聖戦はアテナの勝利に終わった。
星矢は無事姉の星華と再会できた。
アテナは星矢姉弟が一緒に暮らせるように,聖域の家族向け社宅の一番広い部屋を提供してくれた。
聖域の敷地内にあるのでいつでも沙織にも会いに行けた。
アテナは普通の学校に通う事が出来ないので,昼間,星矢達が学校に行っている間は自分も通信制の高校生として毎日与えられた課題をアテナ神殿で勉強していた。

星矢にとって沙織にとって一日で一番楽しい時間は星矢が放課後にアテナ神殿にやってきて二人でおしゃべりをしたりDVDを見たりして楽しい時間を過ごすことである。

ある日,沙織がアテナ神殿にいると警備していたミロが入ってきた。
「アテナ,お客さんですよ。なんかヘンテコな格好をしてますがどうしましょうか」
それはあまりにもお客様に対して失礼な発言である。
「ヘンテコな格好?」
「1人は黄緑色の髪の毛で綺麗なお水っぽいお姉さんですけど後の3人はなんかおもちゃみたいな聖衣を着ています。でもあんな聖衣見たことないなぁ」
「その人が私に用なのですね。いいですよ,応接間にお通しして下さい」
「はい」
ミロはペコンと頭を下げて玄関へ走った。
沙織は応接間に入った。
すると,来客用のソファーの中央に四十歳過ぎくらいの少しきつそうな印象の美しい女性が座っている。
髪は黄緑色でとても長く,ウェーブがかっている。
赤いシャネルスーツを着てストッキングは黒,ヴィトンの赤いヴェルニのハンドバッグを下げている。
その後ろに3人の青年が立っているが,彼らは星矢達と同年代くらいで,椅子には座らず直立不動で立っている。
ミロがおもちゃみたいな聖衣みたいなものと言っていたが,よく見れば決しておもちゃみたいではなく,機能を重視して軽量化最優先をした結果,必要最低限のシンプルなデザインになっているのだろう。
向かって左側の青年は背が高く髪を金髪のドレッドにしていて背中に白い翼が生えている。
右側の青年は髪の色はスモーキーピンクで逆立てていて,小柄だが目つきは鋭い。やはりこの男も背中に白い翼がある。
中央の青年はどうやら3人の中でもリーダー格で,髪は綺麗な栗色だったが,白いサッカーのフェイスガードみたいなものを付けていて顔つきはいまのところよく分からないが,なぜかこの男だけには翼はなかった。

沙織はどうやらこの目の前の女性を知っているらしく,
「ミロ」
「はい」
ミロが返事した。
「私は今からこの方たちと大事なお話があります。あなたは下がって下さい」
「あっ,はい。お茶はどうしましょう」
「いりません。いいから下がってあなたはとっとと自分の宮にお帰りなさい」
沙織が例の威圧的な態度を取ったのでミロは慌てて逃げるように出て行く。
沙織は内側から応接間のドアを閉めた。
「さてと。これで邪魔もんはいんだの」
と女性の前のソファーに座った。
「久しぶりじゃの,姉ちゃん,アルテミス姉ちゃんともあろう人が今日はまた何の用でここまで来たんか」
と言った。
この女性は月の女神アルテミスで,アテナの姉になる人だ。
背がすらりと高く骨太体型のアテナに比べてアルテミスの方は身長は162cmほどで,体型も平均的な女性のようだ。
しかしその眼光は鋭く,威圧的で冷たい。
アテナの態度とアルテミスの態度からこの二人はあまり仲が良くなさそうだ。
アルテミスは
「アテナ,お前こないだハーデスを始末した人間をかくまっとるちゅうて聞いたがほんまか」
といハンドバッグを開け,煙草の箱を取りだした。
それを合図に右端のスモーキーピンクの髪の毛の青年が素早くライターを出してアルテミスのくわえた煙草に火を付けた。
その様子がかなり手慣れている。
この3人は天闘士といって聖闘士がアテナを守り冥闘士がハーデスを守るように天闘士はアルテミスを守っていた。
金髪の青年はテセウス,アルテミスに煙草の火を出した青年はオデュッセウス,リーダー格のフェイスガードの青年はイカロスと言う。
「姉ちゃん,ハーデスは地上をわがもんにしようとしとったけん,それを許すわけにはいかんのじゃ。よって始末した。なんぞ文句があるか」
「ハーデスの事はもうええ。うちがおこっとんのは,その神を傷つけた人間をなんで許しとるかってきいとるん。お前が神話の頃からハーデスと覇権をめぐってたたこうとんのはわかっとる。ほいじゃが神を傷つけた人間は死なないかんのよ。これは決められたことなんよ」
「姉ちゃん,それはおかしいで。星矢達はワシや地上を守るためにたたこうたんじゃ。それをやな,死なないかんちゅうのはちょっといなげ(変)と違うか」
「いなげでもそれが決まりじゃけ。それに他の神が許さへんと思うで。うちも許さへんわ。このあんぽんたん,もうお前には地上は任せられん。今すぐうちに地上の統治権を譲ってか」
アルテミスの小宇宙が威圧的に増幅した。
アテナは黙っていたが,いきなり,
「ええよ」
と言った。
アルテミスはあまりにもアテナがあっさりと返事したのでびっくりして口をぽかんとした。
「じゃが条件がある」
アテナは言った。
「なんよ」
「…ワシが姉ちゃんにここの統治を譲った後も星矢らの神を傷つけた罪ちゅうのを許してやってほしいんじゃ。許してやって守ってやってほしい。星矢も聖闘士もいや聖闘士だけと違う,ここで働いとるみんなに手出しはせんと約束してほしいんじゃ」
アルテミスはさらに驚いた。煙草の灰が床に落ちた。
「アテナ,お前自分のゆうとることが分かっとるのん?自分の地位と人間の命とどっちが大事か分かっとるの?人間なんか寿命があるんやで。あっという間に死ぬんやで。そんなもんのためにお前は自分の地位を捨てるんか」
さすがにアルテミスがうろたえた。
「ほうじゃ。なんぞ文句あるか」
アルテミスに従ったとはいえアテナの態度はけんか腰だ。
殴り合いのけんかになればどう見てもアテナの方が有利だ。
「ほうか…分かったわ。そんなに人間が大事なんか。お前がそんなに言うならしゃあないの。今回ばかりは目ぇつぶっといたる」
アルテミスは煙草を灰皿の上でもみ消した。

