します。だから許して。神羅の治安維持部部長のハイデッカーだ」
「そいつの目的は何よ?」
ティファが身を乗り出す。
「れ,連中はその組織をつぶすつもりだ。プレートを落として七番街のスラムごとな。文字通りペシャンコよ」
「クラウド!」
ティファが叫んだ。
「七番街スラムへ戻ろう」
クラウドもうなずいた。
襟首をつかまれたままのコルネオは,エアリスに必死の愛想笑いをした。
「そろそろ離してくれよ。…ちゃんと本当の事を言ったから,許してくれるんだろ」
「ああ。…ご苦労さん!」
ゴスッ!!
「ひでぶ!」
エアリスの短く速いストレートパンチがコルネオのわき腹に入った。
鈍い音を立ててコルネオの体が吹っ飛んだ。
第8話 来るべきジェノサイド
七番がイスラムに戻ると,銃声が響き,住民は逃げ回っていた。
「まるで戦争みたい」
ティファは呆然と立ち尽くす。
「いや,これは戦争そのものだ。さあ,行くんだろ?まだ諦めるな。プレートなんてもの,そう簡単には落とせない」
エアリスに励まされて,ティファはクラウドと共に歩き出した。
「ここから先は手分けしよう。俺はティファと一緒にプレートの支柱の上を目指す。エアリスは街の人間を保護してくれ」
「分かった」
「待って,エアリス。そこから先にセブンスヘブンってバーがあるの。そこにマリンって子がいるの。連れて逃げてあげて」
クラウドはティファと一緒にプレートの階段を上がった。
プレートの上ではバレットがたった一人で神羅兵を相手にしている。
「助かったぜ!」
バレットは2人の姿を見るとそういって喜んだ。
ほどなきして神羅のヘリコプターが現れて,タークスの男が現れた。教会でエアリスを追ってきた,あのレノという男だろう。
レノは支柱にある端末をいじると,
「これでよし,と」
と呟いた。
爆弾のスイッチが入ったらしい。
「クラウド,解除できる?」
クラウドが行こうとしたとき,レノが立ちはだかった。
「おっと,邪魔はさせないぞ,と!」
レノは武器として電磁ロッドをもっている。一般の神羅兵と戦うよりも苦労はしたものの,三対一,すぐにこちらが優勢になった。
「チッ,時間がない」
レノは身軽にプレートから降りて行った。
ティファが慌てて端末を調べる。
「どうしよう,止め方が分からない」
クラウドも手伝うが,どうやら解除用のスイッチがない。
うろたえる彼らの姿を高みの見物としていたヘリコプターがゆっくりと近付いてくる。
「無理なことはなさらないでね。そのスイッチは普通のやり方では操作できませんのよ」
氷のように冷たい声がする。
ヘリコプターには別のタークスの姿がある。長い脛まである黒髪が印象的な大変美しい女性だ。制服の上着はレノと同じだが,女性社員らしく,下は膝までのプリーツスカートに黒いストラップのパンプスで,額にはアクアマリンのビンディー,両耳にはビンディーとそろいのシンプルなピアスを付けている。上背はなく,痩せ型だ。この小柄な痩せっぽちの彼女こそ,タークスの主任であるツォンと言う。
ティファはこの氷のような美女に向かって懇願した。
「お願い,止めて!」
「あら,ごめんなさい。それはできないわ。残念ですけれど,その緊急用のプレート解除の設定と解除は神羅の役員会の決定が必要なのですの」
「ゴチャゴチャうるせぇな!」
バレットがヘリコプターに向けて発砲した。
「そんな事されますと,大切なお客様が怪我なさるわ」
ツォンの隣にはエアリスがいた。
クラウドは驚いた。
「お知り合いなの?それはよろしかったわ。最後にあえてよかったですわね」
「エアリスをどうするつもりだ」
「私は存じませんわ。会社からの命令は,『古代種の生き残りを捕まえる』事だけ。そこから先の話は私も分かりませんことよ」
ツォンをさえぎるようにエアリスが怒鳴った。
「俺は大丈夫だ!なんとかなる!お前ら早く逃げろ!ガキは俺の店に預けてある!」
