お菓子と13万円とあなたと私




「明日は出張なんだ」
宝瓶宮と双魚宮の中間の階段に座ってアルデバランからもらいものの饅頭の包みを開けながらカミュが言った。
アルデバランは職業柄勤め先の入居者の家族から菓子折りや高級フルーツを頂くことがよくある。
原則として医師や看護師への心遣いはお断りしているが,せっかく頂いた菓子折りを無碍にするのは申し訳ないし,やはりそこは民間の特養施設と言うこともあり,ある程度は目をつぶられている。
たいがいは持ち帰ると貴鬼とムウと3人で食べているそうだが,それでも数が多い場合もったいないからとカミュにくれるのだ。
今日もらったのは四国名物の狸饅頭だ。白餡を薄い皮で包んださっぱりしたおまんじゅうだ。甘さも控えめで食べやすいので,カミュはとても気に入っている。
アルデバランは他にもゴーフルやカステラとどら焼きの詰め合わせやゼリーとプリンの詰め合わせやポンジュースのセットも少しずつ品数豊富におすそ分けしてくれた。
「出張ってどのくらいなの」
「3日くらいかな」
「…」
アフロディーテはカミュにお茶を置いてため息をついた。
「それじゃあ3日間あなたの顔が見られないわけね」
「途中でメールする」
「そうしてね」
それから二人はゴーフルの缶を開けた。
ゴーフルはチョコレート味,バニラ味,ストロベリー味と3種類がある。
いつもゴーフルをたべるときは二人の間にお約束があって,アフロディーテがストロベリー味を食べてカミュがチョコレート味を食べてバニラ味は二人で分ける。
今日もいつものようにそんなふうにして分けて食べるのだ。
「早く帰ってきてね。さびしいわ」
「寄り道はしない」
なんとも奇妙な温度差が感じられる恋人達の会話である。
カミュはいつも言葉少なだ。
だからといってカミュがアフロディーテをないがしろにしているわけではないことは彼女もよく知っていた。
もともとそういう性格なのだ。
無口だが,ちゃんとアフロディーテのことを大切に思ってくれている。
口ばかりで砂糖菓子のような歯の浮く言葉を並べたてる男たちよりもよっぽど信頼できるし,頼りがいがある。
それを理解できているからこそアフロディーテはカミュを心から愛しているのだ。
 
アフロディーテは88ある星座の中でも最も美しい聖闘士と呼ばれた。だからこそ彼女に好意を寄せる男性は星の数ほどいたが,結局選んだのは,見目麗しい美青年だが無口で無愛想なカミュだけだった。
アフロディーテはバニラ味のプチゴーフルを口にくわえると,
「はい,半分こ」
と,カミュに差し出した。
カミュは一瞬ためらった表情で眉を上げたが,すぐに差しのべられたゴーフルをかじった。
かんで砕けたゴーフルを歯と舌で味わって,アフロディーテの唇に着いたゴーフルもなめとった。
くすぐったくてアフロディーテはクスクス笑った。
「…ストロベリーの味がする」
「バニラ食べたのに?」
「…じゃもう一度確かめてみようか」
カミュは今度は直接アフロディーテの唇に直接唇をくっつけた。
アフロディーテがカミュの膝の上にお尻を乗せてきた。
二人は体をぴったりと合わせ,抱き合った。
 