その数分後,星矢がアテナ神殿に入ってきた。
「沙織さん,ただいまー」
制服のままでアディダスのエナメルのショルダーバッグを肩から掛けている。学校から直接来たらしい。
手には白い袋を下げている。
「沙織さんタコ焼き買ってきたぜ,一緒に食おうぜー」
星矢は沙織が出て来ないので首をかしげた。
部屋の中を探したがどこにもいないのだ。
応接間に入ると煙草のにおいがした。
テーブルの上の灰皿には誰かが吸った煙草が残されている。
その煙草には赤い口紅が付いている。
―女性のお客さんが来たのかな?
もしかしたら沙織もそのお客さんとどこかに出かけたのかもしれないと星矢は思ったが沙織が何も言わずにひょっこりと出かけるなんてことはないなと思った。
星矢はその足で教皇の間の図書室に行った。
図書室には紫龍と氷河がいた。
図書室は普通の書籍以外に神話の時代からの聖戦や聖域の記録なども置かれていて以前は教皇と黄金聖闘士しか入室できなかったが,サガの乱以降アテナが誰でも入室できて備え付けのノートに記帳すると誰でも自由に本を借りることもできるようにしてくれた。
大学受験で猛勉強中の紫龍と氷河はたいてい学校から帰るとここにいる。
「紫龍!氷河」
「静かにしろここは図書室だ」
紫龍は人差し指を口元にあててささやいた。
「それどころじゃねぇよ。沙織さんがいないんだ。誰かお客さんがいたみたいで」
星矢は自分が見たことを話した。
「しかしもし沙織さんに訪問客があればすべて当番の黄金聖闘士が取り次ぐことになっているはずだ」
紫龍は言った。
氷河は,
「それにもし沙織さんが出かけたりしたら絶対にここを通るからみんなの目に触れるはずだ」
「とにかく来てくれよ」
星矢が紫龍と氷河を連れてアテナ神殿に戻ってきた。
「沙織さんのトレードマークの帽子とスカーフはそのままだ。いつも使ってるバッグもあった」
氷河が気が付いた。
バッグの中には財布も携帯電話もある。
すると複雑な顔をして紫龍が,
「靴がない」
と言った。
「じゃあ沙織さんは何も持たず靴だけはいてここから出て行ったってことか」
と氷河。
紫龍は,
「他にもなくなったものがないか調べよう」
すると星矢が,
「あの,沙織さんの棒知らない?」
と辺りを見回した。
「沙織さんの棒って言うとあの金の杖か?よくミロ氏やお前を柄の反対側でどついたりする」
紫龍が聞くと,
「そう,それ」
と悪びれない星矢だった。
「何も持たずに沙織さんが杖だけ持って出かけるなんて」
氷河はただ事ではないと察知した。
沙織がどの方向に出かけたのか知りたいと思った。
沙織の足取りはまったくつかめないままだったが,紫龍は
「もしかしたら沙織さんはまだこの辺りにいるんじゃないか。神殿の裏側も見てみようじゃないか」
と言った。
そこで3人は裏口から外に出た。
「待て星矢。そこから先は動くな」
紫龍が何かを見つけた。
「えっ何だよ」
「これは足跡だな。恐らく沙織さんの足跡だ」
よく見ると他にも足跡がたくさん残っている。
「やはり星矢のいう訪問客があったようだな」
足跡は神殿の裏側から崖の所で途切れていた。
寝そべって崖をのぞくと崖のすぐ下に岩の割れ目のようなものができていてその中へと続いている。
「沙織さんはこの中へ入って行ったのか」
星矢が言った。
その頃氷河は足跡を調べて,
「足跡は全部で5種類。沙織さんの他に4人いたようだ。うち1人はハイヒールだから女性で残り3名は男の足だな」
「じゃそいつが沙織さんを連れて行ったんだな。よし,追いかけよう」
星矢は崖の下を降りる決心をした。
「ちょっと待ってくれ。こんな崖から上がってきて沙織さんを簡単に連れて行くような人間だから普通の人間とは思えない。できれば聖衣を装着した方がいいと思わないか」
氷河は用心深い。
星矢は氷河の言う事ももっともだと思った。
そこで一旦聖衣を取りにかえることにして,
星矢も自宅にしている聖域の社宅に戻った。
聖衣を取って崖まで戻ると,魔鈴がいた。
「魔鈴さん」
「ああ星矢」
なんだか魔鈴はそわそわしている。
「どうしたの?」
「いや人探しをしていてね」
魔鈴はそう言うといなくなった。
星矢は首をかしげながらも崖を降りて行った。


さてアルテミスに連れ去られたアテナは適当な場所に幽閉された。
「しばらくそこに入っとれ」
部屋の外から鍵をかける音がした。
大事な金の杖も取り上げられ,手ぶらでこの部屋に入れられた。
十畳ほどのベッドルームと隣にはトイレと風呂が付いている。
部屋に窓は一つあるが鉄格子が付いている。
「…自力での脱出は無理…か」
アテナは諦めてベッドの上に座った。
テーブルの上にサンドイッチやビスケットやお茶があるが食べる気にはなれない。
「姉ちゃんは星矢の事は手出しせん,ちゅうたがどうもあん人は信用できんの。ワシがおらんのをええことに星矢らぁに危害加えよったらややこしいの」




その頃,瞬は学校帰りで,信号待ちをしていると,あおいベンチコートを着た男が瞬に声をかけてきた。
「ちょっと道を聞きたいんだが…」
男は地図を持っていた。
こんな人通りの少ない所でよその土地の人が来るのはおかしいなと瞬は思ったが,
「ええいいですよ」
ニコニコして男性の方に近付いた。
突然,正拳突きを出されて瞬はすんでの所でよけることができた。
―な,何この人。
瞬はびっくりして男を睨んだ。
金髪のドレッドのテセウスだ。
ベンチコートを脱いだ下には聖衣のようなものを着ていて背中に翼まで生えていた。
「いきなり何するんだ。一体あんた誰です」
「…天闘士(エンジェル)」
ーエンジェル?天使か?そんなのがなんでここに。
「それじゃあなたは神様の使いですか。そんな人が乱暴じゃありませんか」
「私はアルテミス様よりアテナの聖闘士を皆殺しにするように命令を受けた。よって始末する」
テセウスの口ぶりからそのアルテミスというのはアテナやポセイドンやハーデスのような神の一人だという事が分かった。
しかしそれはともかくアテナはどうしたのだろう。
「じゃアテナはどこに行ったんです。沙織さんはどこですか」
「知らんな」
テセウスはそう言って瞬に電撃を放ってきた。
瞬は急いでチェーンで防御したが電気が瞬のチェーンに通電して瞬は感電した。
「うわぁ!!」
―つ,強い!!
瞬はびっくりしてテセウスを見上げた。
「私はただアルテミス様からお前達聖闘士の息の根を止めろとご命令を受けただけだ」
つまりテセウスを倒さなければアテナを助けるどころか状況を知ることもできないという事だ。
しかしこのテセウスは羽が生えている分飛行もできる上に足も速い。
テセウスに勝つにはテセウスよりも早く動くか,その動きを封じられる策を考えなければならない。
「瞬,何をしている!」
「一輝兄さん」
二人の間に原付にまたがった一輝が登場した。
「やっぱり来てくれたんだね,兄さん」
瞬が心強い援軍に喜んだが,
「え?いや,バイトの帰りだが」
たまたま一輝は立ち寄っただけだった。
しかしそれでも状況を把握すると,
「何だこいつは。お前の新しい友達か?」
とテセウスを敵視した。
「お前もアテナの聖闘士の匂いがするな」
「だったらどうだってんだ。俺を殺すのか」
「それがアルテミス様から与えられたご命令なのだ」
「そうか。だがその命令は遂行できずに終わるだろうな」
一輝は笑った。
「兄さん気を付けてそいつ電気攻撃できるみたい」
瞬が助言する。
「それは面白い」
空からテセウスが一輝に向かって急降下してきた。
一輝はそれを片手でガードした。
そしてガードすると見せかけてテセウスとの距離が10cmくらいになった時,
「鳳翼天翔―!!」
と炎を吹き上げた。
一瞬のことだった。
だが終わりでない。
その10cmの瞬間と一輝が鳳翼天翔を出す間に再び空へ舞い上がった。
なんという敏捷さだ。
テセウスは瞬と一輝に電撃を放った。
何とか回避した二人だったが,近付こうにもテセウスには全く隙がない。
やたらと蝿のように飛び回るテセウスに攻撃をヒットさせるにはどうすればいいか。
「公園だ,瞬」
一輝はいきなり瞬にテセウスを公園へ誘い込むことを話した。
一輝と瞬は背中を向けて逃げるふりをして公園へ走った。
そして公園の中央の中の噴水に逃げ込んだ。
テセウスが追いかけてくる。
「今だ,瞬!!」
テセウスが噴水の上を滑るように進んできた時,
「サンダーウェーブ!!」
瞬の鎖が飛んできた。
「どこを狙っている!!」
テセウスは体を左側へスライドさせた。
チェーンはテセウスにヒットせず水中に落ちた。
一輝の口の端が一瞬笑ったように上がった。
ビビビビビビ!!
瞬の放ったサンダーウェーブの電流が水中で通電してテセウスが感電した。
テセウスの頭や体から火花が飛ぶ。
火花が一通り散ると,テセウスのドレッドヘアから煙が出てきた。
せっかくのドレッドヘアが爆発したようになり,カビの生えたきなこのおはぎのようになってしまった。
「おーのーれー,この髪型はせっかくイカロスが作ってくれたんだぞ!」
完全にテセウスがブチ切れてしまった。
飛び上がると,
「くらえこのっ」
と,電流を瞬と一輝に放ってくる。
が,
ビリビリビリビリ!!
と,テセウスはもう一度感電した。
濡れた体が電気なんか出すからだ。
倒れたテセウスが動かないことを一輝が確認してから,
「瞬,何があったと思う」
「実は兄さん,この人おかしなこと言ってたんだよ。地上の統治権をアテナがアルテミス.に譲ったって」
「そんな馬鹿な話はあるはずがないが嫌な予感がするな。様子を見に行ってみよう」
瞬は一輝の原付の後ろに飛び乗った。
その後ろ姿を明らかにじっと見ている男の姿があった。
背格好は,180cm弱くらいで細身,フルフェイスのヘルメットをかぶっていて,革ジャンに革のパンツ姿で,カワサキの黒のバルカンに乗っていた。
一輝と瞬の後ろ姿が見えなくなると,ヘルメットの男もバイクにエンジンをかけてどこかへ消えて行った。


