神様のくれた5分


 クラウドが仕事の昼休みに携帯を確認すると,メールが入っていた。
他の仲間たちは大抵直接通話で連絡をとってくる。
一体誰だろう。
…知らないメールアドレスだった。
メール内容には一言,
『今日の15時,いつもの店で』
と手短に書かれていた。
知らないメールアドレスからいつもの店,と急に言われても困ってしまう。
しかしクラウドは胸がむずがゆくなった。
昔,クラウドとセフィロスがいつも待ち合わせをしていたカフェ。
2人はそこの店の名前を知らなかったけれど,白やオレンジや黄色を基調とした明るい店内で,ややレトロな70年代チックなあの店だ。
クラウドの思いつく『いつもの店』とは,その店か,今昼飯を食っている中華料理の店か,昔ザックスと足しげく通った八番街のソープランドしかない。
そこまで考えてクラウドは,誰かの悪戯メールか間違いメールだと思った。
 
しかしそれでもクラウドは久しぶりにあのカフェに行ってみたくなった。
『あの店』に着いたのは約束の時間を少し過ぎてからだ。
待ち合わせをしたわけではない,待っている人がいるわけでもないから遅れようが関係ない。
クラウドは手袋を外すと店内のドアを押した。
 
いつもセフィロスが座って待っていた奥のテーブルを目指す。
そこにはセフィロスとは違う,銀髪に黒いワンピースの少女,ヤズーが座っていた。
足を斜めにそろえて座るのはセフィロスと同じポーズだった。
「…俺を呼んだのはお前か?」
クラウドは軽く身構えた。
ヤズーは両手を上げ,
「大丈夫。武器は持っていないわ」
クラウドは用心しながらヤズーの向かい側に座った。
「姉弟達は一緒じゃないのか」
「ええ。今は私だけ」
ヤズーは首を傾げて笑った。
クラウドは念のためそれとなく目を動かしたが,彼女が嘘をついていないと確認できると,改めて,
「なぜここが分かった」
「あら,分かるわ。だって私は…」
と,言いかけてヤズーは口を閉じた。
―だって私はセフィロスの操り人形。
クラウドはヤズーの心の声に気付いたのか,それとも自分で理解できたのか,
「ああそうか,そうだったな」
と言った。
「あの…あのね,今日私が1人で来たのは,私がそうしたかったからなの」
ヤズーが言いにくそうに,でも言わなきゃいけないことのようにクラウドに言った。
その言い方がまるで怒られたり嫌われたりすることを恐れているように聞こえたので,クラウドはさっきよりも大分語気を緩めることにした。
「お前達三つ子は,3人とも同じ性格で同じ思考をしていると思ってたよ」
「あら,違うわ。私達,確かに三つ子だけれど顔も違うし,着る物の趣味も違うし,性格も全然違うのよ。目的もやりたい事も違う。私なんて二人に比べたら強くもないし性格暗いし,迷惑ばかりかけてるのよ」
普通ならば,『そんなことはない』とフォローのひとつでもしてやるのが常道だろうが,強さ云々は知らないが,勝気な姉と感情豊かな弟に挟まれて姉弟の中で陰気な性格,というのはあまりにも明確だったので,どうしようもない。
「その…俺もかなり陰気な性格だ」
クラウドが言った。
ぎこちない会話にヤズーは気まずさを感じたのか,
「…あの,やっぱり迷惑よね。私…」
席を立とうとすると,クラウドが片手を挙げた。
「少し話そうじゃないか」
 