カミュが聖衣の上からアフロディーテの胸や腹を何度もさわった。
アフロディーテもカミュの背中をなでる。
カミュは唇をはなし,一度アフロディーテの体を階段の上へ降ろそうと体をかがめた時,携帯電話の着信音が流れた。
「…っ」
カミュは我に返って目を見開くとアフロディーテの体を階段の上へ押しのけた。
それから慌てて乱れた長い髪を直すと,懐から電話を取り出した。
「…はい」
アフロディーテは押しのけられた体勢のまま,不満そうにカミュの背中を見ていた。
「…すぐに伺います」
カミュは電話を切ると,
「教皇がお呼びだ」
とマントを翻して階段を上って行った。
残されたアフロディーテが肩透かしをくらってしまった。
―サガのバカ。
アフロディーテは憮然として階段に座っていた。
ものの五分でカミュが戻って来た。
「…カミュ」
「すまない,出張がいまからになった。すぐにでかけなくては」
「そんな」
カミュは初めてアフロディーテに申し訳なさそうな顔をすると,階段を降りて行った。
「…ひどい!!」
アフロディーテは怒りに任せてアルデバランからもらったお菓子の包みをひとまとめにして双魚宮に戻った。
テレビのリモコンに手を伸ばしてテレビを付け,大好きなお気に入りの猫足の白とピンクのお姫様イスに座って,テーブルの上に置いたお菓子の包みを開封した。
狸饅頭を食べ,ゼリーやプリンも飲みこみ,カステラとどら焼きにかぶりつき,のどが詰まったところでポンジュースをがぶ飲みした。
これではいくら彼女がガリ痩せ体型で太りにくい体質だとしても無茶な食べ方である。
異常な食欲だった。
お菓子を綺麗に食べ尽くすと,アフロディーテはソファーに横になって眠ってしまった。
 
シュラに揺すり起こされたのはその数十分後。
「具合でも悪いのか?」
「…なんでシュラが?」
「いや,カミュが急な出張らしいじゃないか。それで自分が留守中にお前のことを頼むって言われたのさ」
「…彼らしいわ…ね」
アフロディーテはソファーの上に正座した。
「…うっ」
アフロディーテの顔が陶器のように真っ白だ。
「…き,気持ち悪い」
「何か変なものでも食ったのか」
「違うの。そんなはずないわ。ちょっとお菓子を食べてただけ」
「何を食ったんだ」
「おまんじゅうとカステラとプリンとゼリーとどら焼きと…」
「おいおい,それは食当たりとかじゃなくてただの食べ過ぎだろ。お前がやけ食いなんておかしいじゃないか」
「ううっ,怒らないで。苦しいんだから」
アフロディーテは涙目でシュラを見上げる。
シュラは仕方なしに口をつぐんでしまった。
「…お腹ピーピーかも」
アフロディーテはよろよろと立ってトイレに入って行った。
シュラはそれとはなしに台所のゴミ箱を見た。
中には大量のお菓子の包み箱。
「…あーあ,やっぱりだぁ」
シュラはためいきをついた。
カミュがシュラにアフロディーテを頼む,と言われたのも分かる気がする。
しかしシュラとアフロディーテはもともと兄と妹のような仲だったから,シュラがアフロディーテの面倒を見ることは別に今までと何も変わらないことだ。
しかしそれをカミュの方から改まって頼まれると,なんだかこそばゆい気分だ。
アフロディーテが戻って来た。
顔色は青かったが元気にはなっていた。
とはいえ,お菓子を食べたのに太るどころか下痢で著しくやせてしまったように見える。
「…下痢か?」
アフロディーテはうなずいた。
「ほら見ろ。無茶な食べ方をするからだ。今日は風呂で体を温めなさい」
シュラは呆れた顔をしていた。
シュラはアフロディーテのやけ食いの理由を聞かない。聞かずとも分かっているからだ。
大方明日の予定のカミュの出張が早まってしまったのが理由だろう。
 
シュラが帰った後,カミュもいないので暇で,早めにアフロディーテは風呂に入った。
お尻を置くところが花びらの形になっているピンクの風呂イスに座って,髪の毛を洗っていると,目の前の鏡に自分の体が写った。
そういえばアフロディーテは自分の裸をじっくり見たことがない。
アフロディーテが最も美しい聖闘士と呼ばれるのはあくまでとくに顔のことであって普段聖衣を着ている体の隠れた部分のことはあまり言及されていない。
そういえば自分の体はどうなのだろう,とアフロディーテはふと考えた。
確かに肌はかなりきれいだが,問題はスタイルだ。
風呂上がりに一度脱衣場の鏡の前に立って自分の裸をじっくり見てみた。
胸はお世辞にも豊かとはいえないわ,腹はあばらが浮き出ているわ,尻も薄っぺたく,手足は筋張って竹ひごの様で,お世辞にもナイスボディには程遠い。
全体的に薄く,細長く,まるで温泉地のお土産物の安い竹細工人形のような体だ。
蛇使い座のシャイナや鷲座の魔鈴が体にぴったりとしたボディスーツのような聖衣を着ている姿と比べると目も当てられない。
こんなことではカミュの前で裸にもなれない。
今日だってあのまますぐに行為に及んでいたら確実カミュにこの貧弱な体をさらすことになるわけで,今思うとまずいという事が分かった。
とはいえ,いつまでもこのままで隠し通せるものでもない。
アフロディーテもカミュも年齢的には一人前の大人の男女だから,いずれは『そういう日』が来るわけで,実際にサガからの電話がなければそうなりかけていたのだから。
ーこの体ブスをなんとかしなくちゃ。
アフロディーテは考えた。
 