星矢はその頃一人ぼっちで暗い岩の割れ目を探索した。
「全く紫龍達ひどいな。俺をおいてくんじゃねぇよぉ」
星矢は不満を述べながら先を進む。
ガタガタッ。
ものが高い所から落ちる音がして星矢は慌ててその方向へ走った。
するとそこには紫龍と氷河が倒れていた。
「あっ」
二人ともボロボロだった。
「誰にやられた」
星矢が呼びかけるとかろうじて氷河が答えた。
「崖の所で星矢を待っていたら,いきなり見たこともない男が…襲ってきた」
紫龍も氷河もこの二人はどちらかと言うと星矢のような血気盛んな方ではない。
見ず知らずの人間にいきなり喧嘩をふっかけたりはしない。
と言う事はその見ず知らずの男が攻撃してきたのか。
「星矢」
紫龍が声をかけた。
「気をつけろ…妙な技を使ってくる」
星矢は二人を安全な所まで連れて行くと辺りを調べた。
星矢は今怒りに燃えていた。
「おいっ!沙織さんを連れ去っただけじゃなくて俺の大事な友達を傷つけたな。許さないからな!」
星矢はそこらへんの岩肌を何度も激しく蹴った。
「静かにしろ」
そこへあのスモーキーピンクの髪の毛の男が姿を見せた。
「お前か。何もんだ」
星矢はじろりとにらんだ。
「俺は天闘士のオデュッセウスだ」
「ふぅん。で,その天闘士さんとやらがなんで俺の連れをぼこったの?」
星矢は不快そうに言った。
「この二人はこの先へ進もうとした。だから追い返したまでだ。この二人は俺に先を通してくれるなら何もしないと言った。だがそういうわけにはいかないからな」
星矢は,
「ふんっ,そういうことか。けどな,俺はこの二人とは違うぜ。はじめから力ずくでも通させてもらうからよぉ!!」
星矢は高く飛び上がる。
「ペガサス流星拳!」
オデュッセウスは星矢の前に両手を突き出した。
鏡のようなものが現れ,星矢の拳をすべて跳ね返した。
自分の技を食らった星矢は岩に背中から当たって崩れ落ちた。
「な,なんだったんだ今のは」
「俺が作る鏡はどんな技でも跳ね返すことができる。うかつに俺を攻撃したら自分が怪我をするだけだ」
「うっ」
星矢はややこしいヤツを相手にしたと思った。
なにしろ星矢の拳を跳ね返してくれるのだから具合が悪い。
何か方法はないものかと星矢は考えた。
この狭い洞窟で星矢が技を繰り出すと天井の岩が崩落してくるかもしれない。
この今瞬間にも細かな岩はばらばらと落ちている。
―そうか。
その時,その場に倒れていた紫龍は何かに気付いた。
「星矢,ここは任せてお前は先に行け」
「いっ,いきなり何を言い出すんだ。お前らボロボロじゃん」
紫龍と氷河は星矢に目くばせした。
何か方法があるらしい。
「俺は我が師から教わったことがある。格好付けて負け戦に挑むほどバカなものはない。策がなければ逃走することも必要だと教えてくれた。つまり勝算があるならば迷わず挑めと言う事だ」
と氷河が言う。
この二人,とくに氷河は星矢と違って無謀なことや無茶はあまりしない方だ。
冷静に考えて何らかの勝算があるから任せろと言っているのだ。
「分かった。後で必ず来てくれよ!」
と,星矢はオデュッセウスを飛び越えて走り去った。
「廬山昇龍覇!!」
紫龍はオデュッセウスに向けて何度も廬山昇龍覇を放った。
しかしどれも正確にオデュッセウスを捕らえられずに,オデュッセウスの背後の岩壁に当たっていった。
「フッ,どこを狙っているのだ」
オデュッセウスはふふふと笑う。
紫龍の手元が狂ったのか。
しかし紫龍はオデュッセウスに当たろうと当たるまいと気にせず廬山昇龍覇を放った。
ところが,そのとき,紫龍の廬山昇龍覇を受けた岩が,オデュッセウスに向けて落下してきた。
―しまった!!
落盤を防ぐためにオデュッセウスが頭上に向けてバリアーを張った時,
「オーロラエクスキューション!!」
正面から氷河の放たれたオーロラエクスキューションに正面からのガードががら空きのオデュッセウスは吹き飛ばされて行った。
「…や,やったな」
額を拭いながら紫龍は辺りを見た。
「よし,他には誰もいない。先を急ごう。星矢に追いつかなくてはな」