「…セフィロスの事はどのくらい知ってるんだ?」
二杯目のコーヒーを丁寧に味わいながらクラウドが尋ねた。
「気配をものすごく感じるの。とても情が深くて,だけど残酷な人」
「そうだな。その通りだ」
クラウドはヤズーの横顔を見た。
多分彼女は姉弟のうちでその顔に最も強くセフィロスの面影を残しているような気もする。
「セフィロスは…多分貴方の事を誰よりも愛してるのね。とてもとても貴方に執着しているわ」
「…」
「彼女に会いたい?」
「それは難しい質問だが,鋭い指摘だ」
クラウドはサービスに出されたクッキーを開けた。
「仮に俺とセフィロスが以前のようにまた二人で暮らせることを願ったとしよう。だけどセフィロスがここに地上にいる限り世界は災厄に苛まれるんだ。多くの犠牲を考えたら多少の私情は我慢しなくては」
「でもセフィロスはそんなこと考えてない」ヤズーが言った。
「男の人ってずるいよね。面倒くさいことは大義名分にして都合よく逃げるんだもの」
クラウドはクス,と初めて笑みを浮かべて,
「それはセフィロスがそう言ったのか?それとも君自身の言葉?」
「さぁどうかしら」
ヤズーは目をあわせようとしなかった。
「だけど」
と,続ける。
「時々自分でも不安に思うことがあるのよ。私が考えてること,好きなこと,思ってること,これは本当は私が思ってるんじゃなくて,セフィロスが思ってることなんじゃないのかしらって。どこからどこまで私の意志で,どこからがセフィロスの意思か分からないのよ」
クラウドは目を細めて少女の額を見た。
「…俺も昔,ある男のコピーだった。ザックスって言って俺の友人だった。だけど君と違ったのは俺自身,自分がコピーを演じていることに気が付かなかった。だがお前は違う。自分がコピーという扱いを受けているとはっきり自覚している。これは自我を持っているってことさ」
「…そうなの?」
「ああ。だから大丈夫。恐れることはない。他の姉弟達はどう考えてるんだ?」
「姉はセフィロスの感情が自分の中に沸いてくるのことをすごく嫌悪してるし,ロッズは男だからセフィロスの意識を拾うことはほとんどないみたい」
「…そしてお前だけがセフィロスの事を誰よりも知っているわけだ」
知っている,というよりシンクロしやすいのだろう。
 
「なぁ,今からちょっと出掛けてみないか」
話の流れを無視してクラウドがそんな事を言い出した。
「?」
「ほら,おいで」
クラウドが初めて少女の手首を取った。髪の色や瞳の色は似ていても,その手の感触はセフィロスとはやはり違った。
 
「乗って」
ヤズーは遠慮がちだ。
「セフィロスは貴方のバイクに乗ったことがないでしょう」
「それはしかたないだろ。あのとき,バイクなんて持ってなかったんだから。さぁどうぞ,お嬢様」
クラウドはヤズーの手をエスコートするように取った。
ヤズーはワンピースの裾を少し気にしながらやっと乗り,クラウドはエンジンをかけると,ハンドルを握った。
クラウドの背中にしがみつくその腕の感触はあきらかにセフィロスのものではなかった。
バイクはミッドガルの外へと続く高速道路を上がった。
「どこへ行くの?」
「セフィロスの知っているあの場所だ」
クラウドは振り返った。
バイクはミッドガルを出ると,西側へ向かう国道を走った。
思えば不思議な話だとクラウドは思った。面識があるとは言え,大して親しくもなかった少女をバイクの後ろに載せて走っているのだ。
知らない人が見たら自分と彼女の関係をどのように勘違いするだろうか。
そよ風に吹かれながらクラウドはなんとなくではあるが,若かった頃を思い出していた。
セフィロスを軽自動車の助手席に乗せてドライブするのだ。
目の前にはどこまでも続く国道で,目の前に他の車はいないし,すれ違うこともない。
カーステレオから流れるのは少し懐かしく陽気なフレンチ・ポップ。
クラウドは時々横を確認するふりをして隣でつばの広い麦藁帽子をかぶり,花柄のワンピースを着て外を眺めているセフィロスを見る。
開けた窓からそよ風が入り込む。
 