翌日,ミロは仕事がなかったので,天蠍宮でのんびり過ごしていた。
インターホンがやかましくなる。
「うるせぇなぁ」
一度鳴らせば,十分に分かるのにミロが出てくるまでしつこく鳴らしている。
ドアを開けると,アフロディーテが立っていた。
「ねぇ,ちょっといい?」
アフロディーテの目は明らかに殺気立っていたので逆らわない方がいいと思ってミロは彼女を中へ上げた。
「何だよ」
「正直に答えてほしいの。私って体ブスだと思う?」
「へ?」
ミロ自身体ブスと言う単語を初めて聞いた。
「答えてよ」
「えーっとその…あのーあの」
ミロは返答に困った。
要するに自分はスタイルがいいと思うか悪いと思うか聞いているのだと思う。
今の世の中,痩せていれば痩せているほどスタイルが良いと考える人が多い。
それが正しいか間違っているかはともかく,そういう点で行けば彼女は十分スタイルが良いということになって来る。
「いや,スタイルは十分いいんじゃないか」
「これでも?」
アフロディーテはほめたのにかえってきぶんを害したらしく,いきなりぷりぷり怒った顔で聖衣とパニエを脱ぎ始めた。
「おっ,おい」
「これでも綺麗?」
アフロディーテは下着姿でミロの前に仁王立ちになった。
「あわわ」
リボンとフリルがたくさんついた,柔らかい綿素材の,イチゴの総柄のかわいらしいピンクのブラジャーとパンツだが,今はそんなものをじろじろ見ている場合ではない。
今の状況にカミュが入って来たらいくらミロでもフリージングコフィンでは済まされないだろう。
とはいえミロが何らかのコメントをしなければアフロディーテは納得してくれない。
しかも今度はただ褒めるだけではピラニアンローズが飛んできそうだ。
確かにスタイルはいい。
しかし色っぽいかと言うとちがうような気がする。
事実ミロも全く何も感じない。
ただいきなり相手が下着姿でびっくりしたのと,カミュに見つかったらどうしようと思ったことでびくびくしているだけだ。
むしろ色気と言うよりマネキンや下着モデルに下着を着せて飾っているような感じだ。
世の男性が下着モデルの写真を見てもなんとも思わないのと同じだ。
痩せ過ぎていることもあるが,しなやかな体だが完璧すぎてウソ臭いのだ。
「うーん。もしかしたらちょっと痩せ過ぎかも知れないけど」
びびり口調でミロが言うと,
「やっぱりそう思う?ねぇどうしたらいいと思う?」
と,アフロディーテは心配そうな顔でミロの両手を握って来た。
「わ,分かったからちゃんと着るものを着てくれ,頼む」
アフロディーテがきちんと聖衣を着なおしたのを確認すると,ミロはようやく一息ついた。
「その…気にし過ぎなんじゃないか。アフロは美人なんだし,いちいちそこまで気にするのはぜいたくだろ」
「でも顔がどんな顔でもこんな体ブスじゃ,カミュががっかりするわ」
アフロディーテは本気で涙ぐんだ。
「な,泣くなよ」
ミロが声をかけた。
そこへ何の遠慮もなくドアが開いてシャイナが来た。
「声がすると思ったらここにいたの。今から魔鈴の車で一緒にランチして買い物に行くんだけどね,あんたも来るだろ?」
「そうだ,それがいい」
ミロがアフロディーテの肩を叩いた。
「買い物してうまいもの食って来いよ」
アフロディーテは戸惑っていたが,シャイナに30分後に双魚宮に迎えに行くからと言われ,お気に入りの姫系ブランドのピンクの花柄の模様が入ったワンピースに着替え,髪もきれいに巻き,出てきた。
ミロは思った。
要するにカミュが不在で情緒不安定なだけなのだ。
シャイナや魔鈴達と女同士で出かけて遊んで来ればちょっとは気がまぎれるだろう。
アフロディーテを見送って1時間ほどしてからカミュからメールが入った。
仕事が早く終わり今日中に帰られること,アフロディーテは無事かということが書かれていた。
ミロはアフロディーテはシャイナ達と一緒に出かけた,もちろん機嫌もよさそうだったと返信しておいた。そしてカミュの帰りの時間が分かれば迎えに行くとも書いておいた。
もちろんアフロディーテが天蠍宮に押し掛けてきて下着姿になったり泣いてたことは黙っている。
 