聖域についた瞬と一輝はいの一番にアテナ神殿に行った。
中に入ると誰もいない。
嫌な予感がしてアテナ神殿に近い宝瓶宮に行った。(双魚宮は現在無人の為)
インターホンを押すと真っ青な顔をしたアフロディーテが出てきた。
「瞬?」
「アフロディーテ,久しぶり。元気そう…な感じじゃないね」
あまりにも顔色が悪いので,瞬がどうしたのか尋ねると,
「…女の子の日なの」
とうつむいた。
なるほどこれは男性には絶対に分からない辛さだ。
瞬はアフロディーテにデリケートな質問して悪かったと思った。
「どうした,氷河に用かな」
背後からちょうどカミュが仕事から帰って来るところだったようで声をかけてきた。
「君は今日は具合が悪いんだから無理をしてはいけない」
カミュはアフロディーテを連れて中に入った。
「君達も中へ入って。何かあったのか」
「はい。アテナ神殿に沙織さんがいないし,星矢とも紫龍とも氷河とも連絡が付かないんです」
瞬が言うとカミュが眉をひそめた。
アテナよりも氷河がいないという方にカミュは反応した。
「なんだって?それはどういうことだ」
カミュもまたアテナ神殿の中を調べた。
「アテナの鞄がそののままだ。携帯電話や財布も入っている。何かあったのかもしれない。警備の聖闘士は誰だったのだ」
カミュは警備の聖闘士の当番表を見た。


十分後,天蠍宮のミロはカミュにカリツオーで頭を凍らされた。
「いきなり何するんだよっ」
「今日はお前がアテナ神殿の警備をすることになっているはずだが,なぜさぼっている」
「俺だってさぼりたくてさぼったわけじゃない。アテナの所にお客さんが来て,アテナがその人達と話があるから帰れって」
「お客さん?」
「そう,ヘンテコなおもちゃみたいな聖衣を着た3人組と女の人。サガよりも少し年上かな。でも綺麗な女の人」
ミロは早口に言った。
「ヘンテコなおもちゃみたいな聖衣?」
瞬と一輝は心当たりがあった。
さっきのドレッドヘアのテセウスだ。
一輝は言った。
「俺達が見かけたあの男がそのうちの一人だろうと思う。そいつらにお嬢さんが連れ去られたと言うのなら厄介だ」
「ええっ,アテナが誘拐だって?」
ミロはやっと事の重大さが飲込めたようだ。
カミュはミロをもう一度睨み,
「他の黄金聖闘士達を教皇の間に集めろ」
と言った。
その威圧感にミロはびっくりして天蠍宮を飛び出した。
ものの3分でアフロディーテ以外の黄金聖闘士達全員と一部の白銀聖闘士達が集まった。
猪突猛進型のアイオリアは,すぐにアテナと星矢達を探しに行こうと息巻いた。
するとカミュは,
「どこへ行ったのかも誰が連れて行ったのかも分からないのにどこへ行くんだ」
と突っ込みを入れた。
「我々はまずそれを知らなければならない」
「とにかく監視カメラがあったはずや」
童虎が言った。
アテナのプライバシーのこともあるので,全ての部屋に監視カメラを付けるわけにはいかないが,一応アテナ神殿の玄関と応接間には万が一のことを考えて監視カメラを設置してある。
シュラがカメラからDVDを取り出してプロジェクターに映写した。
玄関横の警備室内の机にミロが座っている。

これが今日の14時の映像だ。
ときどきミロはペットボトルのジュースを飲んだり携帯電話をいじったりしているが,持ち場を離れている様子はなく,特別変わったことはない。
早送りすると,15時15分頃,突然4人組が現れ,警備質から顔を出したミロに話しかけている。
「これだ,こいつらだよ!!」
ミロは言った。
そのうちの一人は間違いなく一輝と瞬が戦ったテセウスだった。
「君達がコンタクトした天闘士と名乗る男はこの中にいるか?」
カミュがきくと瞬はうなずいてテセウスを指差した。
4人の来客はアテナ神殿の中に入った。
「どうしてこのような得体のしれない連中を中に入れた?」
カミュがミロを問い詰めた。
「だってアテナが通していいって」
「そのときに少しは警戒しろ」
カミュに追い詰められてミロは泣きそうな顔をしている。
「でもお嬢さんはその4人を通した時に顔見知りらしい態度だったと言ったな。そしてミロに帰れと」
一輝が助け船を出した。
「そ!そ!そうだよ。で,この人達と話があるから出て行けって」
ミロがしどろもどろしゃべった。
「シュラ,応接間の映像をだしてくれ」
カミュが言うと,目の前のスクリーンに応接間が映った。
4人組と沙織が向かい合って何か話している。
話は3分ほどで終わって,4人組と沙織が部屋を出た。
15時50分頃,制服の星矢が入ってきた。沙織を探すように辺りを見回して出て行った。
その5分後,今度は紫龍と氷河も応接間に入って来た。
その後は何も変化がなかった。
そこまでの映像を見終わってから,突然魔鈴が,
「ちょっと待って。さっきの応接間の4人組の映像もう一度見せてくれないかい?」
と聞いた。
シュラが言われたとおりにすると,魔鈴は映像を食い入るように見ている。
そして
「やっぱり…」
とつぶやいた。
マスクを付けているので顔の表情までは分からないが動揺しているか興奮しているように見えた。
「彼らが天闘士と言う存在だとするとこの女性は…」
カミュは言いかけた。
「おそらくアルテミスでしょう。瞬君達の話によるとアテナから地上の統治権を譲られたとうそぶいているようですが」
サガが言った。
隣にいたカノンが,
「じゃあさ,やっぱりアテナがアルテミスに地上の統治権を譲ったのは本当だったんだな。じゃあこれからは俺達はアルテミス様を守ればいいわけ?」
「何を言っている。そんなもの勝手に向うの一存で決められるものではない」
シャカが言った。
「その通りよ。私達はアテナの聖闘士です。そんな一方的な取り決めで従いたくはない。もしアルテミスが来たとしても私達が屈服しなければいいのよ」
シオンが言った。
一同がそんな話をしている中,魔鈴はいてもたってもいられない様子で外へ出た。
「やはりあたしが感じた気配は本物だったんだ」
魔鈴は聖衣の襟元から鈴の付いた赤いお守りを出した。
辺りを見回した。
「よぉ姉さん,探し物かい」
声がした方を見ると,あのカワサキのバルカンに乗ったヘルメットの男がいた。
男はゆっくりとヘルメットを取った。
燃えるような赤毛の天然パーマの男性だった。
細面の顔で,色白の優男風だ。
「誰だい,あんた。ここは一般人は立ち入り禁止だよ」
「かたいこと言うなよ。それより誰かを探してるんだろう?もしその男を俺が知っていたらどうする」
魔鈴は不審そうに男をじっと見た。
「あんた何を知ってるんだ?」
「何って…色々とね。あんたの…たからものだろ?」
「あんたどこまで知ってるんだい」
「ははっ,怖い顔をしないでくれ。俺は姉さんに敵意はない。よかったらその探し人の所へ連れてってやろうかって言ってるんだ」
「本当だろうね。だましたらどうなるか…」
「おいおい。俺みたいな普通の男がアテナの聖闘士を敵に回したって勝てないことくらい分かってるよ。でも信じてくれ。俺はその男の居場所を知っている」
「…分かった」
魔鈴はうなずいた。
見た所上背もウェイトも聖闘士に比べればそれほど大きくない細身の優男だ。
いざとなれば魔鈴でも組み伏せられそうだ。
「そんじゃ,リアシートに乗りな」
男はバイクの後ろへ顎をしゃくった。