「ふふふ,もうすぐ爆発が始まりますわ。早く逃げることですわね」
エアリスを載せたヘリコプターはどんどん上昇して見えなくなった。
「逃げるぞ!」
バレットが叫んだ。
すでにプレートの支柱は崩壊を始めている。
必死で逃げた。
間もなくプレートは激しい振動と共に落下して,七番街スラムは街ごとぺちゃんこになった。
第九話 子連れ狼
「こんなことが本当に起こるなんて…」
煙とほこりにまみれたかつての街を見たティファは呆然としていた。
「ちくしょう!」
バレットが瓦礫の中へ走り出した。
「マリーン!」
「待って」
ティファがバレットを止めた。
「エアリスが“ガキは俺の店に預けてある”って言ってたよね。もしかして“ガキ”ってマリンの事じゃないの?」
バレットははっとして立ち止まった。
「エアリスの店なら俺が知っている」
クラウドが言ったので,3人は伍番街スラムに向かってとぼとぼと歩き出した。
マリンの無事は確認できたが,素直に喜べない。
この落下事故で逃げ遅れた人もいるだろう。死傷者の事を考えると足取りは重くなる。
「俺達がいたからか?俺たちの組織をつぶすために街ごと街の人を吹っ飛ばしたのか?」
バレットはうめいている。
「確かにそうだ。だが神羅のやり方は汚いし,乱暴だ」
クラウドがなだめた。
バレットが,
「なぁ,あの兄ちゃんは一体誰だ?」
「エアリス。この先のクラブの用心棒だって言ってたけど,多分オーナーだな。俺があの後魔晄炉から落下した後に助けてもらった」
クラブのドアを開けると,エルミナがいた。
「…クラウド,だったね。エアリスの事?」
「すまない。俺たちのせいで,神羅に拉致された」
「知ってる。ここから連れて行かれたんだもの」
「何だって?」
「小さな女の子を連れていてね。その子の安全と引き換えに自分から神羅に付いて行ったのさ」
「すまねぇな,マリンはうちの子だ」
バレットが進み出た。
「あんたが親?こんな小さい子を放っておいて何やってんの」
「分かっている。もし俺になにかあったらマリンはどうなるかって思う。だからずっとマリンと一緒にいられたらいいなと思っている。でも俺は戦わなきゃならないんだ」
「…あんたも大変だね」
エルミナは店の奥へあごをしゃくった。店の奥のボックス席でマリンがオレンジジュースをちびちび飲んでいる。
「マリン!」
「父ちゃん!」
父と子の再会を尻目にクラウドはエルミナを向いた。
「なぁ,エアリスってどうして神羅に狙われているんだ?」
「あたしもよく知らない。エアリスは古代種の最後の生き残りなんだって」
「古代種って何だ?」
いつの間にかバレットがマリンを抱いて立っていた。
「あたしも本当の事は知らないんだけど」
エルミナはカウンターの冷蔵庫から缶ビールを開けて飲み,3人にもすすめた。クラウドは受け取ったが,バレットとティファは断り,烏龍茶をもらった。
ずっと動き詰めだったのと,強いストレスが加わっていた3人に冷たい飲み物は大変有難かった。
「今から十年位前かな」
と,エルミナは語り始めた。
第十話 ハーストーリー
「あの頃はまだ戦争中でね,あたしは別の男と2人で住んでいた。がんばって2人でお金をためてお酒と音楽が楽しめるクラブを作ったんだ。だけどアイツ,お金をもっと稼ぎたいって,志願兵に応募しちゃったのさ。もちろんあたしは止めたけど,言ったら聞かない人だったからね。アイツは必ず帰ってくる,と言って出て行った。それからあたしはたった1人で店を切り盛りしていた。あるとき,休暇ができたので家に帰る,という電報が来てね。あたしは毎日駅まで迎えに行った。けどね,待てども待てどもアイツは帰って来なかった。そんなある日だったね。エアリスがやって来たのは。虫の息の母親を背負って電車から降りてきたんだ。なんだかひどく疲れていて衰弱してた感じだった。普通はそんなの放っておくんだけど,…その,ちょっといい男だなって思ってあたしも声を掛けたんだ。そしたらエアリスは,