その頃,アフロディーテはシャイナ達と買い物を楽しんでいた。
そのとき,アフロディーテは高級ランジェリーショップの前で足を止めた。
彼女の目を奪ったのは高級補正下着。お値段1着\138000。
「ね,これ,いいんじゃない?」
「こんなものどうするのさ。\138000ってどう考えてもおかしいよ」
とシャイナ。
「でもぉ,これがあればスタイル良くなるわよね,きっと」
アフロディーテはもう完全にこの補正下着のことしか頭にない。
「いらっしゃいませぇ」
甲高い声の店員が出てきてアフロディーテにあれこれ説明を始める。
「落ち着きな,アフロディーテ。この下着1枚であんたの好きなディアマンテの服が何着買えるんだよ。よく考えな」
魔鈴はアフロディーテを思いとどまらせようと何度も声を掛けるが,憧れのボディを手に入れるためならとそのことばかりを考えていて何を言っても無駄だ。
早速バストアップのビスチェを試着し始める始末だ。
その様子を離れたところで見ていた魔鈴が,
「なぁ,シャイナ。補正下着ってさ,いらない肉を足りない所へ押し上げたり寄せたりするから補正下着なんだろう」
「…」
「初めから肉もないのにどうやって押し上げたり寄せたりするんだろう。レトルトのカレーより肉がない体なのに。はなから体重は一定なんだから,急にぽこんと胸や尻の肉が発生するわけないんだよ」
「…」
二人は土産物の竹細工人形の背中を目で追ってそんな会話をしていた。
「でもやっぱり普通じゃないよ。13万とか。でもあたしらが言ったって聞かないしね,あの子」
と,シャイナ。
すると魔鈴は,
「しょうがない。ラスボスを召喚するよ」
と,店内の椅子の上に無造作に放り出してあるアフロディーテの花柄のハンドバッグからラインストーンやレプリカのお菓子や造花がたくさんくっついた携帯電話を取り出して,素早くボタンを打ってメールを送信した。
「さて,あたし達は親玉が来るまで時間稼ぎだね」
シャイナと魔鈴はアフロディーテと店員の間に入って,ああでもないこうでもないとアフロディーテの下着選びを迷わせた。
「アフロディーテ」
真冬のオーロラを思わせるような柔らかい声がしてアフロディーテは振り返った。
「カミュ,帰って来たの」
「案外仕事が早く片付いたのでね」
カミュは言った。
右手にはなぜかミロを引きずっていてそのミロはフリージングコフィンとまではいかなくても軽いカリツォーを食らったのか,髪の毛が凍っている。
「君は補正下着なんて必要ないだろう?」
カミュは真剣な顔で言う。
「でもこの体じゃきっとあなたががっかりすると思って」
アフロディーテは正直にしゃべった。
「私は君の体のことを魅力がないひどいものだと思ったことは一度もない」
「でも」
「確かに私は君の裸はまだ見たことがない。でも,たとえ極端に太っていようと痩せていようとそれは君には変わりはないのだから,それで私が落胆などするものか。むしろ君にそんな気を使わせてしまった方が申し訳ないと思うよ」
「…カミュ」
アフロディーテは山積みになった補正下着を放り出してカミュの胸に飛び込んだ。
「噂には聞いてたけど暑苦しいカップルだねぇ」
とシャイナ。
カミュはアフロディーテの体を抱いたまま,シャイナと魔鈴を見た。
「君達のおかげで助かった。お礼にディナーに招待したい。ぜひ来てくれるかな。レストランを予約してあるんだ」
「いいよ,あたしらは。そういう所は二人だけで行くもんだろ」
「いいや,君達から今回の事,詳しい話を聞かせてほしいし。レストランにも5人だと伝えてある。この男からも色々聞き出すことがあるようだし」
カミュはそれこそ氷のような横眼でミロをにらんだ。
「ぎょぎょっ」
 