その頃,星矢は洞窟を抜けると,明るい空の下,広い砂漠に出てきた。
目の前に大きな塔がある。窓には格子がかかっていてまるで大昔の要人を幽閉した刑務所のようだった。
アテナは絶対にそこにいると星矢は確信した。そう思うと星矢の心は少し明るくなった。
星矢は全力疾走で建物に向かって走った。
そのとき,
「ペガサスの星矢だな」
と声をかけられた。
栗色の髪をしたフェイスガードの男,天闘士のリーダー格でもあるイカロスだ。
「ん。誰だ」
「僕はイカロス。アルテミス様をお守りする天闘士の隊長だ」
アルテミス様,星矢には初めて知る言葉だ。
「その隊長さんが俺に用?」
急ぎ足を止められた星矢はいらついた。
「僕はペガサス星矢と戦う為に探していたんだ。星矢,君はその手でハーデスを倒したそうじゃないか。その君を僕が倒せば僕は神を越えられる」
―なんだ,一種の道場破りだな。
と星矢は思った。
「じゃあさ,後にしてくれない?俺は今忙しいんだよ。用事が済んだらにいくらでも相手になるけど」
星矢は自分の気持ちを正直に言った。
今はアテナの救出が先だ。
「…そうか。だけど君は僕とどうしても戦わなくてはいけないだろう。あの塔,アテナのいるあの塔の中に入る鍵は天闘士である僕が持っているんだからね」
星矢は首をかしげて言い返した。
「するとお前を倒さねぇと沙織さんには会えないってことか。しかたねぇな。こんなところで油うりたくないんだけど」
星矢はイカロスと向かい合った。
イカロスが星矢に向かって光の球を放った。
星矢もイカロスに流星拳を放った。
二人は互いの技を受けたまま,ほぼ互角の力で拮抗していた。
「鍵をわたせー」
星矢は怨霊のように怖い顔をしてイカロスを威嚇した。
二人は一歩も引けない状況になっていた。
その時,イカロスは星矢の肩越しに見覚えのある朱色を見た。
その鮮やかさに一瞬イカロスは目を奪われた。
そこには魔鈴が立っていた。あのオートバイの男にここまで連れてきてもらったのだろう。
魔鈴の手の中にある小さなお守りがその朱色だった。
「何の用だ」
イカロスは魔鈴に声をかけた。
「いやね,人を探してるのさ。これと色違いの紺色を持った人を探してるんだけど」
魔鈴はじろじろとフェイスガードのイカロスを見て言った。
「さぁ,そんな男は知らないな」
イカロスは言ったがその発音が妙におかしかった。
「ふぅん。あたしは探してるのは“男”だと言った覚えはないけどね」
「うっ」
イカロスは口をへの字に曲げた。
「やっぱりあやしいじゃねぇか!!」
咄嗟に星矢がイカロスに馬乗りになった。
イカロスの襟からなんと魔鈴のお守りと色違いの紺色のお守りが飛び出した。
その先には鍵がくくりつけられている。
「これだっ」
星矢は鍵を強奪した。
そして星矢は脱兎のごとく塔へ走りだした。
「待て,星矢,逃げる気か」
イカロスは後を追う。
星矢は必死に走り,当のカギを開けると,内側からカギをかけた。
「くそっ」
党への入り口を閉ざされたイカロスは地団駄をふんだ。
一人取り残されたイカロスの元にアルテミスが現れた。
「イカロス」
「アルテミス様。申し訳ございません。星矢がこの向こうにアテナを救いに入ってしまいました」
イカロスはアルテミスに頭を下げた。
「分かっとる。聖闘士らぁによって,オデュッセウスとテセウスも倒されてもた」
「えっ」
イカロスは全身の力が抜けた。
オデュッセウスもテセウスも元々天使の生まれだったが,人間の生まれであるイカロスを差別することもなく,自分達のリーダーだといつも頼ってくれた。
オデュッセウスとは仕事以外でも色んな事を話したし,テセウスは無口で不愛想な性格だったが,普段は美容院でしているドレッドを美容師にあこがれていたイカロスの為に黙って実験台にもなってくれた。
その二人があっさりと倒されてしまった。
「…うっ」
悲しみに暮れるイカロスにアルテミスは手を差し伸べて,
「…うちも悲しい。けんど,ここでじっとしとる場合やないんよ。あのペガサスの聖闘士は絶対にアテナの所に着く。絶対にペガサスを生きてかえしてはいけんのよ。あんたがたとえ一人になっても戦わんといけんのよ」
アルテミスはイカロスに言った。
イカロスは仲間を失った悲しみをこらえながら無言で首を縦に振った。
その頃,走って走ってへとへとになりながらなんとか沙織が拘束されている場所を探し当てた星矢。
「沙織さん!!沙織さん!!」
星矢はドアをどんどん叩いた。
「星矢,あなたは星矢ですか?」
なかから星矢が絶対忘れない声がする。
「ああ,やっぱり沙織さんだ。待ってて,今開ける」
星矢はイカロスから強奪した鍵をドアに差し込む。
鍵はすんなり開いてドアを開けることができた。
沙織は入ったところのベッドに座っていた。
「星矢,ここは人間が来てはいけない場所なんですよ」
「うん,でも来ちゃった」
星矢はにへへと笑う。
沙織はよれよれになった星矢にてをさしのべた。
「全くあなたと言う人はいつも傷だらけ…」
「ああ,平気だよ。これくらい今日に始まったことじゃないだろ。ちょっと腹へって疲れただけ」
星矢はドロドロの顔で,笑っていた。
沙織は星矢の顔や手をタオルで拭いてやった。白いバスタオルが星矢の汚れで真っ黒に染まった。
星矢はテーブルの上に果物やビスケットやサンドイッチが置いているのを見つけた。
「これ,食べていい?」
と沙織の返事も待たずにホットサンドをむさぼり食いつつ水をがぶ飲みした。
とろとろのチーズとハムと卵が入った温かいホットサンドと冷たい水,それに水分たっぷりの果物のように甘い甘いトマトは星矢を元気にしてくれた。
星矢は2個目のトマトに手を伸ばした。
空腹でへとへとだったので,胃の中に食べ物が入ったことで星矢は少し落ち着きを取り戻した。
「一体何があったんです」
「なんか天闘士とかいうやつらが来て俺やみんなを殺そうとした。アルテミス様がなんとかって言ってた」
口をホットサンドでもぐもぐした状態で星矢が言った。
―天闘士?
アテナはすぐに気が付いた。それと同時に自分がアルテミスに裏切られたと気付いた。
自分がアルテミスに地上を譲ったのは星矢達の命は見逃してほしいという条件付きだった。
そのつもりで自分はアルテミスの要求を受け,さらにこんな所に幽閉されているのだ。
それなのに天闘士が星矢を攻撃した。
今思えばあっさりアルテミスを信用した自分も馬鹿だった。自分の姉とは言え,以前から地上の統治権を狙っていたり,人間を侮蔑する発言を何度も繰り返していたことも気付いていた。その姉が約束を守るはずなど無理だったのだ。
全ては自分がお人よしにもアルテミスを信用などしてしまったことだ。
「…ごめんなさい,星矢,私を許して下さい」
沙織はうなだれた。
すると星矢は首を振った。
「違うよ。許してほしいのは俺だよ。来るのが遅くなっちゃって。でも大丈夫。もう俺が来たからさ。…ボロボロだけど」
星矢は元気よく笑おうとした。
しかし沙織は返事しなかった。
「私はあなた達を救おうと姉のアルテミスに地上の統治権を渡しました。私がアルテミスに地上を渡す代わりにあなたたちの命を助けると。しかし星矢,あなたたちが襲撃を受けたという事はアルテミスは約束を守ってくれなかったという事です」
「何だってそんな馬鹿なことしたんだよ,沙織さん。俺達の事より自分のこと心配しなよ」
星矢は拳を振り上げて叫んだ。
そこへアルテミスがドアを開けて入ってきた。
「アテナ,どういうつもりよ。あんたの聖闘士がうちの天闘士達を始末したそうじゃね。この期に及んでお前はまだ無駄な抵抗するんか」
星矢が沙織をかばおうとしたが,沙織は星矢を軽く押しやって答えた。
「ワシは星矢達を助けるちゅう条件じゃけんここに連れて来られた。けど姉ちゃんはみんなを助けるどころか天闘士を使って星矢達みんなを殺そうとしとるそうじゃな。そんなにハーデスを殺したんが気に入らんのか。そんなにハーデスが大事なんか。姉ちゃんハーデスにへんな気でもあるんか」
「気なんかあるかい。あんな変態ナルシスト」
「ほんなら何でワシとハーデスの件に首突っ込んでくるんじゃ!!姉ちゃんはこの件にはノータッチのはず」
「ハーデスが大事かそうでないかちゅうことは問題やないのよ。要は人間が神を傷つけたらその人間はしななあかんちゅう規約じゃ。極端な話,今回の戦いが逆にハーデスの冥闘士がアテナのあんたを傷つけたらその冥闘士は死んでもらうと言う事じゃ」
「それはいなげじゃ!!」
やけくそのように沙織は叫び返した。
「いなげでも約束は約束じゃ言うたろう!!うちらの兄ちゃんがエライかんかんじゃ!!」
「ほいじゃあワシを兄ちゃんに会わせたらええ。ワシが兄ちゃんと直接交渉する!!」
アテナとアルテミスは星矢をそっちのけで口喧嘩を始めた。
「とにかくじゃ」
アルテミスは言った。
「うちも大事な天闘士を始末されてもうた。後には引けへん。とにかく問題になっとるんはハーデスに直接怪我を負わせたそこにいるガキ一人じゃ。始末せぇ。ほんなら他の聖闘士どもは今度こそほうっといたるし,地上の統治権もあんたに返すわ」
アルテミスはアテナの金の杖を出した。
アテナは星矢を見た。
星矢一人と他の聖闘士達,いや,全人類をはかりにかけなくてはいけない。
簡単な算数だった。
星矢はじっと沙織の判断を待っていた。
「星矢」
アテナが乾いた声を出した。
「こっちへ」
アテナが手招きすると星矢はアテナのそばへ歩いてきた。
自分が殺されて他の人達が救われるのか,他の人達が被害をこうむって自分は助かるのか。
今星矢が思うのは,どちらを選べばアテナ,いや,沙織さんにとって幸せでいられるのだろうか。
その判断を今できるのは沙織だけだ。
星矢は運を天に任せるようにアテナに一歩一歩歩み寄った。
二人の距離が20cmくらいまで近付いた。
アルテミスからは向かい合った星矢の背中が見えた。
アテナは星矢の肩に左手を載せて軽くなでた。
そのとき,
―っ!!
星矢の体が大きく跳ね上がった。
星矢の体にアテナの右手が貫通している。
「ぐはっ!!」
星矢は白目をむいて倒れた。もう動かない。
即死だった。
アテナは静かに腕を引き抜いた。
アテナの右腕は肘まで真っ赤だった。
無表情だった。
「姉ちゃん,これで約束は守ったで」
「ほ,ほんまにやるとは…」
アルテミスはさすがにびっくりしてアテナを見た。
アテナは無言で血だらけの手をテーブルクロスでふいた。
「当たり前じゃ。こういうときに即座に判断する頭がないと地上は守れん」
アテナは驚いているアルテミスからひったくるように杖を奪い返した。
「ほんなら他の聖闘士の命と,地上,耳をそろえて返してもらうけぇの」
アルテミスはアテナがまさか本当に星矢を殺すとは思えなかったので,茫然としていた。
「けど」
アテナはつぶやいた。
「星矢をこのままにしとくのはかわいそうじゃ。ワシの手で葬ってやりたいが。それは構わんな?」
アルテミスは震えながらうなずいた。
「ほうか,ほな悪いの」
アテナはそう言うと星矢の体を抱えて部屋を出た。
アテナはすでに死した星矢の体を抱えてどこへ行くのだろう。
アルテミスは追いかけることができなかった。