『お袋を安全な所へ連れて行って欲しい』
って言うんだ。でももう母親は死んでた。…戦争中にはよくある話だったけどさ,あたしもほうっておけなくて,エアリスを店に連れて帰ったのさ。エアリスは陽気でよく喋る男でね,店の仕事をてつだってくれた。けんかが強かったから,店のいい用心棒にもなってくれた。女1人が店をやるのは色々不安なことも多かったから。エアリスは母親とどこかの研究施設みたいなところから逃げ出して来たって。そして口癖のように言ってた。
『お袋は星に還っただけだ。俺は別に寂しくなんかねぇ』
って」
「星に還った?」
勝手知ったる他人の家行儀で,バレットは空になったグラスをカウンターに持って行き,自分で氷と烏龍茶を注ぎながら聞き返した。
「あたしは意味が分からなかったけれど,あの人なりに母親の死を受け入れようとしてるんだな,と思ってた。星って夜空の星?って聞いたら,
『そうじゃねぇ,この星だ』
って。あたしにはさっぱりだった。ある時,エアリスが真面目な顔をして言うんだ。
『おい,今から俺が言った事を聞いても絶対に泣くなよ。…いや,泣いてもいいけど』
意味深な事言うから,何かあったのって聞いたら,
『お前の大事な誰かが死んだみたいだ』
って。
『心だけになってお前に会いに帰って来たけど,星に還ったぜ』
あたしはそんなバカな,って思ってた。でもね,その日の夕方にアイツの戦死通知を受け取ったのさ。もちろんあたしは悲しくて悲しくてしょうがなかった。でもエアリスは何も言わずずっとあたしのそばにいてくれてね。いい男ってのは心もいい男なんだね。それからもあたし達はこれまで通り店を続けていたんだ。所が,二年位前かな,タークスのツォンって女,ああ鼻持ちならないツンとした女だよ,そいつが来てね,
『エアリスを返していただきたいのです。もう随分探しましたわ』
って言うんだ。あたしはなんでそんなことしなきゃいけないのって言ったら,
『エアリスは,古代種の生き残りですわ』
って言う。古代種って何だって聞いたら,
『古代種は私達を至上の幸福が約束された場所に導いてくれるのです。エアリスの力があれば貧しいスラムの人の暮らしもきっと良くなりますわ』
…まるで新興宗教のお題目みたいで気味が悪かったね。そしたらエアリスが必死に抵抗したんだ。
『俺はそんな高尚なモンじゃねぇ。ただのスラムの酔っ払いだ』
って。するとツォンは,
『あら,わかっていらっしゃるはずですわ。貴方,時々誰もいないのに人の声が聞こえることってあるんじゃないかしら?』
『ああ,あるかもな。だけどそれは素面のときは聞こえねぇ。酔っ払いの幻覚だよ』
でもあたしは知ってた。エアリスの不思議な力。酔っ払いの世迷言なんかじゃない」
「よく,神羅の手から長い間逃れられたな」
空になった缶をつぶしてクラウドが言った。
「手荒なマネはできなかったみたいだね。エアリスの協力が必要だったからね。だけど今度はダメだったみたい。エアリスがこの子を連れててね。この子の無事と引き換えに神羅に行くって」
「…申し訳ない」
バレットが頭を垂れた。
「私がエアリスを巻き込んだからだわ」
ティファがうつむいた。
「あんたが悪いんじゃないよ。あの人だってそんな風におもっていないよ」
エルミナが首を振った。
クラウドはため息をついてソファーから立った。
「エアリスを助けに行くんだな」
「ああ」
「俺も行くぜ」
バレットがマリンをソファーに座らせた。
「私も行く」
ティファも立った。
「いいのか,相手は神羅だぞ」
クラウドが警告すると,
「関係ない。マリンが世話になったんだ。それに敵は神羅だぞ。だめだっつっても付いてくぜ」
「そうよ。私も覚悟はできてる」
「分かった。3人で行こう」
バレットはエルミナに,
「姉ちゃん,悪いがもうちょっとマリンを預かってくれねぇか?」
「それは構わないけど」