そこの高級レストランは以前からアフロディーテが行ってみたいと言っていたイタリアンの店だった。
一昔前なら敷居が高く,普段使いには適さない店だったが,最近はこのようなレストランでもホットペッパーのクーポンを出している店もあり,だいぶ利用しやすくはなっていた。
 
「アフロディーテのアドレスで君からメールが来た時は驚いたよ」
カミュは魔鈴に言った。
「あんたが来るなりメールで説得するなりすればアフロが言う事を聞くと思ったのさ」
カミュの右隣でナイフとフォークをこねくり回していたミロは,
「だから,アフロの方が勝手に脱ぎだしたんだってば」
「私はそのことで怒っているのではない」
カミュはミロの肩を押さえつけて,にこにこして言う。
「出かけるときにアフロディーテを頼む,どんな些細なことでも何かあったらメールしてくれと頼んだのに肝心なことは何も言わなかったし,おかしくなったアフロディーテを分かっていてシャイナ君と魔鈴君に押し付けたのだからな。それとも何かな。今度はダイヤモンドダストでもお食らいあそばしますか。同じダイヤモンドダストでも氷河とこの私ではだいぶ威力も違うと思うが」
笑っているはずなのに目は全然笑っていない。
「まあいいんじゃないの。今回はギリギリで13万吹っ飛ばずに済んだんだし,アフロももうこれ以上悩まなくて済んだんだしさ。ミロだってあんたを乗せてこっちまで車飛ばして連れて来てくれたからよかったんじゃないか」
シャイナが間に入った。
ミロは心の中で大地に頭をこすりつけてシャイナを拝んだ。
 
 
 
 
 
「大騒ぎさせてごめんなさい」
宝瓶宮に戻ってきてアフロディーテはつぶやいた。
「いや,私の方こそすまなかった。気が利かなかったな。いくら私の方でも気にしていなかったとはいえ君がそんなに裸になるのを恐れていたのなら気付くべきだった」
「…んっ,いいの,あなたがどんな体型でも私のこと気にしないって約束してくれたから…」
「そうか…」
カミュがアフロディーテの手を取った。
「でも,急がなくていい。君への愛情表現の手段は他にもいくらでもあるからな」
―でも,私。もう大丈夫。もうずっと前から心の準備が出来てるの。
アフロディーテがそう言おうと口を開いた時,
カミュは持って帰ってきた紙袋をごそごそ手を入れてお土産のケーキ箱を差し出した。
開けると,ジャンボシュークリームが入っていた。
「シュラから君がお菓子を全部食べ尽くしたと聞いてな。足りないんじゃないかと思って買って来たんだ」
「そ…そう」
「実を言うと私もここのジャンボシュークリームを1つ食べてみたかったんだ」
「そうなの。お茶入れるわね」
「ああ」
アフロディーテはキッチンに向かって歩いて行った。
実は普通の恋人達に比べたらずいぶん煮え切らない二人だろうが,カミュの言う通り愛情表現と言うものは1つや2つしかないのではない。多分世のカップルの数だけその方法がある。たとえば今,この2人が向かい合ってお菓子を食べてクスクス笑い合うこととか。
                                    (完)

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