その頃,紫龍と氷河と瞬と一輝は,星矢が通った砂漠で魔鈴と出会った。
青銅聖闘士の少年達はどうして魔鈴がここにいるのか気になったが,なぜか訳ありそうな様子だったのでそのことに関しては何も聞かなかった。
ただ,砂漠の向こうに見えるコンクリートの打ちっぱなしの塔を目指して歩いた。




アテナは廊下を抜けて建物の外に出た。
そこは野球場のような広大な広場で,コンクリートに覆われていた。
沙織は辺りを見回すと,
「星矢,もう大丈夫です」
と小さく声をかけた。
すると星矢は何事もなかったかのように目を開けた。
「沙織さん,大丈夫だったか」
「はい。星矢こそとっさに私の合図に気付いてくれたからうまくいったのですよ」
「へっへ。俺も馬鹿じゃねぇよ」
星矢は頭をかいた。
「…アテナ,あんたうちをだましたね」
アテナの背後にアルテミスが立っていた。
「うちに杖を返させるために芝居をしたんじゃね」
アルテミスは騙された怒りで声が震えている。
芝居,読者諸兄は星矢が胸を射抜かれた時のことを思い出していただきたい。
星矢がアテナに胸を貫かれた時星矢はアルテミスに背中を向けて立っていた。
まず,アテナが星矢をその位置に立たせたのだ。それはアルテミスに自分たちの芝居がばれないようにするためだ。
次にアテナは星矢の肩にカタカナでミロ,と書いた。
これがアテナから星矢への合図である。
ミロ,とは我らが蠍座の黄金聖闘士の名前で,アテナはミロがいつもピンチになったらしているように死んだふりをしろと伝えた。
星矢はすぐにその意味が分かった。
そしてアテナはあらかじめ隠し持っていた星矢のかじりかけのトマトを星矢の胸に押しつけて握りつぶした。
アルテミスが血だと思っていたのはただの星矢のかじりかけのトマトだったのだ。
星矢の胸はトマトで真っ赤に染まって,星矢は床の上に倒れたふりをした。
アルテミスも普段ならここまでころっとだまされることもなかったろうが,まさか星矢をアテナが殺すとは思わなかったので,びっくりして星矢の胸とアテナの手についていたトマトを血液だと思ったのだ。
こんな簡単なトリックにだまされたとアルテミスは悔しかった。
「だましたんはお互いさまじゃ。姉ちゃんもうちが地上を姉ちゃんに譲るちゅう条件で星矢達を見逃す言うたのに天闘士にみんなを襲わせたじゃろうが。じゃけんワシも考えを変えた」
アテナはアルテミスを指差した。
「今までワシゃぁ自分一人が自分一人の命で世界が地上が救われるんじゃったら構わん思うてきたんじゃ。ほぃじゃがそりゃぁ間違いだと今気づいたんじゃ。それはの,ワシが自分を犠牲にすりゃぁするほど星矢たちゃぁワシの命を救おうと身を粉にしてくれるんじゃ。どっちかがどっちかの為に犠牲になるちゅうこたぁどちらも不幸な結果をもたらすんじゃ。じゃったらわしゃぁ身勝手な行動はやめる。星矢たちと生き延びる。共に生き,共に戦うと決めた。わしゃぁこれ以上星矢たちを不幸にせん為にも生きて生き抜くんじゃ!」
「沙織さんっ!」
星矢は嬉しくて叫んだ。
「星矢,これからも私と一緒に生きてくれますね」
沙織は優しく星矢に声をかけた。
「もちろんだ。俺はいつでもそのつもりだ!俺は死にたくないし,沙織さんにも死んでほしくないよ!!」
星矢は大きく拳を突き上げた。
そのとき,
「見つけたぞ,星矢」
イカロスが現れた。
星矢は,
「さっきは急いでいたんでまともに相手してやれなくて悪かったな。けど今ならいくらでも相手してやれるよ」
と,シャドーボクシングの如き動きをした。
それを見たイカロスが星矢に飛びかかった。
すっかり元気になって回復した星矢は以前戦ったときより力もスピードもけた違いに上がって強くなっていたことにイカロスは少し驚いた。