「それにここは危険だ。どこかへ逃げた方がいい」
「分かってる。でも一つだけ条件があるよ」
「?」
「必ず生きて帰ってくるんだよ。待ってるモンはいつ間でも首を長くして待ってるんだからね,子連れ狼さん」
と笑った。
第十一話 バベル見学ツアー
神羅ビルはミッドガルの中央にバベルの塔の如く鎮座していた。
ビルの前に3人を乗せたタクシーが到着した。クラウドは説明した。
「60階までは通常のエレベーターで入ることができる。そこから先は重役社員専用のパスカードが必要だ。そこから先は俺のカードでどこまで入れるか」
と,クラウドはコートの内ポケットから自分の名前が刻印されたキーカードを出してきた。
3人は武器をしまうと神羅ビルの正面玄関に入った。クラウドは眼鏡をかけ,コートのボタンを閉め,バレットはハンチングを目深にかぶり,やはりサングラスもかけて変装した。
ティファが正面カウンターに近付いていった。
「あの,すみません。こちらでやってる社内見学ツアーに参加したいのですが」
「それではこちらでお待ち下さい。参加料はお一人様30ギルになります」
ティファは90ギル支払って,3人は他の参加客達と並んでいた。
間もなくして,見学用の長いカートがやってきた。
「どうぞお乗り下さい」
3人はそろって,後ろの座席に座った。
カートは客を乗せてゆっくりと発車した。カートはまず,神羅の自動車部門のショールームに入る。
今年発売予定のシティーワゴンが銀色に光り輝いていた。
次の部屋は神羅の宇宙開発部門の資料室で,スペースシャトル神羅26号や,飛行艇ハイウインド号のレプリカが置かれている。彼ら3人も他の客と同様に見物に勤しんだ。
そして科学技術部門のショールームでは,米よりも栄養価の高く生産コストもかからない新たな穀物の開発が行われている,というレポートがあった。
カートによる見学は展望台のような場所で終わり,ここからは下のエスカレーターに乗れば玄関ホールへ戻る。
3人はエスカレーターに乗るふりをして,奥の社員用エレベーターに乗り込んだ。
「クラウド,早く」
クラウドは自らのカードキーを取り出して,エレベーターのカードリーダーに宛がった。
エレベーターのスイッチは68階まで点灯した。
「すごい。結構高い所まで行けるのね。ソルジャーの権限ってすごいわね」
と,ティファ。
68階は資料室になっていて,人はいなかった。ここにはエアリスはいないようだ。
ということは,何とかそれより上層階へ行ける方法をここで探さなくてはならないのだ。
「おい,君達!」
知らない初老の男に呼び止められた。
とっさに身構える3人に男は軽く手を振った。
「まぁ,待ちたまえ。君達をつかまえようって言うわけじゃない」
「誰なの?」
「私はドミノ。このミッドガルの市長だ。ただし名前だけのね。君達,上の階へ行きたいんだろ?だったらこれをあげよう」
ドミノ市長はクラウドに70階までのキーカードを渡した。
「なぜ俺達にこんな事を?」
バレットが訝しがると,
「なぜって。神羅が嫌がるからだ。神羅に不利益なことをやるのが今の私の生きがいだよ。仮にも市長である私をこんな所で一般社員のように扱うんだからな」
第十二話 血生臭い彫刻
70階は会議室で,今まさに重役会議が始まろうとしていた。
3人は会話を盗み聞きするべく,会議室の奥の物入れに隠れた。
治安維持部門部長のハイデッガーは見事な囲みヒゲに軍服姿,兵器開発部門部長は真っ赤な服を着た金髪のスカーレット,宇宙開発部門部長は頭の禿げ上がった中年男パルマー,そして髪を七三に分け,きっちりとスーツを着たあごひげの男,リーブは都市開発部門の部長で,プレジデント神羅に報告をしている。
「七番街の爆破の際の被害報告の集計が完了しました」
「ふむ」
「魔晄炉,及び稼働中の工場の被害総額を含めて約七百五十一億ギルです」