気が付くと,クラウドはバイクを運転しながら,シルヴィ・バルタンの『あなたのとりこ』を口ずさんでいた。
 
いつも陰気な顔をしているクラウドが急に歌いだしたのでヤズーは少し笑った。
そしてクラウドの背中にさらに体を寄せた。
ヤズーの髪は甘酸っぱい柑橘系の香りがしてきて,大人のセフィロスにはない,ハイティーンの少女特有のやわらかい感触があった。
―もうすぐ俺は四十だぞ。
最近,青春時代をもう一度,とか,いくつになっても青春時代だとか謳った,中年向けの雑誌やCMをよく見かけるが,クラウドはそれを他人事のように思っていた。
まさかこんな形で『青春リバイバル』がやって来るとは。
 
風の中に,潮の香りが混じってくる。
「もうすぐだぞ」
クラウドが言った。
 
クラウドのバイクはジュノンの街に入ってきた。
日は少し暮れかけて,ラベンダーの淡い色の空が広がる。
バイクはそのままメインストリートを抜け,
バイクはかつてシスター・レイのあった砲台跡まで来ると,停車した。
「ここだ」
クラウドはヤズーの手を引っ張り,砲台の上に上がった。
「昔,ここに大きな魔晄キャノンがあったんだけど,このキャノンの上で俺はセフィロスを口説いた」
ヤズーはキャノンがあった場所に立った。
二人で並んで立っていると,ヤズーがぽつりぽつりと喋りだした。
「…もし私がリユニオンしたら,貴方の奥さんは帰ってくる。貴方が失ったものを取り戻すことができるのよ」
クラウドは空を見上げながらしばらくその事を考えていた。
クラウドが望んでも手に入れられなかった,妻と子供との3人の生活。
もう手に入らないだろうけど,と諦めていたはずだったのに。
「…そうだな」
クラウドはポケットに手を突っ込んで足元を見た。
「しかしお前の体はどうなる。セフィロスにエネルギーを吸い取られてどうなるか分かったもんじゃないし,意識だって消されてしまうかも知れない」
「…でしょうね」
「“でしょうね”って他人事じゃないか」
「言ったでしょ?私達はただの思念体,本来なら存在する必要がないの。本物のセフィロスが現れたらその存在意味がなくなるでしょうし。消えるしかないの」
ヤズーは感情の読み取れない目だった。
「バカ言うなよ」
クラウドはヤズーの肩を叩いた。
「お前はセフィロスと違うし,セフィロスの代わりでもない。もっと自分を信じろ」
それがクラウドの出した自分自身への回答だった。
ヤズーはクラウドの顔を穴が開くほどじぃーっと見ていた。
「家まで送ろう」
クラウドは少女を促した。
 
忘らるる都の彼女の家の前でクラウドは,バイクを止めた。
「…また私,1人になっちゃうのね」
姉弟達がいるだろう,とクラウドは言おうとしたがあえて言わなかった。
「…また,俺にメールしたらいいだろ」
クラウドが電話を持つしぐさをした。
「そ,そうね」
ヤズーは両手を後ろに回して精一杯笑顔を作った。
「そうだ,その顔だ。いつものぶすーっとした顔より美人に見えるぞ」
クラウドはそう言うと,バイクに乗った。
 
帰り道も1人シルヴィ・ヴァルタンを口ずさみながら,ミッドガルへの国道を走った。
 
夜の8時を過ぎていた。
「ただいま。今日は遠い所へ配達に行っていたんだ」
クラウドは何食わぬ顔で家に入る。
「パパ,今日は何かいいことあったの?」
セレネが聞くと,
「どうして?」
と聞き返す。
「だって,パパ,いつもくらーい顔してるのになんか今日はご機嫌なんだもん」
「あら,本当」
ティファも驚いてクラウドの顔を見る。
「どいつもこいつも俺の顔をジロジロ見るな。それより今から飯にするぞ」
クラウドがたまりかねて言った。
                <劇終> 

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