今度こそ星矢とイカロスはお互いがっぷり4つに組んだ。
両手はお互いの手をつかみ,足を地面につけてまるで相撲のように体を組み合わせた。
体はどちらかと言うと星矢よりもイカロスは痩せている。
しかしそのハンデをクリアする為にイカロスは自分で下半身を徹底的に鍛えた。
しかし足腰の強さなら星矢も負けてはいない。
聖闘士候補時代下半身強化プログラムと称して,炎天下魔鈴が運転するジープを素手で受け止め押し出す特訓をさせられている。
星矢はその時の自分を思い出しながら腕に力を込めた。
少しでもイカロスの足を浮かせる事が出来ればいい。
しかしイカロスはすり足で星矢に体重をかけてきた。
負荷がかかった星矢の腕が真っ赤に膨れ上がる。それと同時に押し出されたせいで背中が伸び切ってしまった。
このままでは星矢は後方に倒れてしまう。
「うがぁっ」
星矢は苦しそうに叫んだ。
イカロスは重心を前にかけて星矢を押し出そうとした。
その時星矢が,苦悶の表情からあっさりとした顔になり,
「かかったな!!」
と笑った。
「なに」
イカロスが気付いた時には遅かった。
星矢の左足の裏がイカロスの右くるぶしを蹴った。蹴られた方向に左足も傾き,地面の上に倒された。
星矢は肩で息をして立ち尽くしていた。
倒されたイカロスはなぜ自分が倒されたか気付いた。
「まさかお前僕が押し出そうとした時技と力を抜いたな?僕の意識と重心が前に行って足首が空くのを待っていたと言うのか」
「なんだわかってるじゃねぇの」
星矢は言った。
そしてイカロスに背を向けて腕を後ろでに組んで言った。
「お前は神を倒した俺と戦いたい,俺を倒せば最強になれると思ったんだってな。だったら教えてやる。俺がここまで勝ち続けるのは戦いの中で色んな状況で少しずつ経験を積んできたからだ。トレーニングや正々堂々とした勝負だけじゃない。不利な状況や特殊な状況でもいろんな手を使って勝利を勝ち取らなくちゃいけなかった。そうして俺はここまでやって来れたよ」
星矢は自分がこれまで戦ってきた日々を思い出して言った。
そのとき,足音がして誰かがやってきた。
魔鈴と青銅聖闘士達だった。
「星矢!!」
青銅聖闘士は,星矢に駆け寄り,
「斗馬!!」
と,魔鈴はイカロスを助け起こした。
「姉さん…ごめん。姉さんなんか知らないとかひどいこと言って…ごめん」
イカロスは魔鈴に謝った。
「何言うんだ。悪いのはあたしのほうだよ。今までお前のこと探してやれなくて…ほんと悪い姉さんだっただよね」
魔鈴はイカロスこと斗馬をだきしめた。
その様子を眺めてからアルテミスは,
「あんたはほんまにあんぽんたんや」
とアテナにぽつりと言った。
「今更何とでも言ってくれて構わん。じゃがワシは自分の事をあんぽんたんとは絶対に思わん。自分のやったことが間違いじゃったとは思わん」
アテナは口をへの字に曲げて抵抗した。
「大体人間が神に劣るなんか誰が決めたんじゃ。それは神の勝手な思い込みと違うか?だいたいなんでワシらは人間より長生きか考えたことあるか?」
アテナは何かに気付いていたようだった。
「人間は繁殖することで自分の遺伝子を残し死ぬことがでける。ほぃじゃがわしらにゃぁそれがでけん。死にもせんが進化をすることもでけんのじゃ」
沙織は今朝,生理中で真っ青な顔をして辛そうなアフロディーテを見た。処女神であり,生殖能力を持たないアテナにはそれがない。
聖戦以後他の黄金聖闘士に守られながら生活しているアテナだが,毎月決まった周期でアフロディーテの具合が悪いのを見ているので,その辛さを見てかわいそうにと同情してやることはできても,不快感や痛みそのものを共感することはできない。
シオンはアフロディーテほど体調不良ではないものの,毎月1週間ばかりひどくピリピリしている日がある。
アテナ様の前では普段通り恭しく接してくれるが,他の聖闘士や職員に対してイライラしやすくなっているのが分かる。
人間には寿命があるし,病気や体調不良になったり,イライラしたり他人にひどい事をすることもある。
それでも彼らは自分の遺伝子を残し,途方もない長い歴史の中で進化を続けることができる。
神々は寿命がないし,強大な力を持っているが繁殖することができないので,これ以上進化する事はない。これは神々の決定的な弱点である。あらかじめ天井が設定されているのだ。アテナはほかの神々と違って人間と生活することによってそのことにうすうす気づいていた。
だからこそ神々は進化し続ける人間の無限の可能性について恐れているのだ。
アテナはそのことを強く指摘した。