「うむ。その分の損失は魔晄料を値上げして徴収すればよろしい」
「しかし社長,これ以上の値上げは市民の不満を招きませんでしょうか?」
「そんなことはあるまいよ。一般市民はむしろ我々に感謝しているはずだ。なんといっても危険なテロリストを排除したのは我々だからな」
そのとき,会議室の扉が開いて,1人の男が入ってきた。年齢は三十代後半くらい,その男の美しさは見るものの目を奪うくらいに素晴らしかった。その横顔はまるで整ったギリシャ彫刻だ。床に届きそうな長い黒髪を後ろで一つに結い,眼鏡の奥の彫の深い瞳は,深くすんだサファイア色の光を湛えていた。白衣を着ているから科学者と分かるが,長身痩躯に小さな顔は,まるで科学者と言うよりトップモデルのようだ。
「宝条君」
プレジデントがギリシャ彫刻に声を掛けた。
「あの男はどうなった?」
宝条は深いため息をついて,
「古代種としての能力は母親に劣る」
「それでは約束の地はどうなる?」
「この男の力1人では難しい。だから数を増やす。クローン技術の応用だ」
「計画に支障は出ないだろうね」
「…努力しよう」
「頼む。君の力が頼りだ」
会議が終わると,彼らはばらばらに戻って行った。
しばらくして物入れから3人が出てきた。
「クラウド,今のはきっとエアリスの事だよ」
廊下に出ると,宝条の後姿が見える。後を付けるしかない。
第十三話 ミロのヴィーナス
宝条の研究室は七十一階,様々な実験器具が並んでいる。
そこには大きなドーム型の培養器があった。
興味に駆られてバレットが覗く。
「なんだこりゃ」
ピンクの培養液の中に首なしの女性の死体があった。皆さんは地球にあるミロのヴィーナスをご存知だろう。彼女は腕を持たない。しかし彼女は腕を持たないからこそその美しさがデフォルメされて,さらに魅力を持つ。
この首なしの女性も首がないことでその肉体の美しさは素晴らしかった。
クラウドも一緒に窓を覗くが,いきなりぐったりと膝を突いた。
「どうした」
「いや,急に頭が一瞬だけ熱くなった,なんでもない」
ティファが檻の中に入った不思議な獣を見つけた。ライオンのような,狼のような獣で,体中に魔よけの刺青が施され,頭や足には色とりどりの飾りが施されている。
「ねぇ,この子も動物実験に使われちゃうのかな」
ティファが檻越しに手を入れて喉を撫でると,クゥーン,と鳴いた。
とうとうエアリスを見つけた。
怪しげなポッドの中に入れられ,怒ってドンドン強化ガラスを叩いている。
「おいっ,俺をここから出せ」
しかし宝条はエアリスを無視して,
「実験を開始する」
と,冷たく言い放った。
「エアリス!」
クラウドがエアリスのいるポッドまで走り出てきた。
「…なんだ侵入者か」
宝条はファイルから目を放さずに言った。
「先生,随分と落ち着いてやがるじゃないか」
バレットが不思議がった。
「簡単さ,世の中にはどうでもいい事が多すぎるのだよ。ネズミが一匹入り込んだ所で私には何の関係もない」
「エアリスをどうするつもりだ」
クラウドが勤めて冷静に訊く。
「クローンを作るんだ。質より量なのだよ。オリジナルよりは多少劣化するが,そんな事も言ってられないからな」
「ク,エアリス,下がってろ!」
バレットがポッドに向けて発砲した。強化ガラスは飴の様に壊れて,エアリスが飛び出してきた。
「来てくれると思ってたぜ。でも,遅かったぞ!」
宝条は彼らの様子を見て,
「なんていうことをしでかしたんだ。その装置は安くはないんだぞ」
と,奥のエレベーターのスイッチを押した。
ゴゴゴゴゴ,という音と共に巨大な蠅のようなモンスターが現れた。
そのとき,クラウドの背後の檻から声がした。
「アイツは手ごわい。私をここから出してくれたら力を貸そう」
檻の向こうからさっきの獣がしゃべっている。
「しゃべった!」
ティファが目を丸くした。
「後でいくらでもしゃべってやるよ,お嬢さん」
とりあえず今はこの獣を信用するほかなく,バレットは銃で檻の上を破壊した。
獣はクラウドたちと共に蠅のモンスターを倒してくれた。
「お前,一体何者だ?」
バレットが訊くと,
「ふむ,何者,と言われてもこの通りこういうものだ。宝条は私にレッドⅩⅢと言う名前を付けたが」
「エアリスを助けたらこんなビルに用はない。さっさとここから出よう」
とバレットが提案した。
一同は外のエレベーターに乗り込んだ。
しかし,エレベーターはいきなりガコン,と一度だけ振動すると,動かなくなった。
そこにはスキンヘッドにサングラスのタークスの男,ルードと主任のツォンが立っていた。
「上を押してもらおうか…」
「ちょっとしたスリルを楽しんでいただけたみたいだけど,いかがだったかしら?」
第十四話 茶会
残念なことに彼らはタークスに捉えられてしまった。エアリスは再び引き離され,残った者は社長室に連れて行かれた。
社長室は神羅ビルの最上階で,贅の限りを尽くした内装だった。奥には茶室まであり,プレジデント神羅はそこに正座していた。
「やあ,正客のお着きだ。揃った所で茶会を始めよう」
「エアリスはどこだ」
クラウドが詰問するが,
「余裕のない性格だな。それにそのような話題は茶会にはふさわしくない。心配するな,彼は安全な場所にいる。元ソルジャークラウドと言ったな,ここへ座れ。詳しい話を聞かせてやろう」
「ダメよ,クラウド,罠よ」
「大丈夫だ」
クラウドはティファの制止も聞かずにブーツを脱いで,茶室に上がった。
武器を脇に置いて,プレジデントの前に正座する。
プレジデントは満足そうな顔をすると,薄茶を立てて,クラウドの前に差し出した。
クラウドは器を持ち上げる。
「安心したまえ,毒は入っていない」
なるほど,飲めばかなりの上質の茶である。
「あの男はセトラと呼ばれる数千年も前に絶滅した幻の民,古代種の生き残りだ」
プレジデント神羅が言った。
「セトラ?あの男,セトラの生き残りなのか」
レッドⅩⅢは何か知っているようだ。
「その通り。セトラの民は我々を幸福に導く『約束の地』を知っているはずだ」
「そんなもの,おとぎ話にしか過ぎない」
レッドⅩⅢが言った。
「しかしもし現実に存在するのだとしたら素晴らしいではないか。豊かで肥沃な土地,それは魔晄エネルギーが豊富であることを意味する。その豊かな土地に我々は遷都するのだ」
「そんなうまい話,あるわけないだろ」
バレットが言い返した。
クラウドは頭が痛くなった。話の内容からではない。なんだか具合が悪い。
「抹茶に…何を混ぜた?」
プレジデント神羅は愉快そうに言った。
「ふふ,私は毒は入っていないと言ったが,睡眠薬は入っていないと言っていない。ソルジャーは普通の人間と違って薬に耐性があるだろうから,スリプル草を使った強力な麻酔薬を使ったのよ」
―しまった。
クラウドはぐったりと畳の上に倒れた。
第十四話 スイートルーム
クラウドが次に目覚めたとき,ベッドの上にいた。まるで貴賓室のような部屋だ。
「なんだここは」
起き上がってドアに向かう。
当然鍵は掛かっている。
そのとき,隣から聞きなれた怒鳴り声が聞こえた。
「おいっ,出せっ出せ」
ドアを蹴飛ばしているらしい。
クラウドは壁を叩いて呼びかけた。
「おい,お前エアリスか?」
「クラウド!」
「良かった,隣にいたのか」
「ちっとも良くねぇぞ!」
エアリスは怒鳴った。
「俺はずっと捕まってばっかりだ。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ,畜生」
「エアリス,怒らないで聞いてくれ。…その,やっぱりお前は古代種なんだろ?」
しばらくの沈黙があった。
「それを訊いてどうする」
「…その,教えて欲しい。神羅の探してる『約束の地』って本当にあるのか?」
「…しらねぇよ,んなもん」
エアリスの声はくぐもっていた。
「俺が知ってるのはな,