自分が目をかけて育てた天闘士を全て倒されたアルテミスは返す言葉がなかった。立場は完全に逆転した。
「…そこまでゆぅんじゃったらうちぁもうあんたを説得するんをやめる。そがぁに人間が好きなら人間と一緒に滅び」
やけくそのようにアルテミスが言った。
アルテミスは右手から光輝く弓矢を出して番えた。
「そがぁな物騒なもんを出してきてどうするつもりじゃ。わしを射るか。えかろう。弓を引いてみ」
アテナは驚きもせず手を広げた。
アルテミスはアテナの自信に驚きを隠せなかった。
「星矢,お嬢さんが」
瞬がアルテミスと向かい合うアテナを指差した。
「あっ,沙織さん」
星矢がアルテミスを止めようと走った。
しかし弓はアルテミスの手を離れ,放たれた。
ドスッ。
弓矢は鈍い音を立てた。
「えっ」
弓矢はアテナではなく,アテナの前に立った斗馬の腕に突きたてられていた。
腕を押さえてうずくまる。
アテナはびっくりして斗馬を見た。
「斗馬!!」
魔鈴は駆け寄った。
もっと驚いたのはアルテミスだ。
「な,何あほなことしたん」
アルテミスは刀馬に駆け寄った。
「…良かった。…もう少しでアルテミス様を人殺しにするところだった」
斗馬は力なく,しかし安心しきって微笑んだ。
「いやや,うち,そんなつもりで…」
アルテミスは斗馬に刺さった矢を引き抜こうとした。
「さわるな。動かしちゃぁいけん。傷口が広がる」
アテナは怒鳴って首に巻いていたスカーフを斗馬に巻きつけて固定した。
アルテミスはおろおろしたままどこかへ消えて行った。
「とりあえず病院じゃ」
しかし今まで来た道を通って地上に戻るには時間がかかり過ぎる。
「そうだ」
一輝は何を思ったか携帯電話を取りだした。


その頃,ムウの携帯電話が鳴った。
「もしもし。あ,あなた一輝ですね」
「お嬢さんは無事で俺達全員も無事だ。ただ,負傷した天闘士がいるんだ。俺達を地上に転送してくれ」
一輝は以前自分とシャカが奇妙な異次元空間に突っ込まれた時にムウに助けだしてもらったことを思い出して,ムウなら頼めるだろうと思った。
「分かりました。転送先は病院がいいですね」
ムウはそう言って一同を病院に転送してくれた。
斗馬は刺さった矢を摘出する手術を受けた。
ICUで絶対安静だが手術は成功したとのこと。
斗馬には魔鈴が付き添っていたので,他のものは病室から出ることにして,病室は斗馬と魔鈴,星矢,沙織だけになった。
「…なぁ,神って何なの。沙織さん以外は変な奴らばかりなの」
隅の椅子に座った星矢が言った。
「神が何なのか,それはお前達人間が気にすることじゃない。トンカツになる豚が人間の事をどう思うかなんて考えたことないだろうが」
声がして星矢が振り返った。
「あっ,あんた」
魔鈴が驚いた。
そこに立っているのはあの魔鈴を斗馬の所に連れて行ってくれたオートバイの男だ。
「誰だよ。集中治療室は立ち入り禁止だよ」
星矢が言った。
同時にアテナの顔色が少し変わった。
「この人はアポロン,私の兄で,アルテミスお姉さまと双子なのです」
沙織はそう答えた。
星矢には目の前にいる見た目年齢の割にチャラチャラした優男はとても神に見えなかった。
とはいえアルテミスも何も言わなければどこかの高級クラブのホステスかと思ったから,神とは言ってもじつは見た目は普通の人間とそれほど違いはないのだ。
ただ,その男の物言いは星矢はとても気に入らなかった。
しかしアポロンは星矢を無視して,
「ひさしぶりじゃの,アテナ」
と神々同士の広島弁で話しかけた。
「こっちに来てワシに顔を見せてくれ」
アポロンはニヤニヤとアテナに手招きをした。
「沙織さん,行っちゃだめだ」
星矢は沙織を呼びとめたがいつの間にアポロンがアテナのそばにいた。
アポロンはアテナの首に手を伸ばして,
「アルテミスがごっつい剣幕でお前のことをののしっとった。兄弟は仲良うせないかんで」
神だか何だか知らないが,このままではアテナはアポロンに首を絞められてしまう。
「おいおっさん,その手をどけろ」
星矢がアポロンの手をつかんだ。
アポロンは掴まれた手を軽く振った。それだけで星矢は壁に激突した。
明らかにハーデスよりも強い,と星矢は思った。
それでもこのままアテナを殺されてたまるかと星矢は強く決意した。
「ハハッ,君は高がただの人間のくせに随分と俺達神に刃向かってくれるじゃないか。人間なんか神の前じゃ消し炭みたいなもんさ。そのことが分かっていないようだな」
アポロンは言った。
「何とでもいえ,このクソ神野郎。俺達を守ってくれるアテナを殺そうとするやつなんか神様でもねぇよ!」
星矢はさらにアポロンの体につかみかかった。
アポロンが星矢を引き離されても,しつこく食い下がるのでさすがのアポロンもうんざりしてきた。
壁に叩きつけられても懲りもせずアポロンに掴みかかる。
「なんてしつこいんだ」
「当たり前だ!俺は一度食いついたらスッポンのようにはなれないんだ」
以前星矢はラダマンティスの首に噛みついてそのまま冥界に飛ばされたくらいのしつこさを持っている。
両手両足で離れまいとアポロンにしがみついている。
「星矢!」
斗馬に寄り添っていた魔鈴が立ち上がってアポロンにしがみついた。
アポロンはだんだん星矢と魔鈴が怖くなってきた。
突き飛ばしてもなりふり構わずしがみついてくる二人に人間と言うものがみんなこうなのかと思うとこんなのが地球上に60億人いるのかと思うと不安になった。そしてそれらとともに生きているアテナの力を考えると我が兄弟ながら恐ろしくなった。
その不安が,なんと,ツーリングブーツをはいたアポロンの細身の足を数センチ,退かせた。
「こ,この俺を退かせるだと…」
退いた距離はたった数センチだった。しかしその数センチは神を畏怖すべきはずの人間が 神に初めて恐怖を感じさせることになった。
「くっ」
アポロンは自分でもどうしていいか分からなかった。
ただ,ほんの一瞬とは言え,たかがけしずみごときの人間に恐怖を感じたことで生まれてこの方感じたことのない動揺を感じた。
―ひとまずここは。
アポロンは一瞬にして姿を消した。
同時に首を掴まれていた沙織ともども全体重をアポロンにかけていた魔鈴と星矢も床に転げた。
3人は1時間くらい尻もちをついたまま黙っていた。
「…星矢,大丈夫ですか」
最初に声を出したのは沙織だ。
「ああ。どうにかな」
星矢は努めて元気に装った。
「しかし沙織さんに兄さんと姉さんがいたとはなぁ。ちょっと変わったひと達だったけど」
たいしたことでもないふう
に星矢は言った。
その言い方があまりにも自然で普通の人間の兄弟の事を話すように言うので,沙織もにこりとして,
「ええ。そうなんです。ちょっと不思議な困った人達」
と感想を言う。
「だからさ,あの困った人達がまた沙織さんを困らせに来たって俺がまた相手してやるから大丈夫だよ」
星矢は神を退けることなど簡単なことのように言った。
星矢の精いっぱいの元気だ。
「ありがとう」
沙織が言うと,
「ありがとう,じゃねぇよ。沙織さんも一緒に頑張るんだよ。俺達と一緒に。もう自分を犠牲にして俺達を助けようなんて思わないでさ。一緒に生きて一緒に戦う。沙織さんがあの時そう言ったじゃないか」
星矢が言うと,アテナは,
「そうです,その通りです」
と首を強く縦に振った。
「それじゃ,聖域に帰ろうぜ。みんなが先に帰ってる」
と,星矢はすっくと立った。

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