『セトラの民,星より生まれ,星と語り,星を開く。セトラの民,約束の地へ帰る。星が定めし,約束の地』っていうのだけだ」
「星と語るって?どういうことだ?」
「だから俺もよくしらねぇ」
「星はしゃべるのか?」
「んー,わかんねぇ。なんかザワついてる感じだな。何を言ってるかははっきり聞き取れないんだが。それも聞こえるのはあのスラムの教会で酒を飲んでるときだけだ。素面のときは聞こえねぇ。でも死んだお袋が言ってた,
ミッドガルはもうダメだって。俺に,いつかミッドガルから逃げろって。お前だけの約束の地を見つけろって」
クラウドは少し眠ることにした。体が回復してからここを出る方法を考えよう。
第十五話 暗雲
クラウドは再びベッドの上に目覚めた。
だめもとでもう一度ドアをさわる。
ドアはあっけなく開いた。
「どうなってるんだ」
クラウドは外に出た。
足元で看守が死んでいる。何か鋭い刃物で切りつけられたらしく,失血死だ。
クラウドは冷静さを取り戻して,看守の上着から電子ロックのキーを取り出すと,エアリスの部屋を開けた。
「おい,どうしたんだ」
エアリスの言葉にクラウドは黙って廊下を指差した。
「おい,こいつは一体…」
「何でもいい。みんなを探すぞ」
2人は警戒しながら廊下を出たが,外は酸っぱいようなさびたような血の臭いが充満していて,クラウドは思わずハンカチで鼻を押さえた。
兵士が惨殺されている。
難なく他の仲間の囚われていた房も見つかり,再びメンバーが合流した。
明らかに館内の様子がおかしい。
静まり返り,生きた者の気配がない。
「…上に向かったな」
レッドⅩⅢが臭いを調べながら言った。臭いは宝条の実験室へと続いていた。
中へ入ると,あの培養器が壊されており,中の女性の死体はなくなっていた。
「誰かが持ち出したようだな」
レッドⅩⅢの後に続く。
やがてレッドⅩⅢは社長室の前に立った。
「この中だ」
社長室のロックは開いた。
広い部屋にプレジデント神羅は机の上に突っ伏していた。
「なんだ?」
バレットが近寄って様子を見ようとして立ち止まった。
「死んでるぜ!」
プレジデント神羅の背中には刃渡り2メートルはある日本刀が無残にも突き刺さっている。
クラウドは刀を見て,
「これはセフィロスのものだ」
と宣言した。
「クラウド,それってセフィロスは生きてるって事なの?」
「だろうな。これを扱えるものは他にいない」
クラウドが刀に手を伸ばそうとすると,刀はフワリ,と消えた。
「ひぃぃぃぃぃぃ」
突然真ん丸い男が柱から飛び出してきた。宇宙開発部門部長のパルマーだ。
逃げようとするが,エアリスに足を引っ掛けられ,頭からすっころんだ。
「ここで何があった?」
クラウドが訊くと,
「ひ,ひぃ,セフィロスが来たんだ!!」
「見たのか?」
「見たとも!」
「嘘じゃないな」
「嘘でもないし,寝ぼけてなんかいない!声だって聞いたんだ。約束の地は渡さないとか何とかブツブツ言ってた」
「ちょっと待て」
バレットが片手を上げた。
「セフィロスは約束の地を神羅から守ろうとしているわけだ?もしかしていいヤツじゃないのか?」
「とんでもない!」
クラウドは怒鳴った。
「俺はセフィロスの本当の目的を知っている」
クラウドが語ったそのとき,どこからともなくヘリコプターの旋回音が聞こえ,次第に音が大きくなる。
パルマーがヘリポートに向けて走り去る。
「副社長~オタスケを~」
「ルーファウス,あいつがいたか」
バレットが舌打ちした。
「誰なの?」
「ルーファウス神羅。プレジデントの1人息子だ」
「血も涙もない冷血マシーンだって聞いてるぜ」
と,エアリスが加えた。
第十六話 組み手
ヘリポートに降り立った男は,クラウドと同じような年代で,とても洗練された美男子だった。ポマードで手入れされた金髪に青い目はどことなく非情そうに輝いて,高級ブランドの麻の白いスーツを着ている。足元にはペットの黒豹がいる。
ルーファウスはパルマーに下がってろ,と言うと,クラウド達を振り返った。
「お前は何者だ?」
「元ソルジャー1STクラウド・ストライフだ」
「私は神羅カンパニーの社長ルーファウス神羅だ」
父親が亡くなったばかりだと言うのに,もう社長を名乗るつもりらしい。
「そうだ,社長就任の挨拶を聞かせてやろう」
ルーファウスは手を後ろ手に組んで歩き始めた。
「親父は金の力でこの街を,世界を支配しようとしていた。神羅で働き,給料をもらい,テロリストやモンスターが現れれば神羅の軍隊とソルジャーが助けてくれる。確かに完璧だ。だが一つだけ盲点がある。あまりにも金が掛かりすぎることだ。だから私は考えた。これからは恐怖と脅しで世界を動かす」
一同はなんだかよく分からない,という顔をしている。
しかしその間もルーファウスはクラウドの顔を忌々しそうに見ている。クラウドは殺気を感じ取ると,バレットに,
「お前らは先に逃げろ」
と言う。
「なぜだ?」
「コイツは本気で俺を殺そうとしている。ならば俺も全力を尽くさねばならないだろう」
2人きりになってルーファウスはショットガンを出してきた。
しかし,いくら多少体術の鍛錬をしていたとはいえ,ソルジャーだったクラウドにかなうわけがなく,ルーファウスはヘリコプターに逃げ込み,空高く飛んでしまった。
第十七話 自由への旅立ち
神羅兵の攻撃をかいくぐり,バレット達は神羅ビルの1階へと下りて来た。
「くっ,どうするよ」
「バレット,あれ!」
ティファがバレットに耳打ちした。
バレットは意味が分かったらしく,彼らは一目散に自動車製造部のショールームに逃げ込んだ。
目の前にあるのはピカピカのあのワゴン車。
「どこかに鍵はないかしら」
「ちょっと見せてみろ」
ティファが一度運転席を降り,エアリスと交代した。
エアリスがオーバーオールのポケットから針金や鍵の付いた束を出してきて,
「このタイプの鍵は…これだな」
と,錆付いた針金を差し込んだ。
ステーションワゴンはブブブブとエンジン音を立てた。
ティファとバレットが乗り込み,バレットはレッドⅩⅢに,
「お前も来い!」
と手招きすると,レッドⅩⅢも飛び乗った。
「すごいね!」
ティファは興奮してエアリスの首にしがみついた。
「スラムもんをなめるんじゃねぇ!」
アクセル全開でワゴンはショールームからダイブした。
二階の階段から駆け下りるクラウドの姿が見える。
「クラウド,早く!」
ティファが窓から顔を出して叫んだ。
クラウドは銃撃をかいくぐり,ジャンプした。
後部座席にいたバレットがワゴンのサンルーフを開けた。
クラウドは車の屋根に上がると,サンルーフから中に入った。
ワゴン車はそのまま神羅ビルを出ると,高速道路に上がった。
追っ手のバイク隊や大型ロボットが追っかけてくるが,バレットが窓から銃撃する。
車を敵のバイク隊に囲まれたとき,クラウドはサンルーフから外に出て車の上に上がり,剣の衝撃波でバイクの追っ手と大型ロボットを吹き飛ばした。
全ての追っ手を撃退した後,一度ワゴンを路側帯に停車した。
「…これからどうするんだ」
バレットが言った。
「セフィロスは生きていた…だとしたら俺はあのときの決着をつけなくちゃいけないようだ」
他人事のように呟くクラウド。
「よく分からないが,それが星を救うことになるんだな」
バレットが念を押すと,
「きっとそうだ」
と言う。
「なら,俺は行くぜ」
「私も行く」
運転席にいたエアリスが,
「俺も行こう。色々知りたいことがある」
と言った。
「私は故郷に帰ろうと思う。それまでは同行してやろう」
レッドⅩⅢも言った。
こうして彼ら一行はミッドガルを出て広くこの星を旅をすることとなったのである。
<第一章 完>
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